第25話 重き言葉を胸に

 私はこの春より、小牧基地第5術科学校にて航空管制員、管制警戒について学ぶ事となった。

 本来、自分の勝手な意向で特技(職種)を変えることはできない。

 正に、特別中の特別と言っても過言ではなかった。


 ◇


「香川天衣、入ります!」


 塚田室長と共に斎藤司令の部屋を訪れた。一年前に着任の挨拶で訪れて以来だった。二度も司令と直接話をするなんて、有り得ない事だ。


「司令、連れて参りました」

「おお。一年ぶりだね、香川三等空尉」

「はいっ!」


 斎藤司令は私の階級を認めて下さっていた。

 この方が首を縦に振らなければ私が小牧に行く事なんて、できなかったのだから。

 斎藤司令は穏やかな笑みを乗せたまま静かに席を立ち、あろう事か私の目の前までやって来た。


「初めてだよ。君のようなお転婆さんは」

「もっ、申し訳ありません!」

「君のような新人女性隊員が、いきなりパイロット試験に挑んだと聞かされた時は、とんでもない人間が入ったものだと驚いた」

「はい……」

「面白すぎて、松島基地に呼んでしまった」

「……え?」


 失礼な事も忘れ、思わず聞き返してしまう。塚田室長が焦って咳払いしている事も完全に他人事だった。


(だって、今、呼んだって………え⁉︎)


「なぜ、女性が戦闘機に乗れないか知っていますか」

「はい! 母体保護のためです!」

「そう。今の日本では女性パイロットは後方支援に限って存在している。未来の日本を支える子供を産むのは女性しかできない。それにどんなに鍛えても、身体の仕組みはどうにもならない。男と女は全く違うものだ。古き思想だと笑うだろうが、やはり男こそが前線に立つものだと思っている」

「はい」


 今や多くの女性自衛官が活躍し、女性パイロットも珍しくはない。しかしそれは、ミサイルや弾薬を積んで飛ぶものではない。物資や人員輸送が目的の飛行機や、ヘリコプターの操縦が主である。

 戦闘機パイロットに成りたいなどと言った私は、根本を覆す問題児だったに違いない。


「しかし、将来の日本を考えると女性が戦闘機パイロットになっても良いのではないか、とも思っている」


 まさかの言葉に驚いて隣に立つ塚田室長を見た。室長は顔色ひとつ変えずに前を向いている。


「それが君だったら面白いと思ったのは、この私だ。しかし、残念ながらパイロットそのものを諦めざる得ないと聞きました。だから、空を護る彼らと日本の空を、君は護ると決めた。そうですね」

「はい。広報も素晴らしい仕事だと思います。しかし、それも安全な空があるからこそできる事なのだと思いました」


 私の頭の中は混乱していた。こんなわけの分からない人間を、ブルーインパルスの広報として呼んで下さったのが目の前にいる松島基地の司令だった。

 本来、新人隊員が広報と言う仕事につくことはない。司令がおっしゃったことの解釈が間違えていないならば将来、女性が戦闘機パイロットになる事を前提に、私をここに置いてくれたことになる。


 忘れていた悔しさがまた、お腹の底から込み上げてきた。どうしてこんな体になってしまったのだろう。どうして私なの? どうしてこのタイミングで発病したの? どうして、どうしてが駆け巡る。


「香川三等空尉」

「はい」


 斎藤司令が胸ポケットからハンカチを出し、私に差し出した。その行動に頭がついて行かない。


(なぜ?)


