第9話前編「地のタイタン」

・この地上

 天と地と海の神が世界の境界を定められ、

 豊と死と戦の神が生命の循環を取り決め、

 匠と知と商の神が文明の発達を推し進め、

 竈と法の神と人が帝国の平和を実現された。


■■■


 精霊に浸食された砂漠を渡ることはシャハズにとって初めてではない。かつて旧ロクサールより精霊術使いとして卓越するための試練を受け、”精霊の卵巣”と対面した際に経験済みである。

 その砂漠には魔王と呼ばれた新ロクサールが城を築いたとされる。法のタイタンを犠牲にしてようやく撃ち滅ぼした者の拠点となれば一〇〇〇年昔の極限世界の一歩上をいく可能性があった。

 その一〇〇〇年昔と比べ魔女として卓越したシャハズでも油断してはならない地であろうと考えられた。万全の準備が必要である。

 準備とは様々あるが、その身を休めるのが魔法に頼る者にとっての最大の準備。食べて寝て、気力が漲ったと思ったら進むのだ。

 タイタン共のあらゆる呪術から解き放たれ過ぎて荒廃したるこの大地にて食料というものは希少になっていた。狩猟採集、全くもって困難。枯れ萎れた植物、腐れ白骨化した動物、姿の見えぬ昆虫、渇き汚染された水源。ここまでとは、特に先見の眼を開く気力の無い魔女に取って予測の範囲外である。

 チッカはある果物に齧りついて、飲み込んでは一度震え上がった。そして首を捻ってからうなずき、一応食べられる、らしい。

 シャハズもその果物を口に入れ、吐き出した。

『すっぱ』

 非常に酸っぱいそれは”生命の苗床”の呪術より生み出した世に二つと無い果物であり、中の種を遊びにほじくって投げれば乾いた大地から芽を出し、種の栄養分成長して止まる。水も光も養分も無ければそれまでである。そこへ呪術で養分を足せば繁茂に至ろうが、これはその価値無し。

 羽ばたき、圧の強い風が散らす砂塵は魔女とフェアリーを避け、気のドラゴンお姉ちゃんが軟着地。足掴みにした六本脚の戦馬がお土産だ。

『これ食べて』

『うん、潰れてる』

 乗用には適さねば卸すより無い。破れた背から骨が突き出て、それでも嘶いて暴れる使徒戦馬の肉は如何ほどか? 逸話も含めて精の程ははち切れるほどにつきそうである。

『そんな心算無かったんだけど』

『まあ』

 よくあるよ、とシャハズは博打の果実より活きの良い肉に興味を向け、首を掻っ切って噴出する血抜き。尋常なら失血死に至る量が流れても止まらない。こうなると踊りの切り落とし食いである。エーテル刃にて尻肉を取り、精霊術で焼き、並の肉より火力がいることを確認。良く焼けてからチッカに渡した。”生命の苗床”を宿すハイフェアリーならたとえ毒まぶしの腐り虫でも腹は病まない、と思われる。

