26話

VRアクションゲームは、死にゲーになりやすい。


そもそもVRという媒体における操作自由度・・・・・は、コントローラーをポチポチガチャガチャやる場合とは比べ物にならないほど高くなる―――デスゲームが始まる度に初手で穴を掘り始めるゴミ共が、その証左である。そして操作自由度が高いという事は……すなわち、戦闘における選択肢・・・も多くなるという事だ。例えば剣を振り下ろす角度だって、専用コントローラーが無くても自由に決められるし―――何より、回避・・の性能が高い。ローリングもジャンプもバックステップもしゃがみもパリィも宙返りも、プレイヤースキルさえあればすべて可能だ。そうなるとゲームデザインは自ずと避けゲー・・・・にシフトしていく―――従来と同じようなデザインでは、回避の高性能さによりゲームがヌルく・・・なってしまう場合が殆どだからだ。避けゲー化の過程で、敵の与えるダメージも当然大きくなる。何なら一撃死が当たり前、なんてゲームだって存在する―――そして、そんなゲームジャンルにかつて人々が付けたのが……死にゲー、という名なわけだ。

でだ、大半のデスゲームは死んだら死ぬ・・・・・・癖にその死にゲー調整にそのまんま死亡要素を乗っけるみたいなブツなので、常に警戒が必要となる……デスゲームにリトライボタンは存在しないからな。そしてその警戒・・の一環が―――


現在俺が行っている、死慣れ・・・儀式だ。



なんかデスゲーム化した。


イヤこう、エ?って話なんだけどマジでしたんだよね……まず俺がサァ、【称号を獲得しました:死にたがり】と訴える邪魔なダイアログを振り払いつつゥ?剣をリスポーン地点の真上に投げた状態で舌を噛み切って「リスポーン」ボタンを連打してェ、それを利用して二段自殺・・・・を試みてたわけよ。

そしたらさァ~~~~~なぜか急に「YOU DIED」メニューが消えたわけよ。ンでアレ?みたいな、リスポーンボタンの理論値って後0.1秒くらい遅くなかったっけ?みたいな感じになってェ、それで慌てて辺りを見回したら……コレ・・だもんな。さっきまでのすげー金掛かってそうな幻想的チュートリアルマップは消え失せ、代わりに暗い雰囲気の広場と、周囲を覆う曇天・・を映して灰に染まる噴水だけがあったもんな。俺はビビったね、ビビった。評価10/10というMMOとしてはありえないレベルの顧客満足度を持つゲームが急にデスゲーム化したのにもビビったけど、何より―――このゲームは、もうリリースされて2年以上・・・・経っている。つまり2年間平静を保ち続けてきたゲームが、急にデスゲーム落ちしたことになる―――GM降臨型にはよく「放牧期間」が設定されるが、それにしたって2年は少々長すぎるね。明らかに何かが仕組まれている・・・・・・・……そうだ、「ギフトが送られてきた日がたまたま・・・・デスゲーム開始日と被ってた」っつー可能性は……はっきり言って、無い。どう考えても仮GMには何かしらの意図・・があるだろう―――まあ、ある・・という事以外は分からないんだがな。俺はこれ以上考えるのは無駄だと思ったので顔を上げ、辺りの観察を再開した。



広場は、曇天とは別に、普通にデスゲームをプレイするならそうそう聞けないような種類の喧騒で覆われていた。ノーマル・デスゲームのようなニュービーとゴミが入り混じった喧騒でもなければ、VRツクール製デスゲームのようにゴミ一色の喧騒でもない―――この場にいるプレイヤーは、ほぼ全員がニュービーだろう。ミドルハマりかけだっているとは思うが、あの集団はカテゴリとして独立してる割に他二つと比べて絶対数が少ないからな……それにあいつらは、こういう状況にぶち当たった時に一番静かにしているタイプだ―――「ああ、またかよ」みたいな顔をして、ブラウザを開いて面白サイトを見始める。ゲーム側にブラウザを制限されているならば、地面に絵を描いたりして遊び始める。だからミドルが存在したとしても、その声が喧騒に混じることも無く―――結局のところこの場を埋めているのは、大量のニュービー達による騒めきだった。

