7話

空は見えなかった。

俺の視線が天井に遮られたからだ。いや、天井のみならず壁が、椅子が、階段が、扉が……すべてひっくるめた会堂・・が、空を俺達から遮断していた。


少々古臭い、しかし豪華さを全体に纏った巨大な会堂は非常に緻密なモデリングを施されており、普段の俺が見たならばこの光景に息を呑んで感動しただろうが―――VRツクールで同時多発的に公開されたデスゲーム群をここ数日巡り歩いた弊害で視覚が完全に安っぽく・・・・なってしまった俺にとっては、久し振りのいつもの・・・・感じと合わさり、脳を混乱させる材料でしかなかった。いわば何日も真っ暗な部屋に閉じこもっていて、久し振りに外出したときに目を突き刺す太陽のように……すばらしさ・・・・・は時として仇になるのである。


安っぽくなさ・・・・・・に脳を慣らすため、俺は豪華レベル829くらいの天井から目を背けて豪華レベル323くらいの椅子with豪華レベル-34くらいのゴミ共へと視線を退避させ、システムメニューを開いたり閉じたりするのを再開した。ログアウトボタンはまだある、閉じる、まだある、閉じる、まだある……脳味噌をログアウトボタン判別モードへと徐々にシフトさせ始める。まだある閉じるまだある閉じるまだある閉じまだあ閉じま閉ま閉ま閉ま閉ま閉ま閉ま閉ま……

俺が人間性を放棄していると、反対側のゴミ共の方から声が聞こえた。閉ま閉ピピー入出力割込みが発生、システムを停止……オイオイ何だよ。俺が放棄しかけた人間性をゴミ箱から掬い出して視界をゴミ共に向けたところ……


「おい寝るな!!!寝たらダメだ!!!!まだ消えて・・・ないから!!!寝るなって!!!!」


そこには揺さぶられるゴミと揺さぶるゴミがいた。揺さぶられるゴミは上記の台詞からも想像がつくように椅子にもたれ掛かりものすごく虚ろな目をしており、揺さぶるゴミはそれを必死で揺さぶっている。オイオイゴミごときが天下の椅子様の豪華レベルにもたれかかるなんぞして傷つけてんじゃねェ~~~~~よクソボケがァ!!!俺はブーメランを投げつつよくわからないキレ方をしたが、冷静に考えて椅子様の豪華レベルが下がっても視覚が安っぽくなってる俺的には何の問題もないことに気付いて揺さぶられるゴミの側についた。頑張れーーっ!!!!頑張れーーーっ!!!!!!

しかしダメだった。


「ぁ……ぁぅえ……ぁ……ゎぅっ……」


恐らく会堂というやたらと眠気を誘う環境が良くなかったのだろう。揺さぶられるゴミの脳味噌はついに完全に睡魔に屈したようで、ゴミの体から完全に力が抜け……通常とは異なるエフェクトを散らしつつ、ゴミのアバターはこの世界から姿を消したログアウトした。揺さぶるゴミが泣き崩れる。ご愁傷様だぜ……デスゲームの稼働中のようにログアウトがシステム的にロックされている場合は例外だが、基本的にVRゲームプレイ中の睡眠はすなわちシステムによる強制ログアウトを指すのである―――あと20秒持ちこたえられれば良かったのに、ずいぶんと運が悪い事で……!!!!俺はシステムメニューを閉じてニヤリと笑った。ゴミ共もニヤリと笑う。なんだこいつらキモッ!!!俺は思いながら視線を正面―――すなわち、演壇へと向けた。さぁ早くいつものようによくわからんエフェクトと共に出現してこいよGMさァん……!!!!そうやって待ち構えていると、俺withゴミ共にこのゲームのGMが姿を現した。


―――ただし、袖幕から歩いて。


俺は若干期待を裏切られたような気持ちになりつつ動揺を隠して拍手をした。ゴミ共もぎこちない拍手をした。いつものような歓声は無く、ぎこちない拍手と豪華さだけがこの会堂に広がっていった……何この空間?俺が調子を狂わせているとGMは演壇に到達し、一礼してマイクの向きを微調整した。するとなぜかそれまでの拍手すら止み、デスゲームとしては異様な静寂が場を包んだ―――何この空間?俺は天丼した。いつもならいるはずのパニック状態のニュービーすらここにはいない。なぜならばこのゲームのタイトルがえーっと……なんだっけ?…まあとにかくあれ・・だからだ、あれ・・……マジで何だっけ。俺が記憶の海に挑んでいると、GMはこう言った―――


