第6話後編「匠のタイタン」
・エンシェントドラゴン”合奏”
古代よりドラゴンは怖ろしく強力な存在であったがしかし、威信を高める為に無用に首を狙われ、角や鱗などは高級資源として扱われた。
『敗北の代償、まつろわぬ対価として、その鱗を差し出せ』
古く高貴なエンシェントドラゴンがタイタンにより毛を刈られる羊のように扱われた。食らった金属に応じて合金の鱗が生える性質は相手に都合が良かった。
『雪辱を果たす時が参りました。同調し立ち上がらねばつけ込まれ、日和見を呼び、次はありません。決起は今でしょう』
■■■
”合奏”の軍勢野営地、鉱山街跡地に設営されている。天幕を張るなどラプトルや魔物のねぐらではなく、邪教徒のものである。
ドラゴンはいない。ラプトルと鋼虫は周囲で群れ毎に雑魚寝するように警戒網を構築している。役割分担なのか序列があるのかははっきりしない。ドラゴンと小魔女が高位であることは間違いなく、首に価値を見出すならそれ。
野営地への襲撃は夜か早朝か真昼か考えた。
クエネラはその小魔女の顔を以前の戦いで、遥か彼方から気合により雰囲気を確認していた。術などに依らぬが根拠はある。あの超遠距離魔法攻撃の様より、そのもの性質を感じ取っていた。顔は分からぬが見れば分かる。分かるのだ。勘が解すれば理で分かる要は無い。であるので顔を見当てるために攻めるのは昼とした。決して逃さぬ。
陽動を頼んであった。動ける生存者たちによる決死の突撃により敵に行動を強要し、野営集団の役割分担を暴き出して価値のある首の位置に見当をつける心算であったが、待てど動きが無かった。
臆したならまだ良かった、激励し次またやれる。だが作戦を予見されて皆殺しにされたならば次が無い。
予定が狂った。しかし敵がこの程度の戦力で今一か所に居る状況が次訪れるかは不明である。
小魔女を殺せる機会を逃すことは出来ない。戦力が分散している内に、ドラゴンや魔女が遠くに行っている内に首を取らなければならない。
前へ出る。番犬のように警戒するラプトルの頭に金槌を投げ、当て頭を割って前進。
被害に気付いた別のラプトルに杭投げ、当てて刺さらず、失神はさせた。拾って前進。鈍らで軸も曲がり刺さりづらく、使い勝手が悪い。
警戒網は投擲と前進の組み合わせで一気に抜ける。左右の敵は相手にせず、直線上を間引く。
遅れて陽動の騒ぎが聞こえたがしかし、雑兵が決死に恐怖を堪えている様子ではなかった。精鋭の援軍でも得て、機会がずれたとクエネラは前向きに判断。何れにせよやることは変わらないのだ。
野営地には邪教徒達。魔王魔女にエンシェントドラゴンか、ともかくそういった悪辣な破壊者を信奉する狂人。悪魔の声を聴くという魔法使いを貴ぶ。
ドラゴン、成り損ない、魔物、小魔女、魔法使い、邪教の雑兵。これらが組み合わさって敵は多元な戦術が可能になる。逆に一つ潰せば次元が格段に落ちる。戦いと復讐はこれからで、指を圧し折るなら一本ずつ。力を確実に削いで確実になったところで大将首を取る。
雑兵は正面から叩き殺す。魔法使いは、魔法を使われる前に物を投げつける。石、生活道具、雑兵の武器、千切った顎や首、腕に脚、腹を捌いてそのまま。如何に邪教徒でも欠損し形が変わった仲間を投げつけられては正気を保つことは難しく、悲鳴を上げ、激昂し、魔法を正しく使えない。魔法使いなど狂人であるが、狂気に弱いところが面白い。
生きたまま、雑兵の背骨を掴んで盾に持って突撃するのも有効。人が動けなくなるのは簡単で、死ぬには少々手間がかかり、肉体が完全に崩壊するのは難しい。並々ならぬ重量を誇るその骨肉の盾が戦乙女の脚力に支えられた時、破城槌に迫る。