『ど?』

 頬が膨らんだチッカ。良く噛み、噛み続け、一向に減らない。

『あー』

 口開けて、とその小さな口から抓んで取り出した焼肉、歯型が付いて伸びたが切れた様子が無い。それをシャハズが噛み、噛み切れず吐き出す。

『あれだ』

 切り離したその肉へ”調伏の回虫”の呪術を当て解呪して再度焼肉を試みるに通常の柔らかさとなり食べられる。チッカも、肉と喜ぶ。

 一方の気のドラゴンは呪術料理などせず戦馬の腹を食い破って腸を啜った。それでもまだ動く。瀕しても使徒であろう。

『うちの弟どうなのシャーちゃん?』

『何が』

『”抹消”のとこの子、空の向こうに行っちゃったでしょ。今度は弟が戻って来たら組みなよ』

『ふうん』

『いいってことにしちゃうよ?』

『ふうん』

『ちょっと話聞いてる?』

『うーん』

『興味無いなら無いって言ってよ』

『うん』

 シャハズは否も応も無い返事である。特にあれこれと先々のことを決めて計画通りに行動する気は無かった。

 確約を取り、魔王の後継である魔女と繋がって他のドラゴンより一歩抜きん出るべしと野心昂らせている気のドラゴンには歯がゆい。実際に痒くて首を掻けば鱗が剥げ落ちる。

『疥癬?』

『それは無いと思うけど、痒くてね』

『それ”吹雪”死んでない?』

『あ、道理で』

 前例によればエンシェントドラゴン死後、その後継者達は例外無く変態を遂げており、脱皮から始まる。

『鱗ちょうだい』

『何に?』

『鏃』

『弟帰って来たらお願いね』

 シャハズは否も応も無く、エーテル刃にて鱗を削って鏃を作って矢も拵える。魔法による工作は既に得意としているが、ドラゴンの鱗のような再現し難い生物的且つ呪術的な物体の作成、再現は精霊の力では不可能であった。領域が違う。


■■■


 旧東帝国本土、旧魔王領はその土地自体が精霊憑きとなり、精霊の嵐が吹き荒れ純粋要素がせめぎ合う複合極限環境と化していた。シャハズの記憶では、かつては精霊毎に区割りのようなものがされていたが今やそれも無かった。当時の難儀が偲ばれる。

 極端な光と闇が不可視空間を作って対立、境界面だけが斑に半透明で可視可能。

 編み物のような複雑な密林が生えては茸に酸毒に侵され腐れ落ちてそこから繁茂。

 波立つ岩盤が暴風竜巻で巻き上げられては削れて砂となり、また集積して岩と固まる。

 煌めく金属結晶が衝撃波も伴う音に共鳴して震えては砕けては再結晶化。

 火炎が吹き荒れては全てを焼き、融かして灰にしたところに大水が押し寄せ水蒸気爆発。

 混ざった物全てを輝きに気化させるような熱波から、その気体を全て凝固させまた地上に降らす寒波が舞う。

 魔女が得意とする複合精霊術、あれが雨風のように存在した。全てを修行と考えて行動することの無い性質から”調伏の回虫”を宿した呪術ランプを腰に下げて安楽にその中を進む。精霊術も使い、足場は平面の砂岩とし、気温湿度はかつての秋の行楽程度に調整。眩むような混沌とした視界は光の調整で優しく一色塗り、音は遮断。

 その安楽街道を馬肉の精力でもって幾分足腰も軽く進んだ。歩いたり走ったり、一枚板を作ってそれに乗り、橇のように滑走するのが楽しい。

 ”精霊の卵巣”を我が物とするように魔王城は造られたと思われる。魔王となってタイタン共と戦うにはそれくらいの力は必須。その中心部へ近づく程にこの嵐は酷くなるように思われたが、逆に鎮静化していった。あれは主亡き今も働く防壁。かつてのタイタン達が総力を持ってしなければ突破出来ず、そして消滅が伴わなかった難物。

 嵐を抜ければ今度は当時を思い出させる区割りがあった。

 闇蟲シェイドと暗闇一色。

 光蝶ウィスプと白光一色。

 木蛇ドリアードと見上げる密林。

 茸人マタンゴと茸の胞子舞う森と毒沼。

 火蜥蜴サラマンダーと火柱上がる溶岩帯。

 熱貝カロルと窪地。

 土小人ノームと穴だらけの土砂漠。

 風乙女シルフと暴風の岩砂漠。

 金蟹アウラと金属刃の森。

 音鳥フォノンと震える砂。

 水魚ウンディーネと水球塊。

 冷狐ミオンと雪原。

 そしてそれぞれに新しい顔ぶれが混じる。それら極限生物と合いの子になったようなジン族。かつて旧ロクサール以外の同族達は旧東帝国崩壊時に精霊憑きになったとされ、タイタン達との戦いでは生き残っていたとしても虐殺されたものと思われたが、このような己を魔法生物とすることで種としての延命を図った者達は生き延びていた。知性の程は、見る限り術を扱う度に語り合う精霊達と大差無き自然体に見えた。

