第11話前編「戦のタイタン」
・戦乙女長スカーリーフ
エルフの森北方、古代における俗称金エルフ氏族の生まれ。今や一族は野人と混じってその区別は無い。
幼少より武芸に優れ、稽古相手を多数殺伏せしめては長より流浪を懇願される孤高の腕前。
若くして戦神へ一〇〇〇人斬り奉納を達成せし血に飢えた良き戦士である。
戦乙女となった後も冬の魔女、魔王討伐にて累々首級を上げ益々優れた戦士の中の戦士と謳われる。
今代のまつろわぬ軍勢との戦いに彼女は未だ姿を見せない。信者は皆討ち死に所望にて言葉を残さない。
■■■
偽の小太陽が輝くデーモンの大陸。大陸中央最高峰に魔天号が城塞型で設置され、四方を照らし、夜と見做せば月明り程度に絞る。本物と違い、雲で遮られることが無いので灯りが直接的であり、目潰しにならぬかどうかの調整が際どい。雨天でも明るくして良いかは試験中。
最近の大陸は天候不順である。大雨ばかりで一部植物の育ちが良い反面、土砂崩れで山に禿げが目立つ。落雷も多発し既に死者も出ている。
”流血”の移民団本隊は道中で壊滅してしまったと推測がされた。後継となった水のドラゴン率いる者達が先発隊として到着したきり、待てどもやっては来ない。
少ない移民達には、”生命の苗床”から生み出された、魔女が厳選した食べて美味しい腹が膨れる果実が実る異形の果樹園が開かれており、目下先住デーモン達の負担となることは避けられている。ただ個体数も少なく、かつてこの大陸に移住したデーモンに従うゴブリン達のように数代繋いだ後に絶滅する可能性はあった。
デーモン達は以前、タイタンの大陸に住んでいた時とは姿が違う、と古代の知識を持つ者が言う。
山に住む者は脚が発達。森に住む者は腕が発達。水域に住む者は鰭や水かきを獲得。海中に住む者なら鰓すら持って下半身が鯨類となっている。火山や温泉に住む者は毒に強い。また腕が蝙蝠のようになって空が飛べる者から、土だけ偏食する者に植物のように日の光で生きる緑の者など多様に変化していた。肌の色違いなどという細やかな変化ではなく明らかに魔法生物として進化していた。
それでも共通するのは角を持ち、音を使わない言葉で会話出来ること。それは精霊術の一種である。尚、音を発して会話する者達も居て多様化は進んでいる。
魔女と旧ロクサール、デーモン王等、精霊術に良く長けた者達で編制した大陸改造団にノージャは随行した。大陸全土にて古代より細々と営まれて来た痩せた土地で行う狩猟採集生活を終わらせる計画だ。
まずは大型河川沿いに都市と農村部を設置して人口を集約。堤防と灌漑を集中整備して水害対策。未だに動向不明な戦のタイタンの軍勢に備えて防備を集中する狙い。そして人口が増加次第同じことを繰り返し、何れは第二の異大陸移住もしくは大陸創造という算段である。目下、産めよ増やせよの土台の構築に努める。
魔法による大規模土木工事を実施していく中で安易な希望はある。問題としては地形を変えて住みやすい環境を作るなどという専門的な工事を実践した者がほぼ皆無であること。移民の中に公共事業経験者はいるが、精々が賦役人として肉体労働に従事しただけで計画段階から携わっていないこと。
”流血”の移民団本隊にはそのような知識層はいたがおそらくは海の底である。古代の学識を未実践ながらも持つ魔女と、砂漠にて精霊術で全て大体なんとかしてきた程度のジン族流為政経験者の旧ロクサールが頼りであった。
尚、デーモン王は大陸で一番強いというだけで知識面では頼りにならない。彼の仕事はデーモン達を事業に呼び集めることにある。長い年月を経て分散生活し、中央統制というものもほぼ喪失。来たるべき時に備えて王だけは選出しておこうという伝統の結果存在している。であるから未だ、全氏族の召集は成っていない。成果を見せ、全体にあの伝説のシャハズ先生が来たぞ、と見える形で示す必要があった。統率未だならず。
シャハズの魔女先生は地面を揺らすような工事の傍ら、一番弟子ノージャと早期に集まったデーモン達に魔法の授業を行うことを習慣とする。大陸改造計画さえ順調なら人材育成に専念して貰いたいところであった。
本日の授業。水が凍るとか蒸発するとか当たり前のことを精霊術にて早回しで見せられることから始まる。
『当たり前のことを幾つも覚えて応用しましょう。組み合わせは数え切れません。だから何でもやってみて慣れましょう。思った通りのことが出来るようになったら、失敗するような現象にぶつけましょう。そうすると何が足りないか、多いかが見えてきます。それを何度も繰り返すと難しく考える前に色んな魔法が出来るようになります』
同時にデーモン達へ音無き言葉が発せられている。ノージャはそれを試しに拾ってみて、己が使っている音の言葉とは全く違う、ある種の信号ということ以外は理解出来なかった。
『精霊は一二行と言われますが建て前です。とても古い誰かがそのように解釈して皆に分かりやすいようにして広まった結果と思われます。本当は数えられないし、一三でも一四でも単純に一つと言っても良いのです。一二の何かと一二の何かを組み合わせて、と考えると簡単なことしか出来ません。魔法で何をしたいかをはっきりと思い描いてから必要な要素を組み立てることに慣れれば数に囚われることは無くなります』
