第24話 ドックファイト
浜松での訓練は思っていたより順調で、このまま行けば四月末には築城基地に異動してもついていけそうだ。
天衣はすでに松島基地を離れ、小牧基地に配属になったと聞く。きっと新しい環境に緊張して、ガッチガチに力んでいるに違いない。そんな、天衣の姿を思い浮かべ今日も訓練に出る。
「本日は四機にてドッグファイトを行う! リーダーとウイングマンの組合せを発表する!」
複座において前席に座り操縦する人と、後部座席にて操縦者に周辺情報を提供する人がいる。前席がリーダー、後部座席はウイングマンとなる。
ウイングマンは敵の位置を常に把握し、その動きを読みリーダーを誘導する。敵機の後ろを捉えロックオンした方が勝利となる。
先を読む能力と瞬時の判断力が必要となる訓練だ。
「申し訳ありませんが、後部座席にウイングマンは必要ありません」
俺がそう言うと、周りはザワついた。それでも俺は気にしない。
スクランブルが発動されると二機編成で発進するが、現状そのほとんどは単座だ。それを思えば、ウイングマンからの指示を待つより自分の判断で動きたい。
「沖田。ウイングマンが要らないって、一人でやるつもりか!」
「はい。教育期間中のウイングマンなら不要です。より実戦に近い形で訓練をしたいと思っています」
「ほう……いいだろう。ウイングマンなしで後悔するなよ」
「はい!」
使用機材はF−2戦闘機。小型で高性能なこの機体は俺の操縦のしかたに合っていた。敵機を躱す時のブレイクもループもT−4と変わらない。いや、それ以上に反応がいい。
ブリーフィング後、耐Gスーツを着用しヘルメットを抱えてゼロワンに乗り込んだ。
チームAがゼロワン(01)、ゼロツー(02)
チームBがゼロスリー(03)、ゼロフォー(04)
―― ゼロワン、コンタクトチェック
―― こちらゼロワン、コンタクトクリアー
各機体、離陸前点検と無線状況の確認が終わり離陸準備に入る。滑走路に移動して、ラストチャンスといって最終確認が行われた。
―― チェック、オッケー。オールクリアー
全ての機体の離陸準備が整った。
―― 離陸を許可する
―― 離陸許可、確認
滑走が始まると、その振動が体に伝わり機体はすぐに浮上、ギアの収納を確認してテイクオフ完了。
ドッグファイトは二機でワンペアだ。
互いのチームが上空で交差し、旋回した瞬間がゲームスタートとなる。
天衣はこの空を飛びたかったと言う。天衣も命懸けの空での戦闘に本気で挑もうとしていたんだよな。医師から止められたパイロットへの道は、どれほど悔しかっただろう。俺はパイロットになるまで大した壁に当たらなかったから、天衣の本当の辛さはまだ分かってないのかもしれない。
「天衣、見てろよ。俺が二機ともケツから撃ち抜いてやる」
四機全ての離陸が完了し、まもなくすると訓練空域へと到着した。
―― クロスするぞ
―― 了解
両組が交差し、旋回開始。
ゲームスタートだ!
敵機の後ろを狙う激しい攻防が始まった。
天気は晴れ。風はほとんどない。所々に雲はあるが、視界に影響するほどでもない。
相手は一機が訓練生、もう一機は三沢基地に配属予定の者と聞く。俺は敢えてウイングマンの同乗を断った。
(ウイングマンが不要なことを証明してやる)
―― こちらゼロワン、ゼロツー状況はどうだ
―― こちらゼロツー、ゼロフォーの後尾を狙っている。二時の方向に目視確認
―― 了解。
「ゼロフォーの後尾か.....ゼロスリーは何処に行った。俺の周辺にはいないぞ」
レーダーを確認するとゼロスリーはまだ目視確認できない距離だが、やつはゼロツーの後方にいた。見ればジリジリと距離を詰めている。
「なるほどな、こっちを挟み撃ちしようって魂胆か。そうはさせるかよ」
俺は機体を上昇させ、ゼロスリーの後方を狙うため雲の中に一旦隠れた。ゼロスリーが味方の機体をロックする前に俺が下降して揺さぶってやる。
それまでに味方がゼロフォーを追い続けることができればだが。
―― ゼロワン、こちらゼロツー。今どこだ!
