第12話前編「最後のタイタン」

・満月の都

 現代においてこのダンピールの、かつてのヴァンピールが築いた古代旧西帝国の都を覚えている者がどれだけいるだろうか。思い出して何かに活用出来る者は更にどれ程か。

 常に隠れて廃墟の上に在り、古くは満月の夜にのみ姿を現した。今でも何処かへ隠れている。大陸の崩壊で永遠に隠れてしまったのだろうか?


■■■


 最新皇帝ヒューネルは今、牧人として働いていた。

 馬に駆り、草を食べさせるため放していた羊の群れを犬と共に集めて囲い柵の中へと入れる。

 そろそろ現放牧地の草が薄くなってきたので移動の時期である。余り放っておくと根まで食べてしまって荒れ地になる、らしい。聞きかじりの牧畜である。天国ならばそれでも生えて来そうではあったがあえて危険を冒す必要は無い。無主の大地は限りなく広がっている。

 この天国に泥棒はおろか狼のように羊を狙う獣もいないが、逃がしたら追跡出来る自信が無いヒューネルは万全を期す。全頭入れてから数を数え、柵を周って不備が無いか点検する。

 尚、本物の牧民は羊の顔の違いが分かるらしい。ヒューネルはその境地に達していない。

 本来の皇帝の仕事は勿論これではない。当面の間戦が無ければ、法の番人として人々の諍いの仲裁に入って公平な審判を法神の名の下に下すところだったのだが、彼には王どころか貴人としての教養が無かった。ただ戦士たれと育ての父”新星”に教わったのみ。

 鉄の国の法感覚にて、土地の境界線で揉めた両者を、歯を食いしばれと平手打ちで殴り倒してから、不服がある者がいれば決闘を受ける、などと裁定下すこと幾数回。

 こうなれば新宰相エンリーが皇帝教育に掛ったのだが、頭蓋内の戦士だった男は一向に勉学には集中出来ず、帝国法その簡易版すら覚えられなかった。机に齧りついても貧乏ゆすりしたりよそ見をして堪え性が無かった。始皇帝譲りであるとは帝国大学士は笑った。

 目先の利く戦士であれば一つ事に集中してしまうなど重大な欠点である。常に全方位へ気を配って不意打ちに備えればこそ戦場でも生存出来る。矢玉に槍襖、術から罠まで気を配るためには一つ集中の頭では足りない。一〇を見回す目と耳と鼻に肌である。

 政務は宮幕にてエンリー首相が執り行い、権威として黒鷹のアジルズが来訪者を睥睨し、肝心の皇帝は己の家族の食い扶持を稼ぎにその近くで羊を飼う。どうしても困ったことがあれば自尊心を削って帝国大学士へお願い申し上げに参るのである。新帝国体制はこれで回り始めた。

 ヒューネルは一家が倹しく暮らすに十分な幕舎へ戻る。馬を繋いで犬に餌をやらないと、と思えば賢く勇敢なはずの番犬でもある彼等が怯えて近寄らない。異常である。

 剣に代わる杖を持ち、帰宅すれば中には招くべきか、べからずか、揺り籠で寝る我が子を前に、杖に両手と顎を乗せてじっと見下ろすのは野人エルフの魔女がいた。

 旧都から持ち出せた機織り機の複製品へ紡いで作った糸を半端に掛けた状態で、椅子に座ったサナンが唇を噛んで、拳を握って下を向いて状況に耐えている。その顔は覚悟を決めようとしているが、決めかねているか。

