第9話後編「地のタイタン」

・”吹雪”の息子

 矢のように速く、とは道具を用いる種族の古くからの言い回し。それを落下ではなく水平速度にて実現し、休み無しで大陸横断が出来ぬ者は全て振り落とされた。

『目的の為に育て上げた。それが出来なければお前に生きる価値は無い』

 少なくとも片道分の脂肪を蓄え、前人未到の長距離飛行へと挑む。伝令を勤め上げればこの身の役目は終わるのだ。

『目的を達成したならばそうだな、好き勝手に生きればいい。飛べるとはそういうことのはずだ』


■■■


 今ここ、激動の大地から逃れてきた天上の大地にて、屋外昼寝用の寝台にて日光浴をしながら考えを纏めているのはかつて帝国大学士と呼ばれた才媛テレネー。

 天国とも呼ばれるここは地上の如何なる山々より高いにも拘わらず陽光に気温湿度に風雨の強さ、全く温暖で豊かな気候に準じており、タイタン最期の呪術の結集となればこれ程の規模かと腑にも落ちる。既に草木も生え、山々からは川が流れて湖が形成。見かける動物、昆虫の類は危険の少ない平和な種類ばかりである。

 宰相エリクディスとセイレーンのヒュレメの娘テレネー、まつろわぬ者達に与しながらその考えは混沌より秩序に傾いていた。基本的に許せなかったのは海のタイタンによる支配であり、それを支える互助関係であった。それがなければ世界の崩壊など望んではいない。望むのは新秩序であり、混沌の訪れではない。

 魔女とドラゴンによる世界崩壊、タイタンという柱を圧し折った結果とはいえ尋常ではなかったが、そんな心算ではという嘆く程に予測が立たない頭ではない。この惨禍は己の望みの前には必要と妥協している。

 残るタイタンは竈と戦の二柱に、死が没した後に予後不明となっている法が一つ。この二柱は己を生贄に捧げて最期の大奇跡を行おうとしているのはもう分かっている。これを防ぐ手立てはなく、また彼女が考える望む未来においては手助けすることがむしろ望ましい。

 既にタイタンか魔王に魔女にドラゴンを御旗に掲げて争う時期は過ぎ去った。地上の大地は地震に伴い割れ、津波の繰り返しで粉砕されている。噴き出す溶岩、熱風、瓦斯、岩石の嵐は地上生物の生存を許さない。その砕けた破片は地のタイタンの生贄により昇り、この天井の大地の地平線を拡張し続けている。新たに山が組み上がる姿が目視確認出来る。風に塩の香りすら乗ってくれば海も作られている

 この新天地にて、あの海の糞のような奴を頭に戴かない気持ち安らかな生活が欲しかった。既に天のタイタンの生贄により帝国旧都が移転されていてその住民も丸ごと避難を完了している。ここは無人の地ではない。

 テレネーの思考は野生より遥かに都会に寄っている。全て真っ平に破壊して極自然に慣れ親しむなどという非文明主義者ではない。あの旧都とは和平が必要と考えている。それは勿論、優勢的に。

 まつろわぬ者達は様々であるが、大別すると四つ。魔王と魔女信奉者、ドラゴンの軍勢、正体不明の旧西帝国残党、自由気ままな魔女。

 信奉者達は衆愚の群衆と言える者達。反タイタンならず反神、復讐思想で固まり現代語で思考が形成されている。知のタイタンが考案した現代語、名に恥じず巧妙で一々古代語学習を困難にする要素で構成されている。特定の発音など聞き取れもしない。そして愚かな反神を正しい反タイタンへと教え直そうとした時に言語の壁にぶつかり、学の無い野性な連中へ教える術が無い。世代交代を重ねて教化しなければならない。

 ドラゴンの軍勢は破壊の化身であろう。それぞれ頭は良いのだが己の一族としか繋がろうとせず組織的ではない。その上で突進するように破壊するばかりで後先を考えているふしも無い。大人しくしようにもあの巨体と身に纏う破壊の魔法の余波はタイタンが封じ込めるのも納得の災厄で、立って歩くだけで破壊、食って寝るだけで飢饉を引き起こすような巨体は文明社会が支えるとしたら耐えられない負担。奉っても大人しく飾られる甲斐性も無い。尋常ではないくせに繁殖するのだから頭数激減が望ましい。