―― こちらゼロワン、あんたの上だよ
―― は?
―― 俺のことは気にするな。ほら振り切られるぞ。ゼロフォーのケツちゃんと追えよ
―― ちっ
雲は途切れ途切れで、その間を機体が見え隠れする。相手は三沢に配属されるだけあって、逃げるのが上手い。
ブレイクの仕方も、高度の上げ下げも並じゃない。このままではゼロツーは振り切られる。それだけじゃない、タイムオーバーになる可能性だってある。俺は時計を見た。時間は限られている。空は俺たちだけのものではない。飛行空域や高度は違うとはいえ絶対に民間機に出くわさないとさ言えない。
絶対的な安全はこの空にはないんだ。
(急がないとな)
「あと五分か、もう待てないな」
俺は高度を上げ、アフターバーナーを焚いた。味方のゼロツーが後尾を取られる前に、俺がゼロフォーを捕らえればいい。
雲の上を飛ばし、ゼロフォーの機体を目下に確認。
(まだ気づいていない)
「ウイングマンさんよ、どこに目をつけているんだ。くくっ」
あまり様子見ばかりしていては味方のゼロツーが後尾を取られる。
(ゼロスリーの位置はどこだ)
計器で確認すると、ゼロスリーはもう味方のゼロツー後方まで迫って捕らえようとしていた。
(早いな。あいつ素質がある)
―― こちらゼロワン。ゼロツー九時の方向にブレイクだ! ケツ狙われてるぞ!
―― なにっ……ゼロツー、了解!
ゼロツーがブレイクした瞬間、俺は高度を下げた。目の前から機体が消えれば必然的にゼロスリーもブレイクし、ゼロツーを追うだろう。その隙を狙って、前方にいるゼロフォーを俺が撃つ。
ひとつの事ばかりを追い続ければ、背後を取られる。それは分かっている。でも、追い続けなければ何も始まらない。
雲の中から一気に下降した。ここはスピードが勝負だ。そしてバーナー全開で相手のケツを突く。
―― ピピピピピッ
警告音が鳴り響く。Gが過度にかかったという証拠だ。
だが、これに耐えなければ敵は撃てないっ。
―― ピピッ、ツー
「見つけた!」
―― こちらゼロワン。ターゲットインサイト、ロックオン!
―― くそっ!
模擬撃墜音がなった。
(よし、成功だ)
―― こちら浜松管制塔。民間機ヘリ、五時の方向より訓練空域に接近中。四機とも基地に帰還せよ
―― 了解!
タイムオーバーだ。一機しか落とせなかったのが悔やまれた。
◇
二機とも仕留められなかった事を悔やみながら帰還した。これからデブリーフィングと言って反省会のようなことをする。
(反省……ね)
「今回はチームAが勝ったわけだが、沖田。あれは何だ!」
「あれとは何でしょうか」
「雲の中に隠れるなど誰が教えた! 隠れんぼじゃないんだ。わずかな操作ミスは自分だけでない、下にいる仲間も巻き込むんだぞ!」
(はいはい)
僅かな操作ミスなんてしてたまるか。本当は背面飛行でピッタリくっついてやっても良かったんだけどな。
「はい! すみません!」
「おまえの腕はよく分かった。確かにおまえにはウイングマンはいらないな。無駄に死人を増やさななくて済む。それから他っ! 沖田一人に踊らされてるんじゃないぞ! 特にゼロツーのウイングマン!」
「はいっ」
「お前が先に後方確認してブレイクの指示だろうがっ」
「はい!」
(はぁ……早く築城基地に行きてえ)
結局、俺はどこにいっても一匹狼なんだろう。
誰かに指示されること、誰かに押し付けられることがダメなんだ。教官のガミガミ声が遠くに聞こえてしまう。
なのに、指示する誰かが天衣なら構わないって思ってしまうんだ。
『千斗星っ、ちょっとやめて!』
『千斗星ってば! もうっ』
天衣の声が聞こえてくる。築城に行く前に小松に寄るしかないな。
(天衣に会いたい)
その肌に触れて確かめたい。天衣の温もりを感じたい。
俺はデブリーフィングの間、そんな事ばかり考えていた。
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