「皆様。本日はこのゲーム―――『ザ・デスゲーム・・・・・・・・オンライン・・・・・・』をご購入いただき、誠にありがとうございます」


―――そして俺は記憶を取り戻した。そうそれ・・それ・・だからな。



俺がVRツクールプレイヤーを数日ぶりに終了してスレを開くと、こんな情報が寄せられていた。


―――「王道デスゲーム」をウリにしてるゲームが今度出るらしい。


スレは「つまんなそう」だの「一周回って実はデスゲームじゃなさそう」だの「うーんデスゲームを出すのはいいんだけどこっちにすり寄ってくるのはちょっと……」だの「デスゲーム原理主義者くっさ、楽しけりゃ何でもいいだろ」だの「スクショ見たけどグラ凄くね?デスゲームでこんなの見たことないんだが」だの「買うわ」だの「開発者絶対このスレにいるだろ」だの様々なゴミの声で埋め尽くされた。俺はこれは明らかに罠だと思った。デスゲームの開発者たちが裏で何かしらの形で繋がっているのは、あの謎のいつもの・・・・独自エンジンから言っても明らかだ。あいつらは運営方針から言っても人を楽しませるためにデスゲームを作るタイプではない……それなのにゴミ共のようなデスゲームを楽しむ・・・存在が現れて、野放しにしておくとは到底思えない……しかし、本当にそうか?俺は考え直した。元GMは他のデスゲームを知らない様子だった。組織的な開発を行っているならそんなことはありえないはず…………単純な繋がり・・・以上の複雑性がありそうなわけで…………むむむ…………まあひとまずプレイしてみるかなァ~~~~~。俺はチャットソフトを軽く弄りつつ決めた。



GM降臨型という開始方法レギュレーション降臨・・という呼称は、直感的ではあるものの本質的には不正確だ―――厳密に表記するならば、プレイヤー招集型・・・・・・・・とでも呼ぶべきだろう。GMがよくわからんエフェクトと共にブゥンみたいな感じで出現するのが"降臨"するようだから降臨型、って気持ちは分からんでもないのだが、忘れてはならないのがGMのその"降臨"の前にプレイヤーたちが広場なりなんなりに"招集"されていることだ。重要なのはそこであって、"降臨"は曇り空と同じような雰囲気を盛り上げるための演出・・でしかないのである。だから極論を言えば曇り空の演出なんてなくても、何なら空そのものを屋根で覆ってもいいし、GMが普通に袖幕から歩いて来てもいい―――事実として、このゲームではそうなっている。非常に合理的だ。そう、非常に合理的ではあるんだが…………


「…………『王道』かこれ?」


俺は物凄く小さい声で呟いた。確かに理には適ってるが、キャッチコピーの「王道デスゲーム」というのとはかなりかけ離れている感じがある。いや個人的にGM降臨型の不合理な部分があんま好きじゃない俺としては嬉しいんだが……しかし集まるのは広場じゃなく会堂で、不吉な空はそもそも見えず、GMは普通に歩いてくる……ひねり・・・として普通にアリだと思うけど王道かなぁ……???


俺がそうやって首を捻っている間にも、講演会もといデスゲーム始まりましたコールは粛々と進む。この会場で、ひいては世界ゲームで発言しているのはGM一人で、残りゴミ共は普段のやかましさからは想像もつかないほどに静かだ―――いや、おそらく呟き・・を発する程度のことは、俺と同じようにみんながやっているのだ。ただそれが本人の耳にすら入らないほど小さいから、誰もそれを認識できないだけなんだ。GMは延々とマーケット・マイクロストラクチャーだのアサガオだの即興性だの感情指数だのヒドラジンだのの話をしている―――眠くなってきた。さっきログアウトしたあのゴミの心境が、今ならわかる気がするぜ……いやあいつは演説が始まる前に寝たけど。マジで眠い、もう寝ちまおうか…………


「……と、いうわけです。さてそろそろゲームスタートなんですが……その前に、皆さんから3つほどご質問を募集しようと思います!!!何かあればどんどん手を挙げてくださいね!!!」


