第7話 マスクとマフラー

 side-楓


 楓達の地元の冬は寒かった。11月上旬にはチラホラと雪も降り始める。

 楓は寒いのが苦手だった。毎年この季節は憂鬱になり、元々お喋りでもない楓は更に口数が減っていた。

( あぁ…寒い…マフラーしてくれば良かったかな )

 10月ともなれば日中との温度差が激しく、今夜は特に冷えていた。

 楓は大学受験の為に、春から通い始めた塾の帰りだった。合格出来る確率が高いことは分かっていたが、念の為と両親が行かせてくれていた。

 今の気温は5℃前後だろうか。マフラーは無いが、マスクをしているせいか、顔は余り冷たくならずに済んでいた。

 風邪を引いた訳ではないのだが、夜の街を1人で歩く時はいつもマスクをしていた。葵との約束だったからだ。

 理由はよく分からなかったが、何となくそれを守っている。

 楓は少し下を向き、身体を小さくしながら歩いていた。思わず力が入ってしまい、寒さも相俟って今にも背中がつりそうだった。

「 あれ、楓じゃん 」

 ふと顔を上げると、そこには涼が立っていた。

「 あ…涼 」

 彼もまたどこかからの帰りなのか、コートの下は制服のままだった。背の高い涼は、長い脚が映え、そのコートが良く似合っていた。

「 そっか、塾に通ってるんだっけ。葵と同じ大学行くんだもんな、大変だね 」

 涼は就職組で、早々と既に内定を貰っていることは楓も聞いていた。

「 うん、涼は? 」

「 俺はバイト終わって帰るとこ 」

 涼は少し考えた後、続けた。

「 家…ここから近いんだっけ? 」

「 まぁ、歩いて20分位かな 」

「 じゃあ送ってくよ。少し話したい事もあったし…いい? 」

「 あ…うん、ありがとう 」

そう言って満足そうな顔で楓の隣へ並んだ。

 涼は4人の中で圧倒的に1番大人びていた。切れ長で少し細い目と鼻筋の通った顔、背は高く、綺麗な黒髪だった。

 自分達の知らない世界を知っているかのような妖しげな雰囲気を持ち合わせており、同じ高校生とは思えなかった。

 だからと言って嫌悪感は全く無く、自分の話は余りしないものの、人の話を聞くのがとても上手かった。

 4人でいる時は、賢二が騒がしく話すのを優しく微笑みながら相槌を打つ涼の姿がお決まりだった。

「 今日、なんか元気無かったよね、気になってたんだけど 」涼が口を開いた。

「 そうかな 」

 2人は雑談しながら街中を駅に向かって歩いた。ホテル街を通り抜け、しばらく歩くと楓の住む住宅街へ辿り着いた。

 建ち並ぶ家々の灯りは殆どがついており、外の寒さとは違って暖かみのある空間を示していた。外に人影は見られなかった。

「 楓、俺と付き合ってみない?卒業までの限定でいいからさ 」

 いきなりで、思いもよらない言葉に驚き、楓は足を止めた。

「 付き合うって…俺、男だよ 」

「 知ってるよ 」

 そう言って涼は笑っている。何が可笑しいのか分からない。

「 別にからかってないし、真面目に言ってるんだけど? 」

 涼の目は、確かに嘘を言っているようには見えなかった。

「 言ってなかったけど、俺、いわゆるバイってやつでさ。似たような雰囲気を楓からも感じてたんだよね 」

 楓には何の事を言っているのか理解出来なかった。

「 俺の事、嫌いじゃなければ付き合ってよ。結構楽しいかもよ 」

 確かに、涼の事は嫌いじゃない。寧ろ、友達としては大好きだった。そうは言っても、付き合うとなれば話は別だった。

 楓は返事に困っていた。言葉次第では、涼を傷付けてしまう気がしたからだ。

 楓が黙って考えていると、急に視界が暗くなり、冷たい空気を顔に感じた。

 涼は楓のマスクを下げ、唇を重ねていた。

「 決まりね 」

 涼はそう言って、自分がしていたマフラーを解き、楓の首に巻いて優しく笑った。

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