 旧西帝国残党は全く理解が出来ない。二つ前の古代文明を受け継ぐ、権威に対して従順にして賢いダンピール達は一見して理想の住人であった。だがその指導者であるヴァシライエという正体不明と、エンシェントドラゴンの一角に上げられながらもこれまた正体不明の”抹消”という、何を考えているか分からない二巨頭は不安要素でしかなく、対策も不明。まるで古代にいたとされる夜神なるタイタンのような何かで、やはり分からない。触らねば祟りなしか。

 そしてタイタン殺しの英雄、復讐したいから全部殺すまで止まらない程度の浅い考えのまま止まる気の無い、森エルフらしい蛮性を持つシャハズ。玉座に据えられる気質ではない。新たなタイタンとでも言えるような単体にして恐ろしい戦力保持者。そして何故か半ドラゴン達から異様に懐かれている。異大陸に渡ったデーモン達もそうかもしれない。正体こそ不明ではないが扱いは難しい。少なくとも操縦可能ではない。

 今後の和平と共存に必要なのは粛清。

 信奉者の内、過激派は弾圧。根こそぎの虐殺はいけない。人口維持のための最低人数の確保しつつ、馬鹿の見本と晒し者にして大衆心理の統制に使う。

 ドラゴンの内、文明に協力する気がある者以外は追放。絶滅は理想だがそれを目指せば世界崩壊第二幕となる。ドラゴン同士の抗争に持ち込むべき。

 旧西帝国とは大勢が決した後に交渉する。無視は怖ろしい。話し合いだけでもしなければいけない。

 シャハズは全てが済んだ後に死んだ英雄になってくれればこれ程の安心は無いが、一猟師程度に気ままな生活を送ってくれても良かった。敵対即死であり扱いは繊細。

 この内、ドラゴンに関しては同意がなっている。”吹雪”亡き後に頭領となった”恒風”とである。その名はテレネーがまず助けを借りた事業に基づく。

 ”恒風”は野心が高く、他のドラゴン勢を下に置きたいと考えており、それを実行するのは今の状況が適当であった。策は単純、天国へ他のドラゴンを上げなければ良い、ただそれだけで済む。激動する破滅の大地に残る者達を置き去りにするだけで実質の粛清が完了してしまうのだ。住み分けによる解決である。

 これらまつろわぬ内輪争いとの決着を思えば、旧都の皇太子ヒューネルと法王ヤハルなど余程に与しやすい。彼等は義務感より人民第一であり、テレネー派閥も第一とは言い難いが第二にそう考えて利害が一致する。

 良くも悪くもまつろわぬ勢力には化物が雁首揃っているとテレネーは溜息が出る。外交官として訪れた旧湾の国統領のエンリーの卑賎で矮小なゴブリンの、子供がからかって化物と呼ぶ程度の見目など如何ほどに可愛いものか。

 テレネーは寝台から起き上がり、四眼色眼鏡を外して胸元に引っ掛ける。

「テレネー殿、旧都より帝国外交代表として参りましたエンリーでございます。お久しぶりです」

「これはエンリー殿。お話が分かる方を寄越してきたということは、そういう前提でお話してよろしいかしら?」

「左様でございます」

 テレネー、寝台から腰を浮かすこともなく対応する。

 戦力比は圧倒的であった。その背後には銃砲携え整列し微動だにしない鉄火のゴーレム軍団が重厚壮大に控えていた。地のタイタン没後に希少な魔法のような金属類が劣化することを見越しての、錬金術にのみ頼ってあつらえられた錆び折れ曲がり難い合金製である。

 また原動機と回転羽根を唸らせて離発着を絶えず行う飛行艦隊は”恒風”や配下のドラゴン達による、安定して一方に吹く風の魔法の助けを借りているとはいえ、既に数万のまつろわぬ民と必要な物資を天国に揚げる能力を持っている。現在進行形で地上に取り残された者達の選別救出も行っている。偉大なる発明家様への信仰心すら集まりつつある。

