第11話後編「戦のタイタン」

・”流血”の義娘にして”小魔女”ノージャ

 唯一世界帝国の侵略によりエルフの森から離散したまつろわぬ者達の末裔。エンシェントドラゴン”流血”庇護の下で育ち、自然その信者となる。

『魔法使いとしての素養がある。熱意も高くて素晴らしいが、気負いが過ぎるかな』

 準えられて小魔女と呼ばれ、魔女の弟子となりドラゴンの混血ともなる。そしてこれから何者かになろうという矢先に煉獄へ囚われた。

『ノージャさんは大変良く出来ています。もっと伸びしろがあるので訓練を怠らないようにしましょう』


■■■


 天国の陸塊の裏面が見える赤い空の下、後継のドラゴン達が繰り出した術攻撃は圧倒的であった。

 ”弾雨”が天より降らせた雨は一粒でタイタンの戦士が持つ盾に甲冑を貫徹、地面へ抜ける。伝説的に不壊の堅牢さがあっても中の骨肉が衝撃に耐えない。

 ”光線”が放った熔解する閃光の一薙ぎは地面の高熱液状化に蒸気爆発を伴って大量破壊。地形が変わり、仮に生き残っても溶岩流と高熱風に飲まれる。

 ”灰燼”が吐き出した高温高速瓦斯流は一面を逃げ場無く覆い炙って吹き飛ばした後に着火爆轟。後も液化燃料でも撒いた如きに燃え盛り続けて吸える空気を消した。

 雑兵など数えるに値せず一方的。それでも術殺しを心得、装備で対策した者達相手には通用しない。祓魔のマナ術が普及したガイセル朝時代の者達の多くが一時生存に成功。

 魔法という一時的に創出された異常は自然現象とは違い、呪術的にも良く防がれた。光景と影響が一致せず、まるで幻術であった。ただし溶岩流に飲まれ、空気が消失した間接作用だけは術対策でどうにもならず、焼けずとも圧死、窒息する者が多数。

 その中、戦乙女長スカーリーフ先導の極光外套を纏う対術特攻部隊は弾雨を潜り、光線に目を開け、無呼吸で火中を走ってドラゴン殺しの一番槍をつけた。

 ”百足”が疾走すれば術対策など意味も無く、大質量の高速移動の衝撃のみでその素晴らしき特攻部隊からその後続まで粉砕してしまう。ただの人型では決して到達しえない圧倒的な体重と速度に対抗し得るのは今は無きタイタンのみであろう。

 巨体に過ぎたドラゴンの弱点は小回りの悪さ。その首に空からの急降下で取りついた偽エンシェントドラゴン”新星”と最終皇帝ガイセリオンの魔王殺し組が往年の連携を見せ、大剣捻じ込み抉るを繰り返して首級を上げる。ドラゴン界における品格はともかく、実力はこれで認められた。

 一連の緒戦、巨頭達の大決戦で互いの得意、不得意が顕著になった。

 雑兵達の戦いも始まる。

 タイタンの戦士達はとにかく術対策を講じて突撃、肉薄して叩き殺すことが最善と判断。とにかく突撃あるのみ。まごまごと睨み合っていては魔法でいいようにされる。射手が支援射撃で飛ばす矢弾を頭上にして吶喊。

 ドラゴンとデーモンの軍勢は術が効く敵をまず一掃した後に、間接効果にて殺すことが最善と判断。

 遠距離の直接攻撃魔法にてまずは効く、効かないに拘わらず術の幕を張る。対策していない敵は死に絶え、矢弾の多くが落ちて、巨頭の大破壊を運ではなく実力で生き残った者達が前に出て来る。

 次の手は中距離の間接攻撃魔法である。魔法の工夫により、創出したものではなく周囲にある自然物、岩石土砂や林木を射撃して質量攻撃を仕掛けた。術殺しが防いだのは魔法で移動、誘導させられ続けている物体のみ。射撃時に力が加えられた後、自然法則にのみ従った物体が捉えれば殺傷に成功する。

