第3話 律の初仕事
人に恋をし、結ばれるのは素晴らしいことだと、誰もが言う。
俺もそうだと思ってきた。恋愛は素敵なものであると。どんな障害があったとしても、愛さえあれば乗り越えられるような、そんな御伽噺を信じていた。
◇
「お疲れ様、律」
不二崎の依頼から3ヶ月が経ち、俺達の活動もある程度スムーズに連携が取れるようになった。なによりも、目の前に座る岸波有紗が自然に笑ってくれるようになったことは大きな変化と言えるだろう。と言っても、彼女の場合は演技の可能性もあるので素直には喜べないのだが。
「俺は大したことしてないけどな」
「貴方のバックアップがあるから、私は自由に動けるんですよ」
そう言って、彼女は頼んであったコーヒーを飲む。今日は依頼の成功を祝って、たまにはご飯でも食べましょうという有紗の提案の元、2人でオシャレな喫茶店に来ていた。
「よくこんな店知ってたな」
「女子高生の世界は情報戦ですから、これくらいは当然ですよ」
「相変わらず、女の世界は怖いな」
俺も頼んであったパスタを頬張る。喫茶店ということもあり、量こそ少ないものの、味は物凄く良い。
「次の依頼はもう来てるのか?」
「『次の』どころの騒ぎじゃありませんよ。最近は依頼をこなす速度が上がったせいで妙に評判が広がってますから。今月に入って5通も依頼が……」
嬉しい悲鳴だが、正体がバレれば、一巻の終わり。有紗が頭を抱えるのも頷ける。
「ああ、そう言えば、先日面白い依頼がありましたよ」
そう言って、彼女は自分の鞄から依頼の書かれた手紙を渡してくる。見た目はごく普通の依頼書だが、妙に重い。
「岸波有紗と冴島律……? しかも何でこんなに依頼金が……」
中には依頼書と共に5万円が同封されていた。一応付き合っているのかどうかは俺にもよく分かっていないが、普段から2人でいることは増えたので、そう思われても仕方がない。なによりもここまで執念が強い生徒がいることは純粋に怖い。
「さすがにその依頼は受けられないので、明日でも百葉箱の中に戻しておこうと思ってます」
「その方が良さそうだな……というか、誰がそんなもんを……?」
「恐らく、私の友人の友人である工藤美鈴という女子生徒かと。理由は分かりませんが、目星は付いているため、安心してください」
俺には友達がほとんどいないため、そうだろうとは思ったが、目星が付いているなら、大丈夫だろう。
「さて、ここからが本題です」
有紗は再び鞄から依頼書を出し、俺に渡す。そこには、こう書かれてあった。
『友人の恋人のことが好きになってしまいました。ですが、友人との仲を悪化させたくないので、略奪などはしたくありません。どうか、私の願いを聞き入れてください』
その下には佐伯美玖、東條晴人と書いてあった。
百葉箱を使う時点でその人は誰かの不幸を願っている。つまり、入れたことがバレれば、その時点でその人の評価は地に落ちるというわけだ。そのため、基本的に依頼者は最小限の文字数にするのが暗黙の了解だが、この人はここまでしっかり文章を書いている。かなり珍しいケースだ。
「この依頼ですが、貴方に任せたいと思っています」
「……というと?」
「貴方がこの佐伯美玖という女子生徒を落とすということです。バックアップは私がしますので」
「俺が実行役に回るのか?」
「はい。今回の出来次第では、女性からの依頼はほとんど貴方に任せようと思っています」
「本当に……?」
「はい、私は演技こそしますが、嘘はつきません」
有紗は明確な信頼関係を確かめようとしているように見える。であれば、俺は失敗する訳にはいかない。
「分かった。早速準備したいことがある。手伝ってくれるか?」
「もちろん」
◇
俺の情報収集は至ってシンプルだ。まずはSNS。アカウントに鍵がかかっている生徒も多いが、かなり前に校内中の生徒に申請はしてあるため、ほとんどの生徒には通っている。プロフィール欄に学年とクラス、『見る専門』と書いておけば、大体通る。
人によるが、教室で静かな人というのは大抵SNSで騒ぎがちだ。そのため、情報収集も楽に進む。
今回の佐伯美玖はこのタイプだ。なにがあったのかまでは話さないが、その周辺などの愚痴を誰でもない誰かに吐き出してしまうタイプ。そういう人は確信まではいかないものの、不満などを常に発信しているため、情報には困らない。
昔の投稿を遡り、1年ほど前。どうやら、佐伯と東條はこの時期に付き合い始めたらしい。いくつかのSNSの投稿と照らし合わせても、その日を境に2人のツーショットが現れるようになっていた。
どうやら、この2人は1年生の頃で同じクラスだったようで、部活は2人とも卓球部。接点が多い者同士がくっついたという感じだろう。