俺はいつものように「ふざけんな、金返せー!!!」だのと喚こうと思ったが、どうにも気が乗らない……まさか、尻込み・・・している、と言うのか?この、俺が……そう、俺はなんだかんだでゴミ共を頼りにしていた。でもここにはあいつらはおらず、ただニュービー達がパニックに陥っているだけ―――そういう、ことか?つまるところ、仮GMなりそいつと結託してる奴なりが狙っているのは、俺をデスゲームから退かせる・・・・こと……????ウーン分からんな。


俺が悩んでいると、様式美的に空いた・・・広場の中心に光が発生する―――ウーン流石は10/10、VRツクールゲーの持つ謂わばチープさ・・・・の対極に位置するが如き光だぜ。ザスオンと同レベルくらい?いやそう言うと逆に凄く無い感が出てくるなァ……ザスオンはほんとなァ。俺が考える間も光エフェクトは、ニュービー共の喧騒と呼応するがごとく徐々に拡大していき、人混みを照らして影を作る―――その影は、入り乱れるプレイヤーたちを反映し……絶えず、その形状を混沌めいて変化させていた。


そしてその混沌も、すぐに消える。


数瞬後、エフェクトがあった場所には……代わりに、豪華な衣装に身を包んだアバターが佇んでいた。騒めきの音量が臨界点に達し、アバターがそれをジェスチャーで制す……間違いない、あいつがGMだな。断定GMの出す豪華な威圧感に圧されたのか、騒めきは急速に縮んでいく……いやそこは抵抗しろよ抵抗、そんなんだから消費者として軽んじられちゃうんだぞ!!!!!俺は特に抵抗することも無い状態を保ちつつ思った。

断定GMが―――豪華な衣装によって隠された―――口を開く。


「この『ブレイバー・ブレイク・オンライン』が―――只今よりデスゲームと化したことを、ここに告知する」


一度収まった騒めきは再び一気に膨張し、曇天の落とす影と共に混乱の渦を作り出した―――「どういうこと!!?」だの「帰りたい」だの悲痛な叫びが口々に叫ばれるが……一方、いつものようなゴミ共の「やったぜ!!!」だとか「消費者庁!!」だとかの狂気的な狂喜は―――ひと声として、見当たらない。なんかヤだなこの空気……俺が居心地の悪さを覚えていると、断定GMの再びのジェスチャーによって、広場はまたしても静まり返った。オォ~~~~やるじゃん断定GM!!!!俺の断定GMに対する好感度が上がった。イヤやっぱさァ、アノ10/10ゲーを作ってるところは違うなァ……って言う。9/10ならまぁそこそこォ~~???みたいな感じだけども10/10はヤバいよね、ヤバい。9と10との間にかなり深い溝がある。具体的に言うと17歳以上推奨と18禁くらいの深さだ……強すぎるわほんと。俺の視線を一身に受けつつ、断定GMが続ける。


「ルールは簡単だ―――死んだら死ぬ・・・・・・、それだけだ。非デスゲーム版からの変更点としては……まず蘇生魔法は意味を為さない、ログアウトもできない、Webブラウザを始めとする、あらゆる外部とのコンタクト・・・・・・・・・を可能としうるソフトウェアは使用不能。こんなところだ」


ニュービー共には今の発表がかなり衝撃的だったらしく、騒めきは一周回って消えていた―――所謂絶句・・って奴ね。豪快なグラフィックで灰色の雲がうねり、静寂の上を漂う―――そして。