魔女先生は普段と違い、教える時だけは良く喋る。口調は幼子を相手にしているような感じではある。古代人からすれば勿論皆、赤子であろう。
『一つ目の宿題を出します』
魔女先生の指先の上で綺麗な真球形の水が生み出されて浮く。一切揺らがないことを示すように息を吹きかけるが微動もしない。そしてそれを杖で軽く叩くと、当たった部分が凹んだ状態で凍り付いた。
『えっ!? なにこれ!』
デーモン達の信号が乱れた。
『次の授業までにこれが出来るように頑張って下さい。出来る出来ないよりもどう考えるかが大事なのでお友達と相談は出来るだけしないでやってみて下さい。出来ても内緒です。では次、精霊と遊びましょう』
デーモン達は心得たような雰囲気で、ノージャは分からなかった。それが顔に出た。
『ノージャさんは精霊に命令することは得意ですね。でも遊ぶ方法は分かりますか』
『分かりません』
『命令は言われた通りのことしかしないか、言葉が足りなくて不足します。足りるように細かく説明すると時間が掛りますし、精霊が理解してくれないかもしれません。そして命令するのではなく遊べば、余計なことはするかもしれないけど工夫をしてくれます。では実際にやってみましょう』
魔女先生は杖で地面に、簡単な迷路を描く。
『ではノージャさん。水滴一粒だけ出して、それで入り口から出口まで転がして進ませて下さい』
ノージャは水の精霊術で水滴を、大きめのものを出して迷路上を進ませる。単純なはずだが曲がり角毎に曲がれと指示し、そして地面の土に吸われていくのを防ぐために浮上しろ、蒸発するなと手間を掛け、地味で大した結果も出ないのに思いの他疲労してしまう。”流血”の軍勢の中では秀で、小魔女と呼ばれた程の才媛であるにも拘わらず情けない。
『では、遊んでみましょう。迷路を上手に抜けるかな?』
魔女先生はかなり小粒の水滴を、最初の言葉だけで迷路を突破させた。途中で指示、操作するような気配は無かった。
『全然違う……』
ノージャはこのようなことを知らなかった。熱の精霊術でとにかく目前の障害を敵毎蒸気にするような大雑把な大破壊殺戮魔法で全て事足りるなどと思っていたことを恥じた。これが出来れば違うことがもっと出来ると直ぐに理解出来たところは才媛。
魔女先生が手を二回叩き、遠くでわくわくしながら授業を見学していた大チッカ率いるフェアリーの群れを呼んだ。頭上で飛び回ったり、勝手に肩や頭に座ったりとすこぶる馴れ馴れしい。
『二つ目の宿題を出します。今日からフェアリー達と精霊術で遊んで、それで何が出来たか絵日記を書いて下さい。日記は紙でも布でも木簡に石板でも何でも構いません。魔法で紙を作れたら、えらいです。書き言葉も覚えないといけないので頑張って下さい。内容は簡単でいいです。正確に伝えることを心掛けましょう』
早速デーモンの一人が精霊術で弱い光を出して、フェアリーの一人に指向して当てる。するとそのフェアリーは同じ精霊術で笑って当て返す。そういうことか、とノージャは心得た。
『次はちょっと大工さんの技術が入ります』
魔女先生が土だけで柱を作るが、途中で崩れてしまう。
『はい失敗しました。次です』
次は水で濡らして凍らせながら柱を立てた。だが押せば根本から倒れた。
『駄目でした。次です』
今度の柱は太い。押しても重くて傾かない。そして長くしていって、見上げる高さになろうという時に風と自重で傾いて倒れた。
『これでも駄目ですね』
次は穴を掘り、地中の深いところから柱を立てた。押しても動かない。前より高くしていけば途中で折れた。
『根本が倒れないようにするには根本を埋めて周りも固めましょう。でもこれだけでは大きくすると自分の重さで壊れてしまいます』
また同じように立てたのだが、先程よりも遥かに高い。そして魔女先生は柱の中を見せるために表面を砂にし落して内部構造を公開。驚愕の空洞の中には支柱が何本も斜め交互に走っていた。
『これを見てください。見慣れた人もいるかもしれませんね』
魔女先生が動物の大腿骨を手に取り、魔法で縦に切り裂いた。そして内部構造を見せる。骨は詰まっておらず、編み目、蜂の巣のようになっていた。
『こうすると軽くて頑丈になります。勿論限度がありますので注意してください。今教えたことを建設でお手伝いする時の参考にして下さい。ただ慣れない内は大きい物を作ってはいけません。間違って壊れても怪我の無いような物だけにしましょう』
デーモンにフェアリー達がはい、と手を上げた。
『先生、対抗術とか対マナ術は』
『対抗術は簡単で危険です。やるなら絶対に精霊の動きを否定して打ち消すようなことをしてはいけません。大怪我をしたり、死んだり、精霊憑きになったお友達を殺すことも有り得ます。先生は出来ますが特別な訓練が必要です。そうしないで曲げたり、意味を変えたりすると安全ですが慣れない内はやはり危険です。結果が予測出来ない内は練習でやってはいけません。実戦で死ぬか対抗術かという場面以外で使うのはまだ早いです。今度時間があったら先生が見ている中でやってみましょう。対マナ術は先生も少ししか分かりません。教えられるようになるまで待っていて下さい。先生も勉強中です』
ありがとうございました、と授業は終わる。
