23話

取引。


人類の文明を常に回してきた屋台骨だ。ほとんどの行動は取引の結果であり、何ならば自我・・すらも取引を前提に構成される……そういう風に重大な存在であることは、シミュレーション型デスゲームにおいても変わらない。

シミュレーション型デスゲームの初期において、取引は基本的に物々交換バーターで行われる―――現実では商品貨幣論だの信用貨幣論だの歴史的に見て物々交換は面倒な立ち位置にあるのだが、少なくともデスゲームにおいてはそういう事になっている。最初から貨幣経済、って風にはいかないわけだ。


……さて、物々交換において、ありとあらゆる存在オブジェクト財貨グッズになりうる。その辺で拾ってきた棒きれですら、特定の状況下――例えば、焚火の燃料が足りなくなった時――では富を生むことが可能だろう。それに限らず石ころ、雑草、落ち葉、鳥の羽―――この世界に存在する全ての物は、謂わば取引可能性・・・・・を有しているわけだ。


しかし。

一つの例外・・がある。その理屈に沿って単純な取引を行えないオブジェクトが、存在する。


それは単純な所有権・・・で縛ることができず、自意識を持ち、大量の倫理的問題を抱え、何もかもが特殊裁定―――すなわち。



人間・・、である。



俺の目の前に表示された【人権取出】ボタンについて、必死で考えを巡らせる。


そうだ、シミュレーション型デスゲームでは、理屈の上では人間・・すら財貨になりうる―――現実で言う奴隷取引だ。しかしその人間の取引は、常に面倒な処理を要するものとして扱われてきた。なぜかと言えば人権・・の概念に尽きる―――人間……というかプレイヤーを"インベントリに入るアイテム"として扱うことは、諸々の色々に抵触するのである。単純に処理が面倒だというのもあるし、『プレイヤーのインベントリにプレイヤーが入る』っつー状況がデスゲームなんか作ってる連中から見ても色々ヤバかったというのもある。

だからシミュレーション型デスゲームでは、さまざまな特殊方法を使って人間取引を処理して来た―――例えば特殊なウィンドウを使用するとか、アバターの操作権・・・を買い取る方式にするとか、或いは―――



あくまでも、プレイヤーの所有権・・・を管理するだけにするとか。



つまり、この【人権取出】ボタンは……文字通り人権所有権をアイテムとして取り出し・・・・て、他者との取引に使用するためのボタン、という事になる。



アノ。


非常にィ……その、重大なインシデントが起こった。


俺も興奮している。


事を説明しよう。俺がこのボタンについて話した結果、ちょうどデカい倫理的問題に立ち向かっており話題を変えたがっていた検証ゴミ達はこれ幸いと【人権取出】ボタンの検証を始めた。

その検証の結果分かったことは……ァー、次の三つである。


・【人権取出】ボタンを押すとインベントリに【人権バッジ:○○(プレイヤー名)】というアイテムが追加される(実体化可能・スタック可)

・【人権バッジ】は対象者に対し簡易なコマンドによる命令が可能で、具体的に言うと「○○を譲渡する」とか「○○に向かう」とか「自殺する」とか

・【人権バッジ】は破壊不能オブジェクト・・・・・・・・・・だが、所有権を持つ者が許可することで"戻す"ことが可能

・【人権バッジ】は次世代以降のプレイヤーからも入手可能


ア~~~ごめん三つって言ったけど四つだったわ。あるよね~~~~発表とかの時に内容考えてないのにとりあえず「三つあります~~~」とか言っちゃって実際は七つ分くらい話しちゃう時、そういうときに限って動転しててよくわからんことを話してたりするんだよなぁ……つまりそういうこと・・・・・・だ、察してくれ。というかそもそも俺は誰に話し掛けてンの?????独り言ですらない只の思考・・だよなこれ……やめよう、これ以上は頭がおかしくなる―――【人権バッジ】に話を戻そう。


まぁその、何だ……プレイヤーを無限に増やす・・・ことが可能で、かつ【人権バッジ】が破壊不能オブジェクトとなると……建っちゃうよね、。というか既に建ち始めてる、ちょうど俺の眼前で行われてる工事がそれ・・だ……このザ・未開の地みたいな背景とは明らかに場違いな骨組み・・・がギラリと日光を反射し、俺に眩しさを覚えさせる。何ゲーだっけこれ……?????

俺が脳をバグらせていると、輸送班・・・のゴミが駆けつけてきて、大量の【人権バッジ】を実体化アクティベートしたうえでその場に放り捨て、それを拾い上げて骨組みを埋める工事班・・・のゴミを後目にまた来た道を―――バッジ生成班・・・・・・のゴミ共の方へ―――戻っていった。俺は思考を放棄することにした。



ゲーム内時間で、1週間後。


目を開けば、人権天井・・・・が俺を見守っていた。


俺は人権ベッド・・・・・から起き上がり、体中に痛みを覚えて脱力する―――やっぱりこのクソ硬いベッドには慣れねぇなァ。破壊不能オブジェクトであることを考えれば、その辺の草むらの上に寝転がるよりはマシな睡眠環境なんだろうが……いや、本当にそうか?正直自分が草むらを"舐め"ている可能性が割とデカい気がする。まぁいいや……俺は人権床・・・を踏み締めて人権ドア・・・・まで足を運び、ガラリと人権ドアをスライドさせて、外へと人権靴・・・を踏み出した。