 突撃が目前に迫っても手があった。特に”小魔女”が得意にした岩石を蒸気にすら至らしめる熱の精霊術にて敵先鋒の足元を掘る。熱自体は術として防がれるが、消失した地面は幻ではなく灼熱泥の落とし穴へと変貌して転がり落ちる。更に沈んだことを確認したならば冷の精霊術にて熱を抜いて固めれば生き埋めの完成。後に発掘されるまで無力化。

 このように突撃をいなしている内に魔女先生から習った魔法建築を応用して防壁を構築して後退。突撃を防いでいる内に次の防衛線まで逃げる。

 逃げなければ魔法を使い続けられない事情がドラゴンとデーモンの軍勢にあった。術殺しにより常にマナが枯渇していく状況にあり、新鮮なマナを求めて移動し続けなければいけないのだ。攻められず防戦を強いられて主導権を握られ続ける。

 攻城戦など何度もこなしているタイタンの戦士達は急拵えの防壁を越えて来る。壁に得物を突き立て登攀、強引に穴掘りして直通、てらい無く迂回して走って来る。梯子や攻城兵器の導入はやや時間が経過した後。

 無限に逃げ切れはしない。遂に追い付かれようとした時にはまた間接攻撃魔法である。有利な地形への後退が成功したならば斜面を利用した土砂崩れ、川を利用した鉄砲水を食らわせる。山や川が無ければ魔法で盛り、水源から灌漑を掘って誘導なども大変な苦労が必要だが出来る。

 調子が良ければ逃げて一方的に打ち倒すことも出来るが敵もさるもの。白兵戦を挑まれれば劣った。

 まず戦のタイタンに信仰を捧げた者達は強者揃いで武具も優れている。精神構造も狂戦士の名に恥じず尋常ではない。

 ドラゴンとデーモンの軍勢は対比してそうとも限らなかった。訓練されていない民間人のような者も多い。多少は戦士と呼べる者もいるが所詮は難民の中の一部。術が得意なデーモン達だが、今日までこの大陸で対外戦争など経験もせずに狩猟か小規模な同族争いをしてきた程度に留まる。体格に優れたドラゴンも乱世の者達のように戦い慣れしているわけではない。遊びのように協力してくれるフェアリー達は意外に好戦的で残酷であり、大変な助けとなっているが圧倒的な戦況を生み出してくれるわけではない。

 講じた防御策全てが破られて敗走するに至ることもしばしば。時に皆殺しとなる。皆殺しとなってどうなるかと言えば、煉獄の呪術にて皆また蘇って同じ事を繰り返す。

 死神ではなく戦神が回収し、今日まで保存されて受肉した戦士達は容易に死など恐れずに戦いを挑んで来るので終わらない。

 戦のタイタンの力の源は闘争である。一方的、双方的は問わず、狩りも含まれる。

 タイタンの箱庭崩壊までに行われた戦いの規模、天国直下に新秩序世界を構築するに余りあった。この新世界で繰り返される争いによってまた呪力が満ちて、その呪力で戦う事を繰り返す仕組みが出来上がっている。

 天国で蓋をした煉獄の中で互いに殺し合い続ける。

 何度も殺し合うと心が折れる者が敵味方に見えて来る。蘇っても寝転がったまま、いじけて、逃げ出す。それでも恥を思い出して再び立ち上がる者がいる。暫く戻って来る気配が無い者だろうと数年経って再起しない保証は無い。絶対に死なない呪術が本物ならば、数十年後に再起してもおかしくはない。