邪教徒を薙ぎ倒して踏みつけ、天幕を崩して片っ端から金槌で殴り、杭で打って振り回す。生ける杭がマナ術で支援し、祓魔に魔法を防ぐ。
そして遂に見つけた小魔女、盲の痩せた野人エルフ。以前に見せつけてくれた音の魔法からは、杭が黄風の渦を巻いてクエネラを守る。
音の攻撃は自身の全周囲を覆わなければ防げない。物体を偏向する黄のマナ術は守ると同時に自身を拘束してしまう。絶え間なく攻撃されれば次の動きが取れない。包囲する敵の数も増えており更に動くことが難しい。
杭がどこまでこのマナ術を維持してくれるかは未知数。生贄になった巫女の全力程度としても無限ではない。小魔女も無限の力を持っているわけではなかろうが、我慢比べになってしまった。
クエネラは包囲する敵の動きと攻撃の傾向を見て考えていた。どうすれば無傷ではなく、どうすれば動きが小魔女をぶち殺す最低限の動きを保証する状態を保ったまま維持出来るか、である。常人が考えるような相討ちではない。戦意挫けぬ限り滅びぬ身体の崩れ方と治り方を計算に入れている。そしてもう一つ、精鋭と思しき援軍が作り出す状況の変化を待った。
待った。悪魔の言語で何やら挑発もされたが堪えた。そして野営地内にラプトルに鋼虫も現れるようになった頃合い、状況が変化した。
「はっはー!」
クエネラは思わず声が出た。援軍は匠神亡き後でも生きていた、陪神一つ目であった。姿は一二腕の大巨人ほどではないが巨人。見た目が変わったところといえば姿が老いて多少腰曲がりになり、皮膚に張りが無いぐらいか。
その単眼に力を込めて睨まれた者は呪われて石化し、石化しない魔法使い等には口から火を噴いて原型止めず融かす。巨体の剛腕はラプトル、鋼虫くらいは虫のように潰す。
脅威目標を切り替えた小魔女は一つ目へ向かい、衝撃波で滅多打ちにして転がして動きを止めては焼き、起き上がってはまた転がすを繰り返す。
機を見て杭に黄風を止めろと念じ、止まり、クエネラが小魔女に突っ込む。マナ術が途絶えた今、掛る一斉攻撃は避けられるものは避け、受けるものは甘んじて受けた。ラプトルの爪で甲冑から筋まで裂けて動きが崩れる。雑兵共の得物が刺さり引っかかり動きが鈍り、小魔女からクエネラへ魔法を伴う絶叫で頭がひっくり返りそうになるが、それは己の両中指で耳を潰して何とかした。
小魔女を守ろうと殺到する雑兵、無造作に腕をぶん回して金槌と杭で打ち倒して迫った。爪に武器が引っかかり、敵を何体か引き摺る。
盲の小魔女、怖ろしい狂戦士を前にして腰が抜けて失禁、泣いて、ごめんなさいと連呼して頭を抱えて縮こまり、金槌の一撃で粉砕。この闘争は命乞いを許す段階にはない。
小魔女の攻撃が終わって身動きが取れるようになった一つ目が残敵を圧倒的な力で駆逐。
早かった。一度形勢が傾けば無限のように戦い続ける狂戦の乙女がいれば尚更負けることはない。一つ目が負傷から膝を突いていても、である。
「助太刀感謝を。しかし何故?」
クエネラは潰した耳が元に戻っているか指を鳴らして確かめる。
「主はこうなると大筋予測されていた」
■■■
一つ目は、匠神の創造物のように力失せる如くに消え去ることはなかった。ドワーフ達が変じてしまったように老いたが本質的な何かが損なわれた姿ではない。詳しい説明はされずその辺りの謎については、創られたのではなく仕えていたと答えるのみ。口の上手くなさそうな巨人はそれ以上の無駄口は叩かなかった。