さて、今日はマンモス狩りである。人権バッジがいかに万能でも、流石に食用するわけにはいかない……そもそも破壊不能オブジェクトだしな。荒らしが出したカニバリズム案も、どうせ人権を奪ってる時点でもう色々とダメなのに『直接殺すのはやだ』とかいう生命を侮辱しているとしか思えないものすごく傲慢な理由によって却下された……荒らしは『人権バッジで建築を行う』っつー明らかに想定されていない・・・・・・・・プレイ法についても合わせて文句を言ってきたが、既に人権牢屋に幽閉済みなので問題ない……暴れられるとコトだからな。スレ民的には"平等なデスゲーム"の観点から言ってあんまりこういうことはしたくないんだが、何事にも例外はある。例えばアイザック・アシモフのロボット工学三原則の第一条が第二条に優先されるように、だ。俺は脳内で回りくどい例えをして自己正当化した。

まぁとにかく、今はマンモス狩りだ―――気持ちを切り替えて人権武器・・・・人権防具・・・・を装備、人権盾・・・の整備も済ませた。さあ後は人権車両・・・・に乗ってマンモスの生息地帯まで向かうのみ!!!!


「えいえいおー!!!!!!!!!」


ゴミ共が勝鬨を上げている。俺もそれに乗じ、必ずや肉を手に入れてみせると意思表示を行った―――

空が、晴れていた。



マンモスが絶滅していた。


まあ、あの


はい


イヤ、おかしいとは思っていた。このゲームは文明発展シミュレーションデスゲーだ、現実におけるそれの数十倍の速度で文明が発展する―――しかし、文明の発展には時として生態系・・・が密接に関わってくる……それなのに、人権ビルが建とうが人権カーが発売されようが、いつまで経っても食肉源と言えばマンモス、これじゃシミュレーションとして意味を為さないでしょとかあの時は思ってたが……今思えば、文明の発展度に応じて・・・・・・・・・・生態系が変化する、っつーシステムだったのかもな……まあ、問題なのはそこじゃない。もしそういうシステムだったとしても、マンモスが消えるだけでまた別の生物・・・・が台頭してくるだけだからだ。今の問題は―――



その別の生物・・・・すら見当たらない・・・・・・、という事に他ならない。



……もしも『文明の発展度に応じて生態系が変化する』という俺の推測が正しかったとして。

ビルを建てるレベル・・・・・・・・・の文明において……肉食可能な野生動物・・・・・・・・・というものは、果たしてその辺をほっつき歩いているような存在だろうか?

答えは、ノーだ。つまり、人権ビルの乱立によって、ほとんどの動物は絶滅危惧種になるか、もしくはすでに絶滅した……という事になる。


どうする?



人権文明に冬の時代が訪れた。


この生態系変化・・・・・の仕様は、恐らく家畜なんかを飼い始めてからの適用を想定されていたんだろうが……しかし俺達は家畜を飼いはしなかった。【人権バッジ】というオーバーテクノロジーを、過信しきっていたからだ。だから農耕も行わなかったし、漁業を試みもしなかった……そもそもバッジ建築ってのは別に溶接して板を作っているわけではなく、なんか出っ張りっぽい所をイイ感じに組み合わせてどうにか強度を維持するトラス構造的なアレでしかないため、当然のことながら完成する建造物は穴だらけであり……船を作ると、沈む・・。こうなるともうその辺に生ってる果実を食うくらいしかできないが……それすらも、限界に近付きつつある。


「だ~~~か~~~~ら~~~!!!!!この危機を乗り越えるためには昆虫食しかないの、昆虫食!!!!」


ドーナツ型人権テーブルの一角、起立したゴミが吠える。現在、ゴミ共+俺による食糧会議は混沌の様相を呈している―――俺はゴミ共と共にザワつきつつ、議長ゴミの方を見る……議長ゴミはなんかわかってる風に頷きつつ、挙手してるゴミの内一人を適当に指した。指されたゴミがようやくかァ~~~みたいな感じで両腕を下げつつ、昆虫ゴミに立ち替わって続ける。


「イヤ~~~昆虫食は厳しいと思うよ俺は、だってアレあくまでも大規模かつ自動化された設備でしっかり行うからまともに食糧源になるんであって……今のこのタダ破壊不能な素材だけが大量にあるだけの状況じゃまともに機能しないでしょ」


フ~~~ム。俺は考え込んだ。昆虫を食うっつーのはあくまでも発展した科学文明の最終手段、と言う所は実際のところある。このゲームにおけるプレイヤーの状態は発展した文明・・・・・・とシステムに認識されているだけで実際の所タダ破壊不能オブジェクトを持っているだけだからな……蝶番すら作れなかったせいで人権ドアがスライド式・・・・・になっていることからも分かるように、【人権バッジ】の工作における自由度もあまり高いとは言えない。


「ヤそうは言ってもサァ~~~。もう限界に近いじゃん、限界に。果実ももうすぐなくなるし、本格的に雑草と木の皮で生活する必要が出てくるぞこのままだと……何もやらないよりは昆虫食った方がいいって」


ゴミとゴミの議論が白熱ヒートアップしてきた、その時。


「だから増やした・・・・プレイヤーを食えばいいじゃん」


荒らしが割り込んできて言った。お前は引っ込んでろや!!!!!というか人権牢屋に閉じ込めといたはずなのにどうやって破ったんだ……?????俺は糾弾(誤用)しつつ困惑した。荒らしはバカにしたような表情で答える。


どうやって・・・・・?―――オイオイスレ民お前、俺の横にいるのがか分からねーのかよ」


アァン???俺は荒らしの横を見た。そして仰天した。人権テーブルをぐるりと囲むゴミ共が、一人残らず同じように仰天している―――白熱した議論なんて既に過去の代物だ。そこにいたのは、他でもない―――


「プレイヤーの皆さんに、お知らせがあります」


―――四天王GM・・・・・だったのだから。


人権囲炉裏の中で、橙色が弾けた。

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