 棍棒でひたすら頭を割り続けるだけならばこの戦い、決して終わらない。やがては暴力に理性は没し、ただただ叫んで殺し合う真なる狂戦士に皆成り果てるかもしれない。

 戦火で焼き、戦い練り、封じ込める。煉りの牢獄とは言ったもの。

 ただ静かに閉じ込め続ける地獄では思索してしまうだろう。

 天国にて幸福の中で牙を抜くには前歴が粗暴過ぎる。

 であれば煉獄に閉じ込めて無限に戦わせて最低の愚者に仕立て、二度と天国に昇って残るタイタンの子供達を殺しになど行けないようにするしかない。


■■■


 空が赤く光っているのは戦のタイタンの呪術が発動した証拠。最終儀式は防がれなかった。そもそも防ぐ方法も分からなかった。超古代からの実力者は生半可ではないのだ。

 道中、海底から盛り上がって噴煙上げる火山を幾つか通り過ぎ、燃え盛るというよりは炭火のように焚き付いた島が見える。呪術発動前なら暗闇の中で煌々としていただろう。

 高度が下がる。湯気を上げる海で湿る。

 シャハズとチッカは黒鷹の首に跨っていた。”振動剣”付き”抹殺者”は両肩を足に掴まれてぶら下がる。”金剛体”は重たいので後で運ぶ。

 島の鎮火を精霊術で試みるが効かない。呪術の火であった。火元を消さなければならない。

 一行にはシャハズが熱除けの術を掛け、黒鷹と共に安全に舞い降りる。

 降りた先には異形の片目を持つ萎え足の小男がいた。丁度、とろけた金属と微動する肉の燃え滓がこびり付いて煙を上げ続ける骨に焦げた甲冑を嵌め終わったところである。その焦げとは小男の体から炙り出された一部だ。

 黒鷹が抗議するように強く鳴いた。

「ただの従者ですぜ」

 返事をした小男は黒鷹に振り向く動作で足が崩れて倒れ、以降動かなくなる。

 チッカが思うところがあって手を叩いた。

 燃え滓の甲冑の胸にある筒の中からフェアリーが一人、火傷の顔を出したのだ。その知っている顔から、燃え滓が世界樹で会ったガイセルの子孫クエネラであると分かる。

 かつての勇姿は無く、まるで死のタイタンが呪って作ったような燃え滓と化し、名誉も何もないただ苦しむだけの存在と化している。

 フェアリーの女王の手招きに対し、かつての臣下は首を振って拒否し、蓋を閉じて中に籠った。

 燃え滓の甲冑が動き出す。”抹殺者”が手の平でシャハズ等に下がっていろ、とやる。因縁は一つではない。

 正々堂々、一身になった二対二。

 互いに振動剣を震わせて撃剣。合わない震えで大袈裟に弾き合う。

 反動は強く、一撃目で筋が切れて二撃で骨が折れる。戦い続ける呪いと”無限の心臓”の呪いは壊れる身体を即座に修復して中断させない。

 三撃四撃となると違いが出る。

 燃え滓の甲冑はクエネラの狂戦振りを参考に造られており、骨が砕けて間接があらぬ方向へ曲がろうとすることを防いで身体破壊からの姿勢崩れを許さず動きが止まらない。

 ”抹殺者”は身体の修復こそ驚異的だが折れた腕が捻り回るに任された。”振動剣”が己の金属筋を食いこませて強引に矯正して対処。

 ”抹殺者”不利なのは緒戦まで。”振動剣”により身体補強が万全となってくれば劣勢は覆り、防御の矯正から攻撃の体操補正へ移ればそれ以上の発展性が無い燃え滓の甲冑が剣撃で不利となり、身体の焚き付けで鈍る修復が遅れ、剣で撃ち合う他に甲冑への撃ち込みが入るようになり、踏ん張らねば姿勢が維持出来なくなった時に膝裏へ蹴りを入れて崩し、剣持たぬ左手で胸元を掴んで引っ張り、組討ちからの払い投げ。騎士闘法とは標準。

 ”抹殺者”が寝技に持ち込んだ時、燃え滓の甲冑は無様に地べた蠢くだけでまるで抵抗が出来ていなかった。その胸の筒の蓋を開け、拳銃の筒先を捻じ込み弾いてから動くことは無くなった。