 何を、何と声を出せば良いか全く思いもつかぬ内に魔女の杖が伸びて、多彩色のエーテル刀身が露わとなって、籠を刺し貫いた。

 足元が揺れて崩れてしまい、眩暈もして……、

 ……と、ヒューネルは馬上で目を覚ました。

 羊の群れの先導もせず走らせ、幕舎に戻って中へ駈け込めば悲鳴。

「大丈夫か!」

 機織り機が悲鳴を上げており、サナンが困った顔していた。

「お帰りなさいませ。すみません、酷い音でしょう? 鳴ってるところ削らないと」

「来客は! ……無かったか」

「いえ。お約束が?」

「いや、いいんだ。勘違いだったかな」

「そうでしたか」

 揺り籠で目を開けている我が子。泣かず笑わず、視線が強く普通ではない。手間こそ掛からないが、そこは何とも言えないところ。糞の時だけ表情が違うが。

 悪い夢だったのかもしれないが、ヒューネルには昔似たような経験があった。ある時から全く感じなくなったもので良く思い出せない。

「あれ?」

 聞いたことがあるが、聞きたくない声が背中に掛かったヒューネル。迷うこと無く、振り返りながら戦士にあるまじき膝を突いた姿勢で口が動く。

「私にできることはありますか……お願いだ」

 命乞いである。以前に赤子を捧げる覚悟を傾城に問われ、出来ていると思っていたがしかし、腕に抱いたことがあればそんなものは無いのだ。幼い無能の呪いはとても強い。

「二人目は?」

「まだ……」

「ふうん」

 魔女は敷居を跨ぐことも無く立ち去った。

 二人はそんな気はしていた。この子が最後の神、タイタン、魔女最終目標。理由は分からないが今、殺すことは止めたらしかった。


■■■


 ヒューネルはエンリーへ相談しに宮幕へ足を運んだ。己の本拠にわざわざ出向くとは皇帝のあり方は後々考えなければならない。

 まずは宮幕中央の止まり木型の支柱の頂点、外にて来訪者を威圧しゴブリンに足りぬ物を補充している黒鷹のアジルズへ声を掛けた。

「しばらく子供を守っていてくれませんか。良くないことが起きるかもしれなくて、あー……」

 大きな声では言い辛いことがあり、アジルズが降りて側に顔を寄せる。

「魔女が子供に会いに来たんです。殺そうとしているらしいんですが、してはいけない理由があるみたいで、その、状況は不明です。とにかく何かあったら二人を連れて逃げられるようにして欲しい」

 アジルズは任せろと肩をぶつけてから飛び去る。

 宮幕にて政務中の首相に緊急案件と、人払いをさせてアジルズへ説明したことを伝え……。

「……事態は承知しました。天国にいる者全てを仲間につけたという前提ですら殿下をお守りすることは困難と思われます。弱き者を守りながら戦うことはとかく困難です。あらゆる損害覚悟で征伐するというのであれば……それでも神殺しの魔女相手では一時撤退を強いる程度ではと予想します。私は戦いが専門ではないので他の方の意見は違うかもしれませんが」

「その全てとは?」

「全てとは、帝国大学士殿、ドラゴン、ダンピールです。人々は、いじらしくも立ち上がってくれるかとは思いますが」

 取るに足らず無力。歴代最高の人の英雄がいても如何程か。爪の先でさえかするのか怪しい。

「説得は……」

「二人目が誕生なさるのを待つという意味でその、二人目は、と魔女が言ったならばそれはあちらなりの慈悲と思われます。おそらく出来る譲歩はそこまで。私の勘ではありますが、口上での小難しい駆け引きをする者ではありませんので本当にそこまででしょう。他のお歴々もお二人目が尋常の人間ならば初子は無かったことにして諦めるようにと言われるでしょう。情念を廃して考えるならそれが最も被害は少なくなります。お子様を腕に抱かれた後で聞くのはお辛いでしょうが、我々は散々に捧げて来ました」

 皇帝の子供で悪夢と悲劇を最後に出来るなら安いではないか、とは言わない。しかし公の集合意志があるならばそう言っている。お前だけが逃げるのか。

「魔女は時間を戻す魔法が使える、らしいんです。それで、一度子供を殺して、何かまずかったらしく、やり直して殺さなかったのが今、だと思うんです。はっきりしなくて自分でも確信が薄いんですが」

「ただの暗殺では不都合があるか、あるだろうと予測したかもしれません。一度そうしてみて正解であったが、もう少し良い解決があったと考えたのかもしれません。分かりませんが、とりあえず猶予はあるでしょう」

「どうすれば」

「無論、皆無事であることが望ましいのは言うまでも有りません。身を切らねばならないのならば、政治家としてはお二人目に望みを掛けさせて頂くしかありません。ただその、魔女との意思疎通を図った上でならばまだ可能性はあると思いたいです」

「可能性」

「はい。魔女は神々から殺されるのではないかという脅威に対抗するために行動していると帝国大学士殿は仰っておりました。ならば殿下をそのような存在にしなければ良いわけでして。まず殿下がこのまま健やかに成長なされば神々に匹敵するような大いなる存在になられる可能性がありと魔女は見ていて、そうなると看過出来ません。ならばその前にそうしようと考えるのは自然です。であれば、殿下の存命のみ第一にとするならばそうしないように工夫するしかありません」

