clumsiness
tony.k
第1話 入学式
side-葵
春の心地よい風の中、これから先の希望に満ちた生活へ喜びと笑顔に溢れ、構内は活気づいていた。
桜は咲いていなかったが、構内のその様子はいかにも春を感じさせる。
今日は大学の入学式だった。在学生は休校だったが、葵と楓は課題を仕上げるために大学へ来ていた。
新入生をサークルに勧誘する、各々のユニフォームや衣装に着替えた他の在学生もたくさんいる。
式は終わったのだろうか。買ったばかりの着慣れないスーツ姿の新入生たちは、ついこの前まで学生服を着ていたであろう雰囲気をまだ隠せていない。
それを嬉しそうにカメラや携帯電話で撮影する親の姿もあちこちで見られた。
「 懐かしいね、俺らもう3年も前になるんだっけ、ああいうの 」
葵が少し目を細めながら言った。
「 そうだね 」
続けて楓が答える。葵と違って、表情は淡々としていて、あまり興味も無さそうだ。
「 色々と大変だったよな 」
「 大変って? 」
「 え…もしかして忘れたの? 」
楓は思い出そうとしても全く記憶が戻ってこないので、直ぐに考えるのを止めたようだった。
「 あのぉ…すみません…在学生の方ですかぁ? 」
急に後ろから呼び止められ、2人とも振り返る。なんだか不快な気持ちになりそうな甘ったるい声だった。
そこにはスーツ姿の2人の女の子が立っていた。彼女たちが新入生だろうという事は直ぐに分かった。ただ、そのスーツ姿には不自然なくらいに化粧が濃ゆかった。
( 近頃の女の子ってホント、積極的だな )
葵は瞬時に悟っていた。
「 良かったら構内を案内してくれませんかぁ?あたしたち、2人で来てて親も一緒にいないしぃ…講義を受ける場所もよく分からないから、調べておきたくてぇ 」
これほどまでに分かりやすい事があるのかと、葵は呆れた目で2人を見ている。
そんな彼の目線に気付きもせず、彼女たちは顔を見合わせながらキャピキャピしていた。
「 あ…えっと… 」
楓は対応に困っていた。仕方ない、と、一つ溜息をつき、後ろから半歩近づいて葵が割り込んだ。
「 ごめんね、俺たち教授に呼ばれてて、これから行かなきゃいけないんだ。少し先に案内板もあるし、パンフレットも貰ってるでしょ? 」
葵は彼女たちの手元を指差す。2人は大きな封筒を抱えていた。
そんな言葉も彼女たちには届いていない様子で、声を掛けた在学生が実は2人とも端正な顔立ちの青年だったことに気付いて驚き、目を丸くしていた。
「 楓、行こう 」
「 あ…うん 」
誘導するように、葵は楓の腕に少し触れて歩き出した。
「 俺たち、教授に呼ばれてたっけ? 」
楓が不思議そうに葵に聞いた。
「 断るための嘘に決まってるだろ。新入生ならあからさまに迷惑がる訳にもいかないし、優しくしてあげないとね 」
悪戯っ子のように笑いながら葵は言った。
「 断るって…案内を? 」
楓はやはり理解していないようだった。葵にとって、楓がかなり天然なのはよく知っている事だが、たまに想像を越えるほどの鈍感さに驚かされるのもよくあることだった。
「 あれ、一種のナンパだから 」
「 えっ、そうなの? 」
「 そうなの 」
葵にとっては今更だったが、楓は案の定驚いていた。
「 よく分かるね、凄いなぁ… 」
「 明らかに楓狙いだったしね。それに、初めてじゃないし、こういうの。ていうか慣れたよ 」
楓は、美意識の高い綺麗な女性でさえも、自信喪失してしまう程の美貌の持ち主だった。反して声は低く、身体の線は細いが女性には程遠い。
それなのに、彼から溢れ出す中性的な何とも言えない独特の雰囲気は、男であってもそれが何なのか分からなくなるくらい、困惑する瞬間もあったりする。
自分の美しさに気付いていない楓は、周りのそういった反応が自分へ向けられたものだと未だに理解していなかった。
「 葵じゃないの? 」
「 何が? 」
「 誘われたの、俺じゃなくて葵じゃないの?」
「 お前、ホントに忘れてるんだな 」
入学式の日は、楓が歩く度に声を掛けられ、全く先に進めず、見学もろくにできずに時間ばかりを消費していた。
当の本人は、そんな中でも状況を理解していなかった。断るのは葵の役目で、結局早々と帰る羽目になった。
「 葵が格好良いから声掛けられたんじゃないの? 」
楓の言葉に思わず足が止まる。あの日も楓は同じ事を言った。
振り返ってみると、楓は既に真っ直ぐ葵の方を見ていた。ただ、いつもとは違い、まるで葵を挑発するかのようにも見えた。
しばらくの沈黙のあと、葵は何も言わずに視線を逸らし、また歩き出した。
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