「―――何か、質問は?」


断定GMが、発言でもって静寂を破った。

俺は両手を挙げた。慌てて周囲を見回し、対抗馬ライバルを確認する―――どういう訳か知らんが手を挙げている奴はごく少数で、ほとんどが項垂れるなりぼーっとするなり地面に絵を描くなりしている―――しかもそのごく少数・・・・にしたって、どうやら片手しか・・・・挙げていないようだ。これは……"勝ち"だな。ヤ~~~~~やっぱ俺くらいになるともう、何もしなくても"勝ち"を掴めちゃうよね、って言う。流石っすわァ~~~。俺が調子に乗る中、断定GMは広場の一点を指差した―――丁度、俺と180度反対・・・・・・の。ア、アレェ……?????俺の困惑を無視し、指されたニュービーによる質問が行われ始める……ま、まあこんなこともあるだろう。俺は気を取り直し、質問の聞き取りに集中することにした。


「なぜ2年も平和にやってきたのに突然デスゲームなんて言い出した!!!」


お、ナイス質問。俺は称賛した。ちょうど気になってたところなんだよねコレ、その辺のゴミなんかよりニュービーの方が的確な質問ができる説が浮上してしまったな……断定GMが答える。


2年も平和に・・・・・・?―――いいえ、その認識は間違っています。私は幾度となく、このゲームをデスを伴うそれへと作り替えたのだから」


何だと……!??!?俺はギョッとした。ニュービー共もギョッとし、一周回って静かになった喧騒が更に回り始め、静寂は影も形も無くなった―――指されたニュービーも例に漏れなかったが、いったん平静を保ち―――再質問する。有能だなァ……


「どういうことだよ!!俺はサービス開始からプレイして来たけど、デスゲームをプレイした記憶なんて一つも持ってないぞ、一つも、だ!!!!」


断定GMは彼とは対照的に、質問の終了から間髪入れずに返答する。


「そう、それ―――記憶・・ですよ。過去に開催されたデスゲームはすべて、クリア後に参加者全員の記憶を消す・・・・・よう仕込んであった―――ついでに言うならば、今回も一緒です―――当然のことながら、ね」


喧騒が加速する一方、俺は考える……そういう事・・・・・かよ。確かに記憶消去を伴うデスゲームってのは存在する、しかしそれはデスゲームを経て元の日常・・・・に戻るのが困難なのでは?と言った製作者の有難迷惑おせっかいによるものが殆どであり、このゲームのような定期開催・・・・は―――はっきり言って、見覚えが無い。


「そ、そんなバカなことがあるかよ!!!そ、そうだ、いくら記憶を消すからって、絶対に記憶と現実に齟齬が出るはずだ!!!!!24時間デスゲームをやったなら、現実でも24時間、他の人間とコミュニケーションが取れないってことじゃないか!!!!」


しかし困ったなァ、どうにかして現実世界に『このゲームがデスゲームである』っつー情報を送り出す必要がある。先程の断定GMの発言から考えてスレへの書き込みもメールもできないだろうし……VRシステムのメモ欄を使えないかな?クリックしてみる。

【その操作は許可されていません】

アリャ、ダメかァ。じゃあ次は……


「いえ、事実ですよ―――何せVRと言うプラットフォームには思考加速・・・・が存在する。50倍に加速すれば、ゲーム内の24時間86400秒も現実ではたったの30分足らず1728秒に過ぎない。さらに言えば定期開催されるデスゲームはせいぜいが2日で終わる代物ばかりですから、総時間は現実では1時間に満たないのです」


ウーンスクショもダメ、ボイスメモもダメ……どうしたもんか。メニューを弄って諸々を行い、調べる……ウーン。メッセージボックスは一応開けるようだが、流石に「いつの間にか既読がついている」事に不自然さを覚える自信はないからな……もうちょっと露骨・・な不自然を起こさないと、記憶を失った後の俺は気付かないだろう……何かないか?俺が適当にメッセージを開いては閉じして考えた、その時だった。


「さあ、質問は1つまでです―――ゲームを、始めましょうか」


閃いた・・・

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