第3話 憧れのスローライフ
アーヴァル辺境領。文字通り王国の辺境にあるここは議会による独立した自治権が与えられており、ヤガラのおっさんが言っていた通り王宮や聖教の目は届かない。
さらに物価は王都の10分の1以下という破格の安さで、犯罪も殆ど起きないという。再スタートを切るのにここより良い地はそうないだろう。
しかしいくら1日10ギルで暮らすことができるくらい物価が安くても、家や土地はそう簡単に手に入るものじゃない。勝手もわからない、頼れる知り合いもいないここでは一晩雨風を凌げる場所を見つけるのも大変だろう。
そう思っていたけど……。
「……まさかこうも調子よく進むとはな」
辺境領に着いたその日。おっさんから貰った封筒に書かれていた住所に向かうと、そこには綺麗な一軒家が建っていた。
大通りに建てられたその家は元々商店として使われる予定だったが、諸事情で長らく空き家となっていたとのこと。この”諸事情”に関しては物件の管理を任されていたアーヴァル商工会の会長も詳しくは知らないらしい。
まあこれは考え出すとキリがないからこの辺にしておこう。
家の中はホコリが溜まっていたが床や天井が腐っているということはなく、また家具一式も近くの市場で安く揃えることができた。
棲み処が手に入ったのなら、次にすべきことは仕事を見つけるということ。
だったらやるべきことは決まっているな。
幼い頃からの夢でもある「店」を開くための資金を調達する。そう思い立った俺は早速アーヴァル辺境領冒険者ギルドの門を叩いたのだった。
―――――
「えーと、この赤紫色の草は取っちゃダメと」
薬草採取自体はどんなクラスの冒険者でも受けることができる依頼だ。それこそ冒険者登録をしたばかりでロクに剣を振ったことのないド新人から、ドラゴンを倒すことができるベテラン冒険者と受注者の幅は広い。
無論取る薬草によっては新人では受注できない依頼もあるにはあるが、基本的には誰でも受注できる依頼しか出されないという。
Fランクの冒険者になって早半月。俺は新人冒険者の登竜門でもある薬草採取の依頼を受けて郊外の山を訪れていた。
止血用のアカケシ草に鎮痛用のアオドメの花。これらは簡単に手に入るからいいとして、問題は一番金になる治癒能力を増大させる仙人草が山奥にしか生えていないということだ。
子供でも簡単に採れるような薬草を採取するだけの依頼が出されるわけがない。それこそ金の無駄遣いだ。
1日中山を散策してアカケシ草とアオドメの花は籠一杯になるほど集まったが、肝心要の仙人草は未だ殆ど集まっていない。
「うーん」
このまま行軍して夜通し探すことも出来なくはないが、そこまで金に困っているわけでもないし。かといって特別時間に追われているわけでもないから、このまま散歩気分で山を散策することもできる。
どうしようかと悩んでいると、木の枝と何かが擦れる音が聞こえてきた。
音のなった方を見ると、そこには……。
「……一角狼」
頭部にオーガ種のような一本角を生やし青色の体毛を持ったモンスター《一角狼》がこちらをじっと睨んでいる。
一角狼のレベルはせいぜい5から10。駆け出し冒険者が倒すのはちょっと厳しいかもしれないという位の強さだ。
村を出たばかりの頃はなるべく一角狼に見つからない行動していたが、今の俺だったら難なく倒すことが出来る。……出来るのだけど。
「別にいいか」
取り出した呪紙をポケットにしまい直して背中を見せないようそっとその場を立ち去る。懸賞金をかけられている危険なモンスターというわけではないだろうし、わざわざ俺が倒す必要はない。
比較的人里に近い所に一角狼が現れたということは一応ギルドに報告しておくか。
俺が立ち去るのを見届けると、一角狼もまた茂みの中へと飛び込み何処かへと立ち去ってしまった。
こうして初めての依頼を終えた俺は、ギルドで薬草代と依頼料合わせて50ギルを受け取り新居のベッドで大の字になって寝転ぶ。
もう坊ちゃん連中の言動に気を遣うこともなければ、王室や聖教の発言に神経を擦り減らす必要もない。俺は正真正銘”自由なスローライフ”を送っているんだ。
そのことに感慨を覚えながら眠りにつく。
その日は夢を見ることもなく、穏やかで気持ちいいの睡眠を満足できたのだった。
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