「障害を負わせる……」

 殺さず我が子の四肢を、目に耳を、と考えれば、頭に思い浮かべるだけで父は苦痛に苛まれる。自分が代わりになれないかと思い、無駄となれば更に苦痛。

「神の如きとなれば何かしら欠損されても奇跡にて覆すのではないでしょうか。私が考えるのはどこにいるか分からない、つまり魔女からも分からないところにいると思われる月光伯ヴァシライエ殿にお預けすることが叶えば、無策でいるよりは希望があると思います。愚かかもしれませんが、いないことにすれば問題が無かったことになるかもしれません。神の如きにならないように抑制する奇跡は、どうなのでしょうか。どのような論理で結果どうなるか分からない内は分かりません。巫女の方でも分かるのでしょうか。申し訳ありませんが、今思いつくのはこの程度でして」

「そうすればヴァシライエ殿が魔女と敵対するのでは。協力は得難いと思います」

「そうかもしれません。お尋ねしてみなければ分かりません。少なくとも尋ねて損はございません。まずはそうして回るしかないと思います。無力ならせめて口だけでも使わなければ」

「どこにいるのか見当は?」

「分かりません。エーテル結晶指輪が一つ、予備に残しておりますがこれは最後。違う使い道も考えてからにいたしましょう。あちらから出向いてくれることも可能性としてはありますので」

「帝国大学士殿に尋ねてみます」

「不思議なお知恵もあの方に頼るしかないでしょう」

 帝国大学士テレネーは帝国の難問にあらゆる解決方法を提示してくれる、皇帝と違って替えの利かない重要な存在であった。ただ、頼る度に嘲笑うので勿論のこと彼女を得意とする者はいなかった。

 ヒューネルは一旦帰宅し、幕舎の外にアジルズがいて異常無し、と顎下げの返事を貰って幾分安心して敷居を跨ぎ、一瞬見えた母子が黒の外套に包まれ、厚み膨らみが消えことを見送ってしまった。別れの挨拶をする間どころか目を合わせる暇も無かった。

 アジルズの見張りも難なく掻い潜ってそこに居たのダンピールの長ヴァシライエである。影から影へと飛ぶようなその人物、得体が知れぬ。

「何故!?」

「何故とは、ほう、そうか。夫婦で良く話し合った結果ではないのか。巫女も嘘を吐く」

「どこに!?」

 アジルズが幕舎の中に頭を突っ込んだ。威嚇に鳴いたがそんものが通じる相手ではない。

 ヴァシライエは顎に手を当て、ふむと一つ悩んで口を開いた。

「説明をしよう。君の子は最後のタイタン、今や唯一のいわゆる神だ。一つ元を辿れば死神が蘇生中だった法神の蘇り損ない、その転生体に近い。つまり魔女が殺したい最後の一人だ。更には唯一神としてこの天国のかすがいとなっている。死ねばここは崩落し、煉獄になった地下を完全に潰す。ドラゴンぐらいしか生き残れないのではないかな。そこで赤子だけ隠せば一先ず安泰となろうというわけだ。しかし独りは不憫と考え、母子同道にて面倒を見ようというのが彼女の覚悟だ。巫女ならば己を贄にすることなど躊躇わなかった様子だ。私は君も同意したと言われて信じてしまったよ。良く訓練されている」

 ヒューネル、耐え切れず口を挟もうとして、最後まで聞けと制される。

「”抹消”のダンジョンに送った。あそこが一番隠せる。位置は旧都跡だが、今は招かれぬ限りは行けない。同じように隠して送ってやることは出来るが帰りは私の領分ではない。第一臭い男など懐には入れたくない。行き、無事に帰りたいなら工夫することだ」

「どうすればそのダンジョンに」

「さて、そこの黒鷹はどうやって煉獄から這い上がってこれたのか、尋ねてみるがいい」

 振り向いてその鷹の顔見れば、幕舎から頭を抜いて、来いと鳴いた。

 その時にはもう月光伯は己を隠して消えていた。


■■■


 予定は変わらず、逸りつつアジルズに乗ったヒューネルはテレネーの研究所へ急行。警備のゴーレム兵は顔を見て素通しにして、中へ入ればもう役者は揃っていた。

 まるで準備され、巧みな陰謀へと完全に嵌ってしまったかのようであった。実態は知れぬが、傀儡皇帝の手足に本物の糸でも付いてた方が分かりやすかった。

「はいこれ」

 魔女のシャハズ、説明無いことが説明のように剣と、硬い小板一〇枚程度を紐一本で括った物を手渡して来た。

 剣のほう、ヒューネルに見覚えどころか手応えを良く知っていた。既に錆びて朽ちたはずの始皇帝ガイセルの帝剣である。全く同じ複製、否、知っている物より良く見れば長年を経験したくたびれが少なかった。