 肉は焼いて煙を上げさせる呪いは、戦い続ける呪いの勢いをやや凌駕。往時のクエネラの実力は発揮されなかった。ただ生きているだけの燃え滓の骨と化しては思考も動作もない。

 フェアリーがその身体を人形のように動かしていただけであった。死ねず動けない彼女を真似していたのだが、生憎組み討ち格闘術を覚える程の経験が無かった。

 決着を見た黒鷹が燃え滓の三者を足で飛ぶ。

『穴分かる?』

 シャハズが尋ねれば黒鷹は、勿論と鳴いて飛び去った。死ぬに死ねない者は”更新の灼熱”の穴へと放り滅葬とするのだ。

 シャハズとチッカは地下世界の環境変化の大因である島の冷却を複合精霊術と”調伏の回虫”による呪術を絡めて実験。火元が生きているので手応え無し。適当なところで熱除けをしながら昼寝に入る。

 しばし暇が出来た”抹殺者”と”振動剣”は、振動剣を両手に持つ二刀流の開眼を目指して素振りを始める。

 二人で神経を通わし、次なる強敵に備えて行った二刀流剣舞が堂に入って来た頃、島の火が消え始めた。起き上がってシャハズとチッカは再度冷却を始め、手応えを得る。ただ大本から海底、海水、広範囲に渡るので時間が掛かる。

 滅葬を終えた黒鷹は出番の無かった”金剛体”を連れて戻った。

 そして”抹殺者”は天国の裏を指差し、黒鷹を次いで指差し、首を傾げる。

 天国に戻りたいか、と問うた。経験を重ねてこのダンピールにも変化が出て来た。


■■■


「皇帝陛下、帝国軍の再編が終わりました」

「はい、ご苦労様です。あー、大将軍」

「は」

 始皇帝ガイセル、師である大のチャルカンと歴代の小のチャルカン達を前にして呼び方をどうしようか惑った。見分けは多少付くが歴代重なると、子孫もいれば似たような顔もちらほらと有って困ってしまう。創始の時代はまだまだ小さくまとまっていたものだ。

 ドラゴンとデーモンの軍勢を相手取るに当たり、とにかくとにかく士気に任せて突撃するやり方は通用しなくなっていた。敵の攻撃と防御は多様性の一途を辿り、今も何をされているか分からない出来事が複数ある。

 これに対抗するためには軍の指揮統一を目指した。攻撃だけではなく、防御に陽動に後退行動を取って、それぞれ役割を担う部隊を複数に分けて多正面作戦を展開出来るようになれば勝利に近づく。

 まずはガイセル朝という記憶を共有する者達で軍を固めて、馴染みのある戦友達で固める。それから無数の見知らぬ戦士達を取り込んでいって意志の一元化を図る。

 そうしなければ勝つ見込みが無い。ただ戦い殺し合うのも戦士だが、やはり勝利を目指して軍組織として纏まらなければならない。少なくとも敵のドラゴンとデーモンの軍勢はそうしている。

 敵の機動が緒戦から変化した。阻止防御と有利な地形への後退の繰り返し行動が沿岸沿いに限定されるようになってくる。

 ここで現れたのが敵海軍。一粒が弩砲のような威力の雨を振らせるドラゴン”弾雨”が陸から海へと移動し、ほぼ一方的に仕掛けて来るようになった。また補助戦力としてセイレーン似の水棲デーモンや泳ぎを得意にするドラゴンが多数加わって組織行動を取る。

 あの一点突破でドラゴンの首を取って来られる戦乙女長スカーリーフでさえも海上とならば勝手が利かずに襲撃失敗を繰り返す。投槍で仕留めることがあってもここは楽園、海で没し海で蘇る。これは我々の望んだ奇跡だが厄介が過ぎた。