しかし、なによりも目に止まるのはその喧嘩の多さだ。佐伯のSNSには東條に対するものと思われる愚痴が大量に転がっており、仲直りしたと思われる日には凄まじい惚気を含んだ投稿が成されていた。
経験則だが、喧嘩の多いカップルは時間をかけて瓦解する。しかし、それは下手をすれば年単位のものであるため、俺達がどう行動すれば良いか、検討が付きにくい。
「さて、どうしたものか……」
俺は椅子に背中を任せ、そっと呟く。期待に応えたいと珍しく俺はやる気だった。
◇
「ナンパ?」
俺の提案を聞いた有紗は怪訝そうな表情で聞き返してくる。不二崎の時の提案を聞いた俺もこんな感じだったのだろう。
「ナンパって言ったら語弊があるけどな。単純に接触回数を増やす」
「というと?」
「これを見てくれ」
俺は佐伯のSNSの投稿を携帯に表示させ、有紗に渡す。
「『明日友達と遊ぶんだ〜、めっちゃ楽しみ!』ですか」
有紗は演技しているとは思えないほどの棒読みで投稿を読み上げ、俺に携帯を返す。
「俺もそこで偶然を装って佐伯美玖と接触する。そして、佐伯の帰り際にもう一度接触する」
「ふむ、運命を装うみたいな感じですかね?」
「ああ、正直のところ今回みたいなカップルには大きなことをしてもあんまり意味が無いと思う。だから、1つずつ傷をつけたい」
小さな傷だとしても重ねれば、それはとてつもなく大きな傷になる。それを俺はよく知っている。有紗は難しい顔をしていたが、俺が乞うように彼女を見つめると、根負けしたように首を縦に振った。
「確かに、私も調べたところではあまり有効打はない気がしました。やってみる価値はあるかと」
ですが、と彼女はそのまま続ける。
「そのボサボサの髪はどうにかしてください。不審者に2度も絡まれたと思われて、通報されるのはごめんですので」
「分かった。どうにかする」
「あまり張り切り過ぎないでくださいね。私は昔に比べて貴方のことをかなり信頼していますので」
◇
「戻ってきてる……」
私はいつも通り百葉箱を覗くと、そこには私の依頼書が入っていた。昨日見た時はなかったのだが、そこには確かに入っていた。
私はそれを再度回収し、その場を立ち去ると、自分の父親に電話をかける。
「パパ、調べて欲しい人がいるんだけど」
父親は短く『誰を?』と聞き返してくる。
「冴島律」
『分かった』というこれまた短い返答がなされ、そのまま通話を切った。
「決めましょう、冴島律。私と貴方、どちらがふさわしいか」
◇
こうやって、きちんと髪を切ったのはきっと3年振りだ。鏡を見ていると昔の自分を見ているようにも見えた。
『随分頑張ったわね、律』
「当たり前だ」
ここは都会だが、小さい頃によく行ったことがあったので、ここら辺のことはよく分かる。
待ち合わせに使いそうな場所に背中を預け、佐伯がここに到着するのを待つ。あとは佐伯に偶然を装って、道でも聞けばいい。
「りっくん……?」
不意に聞こえた、聞きなれた声に身の毛がよだつような寒気を感じ、俺は堪らず声の方に視線を向ける。
「亜美……先輩……?」
俺が恐る恐る聞き返すと、目の前にいる女性の顔が明るくなる。
「やっぱり、りっくんだ!元気にしてた?」
亜美先輩は一気に距離を詰め、俺の手を取る。
「今はあの家に住んでないみたいだから、もう会えないかと思ってたんだよ?」
先輩は昔と変わらない笑顔で話しかけてくれる。
「明澄ちゃんがあんなことになっちゃったから私心配してて……」
『ねぇ、なんで逃げたの?』
亜美先輩の声に被るように、低い声が聞こえる。
「元気にしてたみたいで良かったよぉ……」
『明澄を殺しておいて、よくものうのうと生きてられるね』
幻聴だ。そうだと分かっても、呼吸はどんどん荒くなる。
「りっくん……顔色悪いよ……?大丈夫?」
『良い気味だね。冴島律』
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
恐怖から漏れでるように声が出る。
「りっくん……落ち着いて……」
先輩はそう言うと、俺に手を伸ばすが、俺はそれをはねのけてしまった。先輩の表情が明らかに暗くなる。
「冴島律! しっかりしなさい!」
「……有紗?」
どこからか有紗が現れ、俺の手を引く。
「すみません、この人は借りていきます」
有紗は亜美先輩に一言そう言うと、俺を連れて、人混みの中を駆け抜けていく。
「律、貴方の過去は洗いざらい話してもらいます」
「……分かった」
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