序章最終話 付き合い方と因果

「なんか食べる? パンしかないけど」

「だいじょーぶ」


 とりあえず新しい我が家にラウラを連れてきたけど、何というか微妙な空気が流れる。

 数年前。世間一般では子供と言われる歳頃から俺とラウラは2人旅をしていたけど、それこそ知り合いの夫婦のように積極的にコミュニケーションを取ることはなかった。かといって険悪だったわけでもなく、たまに喧嘩することもあったがお互いに収まる所に収まっていたという感じだ。

 そもそもラウラと話した内容なんて殆ど覚えていない。というか勇者パーティーとなってからの方がラウラの声を多く聞いた印象すらある。


 そもそもどうして2人で旅をすることになったのか。それすら覚えてないんだから、やっぱり自分は相当な薄情者なんだろう。


「どうして私がここにいるのか、聞かないの?」

「そうしたいと思って来たんでしょ。なら特に聞く必要はないかなって」


 興味がないわけではないけど、それ以上にどの紅茶を出すかの方が今は気になる。

 しかしラウラから話しかけてくるのは珍しい。あいつもあいつなりに何か考えているんだろうか。


「そっちこそ何でいなくなったのか聞かないの?」

「何となく何でそうしたのか分かっちゃったから」


 そういってラウラは慣れない家の慣れないソファに横たわり足をぶらぶらさせている。

 はてさてどうしたことやら。そんな風に考えていると。


「やらなきゃいけない事はやったからさ。だから」


 もぞもぞと起き上がったラウラは何か物欲しげに俺を見る。あーなるほどね。

 何を求めているのか大体察した俺は指を軽く当ててラウラの頭を撫でる。この位置からだと彼女が今どんな顔をしているのか分からないが、文句を言ってこないという事は不満に思っていないという事だろう。

 いつからかラウラは褒めて欲しい時や寂しい時にはこのように撫でることを求めるようになっていった。正直どういう流れで撫でたのかは覚えていない。

 ただそれで喜ぶならと続けてきたという感じだ。彼女が勇者になってからはこういうことはしなくなった、というか出来なくなったけど。


 と、丁度そのタイミングで鍋から湯煙が出始めたので撫でるのを止めて台所に向かう。後ろから何か視線を感じるけどとりあえず今は気にしないでおく。


 頂き物で気に入っている紅茶の茶葉が入ったポッドにお湯を入れて、蒸らしている間に果物を軽く潰して砂糖をまぶして置く。

 後は果物の砂糖漬けを別のポッドに入れそこに冷や水と紅茶を注いで、と。


「ほい。フルーツティーできたぞ」

「……こんなの作れるようになったんだ」


 果物がたっぷりと入った紅茶が出てきたことにビックリしながらも、かなり強い好奇心を抱きながらカップに入ったフルーツティーをごくごくと飲んでいく。

 俺も飲んでみたが、まあ美味いといえる出来だとは思う。教えてもらった時に飲ませてもらった奴にはかなり劣るけど。


 そうして一息ついたところで「これからどうするのか?」と聞こうと口を開きかけたその時。


「結構強引な感じであそこを出てきたんだよね」

「そもそも勝手についてきたのはあいつらだし、そこは気にしなくていいんじゃないの? ”勇者の力”ってのも勝手に押し付けられたものなんだし。それに何より」

「?」


「本当にお前がしたいことは”世直しをする”ってもんじゃないんだろう? ならそれが答えだよ」


 この位置からじゃやはりラウラの表情は読めない。この返答を慰めと思ったのか、それとも無責任な発想と思ったのか。

 ちょっと不安に思いながらもう一杯飲もうと思いポットに手をかける。

 するとラウラはぴょこっとソファから顔をのぞかせると、困っているようにも笑っているようにも見えるような表情をして。


「おかわり貰える?」


 少し弾んだ声で俺に問いかけた。


 

 昔、ある人から「君たちはどういう関係なのか?」と聞かれたことがある。

 それに対して悩んだ俺たちが出した答えは酷く変なものだった。


『人付き合いが苦手な同士ですよ』


―――――



 ゴートらの現状はお世辞にも良くない、というより考え得る限りで最悪なものとなっていた。

 まさか勇者のお情けで同行が許された(と思っていた)下衆な庶民を追放したら、当の勇者が出奔するとは彼ら貴族にとって予想外としか言えないものだったのだ。

 自分たちには庶民のそれとは比べ物にならない権威や権力、そして富と地位があるのに何故勇者はなびかないのか。彼らはそれが理解できずにいるのだ。


 とはいえ勇者が失踪して行方不明だということが庶民にバレたらそれこそ貴族という肩書さえ危うくなる。

 というわけでゴート率いる勇者パーティーは勇者不在という事実を徹底的に隠蔽し、報告用にとこれまで倒してきたモンスターに比べたら力が劣るA級モンスター《グレート・オーガ》を討伐しに来たのだが……。



「何で当たらない……!?」


 これまでは簡単に当たっていた攻撃を意図も容易く躱されたことにゴートは苛立ちを隠せないでいる。他の貴族も同様に攻撃が当たらず、攻撃に耐えきれず、そして支援魔術を行使できないでいた。


 しかしそれはある意味当然のことだろう。何せ彼らはこれまでシーフの少女レインによって絶大な地の利を得て、勇者という最強の矛を持ち、セブルスの呪術によってとことんモンスターが弱められた状況でしか戦ったこと・・・・・がないのだから。



「(アイツが無能者じゃなかっただと? そんなこと……!)」


 自分が何をしてしまったのか。ゴートは理解しかけてしまったその真実から全力で目と耳をふさぐと、迫るグレート・オーガの強靭な腕から必死に逃げる。


 結局この日、彼らがA級モンスターを討伐に失敗してしまう。


 この時のゴートら勇者パーティーは知る由もない。まさかこの愚鈍な戦いですら自分たちには「良く出来た」方なのだということを。


 ゴートら勇者パーティーの没落はまだ始まったばかりだということを。

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