 精鋭だけではなく多数を動員、奇跡で何度壊れても再建される軍艦を浜から海上へ滑り落して突入しても海中に逃げられればそこまで。戦う前に暴風雨で身動きが取れなくなることも数多あった。操船者の多くは海を知らずに稚拙であった。

 船が転覆、撃沈されれば溺れ死んで蘇ってはそのまま溺れる、死にながら泳法を会得出来なければ、岸に辿り着けなければ前世界の死よりも苦しいことになる。

 陸戦の比類なき雄も海では溺れる小猿であった。タイタンの兵士達は二本足だろうが四つ足だろうが所詮は陸上を駆けるのみ。水域を得意とするナーガ族の蛇足であろうとも猛烈にうねり波打つ海原では劣等種。ドラゴンとデーモンはこの点、生物多様性にて勝利している。

 海没からの帰還者の証言では、敵は溺者を殺さず海底へ引きずり込んで錘をつけて縛ったり、沖に連れて行くなどするらしい。死んでも蘇るとしてもこの大陸から引き離されて戻って来られないならば戦士としての寿命が終わったも同然。それは大変な不幸である。

 終わらぬ戦いに身を投じるはずが、どこへ辿りつくともしれない海流に追放されることは不幸だ。冷たくて暗い海底に沈められて水圧に潰されながら深海生物に延々と食われることは更に不幸だ。

 敵海軍対策としては沿岸要塞の構築と射撃に優れた者達の配置。身を隠し、守りながら水上に顔を出した途端に矢と槍と鉛弾、砲兵が投石器と大砲で石弾に鉄弾を放って射殺してもただ消極的。被害を減じても消去に至らない。終わらない戦いは多くの解決をもたらさない。

 これへの打開策は現状、敵は沿岸、こちらは内陸と住み分けて行動するしかない。海ではとにかく敵が一方的。ここにセイレーンや海軍出身者が多数いればまた光明があったが、そういった者達はほぼ全て海神信仰者であった。この煉獄の奇跡に招待される者達ではない、

 内陸部へ帝国軍の中心を移動させるが、これに従わない者達が多数いる。歴代の信仰者達、勿論のことだがガイセル朝の下に従って来た者達ばかりではない。

 始皇帝の時代ですら知神による言語刷新の奇跡で断絶が存在し、ガイセルが幼少の頃から話していた言葉が、ある世代からまつろわぬ者達の悪魔と話す邪悪な言語とされていることに気付いてしまう。ある時から自分も気付かず話していたことに気付いては小容量からはみ出る。

 そして驚くべきことに超古代においては大陸統一言語が無かったという事実も判明し、意思疎通が適わない場合があった。何とか身振り手振りを交え、時代の変遷期を生きた者達による通訳があったとしても今度は過去の因縁が三つで済まない巴の争いを生んだ。

 復活した戦士達の大半はまつろわぬ者討つべしの精神ではなかった。魔女が始めた大戦を知った者でなければ古き昔の懐かしの再戦を楽しみ始めたのである。

 血の気の多い者ばかり。過去に因縁が無かろうとも肩がぶつかって、視線があっただけで斬り殺し、同族の報復を、と抗争が始まる。

 開戦初期は戦神に指定されたドラゴンとデーモンを敵として立ち向かっていったが幾度と死んで、周囲の者達が見知らぬ誰かと気付けば刃を向ける先が変わった。神の視点からは同士討ち、当人の視点からならただの敵討ちとなる。

 この争いが始まり、何度も殺し合えば今度は合従連衡が始まる。敵を同じにするもの、特に敵同士ではない者達が組み合って殺し合いを始める。ドラゴンにデーモンなどと言う見たことも聞いたこともない誰かなど知ったことではない。

 こうしている内に心が一時折れた者達が難民村すら作り始めた。戦の楽園、無限に殺し合い続ける戦士の楽園に戦いを放棄した者達の集落である。

 死んでもやり直し、記憶も技も失わず無限に高められる。競争相手も同じでどこまでも高いところへ行けるはずなのにそのような不心得者が現れてしまう。時代により戦士の価値は変動し、尚且つ人の性質はそれぞれ一つではない。

