第2話 宝の持ち腐れ
長距離馬車で一気に辺境領に行こうかとも思ったけど、お世話になった人に何も言わず雲隠れするのは良くないだろう。そう思った俺は、勇者パーティー時代でお世話になった恩人がいる重工業の街『メへラント』を訪れていた。
「追放されただと!? 何故お前が!」
「勇者の夫になるために庶民が近くにいるのは面倒だ、ということなんでしょうね」
メへラント最大の商業ギルド、そのギルドマスターである”ヤガラのおっさん”は以前モンスターから助けたことで縁が生まれ、以来様々な情報や物資を提供してくれた。勇者パーティーが存続しているのも彼の好意あってのこと。まああのお坊ちゃま達は「全て自分の家柄あってこそ」と思い込んでいたが。
「それでこれからお前はどうするんだ?」
「王や教会の目が届かない所で呪術を使った商売でもしようと思います。ラウラへの仕送りのためにこれからもマスターにご迷惑をかけることになるでしょうが……」
「それくらい全くお安い御用だ。なら、こいつは餞別だ」
そう言うとおっさんは1枚の封筒を俺に差し出した。
「そいつを持ってアーヴァル辺境領に行きな。あそこなら王や聖教の目も届かないだろう」
「こんなにも親切にしてもらって……、本当にありがとうございます」
「前にも言っただろう。これは恩返しだと思ってくれ」
あの程度のことでここまで良くしてもらってもいいのだろうかと考えてしまうが、好意は素直に受け取ることにしよう。いずれは彼に自分なりの恩返しをしてあげたいものだ。
これで目指す目的地は決まった。あとは新天地での夢を膨らませるだけだ。
とりあえず自由で穏やかな生活を心の底から満喫するとしよう。
―――――
「本当に勿体ないことをしたものだな。あの餓鬼どもは」
セブルスが街を発ったことを聞くと、ヤガラはグラスに入ったワインを一息で飲み干すと噛み締めるように呟く。
「代表は随分あの少年を気に入っているようですね」
「そうか。お前はまだセブルスが活躍している所を見たことが無いのか」
専属秘書になって日の浅い女性からの問いかけに、ヤガラは何か懐かしむような笑みを浮かべながら引き出しから奇怪な模様が書かれた古紙を取り出す。
「それは?」
「前に国中の作物が枯れはてた時、うちが管理してる農園は被害が極端に少なかったことは君も知っているだろう? これがあの時の病から大事な資産を守ってくれたのさ」
事情がよくわからず困惑している秘書のため、ヤガラは執務室に脇に置かれているカバーのかけられた鉢を持ってこさせ、中に植えられているつぼみの状態で枯れかけたバラにその紙を貼りつける。
するとバラは一瞬で緑を取り戻し開花したではないか。
「これは一体……!?」
「からくり自体は至って簡単なことだ。例の病害に感染させたあのバラから、病の源だけをこれで呪い殺したのさ」
あの時は専門の学者でも中々原因がつかめず対策に難儀したというのは当時ギルドの一職員だったこの秘書も知っていた。そして植物を枯れさせる病を魔蟲が媒介して広げているということを他の誰よりも先んじて発表したのはこのメへラント商業ギルドだ。
「数年前に試作品という体で安く譲り受けたのだが、これらの紙には発動対象が細かく分けられた呪いが仕込まれている。あの病害が起きた時はこの呪紙を使って総当たりで原因を突き止めた、というのが真実だ」
「それだけでも私が以前文献で読んだ呪術とはだいぶ異なりますね。これをあの歳で考案し、さらには実用化させるとは……」
「彼の呪術は東洋流と呼ばれるもので我々の知っている”ただ呪い殺すための魔術”と違って様々な用途に使えるものらしい。直接の戦闘から支援、さらには医療。ここまで幅広くこなせるのはそうはおらん」
「そんな金を生む鶏を色恋沙汰で捨てるとは。あの坊ちゃんらは本物の愚者だ」、そう付け加えるとヤガラは新たに注いだワインをまた一息で飲み干す。
「お気持ちお察しします。ここまで目に掛けた者がそんな理由で追放されたのですから」
「何を言っておる。これでようやく俺にもツキが回ってきたということさ」
これまでセブルスは勇者パーティーに属する者として国中、それどころか世界中を旅していたから簡単には連絡がつかない状況だった。けれどこれからは違う。セブルスは容易に連絡が取れる土地に留まりつけるのだ。
そのことを説明するとヤガラは秘蔵のワインボトルを開け、秘書の分も用意する。
「アイツに恩義を感じているのも事実だし、何かしてやりたいと思っているのは本当だ。だが、俺は大前提として商人だ。だったら互いにwinwinになれる関係を目指すのが道理だろう?」
「な、なるほど」
商魂たくましいヤガラに秘書は圧倒されながら、恐る恐る差し出されたワイングラスに口を付けようとしたその時。
「ほお。また面白い者が来たか」
ちらりと窓から外を見たヤガラは意味ありげな笑みを浮かべる。
彼の向けた視線の先、そこには勇者の証とされる痣を臆することなく露わにしてギルド前に立つ一人の少女がいたのだった。
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