「これは」

「ガイから借りた。使っていいって。あれも」

 更に指差す先には甲冑が一領。これも同様、始皇帝の甲冑から鎖帷子まで完全に揃う。大狼の毛皮は本物を既に持っており、往時の姿を取り戻せる。

「こちらは」

「これは食べ物。お腹空いたら食べる」

 森のエルフの携帯保存食糧、通称鉄板の存在は野人と呼ばれて久しい歴史の中で消え去った伝統料理である。これは勿論、海のタイタンの深海部屋で料理を勝手に食べてしまった分のお返しなのだがヒューネルには理解出来ていない。

 理解出来ずに混乱するヒューネルに魔女が付け足す。

「食べる板は直接噛まないで削ってお湯に落として飲む。歯が折れるかも」

 理解の助けとならず、帝国大学士テレネーが口を挟む。

「大体見当ついてるけど、何があったか言ってごらんなさい。下手な説明要らないから起こったことだけね」

「サナンと娘がヴァシライエ殿に隠されて、”抹消”のダンジョンに行った。救い出す!」

「あら良く出来ました。シロくんの天国結界にも穴開ける力を借りて突入したいわけね。はい分かりました。護衛付きで貸してあげるから、そっちから代わりに欲しい物があるんでしょ? 魔女さん」

「うん」

 帝国大学士は言葉足らずを補った。

「はい皇帝陛下、これが半ドラゴンを傭兵として貸し出す条件を書いた契約書ね。貴方は真っ先に愛しの家族のところに向かうんだろうから、この内容に同意したって花押を書いて頂戴な。後でゴブリン首相に渡すから」

「花押?」

「署名……ちょっとこれに書いてみてよ」

 テレネーが差し出した紙片と筆を使い、ヒューネルと名が記されたはずだった。名前代わりに〇を書くよりは幾分か文化的であった。

「……親指に墨つけて押して。拇印ね」

「えっと……」

 お手本としてチッカが己の小さい指に墨を付け、紙片に押して指紋が浮くようにした。

「おお! はい」

 契約書に皇帝陛下の拇印が押された。よくできました。

「皇帝陛下万歳」

「はい? どうも」

 皇帝陛下、初めて触るがしかし手馴れた甲冑一式を身に着け、懐かしさを覚えつつ”抹殺者”に手伝って貰い、三人の半ドラゴン傭兵に、行くぞと外へ駆けて行った。

 ここまでの不自然なやり取りに対し、取り立てて疑問を呈する素振りすらヒューネルは見せなかった。契約書を読んで、読めなければ代読を頼んで確認することすらなかったのだ。強弱はともかく分別薄い武辺者である。

「うっそでしょ」

 帝国大学士は顔に手を当てうなだれた。チッカが悪戯でその隙に拇印を頬につける。アプサム師が瓶の中から笑う。


■■■


 ヒューネル一行が旧都へ向かう道中で”恒風”が上空を飛び去り、また少し経てば再び飛び去る。観測はするが不干渉という雰囲気である。

 アジルズの先導により旧都跡地に到着。かつての古き良き大都市の形は影も無く、竈神の化身が消し去った荒れ地に少しずつ緑が芽吹いて来ている。

 ”抹殺者”は座り込み、太陽を指し、指先でそれが没する弧を描く。夜まで待てということだ。

 その日の夕食は荒れ地の緑を食みに来た獣の肉と、その糞で熾した焚火。エルフの鉄板は削って沸かした獣血に落として飲む。アジルズと”振動剣”と”金剛体”は削らないで食べる。石でも食っているような音が鳴る。

 月の夜になり、いよいよかとヒューネルが気合を入れるが半ドラゴン達は何もしなかった。疑問に思いヒューネルが尋ねれば”振動剣”が説明。

「満月じゃないと駄目。まだ待って」

 ”抹殺者”が指を一〇本立て、二つ折る。満月まで二日、ではなく月齢満期まで二割。

 ”金剛体”は穴を掘って地面に埋まって寝始めた。満月の夜まで一切食わずに寝続けた。

 そして六日を待って満月の夜となる。

 その間、身体が鈍らないようにヒューネルは”抹殺者”と懐かしの稽古に打ち込んだがまるで相手にならなかった。酷い激戦を潜り抜けてきた心算であったが、”抹殺者”のそれとは比べ物にならなかったと直ぐに思い知らされたのだ。