一つ目は小魔女に負わされた重傷にはわずかに奥歯を噛み締める程度で堪え、あの生ける杭に向かって手を出した。
「寄越せ、鍛え直す」
確かに使い勝手は悪かった。扱いの乱暴なクエネラとて素人ではない歴戦の猛者で、それでも刺せず打って先端が滑って上手く使えぬ武器未満。
「盾の土台にでも直せましょうか?」
「それはもうそういう魂だ」
多く語らぬが、杭という性質から逸脱する形状に直すと折角の巫女の力が失われるという解釈であろう。
一二腕の大巨人による匠神の工房の持ち去りで、この場からは主だった名とつく工具類は喪失しているので有り物で鍛冶をしなくてはならない。
一つ目はゲルギルの金槌を手に、火力は己の口から吐いて確保し、尋常の金床ならば用事が足りぬと己の膝を潰しながら鍛冶を始める。ハラルトは、手伝えと言われたところだけを手伝った。
クエネラは生存者を見て回る。動ける者は民兵としても力が足りぬ若く、変じた矮躯者ばかり。病人、重傷者達は全てとどめが刺されて生きてはいない。あの”新星”だけは重傷でもとどめは刺されぬが、身を丸めて見る度に痩せながら傷に耐えるだけ。こうした姿を見れば確かに、小さく弱いドラゴンなのであろう。
「小父御殿、どうされますか」
介錯の否応を問う。”新星”が目を薄く開く。
「一度ならいける」
「左様で」
クエネラが”新星”に背を預けて寝る。
近寄る足音に目を覚ます。
「出来やした」
「であるか」
鍛冶仕事を終え、両膝を金床に使って潰し、足曲がりと化した一つ目の元へ向かった。試しに尋常の金床を使ってみたようだが器に合わず、圧し曲がっていた。
「どうだ」
「では」
クエネラが受け取った杭は、刃のごく端の薄い部分が赤く半透明で、厚みが増すにつれて黒となる不思議な玉石色となっていた。金属の煌めきや滑らかはなく、やはり石の如き質感。手に持つ重さも石の重く湿った触感だった。石化した焦げ肉のような以前の塊とはまるで洗練さが違う。試しに圧し曲がった金床に杭を突き刺したところ容易に刃先が立ち、圧して抉り込める。金槌で叩けば如何なる装甲も貫ける手応えで貫通した。
ハラルトが一つ目に跪いた。
「技を伝授して頂けないでしょうか」
「寿命が足りん」
互いのであり、特に一つ目のでもあり、ややもすれば世界もだった。
「力は多少出来る」
「お願いしやす」
「己の両目を抉り、片目に抉った我が目を当てて移植するようにするのだ。相性が良く、覚悟が決まっていればこの力、いくばくか継げよう」
「やります」
単純なるハラルト、迷いはしない。そしてクエネラは覚悟の決まった者に対して何か言うことはない。
ハラルトは素手で己の健常な眼球を抉り出す。指を突き入れ、球を掴んで神経を引き千切る。
一つ目も己の巨大な眼球を掴んで抉り、同じく引き千切って手渡す。ハラルトは合う筈も無い形の眼窩にそれを押し当てる。そして一つ気付く。
「クエネラ様、俺の目の間抉って貰えねぇでしょうか」
目の無い顔でも平静を保つハラルト。彼に耐えられないのは苦痛ではなく無力である。
「分かった」
早速鍛え直した杭にて、掠めるように両目の間、鼻筋を深く抉り削って骨肉を飛ばす。ハラルトは耐えて、眼球の押し当てを再開。
真、狂気の沙汰である。狂信にその不合理な行いを、覚悟を持って決めたならば祝福というには凄惨な光景の後、尋常なら有り得ぬ奇跡が起こる。
ハラルトは単眼となった。巨人の眼球は小さく収まり、両目と鼻筋幅の六割程を占めた。歪んだ顔、その残る小さな目の無い箇所を覆うための、簡単な眼帯をクエネラが転がっていた革製品の切れ端と紐で作って手渡す。
「これでもつけておけ」