 このような基礎技術は旧南帝国の知識を納めるアプサムの頭の中に残っており、それを組み合わせて実現出来たのは海の糞の下での恥辱に耐えながら一〇〇〇年も”調伏の回虫”にて計画を秘匿し秘密工場を抱えていたテレネーしかいない。女に隠し事は多いとされるが、地上では旧西帝国勢を除けば彼女が一番である。

 そしてこれらとは別にエンリーの目が行ってしまう光景もある。それは農業。まつろわぬ民達は大地を、錬金術とは既に呼ばず科学的な指導の下で開墾し始め、どのような作物がこの実態不明な土壌に対して適しているか実験が用意周到、地上でかつて知られていた全品種が広範に為されている。剛力が必要な土木作業は作業用ゴーレムが頼りになっていて作業は迅速。比べれば都市毎移転してきた旧都が都会ではなく貧民窟のようであった。

「旧都の備蓄量、当ててみましょうか」

「お手柔らかにお願いします」

「祈祷農法って効率的にどう思う?」

「非常に難しいと思われます」

「そうだろうと! そうだろうとは分かってて聞いたんだけど、ハー! おっもしろ!」

「お恥ずかしい限りです」

 醜いゴブリンに対しこの見た目は美しいセイレーン、口さがない。


■■■


 外界からの情報、音や振動をほぼ遮断し、余程の打ち込みでなければ響かぬ堅牢さを魔王城は持っていた。大地震が起きてもわずかにすら震えないとは余程であるがここに至り軋みを上げ始めた。タイタン総がかりの一撃ならば一時の破壊は可能であり絶対無敵ではない。

 一体何事が起きているのかは時渡りのロクサール師が工夫を付けた。

『外の状況が見られるようにしたまえ』

 そう精霊術を言葉に出して扱うよう魔王城を扱えば全周囲が半透明に映し出された。見えるのはただ一面の蠢く岩壁面であり、圧し合い捩じって回して城を圧壊せしめんとしている。獲物を絞め殺す蛇に例えようか。これは殺意を剥いた主亡き陪神、山渡りである。最も呪力を集めたタイタンの僕の力の程、にわかに本性現わしたタイタンの如きと警戒するべきだろう。

『流石先生』

 シャハズが褒めた。チッカも、えらいと指差し賛美。

『勘で扱ってみたが良かった。これを造ったのは誰かね』

『ロクサールくん』

『ふむ?』

『冬の糞のデーモンの教え子達で一番優秀、名前が無いからあげた。法の糞が自分を生贄にしないと倒せなかったぐらい強かった。あだ名が魔王』

『森エルフの命名感覚はそれだったね、それは光栄なことだ。仇討ちも半分くらいしてくれたとは嬉しい限りだ』

 半透明の城壁にひび割れが生まれ、閉じるが歪む。

『やってみたいことがあるが、良いかね?』

『うん』

 黒い人型を取るジンのロクサール師、己の体を変化させた。所謂人の部分はそのまま旧東帝国風衣装を改め、どことなく海軍正装を思わせた。

『大地の楔を解き放て!』

 行け、とロクサール師は手の先にて前上方を示して扱った。

 魔王城が絞壊の軋みとは別に蠢き出す。内部から城が変形を始め、縦長に広く薄く突き立っていた形状が横長に密に狭くなる。内装も変わり両内側同士を支える柱が列を成して多層甲板構造を取る。そして何処から侵入したか、発生したか、船員として極限生物と融合せし色彩豊かな一二行の精霊化ジンが各々配置に付き始める。

 かつて機動要塞に衝角の一撃を入れたタイタンの大軍艦、ロクサール師秘蔵の決戦兵器撃破の道筋を作った傑作を今ここに模倣。強敵にこそ、己を破った者にこそ学ぶものがある。

『魔王城、否……』

 自ずと操縦席、艦体情報表示板、そして手に馴染む二本の横手操縦桿が計らいにより生成された。着席する古きジンに万感募る。”精霊の卵巣”に火が焚かれた。

『魔天号、発! 進! 轟!』

 艦尾の受け皿より、気により超圧縮された水を熱にて水蒸気爆発させ続ける断続爆風推進開始。この魔天号でなければ何物も吹き飛ばす勢いは艦内にも大激動を呼ぶ。シャハズとチッカには補助席が安全帯付きで既に用意されているので安心だ。