宿題が出る。しばらく魔女先生は出張することになっている。
出張するのは調査のため。デーモン大陸に手を加え始めた以上に変化が訪れているからだ。
海に住むデーモン達から別の海域から別種の魚介類が、水温変化で紛れ込んできているという報告が上がっている。
土砂崩れを起こす大雨だがこれは最近の出来事。海風は徐々に暑さと湿り気を増してきている。
これらは戦のタイタンの呪術にしては嫌がらせが迂遠であるが、異変が起きていることは間違いなかった。それの調査に向かうのだ。
ノージャは後退して岩礁が目立ち始めた海岸でシャハズ、チッカ、”風切羽”を見送る。異変が原因か、タイタンの大陸が天国に吸われた分なのかは不明である。
魔女先生が顔を近くにまで寄せて来る。ノージャは尻がもぞもぞするので掻いてしまう。
『”流血”』
その指でつつかれた目尻の肌は固めに艶やかに白みを帯びて来ている。
『あ、たぶん、混じったかもしれないです』
尻に違和感があるのは尻尾が生えて来ているから。
後継である水のドラゴンは他のドラゴンの例に漏れず”流血”の死を経て身が変じ始めている。ノージャにもまた同時期から変化が訪れ始めていた。
天国に赴く別れ際に”流血”が放った蛇、実は彼女の体内に一旦入り込んだのだが、その時に要素を残していった。ドラゴン信者としては喜ばしいことである。自慢をするには変化が中途半端なので今日まで何も言ってはいなかった。
『宿題が出来るようになっているか楽しみにしています』
『はい先生』
魔女先生は杖を掲げて”風切羽”に掴ませ飛び去った。
■■■
”抹殺者”は懲りずに穴掘りを続けていた。岩盤層に当たっては迂回し、地下水脈に当たっては穴毎崩壊し泥に塗れて窒息しながらみみずのように這い出ても諦めない。
幾度目か、また初めから地表を掘るところから始めている”抹殺者”へヒューネルは声を掛けた。腕に抱いた娘がその顔を唸りながら弄っている。泣かぬし笑わないが動きは活発、髪も太く長いので一先ず健康である。
「事情は聞いた。色々あったと分かった」
”抹殺者”は目も合わせず、手も止めない。
「一度友と思った者は一度敵に回ろうと撤回しない。戦士はそういうものだ。君達の思惑がどうであろうと死神様の本殿であったことは嘘ではないんだ」
粗雑な穴掘り道具、棒切れの先に紐で括りつけられた石が外れ、”抹殺者”は修理に掛る。非効率な道具の扱いに拘らず無駄に手付きが手馴れてしまっている。意固地にならねば他に学ぶこともあっただろう。
「娘が出来たんだ。あの日からの不幸が無かったら誕生しなかったんだ」
”抹殺者”は穴掘りを再開。直ぐに礫層にぶつかり全く作業が芳しくない。
「アプサム師の知恵を借りてみてくれ。私の名前がどこまで通じるか分からないが、このヒューネルの名前を使ってくれ。言葉が使えないなら、これで通れるか」
錆朽ちた剣と鎧は失われたに等しいが、未だ健在の大狼の毛皮があった。国宝であるそれを新皇帝は差し出した。
毛皮を受け取って被り、道具を地面に突き刺した”抹殺者”は歩き出した。ヒューネルは途中まで、帝国大学士テレネーの研究所へ歩いて行く様を見送って新宮殿ならぬ宮幕へと帰った。
ゴーレム兵が警備を固める研究所。敵か客かを判別する機能は有り、素通りとなる。
『あら坊や、迷子?』
アプサムの首にしか興味が無い”抹殺者”は部屋の机の上に置かれる、瓶詰オアンネスの首の前で立ち止まる。無視されたテレネーはそれを微笑んで観察。
『天国を抜けて地上に戻りたいらしいな』
アプサム師から呼び掛け、一応返事が無いかと待ってみたが無口で無反応であった。性格や精神病がどうという調子ではないので一方的に喋ることにした
『竈の者が最も得意にした分野に対抗するにはそういったことを最も得意とする相応の実力者の呪術が必要だ。あちらとこちらを分ける結界を打ち破るような、物体よりも呪いを貫く攻撃的な何かだ。”秩序の尖兵”の力を自由に使えれば抜けられそうだが、方法は分からないようだな。他に可能性があるとすれば、夜神と呼ばれた何かかドラゴンかも分からない”抹消”の力が使えそうだ。夜神はかつて隠す力を使ったものだが、その応用で天国をすり抜けられるかもしれない。”抹消”は名の通りのことが出来るかもしれない。結界に穴を開けられるかもしれない。相談すべきはヴァシライエ殿だろうがどこにいるか分からない。君が求めて現れるのであればここに用は無かったか。自力で一度突き詰めてみるのも悪くはないかもしれない。君に協力してくれるとすればあの半ドラゴンの二人ではないかな。手土産が要るかな』
アプサム師の目線が”振動剣”の振動剣へ向く。テレネーがゴーレム用の白兵戦武器に使えないか研究中の物で、大体の解析は終了済み。量産出来るかは別。
『あら、あれが欲しいの? ま、持ち主に返してみたら』
振動剣を持った”抹殺者”、”振動剣”が囚われている牢へと向かう。その後ろからテレネーが瓶詰を手に下げてついて来る。
『見ても減らないでしょ』
”抹殺者”は答えない。
『あまり揺らさないでくれたまえ』
『あらそう』
テレネーは瓶詰を遠心りょくー、と一回転。
