第2話 朝

 side-葵


 今から21年前、家が隣同士の仲の良い友達夫婦の間に2人は生まれ、兄弟同然のように育った。葵にとって、楓が常に横にいるのは当たり前で、楓にとっても然り、だった。

 楓が葵の家で食事をして、そのまま朝を迎えることもよくあった。両家で一緒に旅行もあちこち行った。

 そんな2人は自然と嗜好も似て育ち、当然のように同じ高校や大学へ進学した。言い合わせた訳でもなく、本当に自然にそうなった。

 上京し、2DKのアパートに2人で暮らし始めてもう4年目になろうとしていた。そんな2人でも性格はまるで違っていた。

「 楓、起きて。朝ごはん作ったから 」

「 んー…… 」

 葵は朝に強く、料理が得意だったので、これらのやり取りは日課だった。

 一方の楓はというと、朝にめっぽう弱く、料理はかなりの腕前なのに、極端に面倒臭がりのため、放っておいたら毎日カップラーメンか食べない生活を送りそうな有り様だった。

「 今日から講義だぞ。終わったらバイトで。1人辞めて人手不足で大変なんだろ?早く起きな 」

 そう言われると、楓はボサボサになった頭でようやく身体を起こす。

「 おはよう、葵… 」

 そう言いながら、目はまだ開いておらず、口を尖らせていた。

「 おはよ 」

 葵は楓のそのボサボサ頭に軽くポンと触れ、部屋を出た。

 楓は有名な大手ホテルのレストランでボーイをしていた。生まれ持ったその美貌によりスカウトされ、気付けばもう2年目、たまに見るその姿は実に様になっていた。

 あんなビジュアルの男に奉仕されれば、男でも女でも悪い気はしない。本当は計算なのではないかと思うような、自然に生み出される笑みも天性だった。

 大学卒業後は是非うちで働いて欲しいと熱望されているらしいが、ハッキリと断っていた。楓は、気持ちを引き摺る事は滅多に無く、人や物事にもあまり執着しない。

 朝ごはんを食べているというのに、楓の目は閉じたまま、口だけが咀嚼で動いている。それも毎朝の事だった。

 向かい合って座る葵は、そんな姿を気にする事もなく、スマホでニュースを読みながら既に食後のコーヒーを飲んでいた。

 葵は書店でアルバイトをしている。楓と違って人と接する事を得意としない葵だが、たまたま見付けたアルバイト募集の張り紙が自分に最適だと判断し、応募した。本は好きだったからだ。

 タイプは違うが、楓に劣らないビジュアルの持ち主の葵を見て、店主が即採用に至ったのは自然な事なのかもしれなかった。

 現に、葵を目的として店に通う女子高生や大学生は多かった。

「 今日の夜はパスタが食べたいな。三葉と海老が載ってるトマトソースのやつ。あとサラダも 」

「 分かった。帰りは何時? 」

「 んー、23時前位かな 」

「 迎えに行かなくていいの? 」

「 大丈夫だよ、1人で帰れる 」

「 分かった。じゃあ俺はバイトの後、買い物したら先に帰って夕食の用意しておくよ 」

「 ありがと 」

 いつの間にか楓の目は開いていて、葵を見てニッコリ笑っていた。

 本当は夜に1人で帰らせるのは怖いんだけど-葵は思った。

 昼間の渋谷に行けば、芸能関係のスカウトで今まで何枚の名刺や電話番号を貰っただろうか。

 楓にとっては興味の無い事で、帰宅後それは直ぐにごみ箱行きになる運命だった。

 夜はあまり1人で出歩かせないようにしていた。昼間と違って、周りの人間の外出目的が違う街は最も危険だった。しかもその対象が楓の場合、女だけとは限らない。

 それでも、バイトがある日の夜は遅くなるのが避けられず、葵は極力迎えに行くようにしていた。過保護なのは自覚していたが、やはり心配だった。

 一先ず、楓のバイト終わり頃に電話を入れようと葵は思っていた。

「 そろそろ出よう。着いたら先に課題提出しに行かないと 」

「 そうだね。この間のノート持った?」

「 持ったよ 」

 玄関で2人は並んで座り、靴を履く。とは言っても、そんなに広くもないので、男2人が座れば当然ぎゅうぎゅうだった。1人ずつ履けばいいものを、何故かいつもそうなる。

 東京へ来て4年目-楓と過ごす大学生活は充実していた。

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