 艦首には金により形成され、断続爆発推進の反動を動力に回転する螺旋衝角が行く手の岩盤天井穿孔粉砕。音の振動も加えられ破壊は加速した。そのような強烈な摩擦により衝角は加熱し柔らかくなるところだが冷が抑えて強度を保つ。

 艦の装甲には著しく圧力が加わり続けて損傷が酷い。木が生え渡って網となって応急修理を行い、土が覆った後に火が入り金属にも真似出来ぬ強固な焼結体へと固まる。

『先生、手伝う?』

『艦長と呼びたまえ』

『艦長、手伝う?』

『実力を披露しなければ顔向けが出来ないのだよ。特に君にはねっ!』

 ロクサール艦長、操縦桿を前へ押し込み両舷出力全開。これは勢い任せの行動ではなく、艦体の損傷具合と脱出までの距離を推し測っての最終仕上げである。

『轟、魔天号、轟!』

 怒涛の魔天号、圧し潰す石棺を突破飛翔。それを逃すまいと伸びる無数の巨腕に浴びせるは腐と光合わさる破壊光線。腐食し脆くなった岩の敵が融けるを跨いで気化爆砕。余熱が溶岩の洪水を起こし連鎖でまた融け舐める。

 そして今や、激動の大地その物と化した陪神山渡りを相手取るには最強に近しい魔天号でも骨が折れる。ならば最後は闇にて姿を隠して空へと逃げ去るのみ。

 地上では悔しさに噴煙噴石の咆哮を上げる大顔があった。

 戦闘態勢が解かれ、二本の操縦桿が引き込まれ、代わりに舵輪が生成される。

 魔天号は巡航形態へ移行、断続爆風推進は停止。船体からは円状多重に帆と柱が突き出て自然の風と無理のない術の風を受けて静かに空を進む。

『流石艦長』

 シャハズが褒めた。チッカも、すごいと指差し賛美。

『我々はゴーレムや轟躙号のようなからくり仕掛けが好きなものでね。こういったものは夢に見て来たのだよ。実用品ばかり作ってきたつまらぬ者達とは違う』

 如何に精霊術巧みな魔女シャハズであろうともこのような魔王城、否、魔天号の扱いなど出来るはずもなかった。技術に秀でたるダンピールにオアンネスも夢が足りなかろう。この壮大なからくりを余すところなく精霊に語ることが出来る夢見た者はもはやロクサールしかいなかった。

『ごーりんごう?』

『他所の者達が機動要塞と味気なく呼ぶあれだよ』

『あー』

『ちなみに轟躙号からは超蹂号が発進する。搭載専用の大きなゴーレムのことだが、あの時君は眠っていたね』

『見たい』

『魔天号にも何れ相応しい物を搭載する』

『流石艦長』

 シャハズが褒めた。チッカも、やっちゃえと指差し賛美。

『さて、次は何をするか。操艦は任せたまえ。指示は君が出すんだ』

 艦の責任は艦長が持つが、全軍の指揮は司令官が執る。

 半透明に外の情報が見渡せるに魔天号、その眼下には激動による惨禍にて、元より荒れ地と化していた大地が割れ、煙を吐いて破壊に揉まれて砕けていた。

『地上に残った仲間の救助。近くから順に、人数が纏まっている集団から優先。死体は回収しない』

 艦長は舵輪を回し、進路修正、直進開始。

『ようそろ』


■■■


 クエネラは神命に従い、復帰した黒鷹に跨り天国へと到達した。激動に破壊される大地を後目にするのは敗走を思わせたが、まつろわぬ愚かな敵が行く先に待っているとなれば戻る必要はない。

 一行の面前には空飛ぶ船の数々が見られた。着陸して多くの人と物を降ろしている。これは驚異的な技術によるものでかつての帝国には無かった。そしてそれらは魔法を使うドラゴンに補助を受けており、まつろわぬ軍勢の物と断定できる。このようなことが出来るのは野盗の如きの一般的な不信者ではなく、帝国中枢にて爪を隠し埋伏していた裏切り者。高い知識を保って維持するということはそれなりの地位にいたとしか考えられない。