傾城死後、洗脳が解けて暴れ出す危険があった半ドラゴンの二人は牢に囚われている。竈のタイタンの残る呪術の力により閉じ込められており、穴掘り名人である”金剛体”の手に負えないところを見れば堅牢さは本物。
風体怪しいどころか神殺しとして、罰せられぬもはみ出し者として扱われている”抹殺者”が警戒厳重な牢へ近づけば番兵が集まり、震える手で槍を向ける。
「兵隊さん達、被ってるの見なさいな」
皇帝の通行証となった大狼の毛皮を見て番兵は引き下がった。
”振動剣”が囚われているのは土牢だ。何の加護も無ければ人の手でも爪が剥げることを覚悟すれば掘れるように見えた。
『おおシロくん、我が剣を取って来てくれたのか! そいつが無いと落ち着かないんだ。さあ牢を切ってくれないか!?』
普段使っている遠隔操作のドラゴンゴーレムではない、小人の”振動剣”本体が土格子を掴んで跳ね回る。
『これすらどうにかならんのでは天国どころではないぞ』
アプサム師が切れと誘った。”振動剣”が”抹殺者”が持つ己の愛剣へ振動の術を掛けて唸らせる。
番兵が何をやっているのか、とまた集まり出すが帝国大学士が手を振ってあっちへ行きなさい、とやれば手が出せない。
格子へ”抹殺者”が振動剣を撃ち込み、圧し斬りに刃を押し当てるが塵一つ吹かない。振動で刃が弾かれ、それをまた押し当てるの繰り返しで傷すらつかなかった。
『”抹消”の力を引き出せないのか? 少なからず半ドラゴン達はそれぞれ親の力を引き出せている』
『そうだ出すんだシロくん!』
『加えて旧神に触れているのならば別の手立ては無いのか。”秩序の尖兵”の力は半端でも出せないのか? そもそも君、不死のごとき体だが何か別の要素が無いだろうか。不死身のごとき頑丈さ、無限に血肉が沸いて元に戻るというのは呪術だろう。”秩序の尖兵”の特性とは異なると考える。そうだテレネーくん、彼に掛かっている余分な呪術があれば解呪出来ないか。何かが抑えているのではないか』
『急に暴れ出したら嫌よ』
『意気地がないな。エリクディス殿ならもうやっている』
『ジジイの名前は出さないで』
テレネーが青色四面眼鏡を外して畳み、上着の胸の間に差し込む。
『はいシロくん、私の目を見て。胸ばっかり見ても駄目よ』
格子切りを止めた”抹殺者”が、やっぱり男は馬鹿ね、と強調しているふくよかな胸の谷間などには一切目もくれずにテレネーと目を合わせた。瞳に回虫が巡って見える。
『これが”秩序の尖兵”の分身金剛石で、それが埋め込まれてる心臓から血管が全身……動かないでね』
テレネーが突如拳銃で”抹殺者”の胸を撃つ。苦痛に長く耐える身とはいえ心臓に穴が開き神経伝いに激痛が走る感覚は失われていない。
『はー! こいつが”無限の心臓”ね。気持ち悪っ、旧神ってどれも寄生虫か何かなの? あとは見えない? 見えない?』
『見えるはずのものが見えないところはないか』
『うるわいわね分かってるわよ煮付けるわよ。あー、良いこと思い付いた』
『妙案あるか』
『あれで余計な箇所消し飛ばせば分かるんじゃない。影を光で払うのよ』
『ほう、その手があったか!』
半魚と魚頭が言いたい放題、やりたい放題であることは”抹殺者”にも理解出来た。
数日後、天国の旧魔女の森中心地、広大な荒野にて第二の太陽が出現した。天に届くような噴煙が上がる。
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シャハズは熱する海の上を”風切羽”が掴む杖にぶら下がって行く。
海上は以前と違い暑くて湿気が酷く、暴風雨が多発する。精霊術にて周辺を制御し快適に、相棒の翼が煽られないように工夫。
チッカは呪術ランプを使い、この異常発生源の可能性がある旧神への道を把握し、光の精霊術で光線を出し道を示す。
熱の高い方へと進めば発生源に辿りつけそうであったが、温水進行海域より内側は全て温度が均等。魔天号の光も届かなければ当てずっぽうの捜索は躊躇われた。
”精霊の卵巣”は魔天号の中核となっており異常は無い。
”調伏の回虫”は天国のテレネーが持っている。
”無限の心臓”の行方は不明。古代にヴァシライエが夜神へ捧げたように見られたのが最後か、”抹殺者”が持っている。
”預言の隠者”の行方は不明。常に側いるという可能性もあったがこの災厄と性格が違うと思われた。
では怪しいのはまず”更新の灼熱”だった。全てを消滅させると思われるかの存在は膨大な海水を飲み込み、処理が間に合わず沸騰させているのではないか、という予測。
道中、暗闇の中一行を追跡する飛行生物をシャハズは感知。”風切羽”が掴む杖に膝に引っ掛け逆さになる姿勢を取って弓に矢を番えて構える。複合精霊術でその姿を詳細に分析、黒鷹である。
『どうします』
『そのまま』
進路そのまま。彼我距離変化無し。複合精霊術で極限まで加速した矢が放たれ、黒鷹は急降下からの回避機動を取り、丁度当たるはずだった距離に到達して矢が大火球になって炸裂、時間差で大量生成された金属片を赤熱させながら無数に飛ばす。
『当たりましたか』
『変に当たらない』
黒鷹は確実に赤片花火の中に捉えられていたが一つも当たった手応えが無い。避けた以上にそもそも当たらないという様子。
『矢避けの呪術などでは』
『それっぽい』
以後黒鷹、水平線の彼方から追跡してくる。天のタイタンの使徒相当の化物ならばそのくらいは出来よう。