 勝利を目指すことを追求してきた一〇〇〇年ガイセル帝国軍はそれらを許さなかった。長く続いて大陸を統一した帝国が生んだ組織と信者の数は膨大。支離滅裂な連中、不心得者を暴力で調教して軍隊へ強制的に組み込む。征服地域の者達を戦奴隷として無理矢理死地へ飛び込ませるなどお家芸である。

 こうしている中で脱走者もあり、帝国軍憎しとドラゴンとデーモン軍に加担してまつろわぬ者と化す事例が多数。これもまた狂戦士達の楽園の姿として正しい。

 狂戦士としての資質を持たないまつろわぬ軍は、帝国軍再編の内乱期に大規模な防御施設を作り出してしまう。大陸沿岸の諸島部に拠点を構えたのだ。難攻不落の要塞の出現とあってはこれを落せば凄く楽しいと盛り上がる。

 再編された帝国軍とその服属兵達は以前のまつろわぬ軍なら全く抵抗が出来ないような組織行動を取れるようになったが、こちらが進化するようにあちらも進化していた。

 ドラゴンは精霊術だけを使わず奇跡のような術も使い始めた。ガイセルより後代の者達は悪しき魔法だとか呪術だとか呼び方を変えたがっていて妙な隔たりがあった。実態的には双方が入り混じったドラゴンの術という様子で、どうにも対策が取り辛い。

 ドラゴン”弾雨”の弾丸みたいな雨粒を受けると撃ち抜かれて死ぬのは従来通り。今ではこれを受けると病気になって全身が痛くて痒くてたまらなくなって頭がおかしくなる。

 病原を探るために生きたまま解剖手術が行われて確認すれば全身、肌から肉から内臓、脳にまで寄生虫が湧いていた。術殺しにて撃ち抜かれなかった者でさえ発症。目や口、肌に触れただけで感染することも判明。

 刃を受ける苦しみとは全く別の気持ちの悪い苦しみは狂戦士達の士気を著しく下げた。帝国軍への忠誠を頼りにしない者達の多くは症状を厭って逃げ出し始めた。発病した者の中には苦し紛れの同士討ちを始める者すら出て来る。

 これにはガイセルの遠い孫、あの”宝石”鉱山に移住してきた一族に近い容姿のクエネラという娘が、焼き尽くせばいいと炎の剣で刺して炭にし、ざるで遺灰を洗って蘇るのを待つという治療法を伝授した。前時代の者には奇術のような祓魔のマナ術による橙火にてこの治療が広く可能になった。だがしかしそれは手間が掛かり、一度に数万の発病者が出る寄生虫の撃ち抜く雨があった日には軍が麻痺した。忠誠を凌駕して逃げ出す古い兵士すら現れた。

 ドラゴン”光線”が奇妙な閃光を発するようになった。術殺しも目蓋や覆面なども貫いて視界を真っ白に染めるだけではなく、頭の中も真っ白にしてしまう。何か考えることすら億劫になり、ただ立ち尽くして白い一面の絵をひたすら空想することを強いられて身動きが取れなくなるのだ。棒立ちのまま万の兵士が打ち殺されたこともある。

 これの対策はまたクエネラという娘が過去のエンシェントドラゴン殺しの経験から発想した。元から目玉が無ければ問題無い、ということで己で眼球を抉り出して盲目で吶喊し敵味方を問わず最後まで殺し合うという作戦である。