 迷うことなく襲撃を開始した。あれらに対して正しい知識は持たずとも、上下となっている船体の、柔らかい上部の布が膨らんだような部位が天灯のような働きにて浮力を発生させていると分かる。黒鷹より飛び降りて飛びつき、剣にてそれを切り裂き、中の空気を排して落した。

 船体下部にはまつろわぬ者達が入っていた。女子供混じりの絶叫が響いて、ドラゴンが掴んで支えようとするも重量と勢いには敵わず手放し天の大地に落ち、砕けて煙と火を上げる。

 神敵滅ぶべし。子供は明日の敵で、女はその子供を生むのだ。今日の敵だけ殺しても埒が開かぬ。

 飛行船は簡単に落とせる。船体から銃撃があっても上下左右に速く飛ぶ者に当たりはしない。

 ドラゴンは全て”吹雪”に劣り、ワイバーンなど比べれば小動物。黒鷹が尻側についた敵は足弓で落してしまう。そしてクエネラは必中の槍改め、返しの替え刃銛を投げては突き捕らえて断たずの綱を使って飛び移り、引き寄せ、剣にてとどめを刺しては返し刃を替え、次へ投げつけ怪物渡り殺していく。

 撃沈に次ぐ殺戮。凄まじい強敵を相手にした後の何たる弱いことかと、これは油断であったかもしれない。

 クエネラは千切れた首を落下防止索にぶら下げたまま落ちた。敵は太陽を背に直上から、その危機に気付いた時にはもう遅い。

 頭に蹴りを入れたのは異形、有翼で人型に近い黒羽の半ドラゴンと離れた首の目で確認し、掴んで傷口に捩じり込んで再生を早めたクエネラは喉から血と声を吐き出した。

「お前らは旧都に応援を呼びに行け!」

 高い空から落下、着地して足腰は潰れるも姿勢制御甲冑が作動して転倒せず。ハラルト新作のエンシェントドラゴン骨製の武具の数々は作動良好である。

 皇統は武門。武門とはまず勝つことにあり、手段は選ばれない。上品な手段は選べる時のみ選ばれる。狂皇女がまず狙ったのは半ドラゴンなどではなく、地上に降りた力は弱いが心は邪なまつろわぬ民衆達である。走り襲い掛かって女子供だろうと切り裂いては、義憤に駆られて黒鷹よりこちらを狙って急降下する化物を迎え討つ。

 必中の銛の投擲、これは蹴って弾かれた。必中のはずだが、蹴られた時に一応当たってはおり、それで奇跡は終いとなった。仕組みを理解してのことか目と足捌きの良さがその結果を引き寄せたか、とにかく強敵。

 半ドラゴンは急降下を途中で終いにして旋回機動で高度と速度の維持に努めてからどこまでも響くような鳴き声を出す。威嚇には圧不足、嘆きには意志が強い。仲間を呼んだのだ。油断せず手強く、一騎打ちにて遊戯に挑んできた”振動剣”とは訳が違った。

 半ドラゴンは高いところから様子見に動かない。銛投げは、それ一つの手段として用いても通じない。

 周囲には弱いが戦えるまつろわぬ戦士が集まりつつあったが半ドラゴンが、引けと声を掛ければ散じた。

 クエネラは算段を練るが、やはり目的は神敵を滅することにあった。様子見を決め込み、仲間を呼んで待つというのならばそのわずかな時間であろうとも活用する。

 飛行船の発着場には物資集積所から幕舎まである。まだまだ防壁に囲まれた住居のようなものはない。そのような無防備なところへ走ってまた女子供を優先して切って捨てる。敵の戦士は後回しで良かった。義憤に駆られる戦士は臆病極まるなら逃げ、そうでないなら敵わないにも拘わらず向かってくるので追って殺す手間が省けるのだ。鼠取りは追い物より待ち罠が効率的。

 敵の応援、岩石のような丸い何かが坂も無しに転がって来た。

「振動剣」

 フェアリーの魔術が働き、目前で両手足を開いて襲うそれへ振動剣を真っ向から撃ち、火花散って風に吹かれる枯れ葉のようにクエネラが吹っ飛んで転がる。皇統は巨体、クエネラもその例に並んで筋骨逞しい上に今は重装備にて並々ならぬ重量であるが、ごみのようだった。手足があらぬ方向に曲がり、戻る。