背後に不安を抱えながらタイタンの大陸周辺海域に到達。山渡りが大陸津波にて引っ繰り返した膨大な土砂は既に天国に吸われて失せており、一時埋没していた旧神の島は姿を現していた。
超古代のタイタン遺跡である縦穴へ一行は降りる。かつて側面から飛び出ていた足場は全て崩れ、灰や雪と共に全て底に落ちていたのでこれは複合精霊術の竜巻で全て地上へ排出、足場は全て砕いて隅へおいやる。砕けたタイタン達の遺骨やミイラは何かの呪術に使われている可能性があるので排除せずにおき、足の腱が切られた双子のミイラの無事を確認。そして古代にシャハズが腐の精霊術を掛けて以来腐食が進行していた蓋の穴から中を覗く。
『海に悪さしてない?』
シャハズが問いかける。縦穴の更に奥の縦穴は何も答えない。どこまで深いか分からない底を光で照らせば、途中で光が揺らいで届かなくなる。
縦穴の方も観察すれば海水が蒸発して塩の結晶が出来た形跡も無い。海水は落ちていないのだ。
『無罪』
シャハズが指差し、チッカも指差しして容疑者から外す。
ついでに呪術ランプをかざし、もっと便利に使えるようになれ、と願掛けしてから地上へ出る。
黒鷹であるが、変わらず水平線の向こう側にいるようだった。
次は”生命の苗床”。タイタンの大陸ではなくなった海上を飛行。匠の柱を目指した。この辺りまでくれば暑さも湿気も無かった。
海底に没したと見られる異形の森は海水などに構わず繁茂しており、柱に絡みついて天国の裏側に張り付いていた。
相変わらず異形の生物が生まれ落ちては死んでいく。天国裏から落下する個体など相当速度を出しており、水面に叩きつけられてほとんどが即死。それで周辺海域には死体が浮いており、飛行型や海中適応した個体が食っている。
これがデーモンの大陸にまで到達すると面倒が多そうである。天国裏と海底沿い、処理をするとしたら魔天号の全力が必要だろう。もしくは”更新の灼熱”でどうにかするか。熱い海の原因ではなかったが厄介そうであることには変わりはなかった。
『皆に迷惑を掛けないようにしましょう』
シャハズが指差し、チッカも指差しして注意。
ついでに呪術ランプをかざし、広がるのは程々に、と願掛けしてから次へ向かう。実際にそうなるかの確認は後。
次に目指したのはかつてのデーモンの故地、冬のタイタンの領域。
天国が蓋をして以来、地下の気候は要因が無ければいくら北へ向かってもほぼ同じである。今のところは北極から流れてきたような氷山が目立つが、これも何れ消えるか、海の全面が凍り付いて氷原の一角となるかは不明。
氷の陸地が現れる。波を何度も被って氷湖のような平面ではない。水晶の城は低温湖に囲まれていたのでそれの作用と見られた。やがて目的地が見えて内陸側へ至り、城が海中に没していないことを確認すると、待ち受けて隊列を組む者達が暗闇に浮いていた。
槍と小盾を持った純血に見える金エルフを筆頭に、極光めいて輝く半透明の外套を来た完全武装の女戦士の一団が整列待機。タイタン亡き後に多くの種族が人間の姿へと戻ったが、この戦の呪術に喜んで囚われた敬虔なる者達は生前の種族特徴を持ったままである。装備は剣、槍、斧、盾、弓矢に投石器、騎馬に戦車と大勢ではないが一揃いの軍隊、戦乙女軍団である。ガイセル統の者が目立つのは帝室の倣いからそのように教育されてきたからだ。
『やっと来た! タイタン殺しのシャハズ、さあやろう!』
戦乙女長スカーリーフの槍先が空の一行に向けられる。
『飛んでないでこっちおいで!』
”風切羽”、突如姿勢が乱れる。羽ばたいても飛んでいられずに落下。
落下ならばとシャハズを離し、二人とも姿勢制御をして氷上に着地。チッカは落下したものの、人の背丈二つ分くらいのところで姿勢を取り戻して再度飛び、それ以上高く行こうとすればまた崩れた。
戦のタイタン、決闘の呪術である。他のタイタンと違い絶対有利を確保する性質を持たず、抗い難い方向へ特化しているために”調伏の回虫”にて解呪を試みても手応えが無い。真、理不尽で堂々である。
『”精霊の卵巣”』
集団を屠るにはそれ相応の精霊術を実行。呪術ランプに”精霊の卵巣”を宿らせる。
戦乙女達は術に備えて黒石、紫粉、藍泥、青水、緑霧、黄風、橙火、赤光、白波のマナ術を放ちながら突撃を敢行。シャハズは複合精霊術を大規模に放つも足元の氷すら削れずに霧散してしまった。
物体も魔法も多重多様に遮る極光色の複合祓魔術は鉄壁。ドラゴンの後継達が使う術であろうと防げるだろう。そして周辺のマナも一気に枯渇し、複合祓魔術だけは健在。戦乙女の外套が祓魔術を助けていると見えた。正面からでは敵わない。
エーテル鏃の矢を放つも、先頭のスカーリーフが余裕を持って正面から口で咥えて取る曲芸を見せて笑い、どうだと自慢してくる。
『めんどくさ』
まだ氷の陸地へ至る前、それがまだ水平線の彼方にある時間まで戻した。
『……停止』
『はいシャハズ』
”風切羽”は制動を掛けつつ旋回して滞空を試みる。ここは海上である。
『”精霊の卵巣”』
呪術ランプに”精霊の卵巣”を宿らせる。
『敵ですか』
『うん』
錬金術の授業で得た知識から望む術をどう組み立てれば良いかを考える。ロクサール艦長が語った魔天号改造計画の内の実用性軽視の構想も混ぜる。それらを構成するために諸々の手順を整理する。
