第11話 招待状
side-葵
シャワーを済ませ、ドライヤーで髪を乾かし、鏡で自分の顔を見ながら歯を磨いた。寝不足からか、目の下に薄らと隈ができていた。
磨き終わり、壁に掛けられたタオルで顔を拭いて、鏡の中の自分に視線を戻した。
小さく頷いて全身に気合いを入れ、楓の部屋へと向かった。
部屋の前で立ち止まり、一呼吸置いてから、ドアを2回ノックした。
「 どうぞ 」
向こうから声が聞こえたのを確認した葵は、ドアを開けて中へ入った。楓は壁に凭れながら、膝を立ててベッドに座っていた。
葵はゆっくり近づき、楓の顔を見た。
「 座ったら? 」
楓は相変わらず少しムッとした表情だった。
「 いいよ、このままで 」
思わず視線を逸らし、遠慮がちに答えた。その様子を見た楓も、葵から視線を逸らし、真っ直ぐ前を向いた。
「 昨日… 」
沈黙を破り、楓が切り出した。
「 昨日、何か変だったよね。どうかしたの?」
いきなりの本題に戸惑っていた。何でもないと言ったところで納得する筈がないと分かっていた葵は、素直に香水の事を聞くべきか迷っていた。
「 …ごめん。でも、電話にも出ないし、帰りが遅かったから心配してたんだよ。それなのに、何も言わないから 」
気付くと楓はまた葵の方をじっと見ていた。
「 折り返さなかったのは俺もごめん。そんなに心配してくれてるとは思わなくて。それに、走って帰ってたから…でも、本当にそれだけ? 」
そんな事であんなに怒る?とでも言いたげな顔だった。見透かされている気がした。
これ以上は誤魔化せないと判断した葵は、正直に聞くことにした。
「 昨日、帰って来た楓から香水の移り香がしたんだ。お前、ホントにバイトだったの?誰かと会ってたんじゃないの? 」
楓の顔がピクっと反応した。それを見逃さなかった葵は、自分の勘が当たっていることを確信した。
心の中がどす黒く染まっていくような気分だった。散々妄想していた事が、現実だったと思うと、そうではない可能性に期待していた自分が虚しくなった。
すると、楓はベッドから立ち上がり、机の上に置いてあった封筒を取って葵に手渡した。
それは結婚式の招待状だった。宛名に自分の名前が書かれている。
封を開け、中を確認すると、ある部分に目が止まった。新郎と書かれたそこには、涼の名前があった。
「 昨日、涼が会いに来てくれたんだ。俺たちにも結婚式に来て欲しいって 」
どす黒くなった心の中が、今度は灰色に変化していくような気分だった。葵は益々混乱し、訳が分からなくなっていた。
「 これを渡す為にわざわざ東京まで? 」
招待状は郵送すれば済むことで、移り香に関して納得することは到底できなかった。話をしただけでそうなるとも考えられなかった。
それでも視線を逸らさず、真っ直ぐ葵を見る楓の目からは覚悟を感じた。
「 俺、実は、高校を卒業するまで涼と付き合ってたんだ 」
その告白は衝撃が大きく、一気に頭の中が真っ白になった。目の前の楓がまるで、全く知らない人間に見えた。
「 は…? 」
それ以外、何も言えなかった。
「 でも俺に他に好きな人がいることに涼は気付いてて、別れたんだ 」
葵は驚きから、口が少し開き、身体が動かなかった。そんな葵に構わず、楓は話を続けた。
「 凄く傷付けたこと、ずっと後悔してて。でもまさか、涼から話をしに来てくれるなんて思わなかったから。俺、謝りながからボロボロ泣いてたし、落ち着かせる為に抱き締めてくれてたんだ。移り香はその時のものだと思う 」
微塵も考え付かなかった事実に、葵はまだ動けずにいた。
楓と涼が-そんな2人を思い出そうとしても、葵の記憶の中にはその片鱗も無かった。
「 今まで黙っててごめん。でも、涼の事は絶対に責めないで欲しいんだ 」
その言葉には強い思いが込められているようだった。
「 俺、葵のことが好きなんだ。涼はそれを気付かせてくれたんだよ 」
楓は、今まで見た事が無い程、儚く切ない表情をしていた。
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