 ぼんやりとそれを見つめる私に司令は小さく笑い、さらに一歩私に近づくとそのハンカチで私の目元を押えた。


「あっ! た、大変失礼しました!」


 私は慌てて自分のハンカチを取り出し、目と頬を拭った。涙を流していたことに気づいていなかったのだ。司令の前で泣くなんて大失態にもほどがある。


「大変残念に思う。しかし、神が決めた事なのだと受け入れなさい。君には戦闘機パイロットよりも成すべき事があるのだと、歯をくいしばりなさい。同じ空を護る者の運命として」

「空を護る者の運命……」

「ブルーインパルスの空を見た君なら、日本の空の平和がどれだけ重要か分かっただろう。期待している、未来の要撃管制官。君が彼らと共にこの空を護るのです」


 要撃管制官とは航空自衛隊の作戦運用のかなめだ。二十四時間、領空の警戒監視を行い、国籍不明機に対してスクランブル発進を発令する。有事の際には要撃戦闘機やペトリオットミサイルに攻撃命令を出すのだ。陸上自衛隊や海上自衛隊とも連携をとり作戦を実行する。

 簡単に言えば、要撃管制間の指示で戦闘機の発進やミサイル発射が行われる。


「要撃管制官……」

「それが、君にかせられた運命だ」


 とてつもない重圧を感じた。



 ◇



 そして私は小牧基地に異動し、管制官としての知識を得るため再び机に向かった。幹部として資格を得るために、英語教育、気象、無線と様々なクリアすべくミッションがたくさんあった。

 その合間に体力の維持、自衛官としての心構えを忘れないよう訓練も行われた。

 この世界にも女性隊員はいる。その先輩方の背中を見ながら、自分にプレッシャーを掛けていた。


 そんな小牧基地での生活にも随分と慣れてきた。千斗星の声は聞けなくても、毎日メールのやりとりはしている。

 実は千斗星には、まだこの事は言っていない。

 それに、まさか私がこんな事してるなんて思ってもいないはず。できれば、合格するまで話さないつもりだ。


(怒るかな。それとも褒めてくれるかな)


 千斗星は本当に不思議くんなんだよね。ツンツンしてるようで、急にデレたりするの。

 そんなことを考えていると、私のスマートフォンが震えた。


「あっ、千斗星だ」


 画面に表示されたのは、今まさに想いを馳せていた彼の名前だった。


「もしもし、千斗星!」

『おお……何だよ、声デカイな』

「ごめん。千斗星のことを考えていたら本当に電話が掛かってきたから」


 私はとても興奮していた。以心伝心だーって完全に舞い上がってた。なのに千斗星ときたら、いまいちな反応しかしてくれない。


『……』

「もしもし? 千斗星、聞こえますか?」

『天衣、おまえさ……あんまそういうこと、言うなよな』

「え? どういうこと?」

『俺のこと考えてたって……マジでヤバイから』

「ヤバい? なんでよ」

『そんなタイミングで電話した俺を、めちゃくちゃ褒めたくなるだろ』 

「ええっ! ふふふっ、何それ! あははは」

『今すぐ、抱きたくなる』

「ちょ……」


 ぎゅっと胸が詰まった。だって、電話とは言え耳元でそんな事言うんだもん。

 体が急に熱くなって、返す言葉が出てこなかった。できることならば、そうして欲しいと思ってしまったから。


『おい、聞こえてるか?』

「聞こえてるよ、ちゃんと聞こえてる」


 電話の向こうで、笑う千斗星の声が聞こえる。きっと、私の今の表情を想像しているに違いない。私も今の千斗星の顔が分かるよ。クールな顔が少しだけふにゃって歪むの。それでも、千斗星はきれいな顔をしている。


『今週末、浜松から築城に移動するよ。その前に休暇をもらったんだ』

「そうなの! いよいよだね。え? 休暇?」

『そう。だからさ、土曜の夜は外泊許可取っておけよ』

「ん? どういうこと?」

『小牧経由で行くんだよ。天衣の顔を見てから築城に行く』


(え! 千斗星に会えるの⁉︎ しかも、今週末に!)


「ちとせーっ!」

『うわっ。だから、声デカイって』

「ありがとう。うん、申請しておく、嬉しい」

『おう。楽しみにしてるから。それまで頑張れよ』

「うんっ。頑張る」


 ―― 千斗星に、会える!


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