 ドラゴン”灰燼”は暴風のように吐き出す爆発瓦斯の代わりに、勢いは控えめながら毒瓦斯を吐き出すようになる。これが火山瓦斯のような悪臭も無く無臭であることが気付くことを遅らせて大被害をもたらす。また奇跡などで毒瓦斯を防ぐようにしても浸透してくるので通常は対策しようがない。鼻と口を塞いでも目と耳から伝わり、肌からも伝わると判明。触れた箇所が即時にではなく時間差で腫れ上がり、目や口内に肺も同様で時間を掛けて多くは失明の後に肺水腫で死に至る。

 またこの攻撃への対策にはクエネラという娘が実地検証にて証明。元から息を吸わぬようにと隙間の無い袋のような全身防護服を着て突撃するというものである。袋の容積分の空気に頼って疾駆する。また症状は時間差なので初期症状内ならば我慢するだけで良い。直前で動きづらい防護服を脱いで討ち取ってから病死すれば良いのだ。

 ドラゴン”百足”は魔法なぞ使わず巨体を生かした体当たりで踏み潰しで幾度も帝国軍を蹂躙。以前までは転がり回って潰される前に首を取れば一時仕留められたが、最近では頭を落しても死なず、脳や心臓を身体各所に移動することが可能になって不死身の度合いを高めた。

 このような攻撃に対してやはりクエネラという娘が打開策を見出す。論理は単純で、従来のように断頭面に限らず尻の穴からでも短剣を持って内部に潜り込んで内側から切り刻んで死に至らしめるというものである。窒息、内部組織の収縮による圧死は当然織り込み済みで、数百人と中へ潜り込むのだ。寄生虫戦法は敵の専権ではない。

 ドラゴンとエルフの混ざった”小魔女”という、あのシャハズの弟子と目される者がいる場所で捕虜になると腑抜けにされる。

 奪還した捕虜の様子は完全にいわゆる腑抜けそのもので、微笑み浮かべながらただ寝転がり、返事もうわ言だけで目立った行動と言えば股間に手を突っ込んで掻く程度。脱走の努力をすることなど全く無い。これも生きたまま解剖手術で解析すれば”弾雨”とは別種の寄生虫が一匹だけ頭に埋め込まれていた。症状は痛痒ではなく強烈な多幸感。

 腑抜けの呪いを遺灰洗い治療で治しても後遺症に蝕まれてしまう。あの快楽を求めて、狂戦士がただの駄犬と化して”小魔女”の下へ泣きながら縋り付きに走り出してしまうのだ。その快楽に負けじと忍耐しようとする者は発狂して狂戦士ですらない狂人へと成り下がり、どうにかしてあの快楽に匹敵するものが得られないかと自傷すら始める。独自に何か薬のような物を作り出しては中毒症状に至ってただ苦しむ。

 捕虜から解放される者はまだ幸運かもしれない。あちらでも腑抜けを飼っておくことはせず、海に捨てて元からいなかった事にしてしまう。この新世界における死は無力化である。

 戦神は正面から戦うのみならず権謀術数も策として好まれる。まつろわぬ者達が使う寄生虫攻撃すらも好みに入ってしまうので禁止されるようなことはなかった。

 加えて更なる攻撃が帝国軍を襲った。こんな卑劣な手段が許されるのだろうか?

「ほら兵隊共! こっちについたらお酒がたぁっぷりと飲めるよ!」

 卑劣なりデーモン王! 戦場の最前列に酒瓶を並べたのだ。

「ほらほら匂いをおすそわけだよ!」

 何とデーモン王、酒瓶の一つを割ってこぼし、風の魔法で匂いを撒き散らし始めたのだ。このような大陸で嗅げるとは誰も思っていなかったところに、不意に芳醇で鼻に刺さる酒精が蠱惑。

「ぷっはぁ! 今年も傑作ねぇ」

 しかもデーモン王、何とも美味そうに飲み始めた。贅沢にも椀を手に持ち、肘まで突っ込むようにしてこぼしながら汲んで、はしたなくも大振りに仰いで呷って胸にも流す。それは貴重ではなくたんまりとあるという表現である。