『うー』
唸って考えて、工夫がついた。
岩礁地帯を海底から盛り上げて生成。時間を少々使う。チッカがにょきにょき育て、と踊って待つ。
岩礁に砲座を構築して二列型の砲身を用意、冷却、戻した時間から距離を計算して仰角微調整。下方へ曲がるようにやや変形させた砲弾を後尾に装填。
そして敢えて数えるならば一三番目に当たるだろう、雷雲の観測からシャハズが見出した雷の精霊に、流せと命令。それは光を伴うが熱に近しく火とは違う。砲弾が熱光を帯びて加速、吐き出され瞬時に水平線の向こうへ到達。弾着より遥かに遅れて爆音が響いて来た。
『出発』
『はい』
”風切羽”に杖を掴ませ再度氷の陸地へ目指す。到着すれば中央地点に大穴が開いており、砕け散った氷に肉と金属片が混じって散乱していた。世代を越えて奇跡で歴戦に歴戦を重ねて来た不世出の大英雄達と軍馬の細かい粉塵は今もゆっくりと落ちている。
『強い!』
文字通り粉砕された戦乙女軍団の残骸の中に隠れ、今姿を現したのは唯一無傷のスカーリーフだった。
『うっひょー、いいね! 魔女、あんた、時の精霊? とかっての使ったでしょ。わっかるのよ!』
『うわ』
面倒臭いと思った時にはまた落下、決闘の呪術に掛っていた。
『私はね、そこそこ正々堂々の攻撃じゃないと傷付かない奇跡ってのが掛かってるのよ。抜きなさい杖、その仕込み! タイタンって言ったら怒られるっけ、神殺しの技見せなさいよ! 痛いの欲しいの切って頂戴よ!』
『うわ、何あんた』
『我が名はスカーリーフ、あんたが散らかした奴等の親分よ! 親とか氏族の名前は忘れた! 森の、北の方ね! あんた南側でしょ!』
回避不可避の目潰し凝集光をスカーリーフが語っている最中に当てたがまるで効いた様子は無かった。気付いている様子も無かった。
いっそもう一度時を戻して”秩序の尖兵”は無視するかと考えたが、チッカがいない。呪術ランプが手元に無いことになる。
『あのフェアリーはね、決闘する気が無かったから弾かれたのたよ! 時の精霊とかいうの使う気満々だったでしょ、私わっかるのよ!』
スカーリーフの言葉通りかは、前後の時間軸の食い違いから不明であったが危機は間違いなかった。”風切羽”との共闘程度で、肉弾戦で勝てそうな相手には到底見えなかったのだ。
『ほーいじゃぁ……らぁ!』
スカーリーフの投槍、の柄が精霊術で繁茂し形が崩れ、シャハズは難なく避けつつ地面擦る枝葉の隙間から加速の帯電矢を放ち小盾の神器”捻じくれ鏡”で弾かれる。感電せず。
『あっそれ駄目だった!?』
スカーリーフの抜剣と同時に極光の外套が色を消し、周囲からマナ枯渇、術殺し発動。”風切羽”はもう背後側に回っている。
体格が同程度なら達人でも三人同時には勝てぬか相討ちかというところであるが、達人の極み程になれば違う。
時の精霊術で物事を遅く認識しながら戦えるシャハズでも、自分の身体が遅すぎて目前に迫るスカーリーフの剣撃に対応するのも困難。受け流すのが絶望ならばと地面へ杖を立ててわずかな柄頭で受け止め、杖より低くしゃがんで凌いだ。ヴァシライエが贈ってくれた仕込み杖は割れなかった
世界最速の飛び蹴りがスカーリーフの背中を狙い、足裏同士が当たって身体の大きい”風切羽”がそこへ残り、戦乙女の中では下から数えた方が早い小柄の長が吹っ飛びながら上方へ、膝上丈の腰巻から取り出した手斧を複数に投げながら蹴りすっげぇ、と軟着地して止まらず踏み込み再前進。
これまた時の精霊術で見えても己の身体が遅過ぎて対応困難な剣撃が迫り、今の姿勢から限られる回避先全てへ癖付き反転で手斧が上方から戻る。
剣を仕込み杖で敢えて受け、その敵の一撃で鞘を抜かせて斬り返したシャハズだったが、刃は兜越しに頭骨を薄く切り裂いただけで軌道が反らされていた。強敵を屠って来た受け鞘抜刀斬り、届かず。小盾の縁で殴られ、鼻柱から眼球、眼底潰して脳に至る目潰し。一撃。
『いっちょ!』
”風切羽”の復讐の蹴り一閃。スカーリーフは避けられないと分かって受けて、剣を投げてその翼に差して転がって、あがりっ、と直ぐに起き上がる。翼の姿勢制御を生かした半ドラゴンの蹴りは強烈で、甲冑が変形して身体に合わなくなるので直ぐに短剣で止め帯を切って脱ぐ。
『おっ、じゃあ拳闘しよっか』
スカーリーフは小盾に兜すら捨てて拳を構え、余裕を見せるように二回小跳び。
”風切羽”はシャハズがやられて頭が馬鹿になっていた。その挑発に一瞬でも心が乗り、決闘の呪術に唆されて馬鹿正直に拳を構えてしまっていた時には眼下へ潜られてからのしゃがみ立ち胴殴りで肋骨下から心臓が潰され、拳が抉り込んだまま持ち上げられ、追撃にそのまま背負い投げで地面へ叩きつけられていた。スカーリーフは小兵だが馬力は半ドラゴンに勝った。その頭を踏みつけ粉砕し駄目押し。
『あれ! これって私がタイタンより強いってこにならない? いやぁ参ったねぇ、戦場じゃ最後まで……』
上空に到達した黒鷹が復讐者を投下、高空から落ちたにも拘わらず、受け身の必要も無い程に軟着地する。決闘の呪術は快く受け入れた。
『立ってた方が勝ちだぞぉ』
スカーリーフは腰巻から奇跡にて無尽のように出せる手斧を両手に取り構えた。