 身体を開いた岩石のような化物は翼の無い半ドラゴン。何の気は無しに一歩進むだけで地面に足形がつく体重がある。並のドラゴンよりは小さいので軽かろうが、密度に関しては異常と見えた。

 岩石の半ドラゴンは異常な硬さも見せた。切れぬ物など数える程しか無いと思われた振動剣による刀傷だが、相激突する勢いですらその板金の如き鱗には擦り傷程度。マナ術にて殺せるかは分からぬが、クエネラはその才が無く使えぬ。甲冑内の安全部屋に隠れ、こんな戦いすら面白そうにしているフェアリーに殺せと命じてやってくれそうにはない。

「では」

 クエネラから接近、振動剣で撃ち掛かり、反撃の拳を敢えて顔面で受け潰れながらの、左前腕仕込みの杭打ち。

 クエネラの顔は潰れが過ぎ、鼻先を形成した部位が兜の裏面に接触。

 射出され切らぬ工夫が成った杭は前腕の骨肉のみを砕いて甲冑外へ余剰物の如きに噴出、撃ち出されて板金の如き鱗にひびを入れて後退させた。

 顔は視界確保のために面を付けずに非装甲。これは相手の顔を潰したいという敵意の欲求を利用した囮である。潰れて困らぬ、鼻は疑似餌、耳目は一時無くなろうが熟達の肌感あれば相手の未来の動きは把握出来る。

 潰れた顔も腕も、姿勢制御で倒れぬ間に昂る戦意に合わせて元に戻る。杭は再び腕の中に納まりまた使える。主人の不死の具合を把握して武具の調整を行った鍛冶従者は殊勲ものである。

 岩石の半ドラゴン、鱗の割れ目より出血しながら前に出ず引いた。

 臆せば押し込んで屠れるという論理にてクエネラは振動剣にて斬り掛かり、隙を見てはまた杭を打ち込んで割れを増やして血を流出させる。

 優勢はクエネラ、しかし岩石の半ドラゴンは幾ら打たれても全く膝を屈する様子もない。両腕を上げて守り、腕と指の隙間からじっと窺い耐える。

 これは時間稼ぎ、と気付いた頃には有翼の半ドラゴンはおらず、整然と駆け足行進にて小銃を構えてやってきた鉄火軍の如きゴーレム軍団が制御された一糸乱れぬ挙動で包囲し、停止、構えて、狙って、撃ち始めた。弾丸の威力は人の兵が使うものより大きく、装甲越しでも骨が砕ける。装甲無くば四肢も、当たりによれば胴さえも両断。

 迫る無数の弾丸はドラゴン鱗が震える振動甲冑が弾き返した。下地はドラゴン革にて無用に身体は削らなかったが体表面を沸かしたように破壊、これもまた再生。肌に肉の層の傷など考慮に値しない。骨の維持が優先された。

 ゴーレム兵から集中射撃を受けながら、棒立ちしても無意味と前へ出る。弾数には限りあろうが、人のように鞄を腰に背中に付けている人形兵共がどれだけ持っているか数えるまでも無い。

 そのような銃弾、弾きながら逃げた岩石の半ドラゴンに変わり、あるゴーレム兵の肩の上に飛び乗って剣を一本突き出す、頭の少し弱そうな金属の半ドラゴン、あの”振動剣”が現れた。殺したはずだったが、その時の記憶を辿れば半ばゴーレムめいていたことを思い出せる。複数いるか、魂の乗り換えでも容易か、一筋縄でいかぬのは確か。

「会いたかった!」

 と喜ぶ顔は間違いなく奴である。

「射撃停止!」

 優勢を捨ててまで、遊興のためにと”振動剣”が剣を構えて走り来る。また殺してやろうとクエネラも構えて同じ剣で掛かりに合う。

「その勝負待った!」

 空からヒューネルが、黒鷹の背より降りて黒石纏わせた始皇帝の剣にてクエネラの振動剣を打って防いだ。クエネラの一撃を防ぐ膂力は本来ない彼だが、祓魔の黒石のマナが完全に防いだ。

