第7話 予期せぬ決闘 下

「勝敗は1時間内にどちらがより多くアイアントードを倒したかで決める。異論は受け付けない」

「はぁ。わかりました」


 郊外に広がる大草原に着くとアルベルトは早速”決闘”について話し始める。

 後ろにはサボれてラッキーと呑気そうにしている衛兵と申し訳なさそうに俺に頭を下げる受付嬢さん。

 ちらっと聞いた話だが、どうやら冒険者ギルドも衛兵隊も俺をしょっぴくつもりはないらしい。討伐隊に参加していた冒険者からも訴えがあったというわけでもないらしく、これはギルドナイトとその傘下の冒険者互助組合が独断でやっているとのこと。

 本当にはた迷惑な話だ。


 アイアントードは腕が鉄のナックルが覆われているカエル型の巨大モンスターで、その強靭な腕から放たれる叩きつけは固い岩盤を一撃で砕くという。基本的に人里離れた沼や湖の周辺にしか姿を現さないが、産卵期になると人里近くに現れ田畑を荒すのでこの季節になると害獣としての討伐依頼が多く出されるらしい。

 しかしその殺傷力や産卵期で気性が激しいということから危険度はDクラスとして扱われており、その大半が駆除されることなく気ままに田畑を荒すのが現状だという。


「ではこの石が地面に着いたら勝負開始だ」


 アルベルトは何処からか拾ってきた石っころを宙に投げる。

 審判役を兼ねた衛兵はもしもの時に備えているが、彼らの腰に携えられた剣が使われることは多分ないだろう。

 石が地面に落ちるとほぼ同時にアルベルトはアイアントードへと駆け出す。

 ならこっちもぼちぼち潰していくか。



―――――


 ただ一人を除いて、この場にいる全員がアルベルトが勝つだろうと確信していた。

 事実としてアルベルトはアーヴァル辺境領唯一のCランクで、その実績からギルドナイトにまで上り詰めた凄腕冒険者だ。対するセブルスはギルドに冒険者登録してまだ半月のFランク冒険者。勝負にならない決闘だというのは誰の目から見ても明らかだ。


「何してんだよ。アイツは……」

 

 剣でアイアントードの柔な横腹を1体1体的確に攻撃していくアルベルトに対してセブルスは湖にほど近い木陰に座って周囲を観察するだけ。或いは格の差を自覚し茫然自失しているのか。

 確かにこの決闘はバカらしいし本気になる理由もなく勝てる可能性も殆どない。

 それでもあんな態度を取ればアルベルトからの制裁は免れない。


 審判役の衛兵は「これで面倒くさい重労働をせずに済む」というのと「これでサボりはお終いか」という安堵と勿体なさを感じながらアルベルトが苛立ち決闘が終わるその時を待っていた。


 状況が変わったのはアルベルトが3体目のアイアン・トードを倒した頃だ。

 セブルスはおもむろに立ち上がりアイアン・トードによって掘られた穴の前に移動すると、ポケットから2枚の呪札を取り出してそれを穴の側面に貼り付ける。

 

 ――そして次の瞬間、穴の中から衰弱した大量のアイアン・トードが湧きだしてきたのだった。


―――――



 最初に思ったのは「こんな詰まらない見栄のために《幻覚惑わしの呪い》は勿体ない」というものだ。しかし1時間以内にアルベルトがこれ以上俺に絡まないようけん制するためには一定量のアイアン・トードを狩る必要があるし、そのために最も適当なのは《幻覚惑わしの呪い》だ。

 とりあえずなるべく簡単に作れる呪札で倒すように考えることにする。


 似たようなモンスターを倒した経験はあるけど、アイアン・トード自体は戦うのが初めての相手。だったら最初は少し慎重に動こうと考えて、アルベルトがアイアン・トードを倒していく所を木陰から観察する。


「(あんまり視力はよくないけど、代わりに嗅覚と聴覚が発達しているのか)」


 勇者パーティーにいた頃はこれまで誰も倒せていない文字通りマニュアル無しの敵と戦うことがよくあった。そういった時に一番重要なのは敵を観察することでなるべく多くの情報を得るということ。幸いなことに今回はアルベルトが多くの情報を引き出してくれているので余計な体力消耗をせずに済む。


 発達した聴覚と嗅覚ねえ……。なら簡単に作れるこれで対応できるかな。

 ポケットから《悪臭の呪い》が封じられた呪札を取り出し、それをアイアン・トードが掘ったのだろう大きな穴に貼り付ける。

 

 《悪臭の呪い》は相手に強烈な悪臭を嗅いだと思い込ませる呪い。《幻覚惑わしの呪い》に比べると与えられるストレスは少ないし、そもそも嗅覚がないor悪臭を好む敵にはほぼ意味がない呪術だけど清潔な水泥を好むというアイアン・トードには効果抜群だった。


 すると地中から大きな振動が感じ取れるようになる。そうなったら今度はこの《騒音幻聴の呪い》の出番だ。

 こっちは相手に四方八方から強烈な騒音が鳴り響いていると思い込ませる呪い。聴覚がない敵にはほぼ効果がないが先の観察でアイアン・トードは聴覚が発達している――つまり音に敏感だということはよく分かっている。


 そしてこの穴は近くの湖に最も近い位置に掘られたもの。つまり地中で産卵を待つアイアン・トードが水分補給や餌の調達のために使う共用の地下道というわけだ。

 故にこの呪いはこの草原に潜む全てのアイアン・トードに向けて効果を発揮する。


 穴から飛び出してきたアイアン・トードは連続で与えられたストレスでかなり衰弱している。というか殆ど気絶状態だ。これならロクな抵抗もできないだろう。


 アルベルトがようやく5体目のアイアン・トードを仕留めたのは、俺が20体目のアイアン・トードを潰した時だった。

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