復讐者は振動剣を手に持ち、ドラゴンの術による特注の全身甲冑を纏った”抹殺者”である。天国より堕ち、虫のように裏側を這い回っていたところ何の因果か陪神を継ぐ者に連れられて来た。
振動剣が震えて音が鳴る。術殺しは精霊の燃料たるマナを枯渇させるが、精霊術とも呪術ともつかぬドラゴンの術の前では通用しなかった。
振動剣で撃って、スカーリーフが斧でいなす。おっ、ちょっ、変な動きと喜びながら反撃が上手く出せず防戦に押し込まれることを戦乙女の長が喜ぶ。
”抹殺者”はダンピール騎士として訓練されて達人であるがスカーリーフには全く及ばない。そのはずが、本人の腕と意志とはまるで無関係に動いて世界最強技に追いつく。
小さき”振動剣”、”抹殺者”の背中に張り付き脊椎から神経を乗っ取りその動きを補佐しているのだ。何なら視神経にまで介入し、甲冑にも無数の目をつけて全周を見通す。ドラゴンゴーレムを操る”振動剣”ならばドラゴンゴーレム甲冑を着せた者の神経の中へ神経を通して動かすことなど容易い。
スカーリーフに取って相手がしやすい二本足二本腕の人型だが、死角が無い動き様に何時もの調子が出ない。こう攻めてからこう攻めれば手足に目玉が二つしかない人型は対処が出来なくなるはずなのにされてしまう。
振動剣の切れ味は当たらなければ致命に至らないのは当然ながら、振る音、震える音が微妙にずれて聞こえ、時に大きく、時に全く消音されて調子が乱れた。素人相手ならばともかく、達人の剣捌きを相手にしている時にそのような惑う要素が一つでも混じれば感覚がずれて身が切られる。そう思っていたら甲冑飾りに思われた剣の尻尾で足を切られる。戦乙女ならばすぐに再生し始め、痛みを感じて喜びも感じる。やはり狂戦士としての本質を持つなら血を流してこそだった。
スカーリーフは一つ切り札を切った。腰巻から落とした、未だ力失せていない神器”竜頭通し”の槍を足指で掴んで半ドラゴン”抹殺者”の頭に通し、横捻りで頭蓋を開き割って脳を捻り攪拌、機能は停止。
”抹殺者”に代わり”振動剣”が振動剣を捨て、拳を振ると同時に股下から尾でスカーリーフの腹を刺し、先を曲げて腸管引きずり出し、拳は額を捉えて割ったが物ともされず、見えた脳を掴んで手探られ、背中より通った”振動剣”の神経を引きずり出して伸ばして振り回して叩きつけを繰り返す。
引き剥がすように回して叩きつけるを反復、脊柱から寄生ドラゴンを強引に骨肉裂いて引き摺り出そうとする。その最中。今日まで戦場ではスカーリーフがお目に掛かったことのない武器に頭を弾かれて倒れた。ヒューネルから餞別に貰った拳銃だ。
片や”無限の心臓”が寄生する者、肉体の再生が始まる。シャハズの安否が不明で焦り、不完全な状態から急いで立とうとして無様に転がる。決闘の呪術が解ければチッカが手当を出来るという事実があればそれが純粋さを穢す足枷。
片や戦い続けられる奇跡が掛かる者、肉体の再生が始まる。好敵手の存在をただ喜ぶ。割れた頭が戻りきる前から会心で笑っている。
上空に到達した黒鷹が再度復讐者を投下。元は軍団を率いていたのだからもう一名の追加ぐらい何でもなかった。
半ドラゴンの”金剛体”、傷が完全に癒える前のスカーリーフ直上へ落下。”竜頭通し”が胸に突き立ち、そこで身体が捻られ岩盤鱗の白刃取りで得物が取られる。
氷を砕いて着地し拳闘の構えを取った”金剛体”の腕の動き、甲殻類の捕脚に似て最速打撃。スカーリーフの頭を容易く再度砕いた。
後は再生する戦乙女の呪われた身体を叩いて伸ばして、氷や死体片と混ぜて粘土のようにして遊ぶのみ。
決着はついたと決闘の呪術は解かれ、飛び付いたチッカがかつて自分がして貰ったように”更新の灼熱”の力によりシャハズの潰れた顔を癒そうと試みる。
黒鷹が舞い降りて、宿敵を前に戦意を見せない。
『うお』
治って跳ね起きたシャハズ、状況を指差し確認。
『チッカ、シロくん、ゴロくん、団子、クロくん駄目? 鳥?』
チッカは次に”風切羽”へ呪術治療を試みる。かつて頭を砕かれて死んだシャハズを”火炎舌”は蘇生した。今日のシャハズは瀕死ではあったが死んではいなかった。この”風切羽”は間違いなく死んでいる。半ドラゴンの呪術に呪術ランプが迫られるか分からない。
『私もいる!』
『あ、ブンちゃん、どこ』
『”抹殺者”の背中』
『へえ』
この中で口が回るのは”振動剣”のみ。
『ベロちゃんは?』
『天国で生贄に捧げられて死んじゃった』
『そうなんだ』
”金剛体”がスカーリーフの再生を阻止しようと団子を捏ね繰り回し、”風切羽”は蘇らない。チッカに代わりシャハズが試みるも反応が無い。
呪術は想いの力に依る。死ぬ時は死ぬと生に大きな拘りを持っていないシャハズの想いは弱く、チッカは半ドラゴンに熱心ではない。死者蘇生には懐き極まった忠犬の如き心が必要だった。”火炎舌”のように意図せずとも愛嬌振るい続けるような心根が必要だった。
どうにもならないと判断したシャハズは切り替えも素早くスカーリーフ団子に対して”更新の灼熱”により抹消を試みて即座に成功する。生はともかく死には多少の拘りが見られた。
黒鷹が何事か鳴くのを聞く。
『何か頼みがあるみたい!』
『ふうん、それは後。あれの確認』