「へい」
■■■
もう少し指の数々を圧し折ってからが良かったが、機会は逃がせなかった。
いや、あちらが逃がさなかった。
負傷と眼球抉り、そしてやはり匠神の加護を失って老衰から寿命いくばくもなかった一つ目より今際に話を一行は聞けた。そして対策も可能な限り講じた心算である。
「はっは……」
狂皇女、戦乙女、その溢れる戦意から不死身に近い祝福を戦神から授かった。特別な神器を両手に持ち、一つ目から力を継承したハラルトが不格好ながら仕立てた尋常ではない兜に甲冑を着込み、生前死後を合わせて最も自身が強力である全盛期でもその威容を前に余裕は無く、笑いが漏れてしまった。不安を誤魔化すのは生来初。
エンシェントドラゴン”合奏”、己の僕達の侵入後からこの地に入る。
慎重な性格であろうか? またそもそも仲間と行動出来るような体質ではない。魔法に長けた一部しか側にいることには耐えられない。
体質とは長く枝垂れる板状鱗の特性である。無数のそれが揺れて擦れ奏でる音はおよそ聴の可否を問わず全音域に跨り極光の如きで、聞きたい音を選ぶ耳には何にでも聞こえ、昔の思い出すら浮かび、あの聞いたことのある声すら届き、未知の感動に恐怖も覚えさせて幻聴と化す。聴覚を使う生命はこれを聞いた時点で判断能力を失い、動きを止めて力を失う。
ただの音の時点でこの摩訶不思議。これに合奏の敵意が加われば衝撃波も超音波振動も自在に、手も触れずあらゆる伝導するところ全てを破壊する。それは空中に限らず水中も地中も伝わる、存在そのものが災害であった。
遥か遠方、相対する距離ではなく、直接攻撃を加えられたわけでもないのにクエネラには耳を通じて見えてしまっていた。
音色量は楽才が無くても音に色がついて見えてしまう。親兄弟に知り合いに仲間に死んでいった誰か、敵も味方も動物も虫も全て、あらゆる方向から聞き覚えがある声が響いて幻聴となり、それから音の色が像を作り幻覚に至ってはそれらの顔も手足も見えて動き始める。
心弱ければ自分が立っているかすら分からなくなって気を失うと分かった。無防備ではこの音の過負荷に耐えきれず心が死ぬと確信した。であるから、ハラルトに作らせた耳栓ならぬ耳杭を両耳に突き刺して聴覚を破壊し、埋め込んで再生を拒んだ。それでも頭の骨が震えて音が聞こえる。己の頭を割り、頭蓋骨の割れ目に専用の楔を打ち込んで兜を被り直す。
兜は聴覚を復帰させない道具を固定する仕様である。まるで拷問器具であった。そのようにも使える。
「大分いい」
それでもまだ響くものの動ける程に回復した。
実際に見えて来る”合奏”の姿は美しく、歩き方も訓練された淑女然、しなやかな猫に近かろうか。その枝垂れる板鱗は煌めき弧を描く長髪は造形美。女々たる芸術に興味無しと武人一本槍のつもりだったクエネラすら鑑賞を続けたい、近くで詳細に知りたい、あの翼を気紛れに開いてくれないか、壊すのは勿体無いと思わされてしまう。
かの”宝石”は名の通りに石の輝きに、光が加わり眩いとされた。この”合奏”は金属細工の煌めきに伴奏が加わり至高の芸術品である。害の要素が無ければ愛でるか、力弱ければ崇めるしかない。タイタンではなくても独占したくなる。匠神もあの模造を目指して技巧を凝らして像を造るも成し遂げていなかったという。
心も攻めるエンシェントドラゴン、恐るべし。
クエネラのような常軌を逸した防音対策は誰にも取れなかった。元々少ない仲間達の数には頼れない。たとえ鉄火軍が揃い、帝都を要塞にして、近衛隊を切り札に確保してもどうにもならなかっただろう。今ここに、戦神より戦乙女の姉妹達が加勢に送られてきたとしてもどれ程頼りになるか知れたものではない。あのドラゴン相手に数の暴力ではどうにもならない。
