14話

さらに4日後。

『ミラーチ・トルべラン・オンライン』の発売日である。


流石に三回連続で思われる・・・・に突撃したら一回くらい外れるのではないかという不安はどうやら不要な物だったようで、ログインした俺は無機質な白い部屋に立っていた。ログアウトボタンは初手で消失、マジでこのパターン多いな最近……超短期型デスゲームで使う分には進行が手早く済ませらるから便利、みたいな感じなのだろうか?

それにしても典型的なワンルーム型・・・・・・デスゲームって感じだ、ワンルームと言っても協力か競争かはよくわからん……ちょっと辺りを見回してみよう。


俺はクレバー・アンド・スマートに考え事をしつつ、いつものように周囲を見回して状況把握……不安げなニュービー、面白サイトを見ようとしてブラウザにロックが掛かっていて絶望するミドル達、部屋のスペースの内殆どを埋め尽くす有象無象ゴミ共……内訳としては登壁クライムを敢行するゴミが29%、部屋の四方に集まる―――おそらくそこにねじ穴が無いか探している―――ゴミが23%、ニュービーの真似をするゴミが12%……ってところだ。なお残りの36%は自分がクレバー・アンド・スマートに考え事をしてると思い込んでそうなドヤ顔で腕組みをするゴミが占めている、キモッ!!!!!!キモッ!!!!!!俺はキモがった。


ふーむ総合するとワンルーム型デスゲーム、協力か競争かはわからない……ってところか。いやおかしくない?俺はノリツッコミした。いやおかしい、おかしいんだよな、さっきから情報が一つとして増えてないんだよなァ~~~~~やだってさっきと今とを比較してみたらこうなるわけじゃん?


「それにしても典型的なワンルーム型・・・・・・デスゲームって感じだ、ワンルームと言っても協力か競争かはよくわからん」

「総合するとワンルーム型デスゲーム、協力か競争かはわからない……ってところか」


……怖すぎなんだよなほんと……何なら「典型的な」が抜けてる分情報がそぎ落とされてる感すらあるぜ、情報エントロピーの増加、って奴ね……やりすぎると最終的に脳が熱的死を迎えてすべてが滅ぶ[要出典]っつー非常に恐ろしい現象だ、注意しなければならない……俺は自戒しつつ気を取り直し、さっきから存在感を発揮している天井に備えられたスピーカー・・・・・に目を向ける―――また随分とレアな方法を取ってンだなぁ……マイナー過ぎて名前すら付けられていないが、あえて言うならば―――そうだな、招集アナウンス型・・・・・・・・ってところだろうか?要するにGM降臨型のGMが姿を見せないバージョンだ。なんつーか「姿を見せてこないから何が入ってるか分からなくて不気味!!!」みたいな感情を引き起こさせるために昔創作デスゲームで流行った手法なんだが、仮想現実空間では相手の顔が見えないのは当然なので不気味もクソも無く「これいる?」みたいな扱いになっており非常に人気がない。今回採用されているのも、「招集アナウンス型を採用した」と言うより「ワンルーム型でアナウンス告知しようとすると自動的に招集アナウンス型になってしまう」と言った方が正確だろう。


さて、そろそろだろう……NニュービーMミドルGゴミ、あと俺……多種多様な人間の、視線だけを一点に集めるスピーカーは、長い間保ってきた沈黙を―――――

沈黙を―――――

沈黙―――――


……あー、経験則ではこの辺で来る・・はずなんだが……どうも準備が立て込んでいるらしい。何というか……はぁ。俺はやるせない気持ちになった。


……検証でもするか。



閉じ込め型デスゲームがオープンワールド型と対極に位置しているというのは既知の事実だが……閉じ込め型と一言で言っても、オープンワールド型との遠さ・・はそれぞれ違う。例えば階層型でも拠点タウンのあるなしで随分変動するし、バトロワに頻出のワンマップ型なんかかなり遠い―――この遠さ・・を『殺風景で壁に囲まれていて狭くて無機質』というマスター・オブ・閉塞感みたいなラインナップで極めたのが……正にこのゲームに採用されている、『ワンルーム型』である。


「隙間は無いな」

「当たり判定はベクトル系かな?」


ワンルーム型の特徴は言うなれば特徴がない・・・・・ことだ。ワンルームだから当然階層型デスゲームは実現できない、オープンワールドなんてもってのほか、ワンマップ型にはまだ「地形」とか「アイテム」とかのマップを活用する要素が含まれていたがワンルーム型はマジでただの白い部屋なのでバトルロワイヤルすらできない……こんなんじゃ何もプレイできねーだろって話だが、そのためにこれまたマイナーな「レギュレート」ジャンルがあり……まあ、それは今はいい。


「ちょっと天井まで登れないか試すわ」

「900度の出っ張りも無いような壁でどうやって行くんだよ……」


それで、だ。特徴がないということはつまり情報量がない・・・・・・と同義である。情報量がないということは検証がしやすい、そしてデスゲームにおいて検証は非常に重要だ―――


「イヤ何で登れてるの?どういう操作したらそうなるんだよ」

「いや分かんねーんだけど多分アバターのデフォルト握力が強めに設定されてるんだわこれ」


つまりワンルーム型では、GMが来るまでの間にちょうど今の俺とゴミ共のように検証を行うことが、お決まりルーティンとなっているのだ。

俺の元にゴミが駆け寄ってくる。


「おいそこのゴミ、暇なら俺の検証を手伝え」


いいぜ。俺は承諾した。相方ゴミと共に壁を登り、天井を這い、目標地点―――スピーカーに向かう。


「良し着いた……で、このスピーカーで何の実験をするんだ?」


なぜか異常に高く設定されている握力で天井に貼り付く俺が聞くと、


「ああ―――こいつを、引っぺがす・・・・・


なぜか異常に高く設定されている握力で天井に貼り付くゴミが答えた、なるほどね……俺は納得しつつ軽く質問する。


「合図はどうするよ」


「あーそうだな……3つ数えたら一斉に、みたいな感じで」


「了解」


よーし行くぞ、3、2、1……


「ちょっと待って」


何よ。


「3つ数えるっつったら普通1、2、3では?」


「いや3、2、1でしょ」


「いやいやいやいや数える・・・っつー動詞から言って明らかに1から行くべきなんだよな」


「エェ~~~しゃーねーな、じゃあ1、2、3で」


行くぞ、1、2、3!!!