”金剛体”が”風切羽”の死体を氷に埋葬する中、黒鷹を置いて一行は水晶の城へ入る。
金剛石結晶が鋭く突き出る廊下というよりは隙間を縫って奥の扉を開ければ玉座に旧神”秩序の尖兵”本体が鎮座しており、何事も無かった様子である。地下の海が沸騰している原因には見えなかった。
”抹殺者”が近づき、その己が変身した後の姿に近かろう存在を見つめるが何も無い。何も起きず、共鳴するような何かも一切無かった。触れても同様。
チッカが呪術ランプをかざしてその力寄越せ、と願掛けしてみるもやはり反応無し。
次は外に出て、功労者である黒鷹のお願いを聞く。分かりやすく翼の先を海の向こうへ指し向け、強めに鳴いた。そちらへ来てくれ、ということだ。
『いいよ』
■■■
『魔天号! へーんけーい……超人型ぁ! 轟!』
「来ーい!」
地下を覆いつつある不吉な赤い極光幕の下、大巨人型に変形せし魔天号、特大の拳を振るう。
それを避けようともせずに待ち構えるのは完全武装の大巨人、戦のタイタン。
進む拳は途中、肘部噴進装置に火が入って爆轟加速、タイタンが想定する以上の衝撃を与えてよろめかせた。
「良い拳だロクサール! だぁりゃ!」
折れた奥歯を吐き捨て、口元から血を流して髭を染める戦のタイタン。お返しに特大の拳を振るって魔天号の頭部を打撃、衝撃で制御系統が一時麻痺して体勢崩れるも早期復帰、復帰中も動く部位のみで姿勢を制御、旧ロクサールの操縦技術が己の誇りを地に這わせることを許さず立て直した。
『フッハッハッハッハッハ!』
「ダッハッハッハッハッハ!」
魔天号は考えに考えた射撃兵器を一切展開せず、戦のタイタンは二刀流で振るうはずだった大剣、戦鎚を地面に突き刺し以後握ろうともしない。
加勢しようとしていたドラゴンのとデーモン王の軍勢は、戦乙女達が率いる獣人と狂戦士の軍団と対峙したまま、馬鹿そうな喧嘩親父の特大拳闘を眺めた。
殴る、血が飛ぶ。
殴る、部品欠落。
殴る、前歯折れる。
殴る、関節から油噴き。
殴る、顎外れる。
殴る、内部火災噴煙。
殴る、外れた顎が嵌る。
殴る、一部装備が誤作動。
殴る、右瞼が腫れ上がる。
殴る、頭部装甲脱落。
殴る、鼻を圧し折る。呼吸乱れる。
殴る、頭部破損、殴った拳が内部構造に裂かれる。
殴る、鼻の下が陥没、肩関節部が外れる。
殴る、腹部に受けて吹っ飛ぶも推進装置で空中制御しつつ噴進飛翔。
殴る、飛翔推力が心臓を打って動きを一瞬止める。
着地間際に頭部接続部へ両手組み打撃、魔天号倒れる。
『あぁ! 魔天号、立ってくれ魔天号!』
「良い玩具だったなロクサール!」
『動け! まだお前はやれるはずだ!』
戦のタイタン、両腕を振り上げ雄叫びを上げようとしたところで引っ繰り返って倒れた。最後の心臓への一撃、致命傷であった。
『馬鹿野郎、まだやれるって言ってんだろう!? 寝てんじゃねぇぞ糞タイタンが!』
戦乙女達が率いる獣人と狂戦士の軍団、武器を構えた。
ドラゴンとデーモンの軍勢、魔法の初撃でどれだけ吹き飛ばせるかと構えた。
戦のタイタン、本性を現すことなく最終儀式は完了し、その身は塵に消えて地下世界へ広がる極光幕と化し、多彩色になって地上を覆った。
戦のタイタンに望む望まず囚われ解放を待っていた歴代信仰者達の魂が光からここに受肉し大軍団として形を成した。超古代から現代まで、黒曜石の槍に裸の者から鉄火軍団所属の銃兵まで、かつて扱っていた攻城兵器までもが姿を現す。その中でもやはりオークの近衛軍が際立つだろう。かの知神が召喚した情報に基づく偽物ではなく、正真正銘の迫力がある。
大軍団の先頭にて今は存在しないはずのアダマンタイト合金の甲冑を纏い、大狼の毛皮を被る青年が立つ。その若々しさは今受肉した者達全てが持つように、望んだ年頃、全盛期の躍動を持つ。
「我等信者の願いを叶えてくれた戦神にまず感謝申し上げる! そして筆頭功労者として先人方を差し置いて私が挨拶させて頂く! ガイセル朝初代皇帝ガイセルが告げる。この世界は煉獄となった! 終わりなき戦争が始まった! 無限に殺して殺されて力と技を煉り続けるぞ! 何度でも腕を試そう! ここが俺等戦士の楽園だぁ!」
ガイセル帝が剣を振り上げ、終わらない開戦の雄叫びが上がった。
エンシェントドラゴン”流血”の後継、白黒斑鱗で大蛇に似る”弾雨”が降らす破壊の雨が魔法対策を施していない全ての敵を幾十万と即時狙撃粉砕、常なら絶望的な状況に落としたが楽園の戦士達に一切の怯えは無い。先頭を突っ切る槍持つ金エルフなど馬鹿笑いである。
死という概念はおおよそ失せた。肉体損壊後、幾ばくもせずにその傷、武装の毀れが塞がり戦士達は立ち上がった。
■■■
・煉獄
死神がかつて管理していた地獄は無限に魂を閉じ込めるためのもので、静謐であり酷くつまらなかった。
竈神を筆頭に創り上げられた天国は永遠の平穏を約束するためのもので、優しく温かく繁栄が約束されている。
戦神が創り出した煉獄は戦士達の喜びを際限なく満足させるためのもので、戦いと死と再生を繰り返し刺激に満ちている。無限に修練が積めるので初心者でも安心。逃がさない。
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