第3話 過保護
side-葵
夕食の準備はとっくに済んでいた。作ったサラダは冷蔵庫に入れており、楓の帰宅後にトマトソースを温め直し、パスタを茹でて盛り付ければ完成だった。
下ごしらえはバッチリだったが、葵の心はザワついていた。楓が電話に出なかったのだ。
家へはホテルから20分もあれば帰り着ける。帰りは23時前位と楓は言っていた。逆算すると、勤務は22時30分頃までということになる。
その時間を見計らって、40分に葵は電話を掛けた。虚しくコールされるだけで、出る気配が無い。
何かあったのだろうか…迎えに行こうかとも考えたが、流石に過保護すぎると自分を制していた。
( 小学生や中学生じゃあるまいし…今時は高校生だって夜遅く帰ったりするんだろうし )
自分に言い聞かせてはいても、落ち着いていないのは明らかだった。キッチンの時計を見ると、既に23時38分を指していた。
過保護過ぎると自分を制したばかりに、予測も出来ない事態など起こってはいないだろうかと、迎えに行かなかった自分を後悔し始めた頃、玄関の鍵がカチャリと開く音がした。
「 ただいまぁ~、疲れた~ 」
いつもと変わらない楓の声に、葵は唖然とする。そんな事を当然知る由もなく、楓はヒョコっとキッチンに顔を出した。
楓の顔を見た瞬間、とてつもない安堵感と倍増する苛立ちを覚えた。言ってやりたい事は山程あったが、必死に感情を抑えていた。
「 お帰り、お疲れさん 」
思っている事と違う事を口から発したせいで、精一杯笑ったつもりでも、顔は引き攣っていた。
「 手、洗ってくるね 」
楓はバスルーム横の手洗い場へ向かった。
「 お風呂が先じゃなくていいの? 」
そう自分で言っておきながら、仕事から帰って来た夫を持て成す新妻のような自分が情けなくなる。感情はグラグラと揺さぶられている癖に、だ。
「 いい~、お腹空いたから早く葵のご飯が食べたい 」
バスルームの方から楓が返事をした。後はパスタを茹でて完成だというのに、このままだと茹ですぎてベチャベチャの失敗作になってしまいそうだった。
無事に帰って来たんだし、それでいい-葵はそう思い直し、鍋に水を入れてコンロに置き、火を付ける。2人分のパスタを用意して、皿を2枚出した。
「 ソースはもう作ったの?良い香りだね 」
手洗い場から葵の隣へやって来た楓が言った。
その時、葵は手を止めた。たった一瞬で、葵は楓の身に起きた出来事を察知してしまった。
今にも震え出しそうな手を必死で抑えながら、隣で葵を見つめ、キョトンとしている楓に言った。
「 サラダ…冷蔵庫にある…から、テーブルに出しといて 」
自分の顔を見られないよう、何とか声を絞り出していた。
「 分かった 」
そんな葵の様子に気付いていない楓は、冷蔵庫を開け、サラダをテーブルに運んでいる。嬉しそうに、鼻歌交じりだった。楓は葵の作る料理は何でも好きでよく食べたが、パスタは特に大好物だった。
「 テレビ観て待ってていい? 」
リモコンを手に持ち、楓が問いかけた。
「 いいよ 」
その一言でもう精一杯だった。目の前では鍋の中のお湯がボコボコと溢れ出しそうなのに、葵は手に持ったパスタを入れる事が出来ず、固まっていた。
我慢していた手の震えが一気に解放され、止まらなかった。
葵を見つめながら隣に立つ楓の身体から、ふと、男物の香水の香りがした。
その香りが自分にもまとわりついているような気がして、葵は頭がグラつくほどの苛立ちと、不安な思いでいっぱいだった。
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