 いよいよ時来る。”抹殺者”が指を一〇本立て、全て折る。そして影のような爪を右拳から剣程に伸ばして空間を切り裂き、門を袈裟に開いた。

 無いはずの幕を切って、見えなかった物が見える。切れ縁に物が当たれば両断されるのではないか、潜る時に致命傷を負わぬためにはとヒューネルが慎重になったところで”金剛体”が狭い、とその縁を暖簾のように押し広げて一番に入ってしまった。そういうこともある。

 ダンピールの都は、帝都よりも瀟洒な飾りが目立ち、強度が許せば曲線を多用する意匠の建造物が目立つ永遠の夜の街。街路樹、花壇、家々が窓辺から花を長く育てて垂らす様は華麗。住人もまたそれにあった服装にて本日も舞踏会かと思わせる。

 その中、富裕貴族でも無ければ持てないような装飾甲冑に固めたダンピール騎士団が警笛を鳴らして集合、槍襖で出迎える。

「我が名はガイセルの後継ヒューネル! 唯一世界帝国皇帝! 月光泊ヴァシライエ殿よりエンシェントドラゴン”抹消”のダンジョンに我が妻子が隠れたと聞いた。これよりそこへ参って連れて帰るものだ!」

 ヒューネル帝は堂々と名乗りを上げた。

「無許可で立ち入る者は許さぬ」

 とダンピール騎士の指揮官が告げ、”金剛体”が一つ首を捻ってから敷石砕く歩調で襲歩、体当たりで槍騎士戦列を弾き飛ばして突破口を開ける。”抹殺者”がついて来いと手招きし、それに続いて走る。

 ヒューネルはただ彼等は勤め人と槍を払う、防ぐ以上の剣術もマナ術も扱わない。半ドラゴン達も大立ち回りに見えて殺害はしていない。負傷はしょうがなかろう。アジルズは飛んで迂回。

 早々に市街戦かと考えられたが、ある程度逃げれば騎士達は追って来なくなった。ヒューネルには理解出来なかったが、警備を行ったが抗い切れず、逃げ切られたという建前が何事も順調な彼等に必要とされたのだ。現在、見失った素振りをしながら対抗戦力を集めるという建前の軍議が開かれている。お茶と菓子も付いている。

 ”抹殺者”の案内にて夜の街の外れにある捨て堀へと到着する。

 人気の無い市街地の隅。この周辺の建物だけ長く人が住んでおらず古ぼけている。風雨に激しく晒され、動物が出入りしているわけではないので欠損の程度はわずかだが扉や窓に絡んだ蔦とその涸れ身に残骸が形を保っているところを見れば長年手が掛かっていないことを告げる。

 石煉瓦で固められた堀を覗けば底が暗くて何も見えない。松明で照らしても届かないというより光が飲まれてしまう。腐った不快な臭いが上がり、時折狂った絶叫が響き、話し声から嗚咽、獣のような唸りまで。こんなところに妻と娘が、と思えば飛び込みたくなるようで、まるで太刀打ち出来ないとも見える。帝剣を固く、無駄に握る。

 ”金剛体”が先に飛び降りた。降りてから瞬時にではなく、わずかだが数えられなくはない程度に間を置いて盛大な着地。そして狂ったような叫びと打撃音が複数、怯えたような声も混じって獣か魔物か何者かが逃げ去る。

『来い!』

 と初めて聞く”金剛体”の声に合わせて”振動剣”付き”抹殺者”が帰郷。途中、壁に振動剣を一撃入れて速度を緩和して落下。

 黒鷹のアジルズが乗れ、と首を下げた。ヒューネルが手を掛ける。


■■■

・最後のタイタンまたは唯一神

 ヒューネルとサナンの娘。泣きも笑いもせぬが至って健やか。死神の蘇生失敗により生死曖昧なる法神を贄とした竈神の奇跡により生を受ける。

 その役割は天国の鎹(かすがい)。不思議で不自然の天の大地を維持するための巫女であり人柱である。

 成長の途中であり、育った時にどのようになるかは不明。一二のタイタン、それぞれ育った後に得意分野から名乗りを上げたのだ。

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