寝てる場合じゃねェ!!!!!!!俺は両手を挙げた。クソッ、何故人類には腕が2本しかない!!!??!?!?!?!?!そ、そうだ切り裂けばいい!!!!切り裂けば1本の腕が2本に、2本の腕が4本になる!!!!!俺は上に掲げた右手でシステムウィンドウを操作して初期装備として存在するであろう剣を探したがなぜか見つからずキレた。クソがッッッッッッッなんで腕を切り裂くための剣すらないんだよッッッッッッこれ以上確率を上げる方法は無いのか……???????俺は行き詰った。会場のありとあらゆるゴミがワイワイガヤガヤしながら両手を挙げている。さっきまでの静寂はなかったかのようだ。というか実際の所なかったのでは?俺は歴史を修正した。あのォ~~~~~"あった"っていう"エビデンス"を"示して"もらえますゥ~~~~?????……あっそうだ。俺は脈絡のないことを考えていたところ妙案を閃いた。自分の手を増やせないなら他人の手を減らせばいい。なぁ~~~に殺しはしないさちょっと腕を貰う・・だけ!!!!!俺はその辺のゴミに襲い掛かろうとしたがそのゴミは既に別のゴミに襲い掛かられていたため無駄だった。会堂が地獄と化していく……GMは動じず、「そこのあなた!!!!」と言って俺の5つ前のモブゴミを指した。チッハズレか……せめて頼むから有益な質問をしてくれよ……モブゴミはたじろぎつつ言った。


「生命、宇宙、そして万物についての究極の疑問の答えは?」


死ね。俺はキレた。ほんとさぁ~~~~~~~~~~~~~~~~3つある質問権の一つをォ!!!!!!俺も銀河ヒッチハイク・ガイドは好きだぜ?わかるよ、それはわかる。でもさァ~~~~~やっぱ物事には時と場合ってのがあるワケよそれをさぁ守らずにさぁ~~~!!!!!!!!要するに!!!!!3つある質問権の一つをそんな内輪ノリに近いことに使うことある!?!?!?!??!?!?っつー話よ!!!!!!俺はキレた(反復表現)。さっきまで襲い合っていたゴミ共も、争いをやめてキレていた。一つの仮想敵が生まれた時、それまでの争いはどこかへ流れて行ってしまうのだ……モブゴミの安否が危険になる中、GMは答えた。


「どの宇宙における答えですか?」


えっ?

俺は困惑した。ゴミ共も困惑した。GM、こいつ……!!!!!なんかかなりデカそうなバックボーンが見え隠れしてるんですけど……!!!!!!余りの困惑に、モブゴミへの敵意はいつの間にか収まっていた。むしろ尊敬すらあった。やるじゃんお前……!!!!!なんかよくわからん認め合いの空気みたいなのが会堂に漂い、世界に平和が訪れた。


モブゴミは言った。


「ど、どの……????あ、えっとこの宇宙です」


「�9UU38*#@|OW��8""LSQ:�です」


なんて?俺は首を捻った。ゴミ共も首を捻った。おかしい、確かに発音されてるはずなのに脳味噌に入ってこない……!!!!!!俺たちは思考を放棄することにした。GMは再び「そこのあなた!!!!!」と言って俺の席からは見えない位置にいるモブゴミ2を指した。ハズレか……まあいい頼むぞモブゴミ2……!!!!!俺たちの期待が集まる中、彼は聞いた。


「お前たちの正体は何だ」


おお、かなり有能だぞ……!!!!!俺は湧いた。ゴミ共も湧いた。モブゴミ2はテレた。世界が更に平和になる中、GMは答えた。


「…………?お前『たち』とは……???」


えっ?

俺は困惑した。ゴミ共も困惑した。い、いやあり得なくはないと思っていたよ。元GMは他のデスゲーム制作者を認識していなかったし……でもよりにもよって「王道デスゲーム」とか作ってる奴がそれ言う?っていう。他の開発者を理解してないと成しえない行為じゃんよォ~~~~~~。


「え、いやだからお前らデスゲーム開発者のことだけど」


モブゴミ2は困惑しつつ答えた。いいぞ、的確な返しだ……!!!!俺のモブゴミ2への好感度が上がる中、GMは答えた。


「市場におけるデスゲーム需要を参考にはしましたが―――開発者の方との繋がりは持ち合わせておりませんよ?」


これは、相当―――俺は思った。関係が入り組んでいそうだぞ。これ以上の質問は不可能だと判断したであろうモブゴミ2が席に戻り、最後の質問者が―――お?マジで?GMの手がこっち向いてんじゃん来たのではこれ?????ッシャァ~~~~!!!!俺は喜びのままに席を立ったが「いえ、あなたではありません」と言われ座った。なんだよもう……相当近くの奴が指されたようだ。誰だ?


「そこの…………片手だけを挙げている方」


ああ俺の隣のこいつ・・・か……惜しいなァ~~~~悔しいぜ。俺が悔しむ中、隣の席は空き、一人のアバターが立ち上がり、そして―――


「あ、あの……面白い、面白いデスゲームを作る方法を、教えてくださいっ!!!」


こいつ・・・―――元GMは言った。

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