 その単純極限環境も難なく渡り、そして遂に尋常の砂漠地帯へと二人は抜けた。

 行く手を阻むように待っていたのは風体から地のタイタンの巫女である。戦士でもあるようで鎚矛を一本持ち、儀式装束に加えて胸当てに小手など軽いながら武装している。

「魔女とお見受けした! 御柱様が魔王城で貴様をお待ちである、がしかしこの世界に仇為し、破壊した者を見過ごせる程の度量は生来持たん! ならば尋常に勝負致せ!」

 折衷案を決闘とした武人へ初手に複合精霊術を放てば白波のマナ術に消された。そして巫女、全身表面へ纏うように白膜が張る。

「魔法は無粋!」

「ふうん」

 チッカは、がんばれ! と拳を突き上げた。

 次手、距離もあってシャハズは弓にて鱗鏃の矢を精霊術にて加速のみして放つ。それは鋭いはずが額に浅く刺さり出血も無し。何のこれしき、と巫女が抜いて捨てれば血に代わり輝く砂がこぼれ、宙を舞ったと思いきやその身に戻る。彼等の言う魔法、精霊術が無粋ならば呪術は粋らしい。

 ”調伏の回虫”の呪術を当てるも、砂体の巫女解呪はならず。

 呪術の効く効かないの境は魔女たるシャハズ、福に呪われたるチッカにも理解出来ない。そもそも強く想っただけで何か現象が起こる事態おかしなものだ。今のように何も無いのが当たり前である。

 鎚矛を構え、迫った巫女の一撃。シャハズは後ろ跳びに距離を取り、跳ぶ距離と踏み込みの早さの比較から後退はいずれ追い詰められると一手で把握。

 二撃目は杖で受け、それは重過ぎた。受け流しから後ろ跳びも加えなければ骨が砕けて腱が切れる。

 これで避けて悪し、受けて悪し、無粋に頼らねば敗北必至と分かる。

 次はシャハズから踏み込んで三撃目を迎え打つ、間際に半抜刀、刃筋を立て柄を両断、その直後まだエーテル刃の腹に柄の断面が触れている内にしゃくり上げ、矛先を飛ばして巫女を半ば武装解除。

 巫女は踏み込みの姿勢、体重が前の足に乗る。

 シャハズは体重を背に預け、巫女を蹴って距離を取り後転の動きに混ぜた鞘飛ばしでその眉間を一撃。

 切れた柄だけを手にし、一時視界不良の巫女は無防備。そこへエーテル刃で切り付け、両断ならず。肉の手応えは重過ぎる砂。

 切り込んだ刃は弾くように振り、砂を飛ばしてそれに”調伏の回虫”の力を当て舞い戻る前に落す。要領は事前に学習していた。

 後は防具の隙間を狙って削り殺すのみ。手足から無力化させ、頭は最後。口はしばし動いた。

「お見事。隠し技の数々知れていれば……口惜しや」

 必殺に至る技の数々、死人に口無し。


■■■


 クエネラ一行は動くに動けず、高地雪中にて養生を強いられていた。

 ”吹雪”討伐見事成るも、その後の主神からの預言により、地上より天国へ参れとの神命を賜ったのだがその移動手段が疲弊しきっていた。

 黒鷹は絶対安静。仰向けに雪洞の中で寝て、安楽姿勢は固めた雪で保たれる。寝返りですら苦鳴を漏らす程に筋肉、腱、骨を病み削っており、羽毛無くば腫れ上がり赤紫に染まった肌が見えただろう。わずかの振動ですら死に近づく弱体。用便の度に悲痛に鳴き喚き、風を受けただけでも苦しむ有り様で、過労による痛風状態にある。狂皇女との共闘を遂げるとはこれであった。

 慈悲の刃を選択肢に入れることも考えられたが、黒鷹の容態は時を経る度に回復。初期には下血が見られたが赤や黒が便に混ざらなくなってきた。寝返りも打てるようになり、生意気にも食事の催促が出来るようにもなる。その食事とは”吹雪”の脂身をクエネラが液状に噛み潰した物や不凍の血液、それをハラルトが口より噴く火による溶かした雪水の混合である。この分ではいずれ一行を背に乗せ、匠と豊と天の神々の犠牲で創られた天の大地へと至れるだろうと希望が持てた。新たな移動手段を探すより待った方が早いと判断出来た。