衝撃波が”合奏”を中心に発せられ、透明の波が地面を捲りあげながら進んで周囲の土地を均す。伏兵がいると仮定したか全てを巻き込む破壊を始める。捲られた地面、岩盤が散って穿って第二波でまた散ってを繰り返す。高原にてやまびこが飽和し、高い山からの雪崩に留まらず土砂崩れ。山谷激動、地形破壊から川の自然堤防が決壊して氾濫を始める。
地形は何波にも渡って整形された。稜線の陰にて黄風のマナ術により何とか身を守ってきた”新星”が疲れ切った姿を遂に露見させる。
矮躯のドラゴンは痰唾を吐き捨て、頭の潰れた小魔女の全裸死体を逆さ吊りに持ち、腐敗を始めた腹に噛み付いて内臓を引きずり出して挑発。似合わぬことをすればぎこちない。
”合奏”は矮小な下等雑種の分際でエンシェントドラゴンなどと称された”新星”が忌まわしかった。この大戦以前までは力の差ではなく立場の差で手も出せぬとなれば尚更。
タイタンによる分不相応、家畜扱いの不名誉に飽き足らず栄光の六体の横に奇妙な物を並べた侮辱は許せない。
そして今、眼前で義娘の遺体にまで手を掛けたのだ。その殺意が音の大凝集となり、ドラゴンの恥知らずを極限の振動で煙と細砂の如き粒にする。不死の力を持っている者だとしても耐えられそうにない一瞬の分解であった。
相手は巨体。並の攻撃では掠り傷にもならない。
祓魔の黄風の守りが無ければ魔法で粉砕されよう。しかしそれに頼れば動きを阻害し突撃を不可能にする。
魔法の標的にされた時、戦意挫けぬとも体を無限に極限に砕かれれば先は分からない。やはり守りは必要。
ならばと解決がされた。
事前に”新星”はクエネラを上空に飛んで運び、落し、杭による黄風のマナ術にて浮いて位置を確保、滞空した。
そして待ち伏せ。一つ目からの情報で分かった気位の高い”合奏”が憎む下賤の”新星”を囮とし、力を無駄に入れた殺し過ぎの魔法を誘発させて隙を突いた。防御が無い分は奇襲で補うのだ。
散々今まで虐殺した癖に、戦争をしている癖に嘆きの一鳴きをしているその頭、板鱗の分け目を狙って落ち、全体重を掛けて脳天杭打ち。杭持ちの左腕は落下と打撃の衝撃でねじ折れた。残る右手の金槌で杭を打ち込み始めれば嘆きから驚愕の鳴き声に変わった。
魔法使いは奇襲や狂気など、驚愕して冷静さを失うと弱い。魔法を使う神経が麻痺するのだ。エンシェントドラゴンによる特大の魔法も、雑兵による小さな魔法も原理は同じ。そして兼ねてよりドラゴン殺し考察の空想、妄言に近いとも言われて来た事実が明らかになる。
エンシェントドラゴンは強大過ぎるが故に実戦経験がほぼ皆無で隙が多い、である。幾ら蟻を踏み潰そうとも歴戦の勇士が出来上がらぬ理屈の流用だ。
古い彼等は神々のような強大な相手への対策しか持ち得ていないという推察だったが確証に至る。
杭が”合奏”の頭蓋を打ち抜き、先端が内部に到達。そこからマナ術が放たれ、脳を砕いて目鼻に耳から血塗れに噴出させた。
ドラゴンは強大だがしかし生命体である。異常の集合体であっても基本は変わらなかった。
崩れ落ちる板鱗の長髪からクエネラは滑り、地面に叩きつけられる。挫けぬ戦意が身体を再生し始める様子が分からなければ無残な死骸であった。
杭はマナ術での滞空を、クエネラは高所から狙った場所へ落ちる技を、崖を使っては何度も身を砕いて習得していた。
ドラゴン殺し、成る。
■■■
