第14話 長い時間
side-楓
-葵をちょっと借りるね-
涼からメールが来た後、葵がどこかへ出掛けて行くのが分かった。相手が涼なら心配はないが、一体何を話すつもりなのだろうと気になった。
決死の思いで自分の気持ちを伝えたというのに、それに答えもせず、葵は出て行ってしまった。
楓はベッドで横になりながら、ホテルで涼に言われた言葉を思い出した。
「 もし、葵の気持ちが分からない時は彼に触れてみて。きっと何か分かると思うから 」
どう分かるのか、何が起きるのか、想像がつかなかったが、涼が意味のないことを言うとは思えなかった。
( 試してみようかな… )
涼と話してから、葵に対して前向きになっている自覚はあった。葵に触れたい気持ちも芽生えていた。
帰って来たらもう一度話をしようと考えているうちに、楓はそのままベッドで眠っていた。
目が覚めるとすっかり夜になっていた。昨夜は寝不足だったせいか、どうやらぐっすり眠ってしまったようだった。
部屋が真っ暗で、今が何時なのかも分からなかった。
何も見えない中、手探りでベッドの上のスマホを探していると、キッチンから音がしていることに気付いた。葵は帰っていた。
楓はスマホを探すのをやめ、暗闇の中をゆっくりとドアへ近付き、部屋を出た。キッチンへ行くと、葵が料理をしている姿が見えた。
楓はその様子を暫く眺めていた。作り慣れたメニューなのか、いつもに増して手際が良かった。何を作っているのかすぐに分かった。
それは、楓がパスタの次に大好きなオムライスだった。
完成したそのオムライスをテーブルの皿に移そうと、振り返った葵が楓に気付いた。
「 あ、楓。寝てたの?オムライス作ったけど食べる? 」
「 えっ…あ…うん、食べる 」
今朝までの葵はどこかへ消えてしまったのか、普段通りだった。
「 じゃあ今から2個目も作るからもうちょっと待ってて 」
そう言って微笑み、背を向けた。これがいつも通りなのに、昨夜からのことを考えると、今の方が夢を見ている気分だった。
料理を続ける葵の背中をしばらく見つめたあと、楓はゆっくり近付いた。近付く程に鼓動が早くなっていった。
真後ろに立った楓は、もう一度葵の背中を見つめた。躊躇う気持ちを振り払い、勇気を出して後ろから抱き締めた。
葵の背中は温かく、広かった。今までに経験したことの無い緊張感から、鼓動は更に早まっていった。
気持ち悪いと今にも拒否されてしまうのではないかと恐怖心ばかりが大きく、触れている喜びを感じる余裕は全くなかった。
暫くそのままだった。すると、葵はコンロの火を止めて、楓の手を取った。相変わらず何も言おうとしない。楓は沈黙に耐え切れず、ぎゅっと目を瞑った。身体は小刻みに震えていた。
次の瞬間葵は振り返り、楓に優しく唇を重ねた。葵を全身で感じられるようなキスだった。
楓は一瞬驚いて、そっと葵の背中に手を回し目を閉じた。嬉しくて、嬉しくて、涙が出そうだった。
「 楓って、そんな顔もするんだな 」
葵がいつもより少し低い声で、耳元で囁いた。恥ずかしさで、顔が真っ赤になりそうだった。
楓の反応を見た葵は、さっきとはまるで違う咽ぶ程のキスをした。葵の首に回した手で髪を絡めながら、楓はその全部を受け止めた。
口の中でお互いが激しく求め合い、とろけそうな程気持ちが良くて、息が荒くなった。
葵の柔らかい唇が、楓の耳から首筋へと下りていく-今にも押し倒されそうな勢いに、身体が疼き、火照ったように熱かった。
「 葵こそ、キスが凄く上手なんだね 」
唇が離れたあと、トロンとした目で今度は楓が耳元で囁いた。
すると、顔を隠すように葵は楓をきつく抱き締めた。どうやら照れているらしかった。初めて見るそんな反応も何もかも、嬉しくて、愛おしかった。
「 葵、大好きだよ 」
「 俺も、楓が大好きだよ 」
初めてお互いの気持ちを確認し合った。抱き締めてくれる葵の体温が心地良かった。
やっと届いたと実感していた。とてつもなく長い時間だった。楓は心の底から幸せを感じていた。
「 あっ、オムライス!!! 」
机の上で忘れられている存在を急に思い出した葵が叫んだ。
「 せっかく上手く包めたのに冷めちゃうじゃん、やばい。楓、ちょっと手伝って 」
楓は微笑みながら頷いた。この先もこうやって一緒に食事の準備をしたり、たまに喧嘩もするかもしれない。
どんな瞬間でも、葵と過ごす毎日を大切に、大切に、過ごしていこうと思った。
その日の夕食は2人とも笑顔に溢れていた。
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