 ハラルトは黒鷹の回復までの時間を使って”吹雪”の鱗と羽根、皮、爪、筋、牙、角、骨を使い鍛冶仕事。一つ目の力を継承し、その口からは火を吹き、膝を金床とし、拳を金槌、歯を鋏に”やっとこ”とするなど五体を鍛冶道具とすれば道具要らずに働く。

 己が身の粉砕厭わぬクエネラ、鳥獣には出来ない小手先を用いる黒鷹の装備となれば創意工夫が試される。また”吹雪”肉と血の加熱調理も担当する。まるで良くしなる鞭のような肉は尋常の顎ならば歯茎が潰れる程に噛まなければ食えたものではない。

 名も無き”糞虫”ことフェアリーは肉に歯が立たず、血を飲むのが辛い以外はお気楽なものであった。黒鷹の抜け羽根で遊んで寝床を作り、ハラルトとクエネラの作業を茶化すように眺めては手伝う真似事をして邪険にされ、懲りない。

 そしてまるで下女のように黒鷹の世話、”吹雪”の解体をしながらの山の生活を送るクエネラは久しぶりの平穏を味わっていた。

 周囲に敵はいない。まつろわぬ者とて高山植物すら生えぬ天険の地まで足を踏み入れ征服行にやって来ることは無かった。下界では飢えたワイバーンが跋扈しているが、彼等とてこの砂漠より酷い不毛の酷寒山地にまで獲物を追いに来ることは無かった。

 煮え滾る戦士の血液が冷えてくる。初めは憎きドラゴンの古頭領の死体を刻む行為に大空中戦を想起、またその壮大なる体躯を見ては生命とはここまでに至れるのか感慨を深くして無聊を慰めてはいたが、ただの食料素材と見るようになってからは単純労働の無心しか表れない。

 ある日の夜、風も無かった。空は雲ではない雲に覆われ星明りも無かった。ハラルトも黒鷹も鼾すらかいていない。積もった雪はわずか音も吸い込んだその暗闇と静寂、冷えた心と血、何時振りか知れぬ眠気がクエネラを襲い、遂には横になって目を閉じてしまおうとした矢先に衝撃。

 身が引き裂かれるどころではなかった。芯から割れ砕けるような激痛。あらゆる痛みに耐えてきたような彼女だが、ぎゃっとらしくもない苦鳴を漏らした。

 戦意ある限り不死身、裏返れば精神平穏なれば決死。戦意を断ってはならぬと今初めて気付かされ、骨が折れ、肉が崩れ、十穴どころか肌全てより出血しながら己が身に拳を叩き込んで気合を入れて更に破壊しつつ、しかし崩壊を食い止めながら立ち上がる。

 異常に気付き起き上がったハラルトが、ご免とその鍛冶の拳で主人の顔を殴り付け、理由は正当なれど許されぬ反逆が如く行為に怒りが沸き上がり、その崩壊は停滞へ移っていく

 戦い続けるための祝福を受けた狂戦士に取り平穏は劇毒、許されない。

 突如強圧の地吹雪。周囲の積雪、ハラルトを吹き飛ばす勢いは尋常ではなく、異常事態にクエネラの戦意は復活して山肌岩盤へ足を杭に打って踏み止まる。

 ”吹雪”の欠損する死体へ降り立ったのは気のドラゴンであった。両神器を祀る祭壇にて初顔合わせをした時より遥かに巨体。

「終わりなき戦いの呪いはお前のような気狂いにお似合いだよ」

 徒手空拳ではどうにもならぬ強敵の憎たらしい口。

 振動剣を手にしなければ、とクエネラが走り出した時にはエンシェントドラゴンの巨体は先程の強風とは比べようもない羽ばたきの衝撃波を伴い持ち去られて行った。

「ええい!」

 地吹雪による吹き溜まりより仲間達を掘り出さねばならない。新たなドラゴンの頭領の一体は追えぬし追うわけにいかなかった。地団駄が岩盤に足形つけ、骨も砕いては高揚する戦意が再生を促す。平穏は無事去った。