世界樹の幹の折れ目、株の洞を埋めて天に伸びるタイタンの人柱。その色は褪せて一様ではない。質感は滑らかで金属というより硬い生もの。極限に緊張させた筋肉であろうか。
手に触れるところまでやってきたシャハズは複合精霊術から、一二種の極限環境も作って試すも手応え無し。タイタンの精霊を拒む呪術が効いている。
次に振るうはエーテル刃。斬り込めるが手応えが悪く、刃を抜けば傷が閉じる。更に同じ個所を二度斬り付けるともう少し深く傷がつくので再生しても瞬時ではないと確信。そして上下斜めから切り込んで三角に抉ると欠損。しかし剥がれた物体は直ぐに萎れて灰になり、切り口を観察していると徐々に上へ移動しながら再生。素早いという程でもないがじれったい遅さでもない。
人柱は伸びている。成長していると分かった。
柱は太さから破壊困難と推測。この内側にもっと頑丈な骨に相当する部位がある場合も想定される。エンシェントドラゴンとその後継の力をどうにかして一点集中すれば破壊出来そうだが、それは残るタイタンを殺し尽くしてからでなければ難しそうに思えた。
呪術の力は有限。しかし強大であることには未だ変わらない。もっとタイタンを殺して形勢を決定的に傾けなければ何もかも思い通りにはいかないだろう。
『シロくんどうにかなんない?』
色白の”抹殺者”は素手で柱に触れ、己の胸に手を当てて”秩序の尖兵”の結晶が反応しないか様子を見ても反応が無い。いつもの無表情ながら期待に応えられなかったせいで気落ちしているようにも見えた。シャハズが、よしよしと頭を撫でる。
柱の根本、一番下は世界樹の株の洞に覆われて不明である。過去の記憶を辿れば地下には陽の光を浴びない森林が広がっていたはずだ。また株の周囲にはハイエルフの成れ果てのドリアードにフェアリーの集団がいる。これらは敵か味方か分からない。
今ある戦力で本格的に解決してしまうか、増援を呼んで総攻撃に及ぶか、どちらと判断するにも偵察へ出る必要がある。
まず行く。ただちょっと待つ。
そして道々、大量投棄された建材を食らいながらやって来たのは、姿を変じた金のドラゴン。
彼の姿はまるで”百足”である。二肩二翼二脚一尾よりは地を行く力は遥かに強いと見える。増えすぎた体重で飛行能力を損ねたようだが、それ以上に得ている。
『多腕の巨体は突然死しました。この柱の出現と同時、タイタンを殺しましたか?』
『自分を生贄にこれを立てた』
『生贄の柱……良くないもののようですね』
『うん。それ成長期?』
『食べて生やせる甲冑のようなものです。不要なら剥せます』
『地下に行く。乗っけて』
『ええ。世界樹の地下……』
地下には旧神”生命の苗床”があると言われる。それは敵か味方か、そもそも何か他者を区別するようなものなのかも不明だが、この柱と無関係とは思えなかった。
■■■
・ドラゴン殺し
古来、弁えを知らぬ野生のドラゴンは街一つ滅ぼす脅威であった。並の戦士、術の使い手では歯が立たず、殺戮破壊は基本一方的。
そのような脅威を殺した者は漏れなく英雄であり、ドラゴン殺しを号することが許される。自称せずとも救われた住人が石像など建てて長く感謝することも珍しくない。
統治が行き渡っていた時代は軍がドラゴンを討伐し、または交渉にて境界線を決め合い、帝国優位の時代であった。また当時”新星”程にドラゴンを狩った者はいなかった。
今日までエンシェントドラゴンやその系譜を狩った者はいない。いかなる英雄でも大国へ単身挑む者がいないように。
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