第8話 あだ名をつけられました

 ブルーインパルスの広報担当になって、一か月が過ぎようとしていた。


「香川さん、室長がお呼びです」

「はい。すぐに参ります」


 恐れ多くも私を指導してくださっているのが二佐という格上の階級をお持ちの塚田室長。ちょっと癖のある彼らに文句を言わせないためなのかもしれない。

 広報は時に内部からは面倒に思われ、外部からは反自衛隊の皆様から揶揄られたりと精神的にきつい事もある。


『自衛隊はいらない!』

『戦争反対!』

『税金返せ!』


 などといった怒声は当たり前で、そう言う方々はそれが仕事の様に突然どこからともなく現れる。

 また、それとは反対に


『天皇陛下万歳』

『自衛隊賛成!』


 と、対抗するように現れる方々もいる。日章旗や旭日旗を掲げ、大音量で街中を走り去るのは少々具合が悪いのでやめて頂きたい。

 言論の自由が守られている日本では、どちらの主張も否定はしない。けれど、他人を巻き込んだり、過剰な運動は見ていると恐怖を覚えてしまう。


 そう言えば、防衛大学校時代の恒例行事で大学から靖国神社まで歩いて行った時の事。ヤ○ザと間違えてしまいそうなかっこうをした団体に『お疲れ様でした』頭を下げられたこともあったな。

 大変複雑な気持ちになったのを覚えている。


(もっと、なんというか一般の人たちの真っ新な意見が欲しいのよねぇ)


「香川くん」

「はい!」

「今月から各地で航空祭が始まる。先ずは山口県防府北基地からだ。段取りは分かっているな」

「はい。昨年の映像も見直しました。前任者からの引継ぎも終わっております」

「そうか。自衛官と一般の方が唯一交流できる機会だ。宜しく頼むよ」

「はい!」


 全国の航空自衛隊の基地で航空祭をしたり、依頼があればスポーツイベントの開会式で、展示飛行もする。

 航空祭では航空自衛隊が所有する飛行機が陸上で展示され、可能な限り装備品などを見てもらう。

 こういった行事は、私たちの活動を理解してもらう目的がある。

 そのため展示飛行前の限られた時間に、一般の方々にはパイロットや整備員と交流をしてもらう。

 主に一緒に写真を撮ったり、ブルーインパルスや自衛隊のことを質問してもらったり、操縦室や装備品を間近で見てもらったりもす。ファンにとっては貴重なひと時、夢の時間だ。

 こういった活動が将来の自衛官の呼び水にもなるのだから、広報としては力も入る。


 私は参加する機体のコンディションや訓練状況を確認し、ホームページの更新を行った。



 ◇



「大友隊長、防府北で行う展示内容の最終確認です」

「お、香川か。ちょうど今からミーティングだ。後ろに座っておけ」

「失礼します!」


 すっかり金魚の糞だなと、自分でも突っ込みたくなるほど彼らの後ろを追いかている。今ではブリーフィングや飛行計画のミーティングにもこうして参加させてもらえている。せめて邪魔にならないようにと空気になるよう心がけている。


 ミーティング終わると、今度はタイミングの確認をする。

 操縦桿を握るパイロットの六人がテーブルを囲うようにして座り、その周りに後部座席に座るパイロットたちが囲う。彼らは次年度のパイロット達だ。そして、少し離れて更に次年度のパイロット候補が控えている。

 展示飛行中のアナウンスは候補生の彼らが担当しているのだ。


「防府北基地で行う展示飛行の確認をする」

「「はい!」」


 飛行機の尾翼付近から発射されるスモークを出すタイミングの確認がはじまった。

 発煙装置を押すタイミングがズレると、ショーのレベルが一気に落ちてしまう。


「スモーク、ナウッ」


 ―― トン、タッ


「ワンスモーク、ナウッ」


 ―― タンッ


 まるで太鼓でも叩くようなリズムで指の動作を確認する。流石にこの場面でチャラける人はいなかった。


(何よ、あの横顔……反則なんだから)


 いつも仏頂面の沖田さんの横顔がちょっと格好いい。耳のラインにそって短く切り揃えられた髪、すっきりとしたあごのライン、細身のくせに程よくついた首の筋肉。長い指、それに加えてあの真剣な眼差しだ。

 きっとコックピットではこんな表情をして乗っているんだ。


(うわっー、見えちゃったかも……操縦桿を握る彼の姿!)


 これは間違いなく、彼がパイロットであるというフィルターがそう見させているだけ。沖田さんだけじゃないく、ここにいるパイロット全員が格好いいんだからと気持ちを落ち着かせた。

 彼だけが特別じゃない。そう強く何度も自分に言い聞かせた。


「アーイちゃん。なにぼんやりしてるの?」

「ふわっ、や、八神さん!」


 いつの間にか動作確認は終わっており、私の目の前には八神さんが立っていた。ちょっとにやけた顔で私を見ている。


「なんでしょうか」

「うん。ミーティングの間ずっと、すごく熱い視線を感じたんだよね。いったい誰を見ていたのかな」

「誰をって。み、みなさんに決まっています」

「そう?」


 まさか、私が沖田さんに見惚れていたのがバレてしまったのだろうか。八神さんはその手のことに敏感だから、ぜったいに隙を見せてはいけない。


(気をつけないと!)


「あー! なるほど、分かったぞ」


(やだ、言っちゃダメー)


「八神、煩いぞ」


 間一髪のところで大友隊長が八神さんを一喝した。彼はヘラっと笑って、予想していなかったことを口にした。


「アイちゃんに良いニックネームを思いついたよ。将来、タックネームにも使えると思うんだけど」

「何だよ、言ってみろ」


 煩いと言った隊長が興味を持ってしまった。みんな、八神さんの次の言葉を待っている。沖田さんだけは興味がなさそう窓の外を見ているけれど。


「アイちゃんはテールだ」

「テール‼︎」

「そ。俺たちの後ろを一生懸命についてくるだろ?さすがに女の子に金魚の糞は可哀想だしさ。だったら可愛らしく尻尾のテールにしようってね」


(シッポをテールに? それってどうなの?)


 すると六番機の相田さんが「可愛いッスね!」と同調してしまう。それをきっかけにみんながいいじゃないかといった感じで頷き始めた。


(テールって、可愛い部類になるの?)


「いいんじゃないか。香川、お前は今日からテールだ」

「八神にしてはまともだったな」


 大友隊長や橘さんまで受け入れてしまった。そんな中、なぜか私は沖田さんを見てしまう。彼はそれを聞いてどんなふうに思っただろうか。

 一瞬視線が合ったけど、やっぱり逸らされてしまった。沖田さんは私のことが嫌いなのかもしれない。


「よし、飛行訓練に移る!」

「はい!」


 素早く帽子をかぶったパイロットたちが、隊長の号令で部屋から出ていった。私も後を追うために席を立った。すると、先に部屋を出たはずの沖田さんが出口に立っていた。そんなことを知らない私は、危うくぶつかりそうになった。


「わっ、すみません」

「……」


 いつもの無愛想な顔が無言で私を見ている。


「あの?」

「ちゃんと、ついて来いよ」


 それだけ言うと、彼は走って行ってしまった。

 ますます、彼の言動が理解できなくなった。


(沖田さんの思考を誰か教えてください!)


 名誉か不名誉か、私は晴れてドルフィンライダーたちの尻尾テールになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る