 そして更に追撃。炭焼き台を配下に用意させ、香辛料まぶした焼肉串を乗せて焼く。扇と手をはたいて流れる白煙に誘う異臭。油滴るそれを受け取り、長い舌で絡め取るようにして食べては飲んで、遠くにあっても耳元に響くような吐息を出すデーモン王。

「うーん、からい、おいしい!」

 髪の長さから容姿から仕草から声の抑揚、デーモンという人間から見れば異形の容姿すら理性を殺す武器に見えるデーモン王。戦士達へ戦い以外の喜びを再度啓蒙する。

 デーモン最強の王号は一つところが評価されたわけではなかった。総合力において比肩する者、少なくともこの大陸に過去いなかった。

 狂戦士達は一部で忘れていた。思い出してももう叶わないと思っていた。しかしここで出会ってしまった。堕落のデーモン王恐るべし。

 酒の匂いを辿って歩き始めたガイセル帝の御頭に大チャルカンの拳骨が下る。

 地上の最終皇帝ガイセリオンは奥方達に引き倒されて蹴りが入る。

 そんな誘惑効かぬと大チャルカン筆頭にオーク近衛軍、鉄と筋肉の塊になって前進。鉄岩剣が林立してがなり立てる。この吶喊が防がれたことは多くはない。

 デーモン王、更なる力の一端を見せた。腕をしなと振り上げ指差し、その頭上に見せるは肘先より千切れた神殺しの空飛ぶからくり鉄拳。握る指が勝利を砕く。

『”魔天拳”烈轟!』


■■■


 黒鷹のアジルズは澄んだ空を飛ぶ。空気が綺麗とは、汚い方を吸って初めて分かる。ここは本当に違う。

 羽根を濡らす雨は暖かとは言わぬが、精々が涼やかで気持ちが良い。煉獄と化した地下で吹く暴風雨の気配など微塵も無い。悪天候という概念が無いのだ。

 天国の大地は何度も見ても美しい。見て分かる豊かさと、不自然ではあるが獰猛性の無さ。ひたすら続く牧歌。

 突然、広大な荒野が現れ爆心地と見られる不自然が見られたが、荒れ地と緑の境を見れば緑が勝って浸食していると分かる。何れ古傷にすらならず消え去る様子。

 正に楽園。戻れて良かったとも、戻って良かったのかとも疑問が沸く。判断基準として戦神に仕えて狂戦士になる覚悟があるかどうかだが、それは無かった。仕えるならば今は亡き天神、更に求めるならお隠れされたかどうか知れぬ法神。

 後継のドラゴン”恒風”が警戒に近づいて来た。まるで守護存在。まつろわぬ者筆頭のドラゴンがである。

「お前、戻って来れたのか」

 鳴いて肯定の返事をする。

「旧都はもう消えた。新しい住居はこっちだ」

 しかも道案内までしてくれて親切である。良い環境に身を置くと心も良くなるらしい。

 山が見えて来る。山中の閉じた渓谷には定住地とささやかだが広がり始めている農地が見えた。

 山を越えて放牧地が見えてくる。牧夫が見上げ、好奇心の強い四つ足が逃げずにこちらと並走するように駆けている。巨大な猛禽など恐怖そのもののはずなのに外敵を知らないようだ。

 牧地の一つ、川沿いにある大きな天幕付近で”恒風”が急上昇。薄い雲に突っ込み、太陽に一瞬消え、小さくなって高空へ去る。

 着地時に出来るだけ羽ばたきは抑えたが大きく煽ってしまい、天幕を揺らしてしまった。

 中からサナンが赤子を抱え出て、ヒューネルが駆け寄って来た。


■■■


・ドラゴンの術

 魔法の範疇である。基本的には精霊術に分類されるが呪術の側面も見せ、一定ではない。およそ、そのドラゴンが出来そうなことは大体出来る。

 古い術の系統であればこそ細分化とは遠い。細やかに専門化し小さく学ぶのは小さい者がすることである。

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