第13話 籠の中の鳥

 side-葵


 空港のカフェに着いた葵は店内へ入り、涼の姿を探す。落ち着いた雰囲気で、お洒落なその店の1番奥の席に涼は座っていた。

 近くに置かれている雑誌の1つを読んでいた涼は、既にコーヒーを注文し、中身が半分程に減っていた。

「 あ、葵、待ってたよ。座んなよ 」

 涼は真向かいの椅子を指す。近くにいた店員を呼び、葵の分のホットコーヒーを頼んだ。

 暫くすると、コーヒーが運ばれてきた。カップから湯気が上がり、深みのある良い香りがする。

 涼は店員がいなくなると、雑誌を閉じて残りのコーヒーを飲み干し、葵をじっと見つめた。

「 招待状、楓から貰ったでしょ? 」

 葵は何も答えなかった。それに構うことなく涼は話し続けた。

「 楓に葵の分の招待状を渡したのは間違いだったかな。やっぱり、郵送にすれば良かったかも 」

 何が言いたいのかサッパリだった。

「 聞いたんでしょ、俺と楓のこと 」

 頬杖をつきながら聞いてくる涼のその表情は、電話の時と同じで、やはり余裕があるように思えた。

 無性に腹が立って、葵は睨みを利かせた。

「 葵はずるいよね。」

 睨んでいる葵を見て涼が言った。

「 は?」

 さっきから一体何を言いたいのか分からず、苛立ちばかりが募っていく。

「 葵ってさ、自分が楓を縛り付けてるってこと自覚してないでしょ。文学的な表現で言えば、籠の中の鳥ってやつだよ。好きな時だけ可愛がって、あの子がやりたい事、言いたい事なんか理解してあげようともしないんだ 」

「 …意味が分からないけど 」

「 俺が楓と付き合ってる時、夜は必ずマスクを付けようとするから聞いたんだ。つい癖で、って言ってたけど。ここまで言えば何の事か分かるよね? 」

 それに対しては理解ができた。葵自身が言いつけた楓への約束事だった。

「 高校生なんだし、自分の身は自分で守れる歳でしょ。仮に、声を掛けられたとしても、ついて行くかどうかなんて楓が決める事で葵が決める事じゃない 」

 葵は涼が何が言いたいのかを段々と理解し始めていた。いつの間にか苛立ちは消え、後ろめたい気持ちが広がっていった。

「 付き合うのは俺が初めてって聞いた時も、それまではさり気なく葵がガードして生きてきたんだろうなって思ったよ。自分は色んな女の子と遊んでた癖にさ。だって…あんなに綺麗な子が未経験だなんて、有り得ないでしょ、普通に考えても 」

 何も言い返せなかった。黙って涼の話を聞くことしかできなくなっていた。

「 葵が楓の事を好きならまだいいよ、それでも 」

 そう言うと、涼は軽く腕を組み、さっきまでとは全く違う冷ややかな表情で続けた。

「 そうじゃないなら、もうあの子を自由にしてあげてよ 」

 涼の言葉に、知らず知らずのうちに自分が楓を縛り付けていた事実を痛感させられていた。

 葵の表情はすっかり暗くなっていた。視線は完全に下を向いていた。

 すると、それを見た涼が急に声を出して笑い始めた。

「 へ…? 」

 葵は、突然の涼の変化についていけず、変な声が出てしまった。

「 あはは……はぁ…ごめん、ごめん。だって、そんなに落ち込む葵、初めて見るからさ、可笑しくって 」

 涼はまだ笑っている。葵は唖然としていた。

「 葵が感情剥き出しだったから、ついからかいたくなっちゃって…シリアスな言い方しちゃった。ごめん葵、許して? 」

 こんな奴だったっけ-葵もそんな涼を初めて見る気がした。

「 だって、2人とも鈍感で不器用過ぎるんだもん。21年も一緒にいてなんで気付かないのかなぁ… 」

「 どういうこと? 」

「 お前ら、どう見たって好き同士でしょ。俺にはそうとしか見えなかったよ。いくら幼なじみとは言っても、2人みたいにはならないよ 」

 いつの間にか涼の表情は明るく、言いたい事がやっと言えたと、満足気だった。

 一方の葵はというと、話の展開が早過ぎて頭がついていかなかった。

「 後は自分でよく考えて処理しなよ。俺ができる事はここまで。態度悪く呼びつけてごめんね。わざわざ来てくれてありがとう 」

 気付けば昔のような涼に戻っていた。優しさの似合う笑顔だった。


「 結婚式は楓と必ず2人で来てね 」

 涼は地元へと帰って行った。からかいたくなったと言ってはいたが、全て涼の本音だったのではないかと、葵は感じていた。

 葵は楓の事を想いながら飛び立つ飛行機を眺めていた。

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