■■■


 直径に比べれば遥かに背が低い半球形の石棺があった。封印されし魔王城はその中にある。民間伝説では破壊されたことになっていたが、わざわざ手が加えられているということはその脅威が現前として存在するという証であろう。

 精霊術を使っているわけでもないのに精霊達の騒ぐ声が聞こえる。術の時、嵐を潜った時とは違う、意志が感じられた。自我すら持たない彼等のはず。シャハズは己が術に長けるに連れて聞く耳を養ったのか、石棺の中が特異なのか判断し難かった。ある種タイタンなどより理解が及ばぬ存在である。

 石棺に近づけばその壁面に巨大な顔が浮かび上がる。陪神山渡り、タイタンを除けば最も封印に適任である。

『魔女か』

『うん』

 タイタンの手の者に拘わらず敵意も剥き出さず、ここに至り諦めの顔と声であった。巫女を討ち取られ間もない上での態度となれば義が先んじている。

『御柱様がお話になられる』

『ふうん』

 大顔が開けた口は隧道、石棺内に通じる。チッカが、これ大丈夫? と天井を小さい両手で支えてみる中でシャハズは真っすぐ通り抜けた。

 魔王城は神々が総掛かりにて、魔王を決戦へ誘き出しすために破壊したとされるが、隧道を抜ければその破壊されたはずの城自体が光源となって石棺内を照らしていた。

 その作りは尋常にあらず、外観はねじくれの結晶体の編み物が近く、蠢いて生物のようでもある。質感は直立する液体のようでもいて、強か打てば砕けるが、いずれは流れて溜まって元に戻る水溜まり然ともしている。

 一見して出入口など無かったが、近づけば扉が形成されて開け放たれる。建物は元来受動だが、これは能動。

 中に入れば色艶が明滅するかのように変わり続ける天井、壁、床、階段が融合分離を繰り返して形状が定まらないながら、内装工事のされない建造物として見られる程度に収まる。

 照明器具類も窓も無いが、全体が丁度の良い明度に保たれている。影は見えない。

 気温湿度は手ずから調整するまでもなく快適。わずかな風の揺らぎ、自身で煽る若干の空気の流れさえ無く肌感覚は不思議。

 複合精霊術による秩序と言えた。一定こそしないが、均衡を保つために小刻みに健全に動いているとも言えた。

 シャハズが歩みを進めれば廊下や階段に手摺りが形成され、能動的に目的地へと建物自体が誘導を始める。チッカが気紛れな飛行を見せても当たらぬようにと咄嗟に変形。一歩を踏み出せば足元が固まり、去った跡は不要と泥のように崩れ落ちて床に染み消える。どこかに触れても音すら鳴らないのに、正しい進行方向へは残響のようなものが進んで指針となる。

 慣れぬ光景に目が疲れ、ふと立ち止まれば椅子に寝台、飲食物が卓上に現れてどうご利用くださいと現れる気の利きよう。

 かつて辿り着いた”精霊の卵巣”付近の可変を続ける光景を思い起こさせた。あの超自然に対して超人造という違いはあるが根本は似ている。

 歓迎される客人としての来訪は苦も無く城の中枢に辿り着く。どれほど前進し、上がったり下ったりしたかは体感では不明瞭。

 中枢では、あの超自然は見られないが記憶にある”精霊の卵巣”が鎮座していた。色調彩度に明暗が移ろい続ける魚卵か果実のような何か。旧神と呼ばれる、知性も不明、生命であるかすら不明、親の姿が想像できない何かである。時を跨ぐ力さえあるというのだが、何をどうすればそのような仕組みに辿り着けるのか魔女でも見当もつかない。タイタンもおそらく知らぬ。