 勢い止まらぬはずの”振動剣”は、まるで糸が切れた人形のように崩れ落ちて転がり回ってた。何かがされたようだが不明。

 また姿を現した有翼の半ドラゴンが、あの帝国大学士テレネーを連れて降り立ち、直ぐさま忙しそうに飛び去った。

「姉上、剣を納めて下さい」

 そうヒューネルは、片手に拳銃を持ってクエネラへ突き付けていた。神の僕たる人間の代表たる皇統男子が、神敵滅ぶべしと戦乙女へ化した皇統女子に銃口を、豆鉄砲であろうとも向けているのだ。天国情勢が垣間見える。

「坊主、言うようになったな」

「今はその時ではないのです」

「神命である」

「こちらもです」

 戦神と竈神、意見が割れたかに思われた。実情不明な時に早合点をしてはいけないものであるが。

「これから平和の話し合いをしようって時にお邪魔しないでくれる? お姫様」

 飛行船から鉄火ゴーレム軍団まで作り出してまつろわぬ軍勢に手を貸した裏切り者に間違いないその人をなめ腐った態度が昔から気に入らなかった糞女は虫が好かぬし腹に据えかねそもそもあの目付きに身体から臭うあの香水か何か問答無用に一太刀浴びせよう。

「私に預からせて頂きたい!」

 と己のこめかみに拳銃突き付け、自害をも辞さぬと意志を見せた皇太子に免じ、大上段にて滅多打ちに掛かろうとしたクエネラは踏み込み、地面を叩き抉った。黒鷹が顔を寄せて来て、落ち着けと鳴くので頭突きで八つ当たりに打ち倒す。

「さてお姫様」

「お前は喋るな殺す」

 あらどうしましょ、とテレネーはお手上げ。

 ヒューネルが何か喋ればいいのだが、とりあえず決死で止めに来たという以上の頭は無かった様子で、戦いは一時停止しても緊張が続いた。フェアリーが顔を出して、どうするの? と首を傾げても答え方が誰も分からない。

『わっわっわっ!』

 間抜けな声を上げ、小娘の半ドラゴンが何故か楽しそうに走ってきた。

『怪我した人だーれだ!』

 はい、と手を上げたのは岩石の半ドラゴンである。

 クエネラは己の体がまた砕け始めはしないかと心配になった。


■■■


 詰め込まれたドラゴン同士が魔天号の船倉で騒いでいた。

『ここからは我々の寝る場所だ』

『これは我々の食べ物だ』

『お前臭い』

『お前が臭い』

 などである。巨体の隙間で逃げ惑うまつろわぬ人々も大変である。凶暴に見える魔物達も化物の頂点であるドラゴン相手には身を丸めて困っている。

 シャハズが床を杖で二度突いた。

『皆、良い子にしましょう』

 破壊の暴君蜥蜴共も魔女の前では日を浴びる前のようであった。二人の新頭領”灰燼”と”光線”相手に指差して注意、注意とやって、ごめんなさいをさせれば面目からもはや暴れられない。チッカも個別に、注意とやって回りつつ、”生命の苗床”産の変な味の果実まで振舞えば、何だこれ? と喧嘩する気力も無くなる。

 尚”百足”は地上と天国の柱にくっついているので安否確認の必要はない。”吹雪”の後継は飛べるので心配するだけ無駄である。

 激動の地上の崩壊、減少は止まらない。打ち上げられる岩塊は次々と天国のそこへ突き刺さっては飲まれている。この大陸再形成は何れ終わりを迎えると見えるが、まんじりともせず睨み付けている内に終わるような呪術でないことは確かである。

 ロクサール艦長は舵輪を回して打ち上げの塊を除け、地上に残留する各ドラゴン勢の拠点へ降りたっては救出していったが遂に山渡りに捕捉され、今となっては大陸津波と化した主無き陪神に追われている。山の高さ以上にめくれ上がった大地に大顔をつけ、何度も魔天号を飲み込もうと大口を開けて迫る。

 チッカが”生命の苗床”の呪術にて、地上に残る森林全てを生贄に捧げるように対抗出来そうな極大ドリアードを召喚したものの型が足りずに難なく踏み潰されて以来、巨大には巨大をぶつける戦法は放棄されている。その有り様だから破壊光線だろうが魔女の複合精霊術の嵐だろうが梨の礫。大きくて重たいが強いは常識だが、あの規模となると現世無敵と称してしまえる。