俺とゴミの力が合わさり、スピーカーの結合部への負荷となって襲い掛かった――――



結論から言うと、スピーカーが取れた。


いやこう、


取れた。


現在ゴミ共は二手に分かれている、一方は無残にも硬い床へと落下したスピーカーの分解・調査班、もう一方は……天井の、スピーカーがさっきまであった場所に代わりに空いている大穴・・の調査班である。

俺は前者に参加しているが、正直そのことを悔やみ始めていた……だってこの部屋、あまりにも何もなさ過ぎてネジ一本開けられてないもんな……仕方なく、今は爪でどうにかならないか挑戦している。俺が血だらけの爪をネジにガンガンやり、ゴミ共が血だらけの手を握りしめて応援する光景が今ここには広がっている、地獄だ。


しかし、地獄には時として蜘蛛の糸が垂らされることもある。


『君――ザ、達、――は、ザ―――も――気付――て――る―――ザザザ』

 

―――この場合の蜘蛛の糸とは、すなわちスピーカーから聞こえてきたノイズ交じりの音声―――つまるところ、GMによるデスゲーム開始宣言だった。遅かったじゃあないか……!!!!俺は棘のある言い方をしつつ心中で歓喜した。ようやくデスゲームが始められる……!!!!もうスピーカー分解なんて地獄は終わりにして、早く第1フェーズへの準備をしようぜ、皆……!!!!


俺とゴミ共は謎の喜びを感じた。血だらけの手と血だらけの手による血だらけの握手が行われた。スピーカーから聞こえるGMのゲームルールを説明する声すらもが、何だったらそれに挟まる無機質なノイズ音までもが小さな喜びをたたえているようにさえ感じられたのである―――ビバ、人間!!!ビバ、デスゲーム!!!!世界は素晴らしさに溢れていた。



しかし気のせいだった。


俺達―――俺とゴミ共だけでなく、このゲームにログインしている全プレイヤー―――は現在、暗闇に包まれた外側・・にいる。大穴調査班による調査の結果、このゲームのルームは空洞式・・・ではなく板箱式・・・であることが判明したのだ。要するに、潜水艦で例えれば海の底・・・ではなく陸の上・・・だったということだ―――つまるところ、外に出ることさえできれば、帰還・・は一瞬、ということになる。


調査班のゴミがどこかを指差す。俺が覗き込むと―――そこには、なんかめっちゃログアウトしそうなポータルが設置されていた。実際に踏んでみたゴミによると、アレを踏むとゲームクリアの判定が出てログアウトできるらしい。このゲームはブラウザが使えないタイプだから、これを伝えるためにわざわざリログしてここまで来たそうだ……お疲れ様としか言いようがない。

箱の上に作られた長い列がその全長をどんどん縮めていく。ニュービーが、ミドルが、ゴミが……次から次へとポータルへ飛び込んでいく。この分だとあと3分、ってところか……ものすごくちょっとだけ暇だな。俺が暇していたところ、一つ後ろに並ぶゴミが肩を叩いてくる―――話がしたいのだろう。


「どうした」


俺が振り返って聞くと、ゴミは話し出した―――あと2分くらいかな?


「なあゴミ、どうしてこんな変な場所に、ポータルが設置されていたんだろうな」


何だ、そんなこと・・・・・か。俺は聞き返す。


「フム……お前、ワンルーム型は初めてか?」


「……よくわかったな」


ゴミが若干目を丸くする―――あと1分30秒。


「ワンルーム型がよく閉じ込め型の代名詞みたいに言われるのはな、単純な殺風景さもあるけど―――何より、演出・・なんだよ」


「演出だと?」


ゴミが首を傾げる―――あと1分。


「そうさ、ワンルーム型にはプレイヤーを囲む・・物がある―――それは壁であり、天井であり、床だ……これらは明確に存在してる必要が無いんだよ、別に見えない壁を設置してもいいし、線から出たら死亡とかやってもいい。でもそれをあえてしないのが―――」


「―――それが、演出だって言うのか?」


目の前におどろおどろしい文字で表示された「Phase 1:寝るな」のウィンドウを無視し、続ける―――あと30秒。


「そうだ―――つまるところ、ワンルーム型におけるプレイヤーに見える全てのは……同時に、閉じ込め型デスゲームにおける閉鎖・・の象徴であり、メタファーなんだよ」


「ああ―――だから、その閉鎖・・を打ち破ることで、閉じ込め型の―――」


飲み込みの早いゴミだ―――考えながらポータルに飛び込みつつ、最後に一言。


「そう!!!閉じ込め型におけるクリア・・・を演出しよう、って訳だ!!!!」


#000000に染まった空に、黄金の「GAME CLEAR!!」の表示が現れ―――一瞬後には、何も見えなくなった。

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