 ”精霊の卵巣”の傍らにはふくよかな黒い女の巨人が待っていた。地のタイタン、人型の姿であるこちらも敵意を剥き出さない。傲慢な風も無い。

『お話を聞いていただけますか、カガルのシャハズ』

『うん』

『もう手打ちにしませんか。既に賢しく姦計用いたりする者も残っておりません。約束すれば守ります。余力が無いとでも言いましょう。この大地はもう壊してしまいます。天国を作るために、今までとは比べ物にならない破壊をします。私を殺しても無意味です。匠に豊に天、次はこの地。何れ残る者達も己を生贄とします。自殺する者相手に追い討ちをかけても意味はありません。あなた方はかつてデーモン達が去った隣の大陸へお移りなさい。この精霊の卵巣の呪術を元に、あなたが次のタイタンになって隣の大陸の環境を作り替えれば良いのです。既に精霊より人となりまた半ば精霊へと戻ったジン達の成れ果て達を使いなさい。そうすれば時間は掛かりますがそれだけの力があります。あなたの愛するデーモン達やこの地に残る仲間達と楽園を築けば良いでしょう。ここはもうただの残骸と成り果てます。争ってまで君臨する価値はありません。ドラゴン達はまだ元気なようですがこの地では長続きしません。相容れぬならば住み分けをすれば良いだけの事。地獄に堕とされた復讐ならば、残る我々が己を犠牲に捧げる姿を嗤って見届けるが良いでしょう。でもやはり、この首を撥ねたいでしょう。ですが今撥ねれば直ぐに破壊が始まります。仲間達を逃がす時間が欲しいならここで手を下すのは止めておきなさい。それから”調伏の回虫”は通じませんよ。それは限度があります。無かったら既に海の者などあの最後のセイレーンに殺されていたでしょう』

 理解して頂けましたか? と地のタイタンは口を止めた。

『うーん』

 シャハズは唸りながら、杖を手に地のタイタンへ歩み寄る。城の構造は階段を作り、その喉元へと誘った。

『欠片も信頼を築こうとしなかった落ち度は認めましょう』

『いまいち』

 魔女のシャハズは試しに話を聞いてみたがやはり心底まつろわぬ。新世界の母となる気は無く、エーテル刃で素っ首撥ねた。

 人型への致命を受けた間際の黒の巨人、跪いて手を組んで己を生贄に捧げ、本性見せるまでもなく消滅へ至る。これで大地に激動が走り始める。この生けるような城は外の状況を遮断しているがその気配はあった。

 そして突如気配。かつてエリクディスに討伐される以前の、黒肌の人間姿を取る旧ロクサールが忽然と”精霊の卵巣”の傍らに現れた。

『あれ?』

『時の精霊術、こういうことも出来るのだ。点と点を飛んで渡るように中間へ落ちることは困難だが』

『へえ』

 魔女シャハズならばそれだけで大体は把握した。

『これにて修了』

『修行が?』

『そうだ。エリクディス殿に報告出来たら良いのだが、無理そうだな』

 一〇〇〇年掛かりであった。


■■■


・大地の怒り

 地のタイタンは故意に人や都市を地震や地割れ、火山噴火で地形毎屠ることはあったが存在を変質させるような呪いは行わない。

・地沈病

 まるで地面が水のような手応えとなり身体が沈んでしまう。もはや箱庭の大陸にて生ける信者はほぼ存在せず意味が無い。天国は地上ではない。

・箱庭の大陸

 タイタンの手により成形された、彼等にとっての妥協含みの理想郷。かつて無数の信仰を捧げる者達で満たされていた。今や天国成形のために取り崩され、抑えつけられてきた地殻変動が反動破局的に訪れて砕け散り始めた。

・利用

 土地の利用という遍く人々に多様な恩恵を与えてきた行為は想いを生む力であり、地のタイタンの力の源であった。最も多くの力を集め、大地の制御に最も多くの力を割いてきた。

・希金卑金化

 ミスリル、アダマンタイト、オリハルコンのような著名な不思議の金属から、タイタンの恩恵により神器と化した際に獲得し変質した名も無き金属類が持ちうる特異性質その全てが失われる。

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