『来たぞ』

 艦長は情報画面で接近する高速物体を確認してシャハズへ報告。音の精霊術で遥々呼んだ待ち人が来たのだ。

『うん』

 シャハズは魔天号の外へ出て”吹雪”の息子、半ドラゴンの”風切羽”に突き出した杖を足で掴ませてぶら下がり空へ飛び出る。

『クロくん、あれの前でちょろちょろ』

『分かりました!』

 まるで嫌な仕事を終えた後に好きなことが出来て嬉しいとばかりの黒い羽根のクロくん、シャハズをぶら下げ大顔の前で旋回起動。魔天号はシャハズがいる方角とは逆に舵を切って二手に分かれた。

 一体どちらに恨みを向けるか試すのだ。そしてそれは勿論、仇に向いた。

『”焚火”の島の南、前の結界よりちょっとだけ先、くらい』

『はい!』

『飛ばし過ぎないように、そこそこ引きつける』

『はい!』

 ”風切羽”は異大陸に逃れたデーモン達への伝令役として作られ、育てられ、その任を果たして戻ってきた。その速力と持久力に並ぶ者は無く、本気で逃げれば渦巻く大気が鈍足にすら見える大陸津波とて置き去りにする。

 大陸津波は魔女をかつての地獄ですらない、ただの土砂下に巻き込んで跡形も無くしようと口を開きながら、滅びた大地をそれですら無くして追ってくる。山に平野、川に海さえ崩れた土砂と泥にして追ってくる。風を起こす術も使わずに土埃の暴風が地表を平にしていく。もはや地震で揺れているのか大陸津波が揺らしているのか分からぬのが旧地上。

 ”風切羽”は早過ぎず遅すぎず、しかしぶら下がるシャハズが吹き流しのようになってしまう程度に、首にしがみ付くチッカが落ちない高速で飛び続け、活発化する火山活動により大陸津波到達以前に砕け散って溶岩と噴煙を吹き出し爆音を何度も轟かせている”焚火”の群島上空へ到達する。

『あれ、更地っぽい、壊れてないやつ』

『灰色っぽいのですね』

『それ』

 ”風切羽”はその見た目の島目掛けて高度を下げていく。

 群島に到達した大陸津波は砕けた島、海中から産まれた新島も飲み込んで泥に沈め、吹き出す激動の地殻変動もただ重さで潰した。

 大陸津波から逃げる過程で魔天号は左右にと舵を切りその特性を見抜いていた。艦長操舵は伊達ではない。

『この辺で一旦停止』

『はい』

 ”風切羽”は旋回運動を混ぜて無理の無い減速を行って迫る山脈と大顔を目前にする。

 眼下にはタイタン達死後の影響がほとんど見られない不毛にして傷の無い島があった。海岸線には少ない漂着物が見られるが、これは海のタイタン没後に海の結界が消失したの後にわずかばかり流れてきたものである。

 ここは箱庭の大陸の外、”更新の灼熱”が封じられ、”火炎舌”が確認するところによれば蓋が朽ちて中が見えてしまっている因縁の場所である。

 大顔の、憤怒の大口が驚愕に変わった。圧し潰しの激流に急制動が掛かるも高速巨大でしかも然程に頑丈ではない土砂はそのまま崩れ、勢いに乗ったまま進んでしまう。

 封印の縦穴、灰が積もり、太古のタイタン達が身を捧げ乾いたまま眠っている場所へ、比べればほんのわずかな土砂が流れ込む。

 大陸津波の勢い、島を圧し潰して泥に沈めて止まってしまった。大顔が負け惜しみを叫ぶ様子も無いのは良く分からぬ旧神”更新の灼熱”に直接触れて即死したからだ。

『”流血”の方へ行って』

『半島側ですね』

 ”焚火”の群島の東側、エンシェントドラゴン”流血”の領域である半島。大陸津波の進路上には無く、原型はまだ留めている。生存不明。


■■■


・魔王城

 タイタンの攻撃から身を守りつつ、その力を削ぐべく魔王ロクサールによって造られた戦城。”精霊の卵巣”を中核に利用して本来受動的である建造物を能動的な物とした。

 魔王城、否、魔天号としてその真価を発揮させるには夢の分かる使い手が必要だった。

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