第8話 スローライフで得たもの

「改めて今回は本当に申し訳ありませんでした!」

「いや、本当にもう気にしなくていいですよ」


 決闘の結果は言うまでもないだろう。アルベルトはネチネチと妬みの言葉をぶつけてきたが、意外にも負けた事は素直に認めた。しかしあの態度から察するにまた一波乱あるんだろうな……。

 さてと。


「とにかく謝罪は結構ですので、依頼の報酬を頂けますか?」

「は、はい! まずこちらが”アイアン・トード討伐”の報酬500ギルとなります!」


 おおー、思ってたよりも随分と貰えた。これならそう遠くない内に開業に必要な2000ギルを手に入れらるかも。


「……そしてこちらがアイアン・トード個体ごとの買取額5000ギルとなります」


 ……思い返すとこの街ではDランクは数少ない、というかCランクに至っては一人しかいないのにDランク依頼の報酬が薬草採取数回分というの少なすぎる。

 つまりアイアン・トード討伐は依頼報酬にプラスして高額な買取価格で他の差をつけているということなんだろう。

 

「これほどの額の報酬を一度に引き渡すのは本ギルド創設以来初めてとのことです。それでなんですが……」


 そう言って受付嬢は銀貨の入った袋と一緒に羊皮紙を差し出してくる。


「”冒険者ランク昇格に関するお知らせ”?」

「はい。本ギルドでは獲得報酬が一定額に達し、かつ実力が認められた方を適時昇格させるという方針を取っております。セブルス様の実力は言わずもがな。昇進に必要な総獲得報酬1000ギルも達成しておりますし、これまでの功績からDランクへの特別昇進となっております」


 昇格ねえ……。冒険者稼業一本で食っていくなら喜ばしいことなんだけど。

 俺を悩ませているのは冒険者ライセンスの規約に書かれた一文、「Dランク以上の冒険者はギルドからの緊急招集には必ず出頭しなくてはならない」というもの。

 つまりEランクまでの冒険者は日雇いの労働者でDランク以上はある程度ギルドに束縛される契約職員となるわけだ。


 よし決めた。多少ごねることにはなるけれど、それは朝叩き起こされて迷惑を受けたことと帳消しということにしよう。


 それでも一応この生真面目な受付嬢さんには謝っておくことにしよう。

 

 ごめんなさい。



―――――


「それでアタシらにご馳走してくれたわけか」

「驕るなら見ず知らずの赤の他人より見知った仲の子の方がいいだろ?」


 帰ってきて荷物を置いた俺は先日の謝罪にとたまたま訪れたシスターとシーナ・アリスの双子姉妹を誘い、アーヴァル辺境領でそこそこ値の張るレストランに来ていた。

 

 主にごねた部分はDランクではなくEランクまでの昇進でいいから代わりに昇進の際に貰えるギルド奨励金を増やして欲しいという所。まあ当然というべきか最初は即決で拒否された。

 そもそもギルド側は俺に何か期待をしていたようで、最低でもCランク以上の冒険者にさせたかったようだ。

 まあそんな事情こちらからすれば知ったことじゃない。仮にそれでギルドが損失を負ったのだとしてもそれは向こうの自業自得だろう。


 というわけで最初はギルド規約や慣例等からDランクへの2階級特進は異常だと説明し、ギルドが期待しているという話になってからは「自分の夢」を懇切丁寧に語って、そして最後はひたすら泣き落としに徹した。


 このアーヴァル辺境領のゆるーい空気に当てられて半月。俺が学んだものは人生その日の気分次第で生きればいいというのと譲れないものがある時は我を突き通せというもの。

 勇者パーティーにいた頃はこんな風になるなんて思いもしなかったな……。

 まあ何はともあれ交渉は成功し、昇進はEランクまでで奨励金を2割増しで貰えることになった。


 というわけで懐に余裕ができた俺は親切に昇進の切っ掛けとなった彼女らを食事に誘ったのでした。


「神父さまもアイツらも勿体ないことをしたよな。こんなおいしいものも食べずに見学旅行に行っちゃうなんて」

「私たちは一応罰で居残りさせられてるのに……こんないいものを食べていいのかしら」


 そんなことを喋りながら悪ガキ姉妹は皿の上のステーキを幸せそうに頬張っている。一方のシスターはというと。


「ああ、神よ。お許しください。私は修行の身でありながらこのような贅沢をッ!」


 うん。ステーキを大層おいしそうに頬張っていた。

 

「そんじゃあこれ。中に代金が入ってあるのでそれで払っておいてください」

「え、もう行くの?」


 机に銀貨の入った袋を置くとシーナが驚いた顔になる。


「もう食べ終えちゃったし色々とやらないといけない事を残してきてるんでね。それじゃ」


 そう言って店を出ると季節外れな冷たい風が顔に当たる。

 何だか久々に冷えるなと思って家へと向かおうとした、その時。


「……やっと会えた、セブルス!」


 それはかつて幾度となく聞いたよく通る綺麗な声だった。

 振り向くとそこにいたのはいつもより大きく感じる月を背に立つ灰色の髪の少女。


 ――本来こんな辺境にいるはずのない国家の英雄、勇者ラウラがそこにいた。

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