エピローグ
♂
海に向かってまっすぐと月明かりが差している。海沿いのコンクリートの堤の端に腰掛け、ビール片手にその風景を眺める彰は昔見たムンクの絵にあった丸いものから差す光の棒みたいだと思った。
「ショウ君」
名を呼ばれて振り向けば、萌が缶チューハイを片手に頬を紅潮させていた。
「なんだよ、メグ」
名を呼べば、萌はニィッと目を細め、肩に寄りかかってくる。やや鬱陶しく暑苦しかったものの、さほど悪い気はしていない。
「呼んでみただけ」
「なんだそりゃ」
やはり鬱陶しい。そんな思いを強めつつも、眠たそうに欠伸をする女の横顔を眺める。今度はドガの洗濯女みたいだった。もっとも、あれよりは若いうえに子顔で可愛らしいが。
「いい、夜だね」
目を細めたまま、なんてない調子で口にする自らの彼女の言葉に頷く。
「そうだな」
肯定しながら、舌先にはビールの苦さ。夜、海、高所、そして、色々と思い出すことがあった。
「ありゃりゃ、なんか難しそうな顔してるね。ショウ君、なんかあった」
萌が不思議そうな目で彰の方を見てくる。彰は、いやなんでもない、と首を横に振りつつも、一番思い出を引きずり出してきているのは、他でもないこの女の名だという気持ちがあった。
「ショウ君がいいんだったら、私に話してみない」
相も変わらず遠慮せず尋ねてくる彼女に、彰は首を横に振ってみせる。
「いや、本当になんでもない」
本当にそれでいいのか。彰は自らに問いかける。程なくして、萌は海の方に目を逸らした。
「そっか」
でも、なんかあったらいつでも言ってくれていいからね。そう訴えかけてくる横顔は、どことなく諦めているように見える。
「ああ、その時はよろしく頼む」
彰はそう答えながらあらためて薄く笑う萌を眺め、素直に彼女が言うところの難しそうな顔をしている理由を認めるべきだったんじゃないか、と自問したが、すぐに話せるわけがないと否定した。直後にこんな気持ちになるのは、萌のせいだと甲斐のない責任転嫁をはじめる。
萌と書いてメグミ。何年も前に付き合っていた彼女のモエと同じ漢字の名。こころなしか、表面的な振る舞いは似ている気がした。しかし、紛れもなく二人は別人である。それは顔の形や体付きといった部分に留まらない。
モエは空気も読まず、自分の言いたいことを間違いだと疑わず押し付けてきて、見当違いのことばかり言っていたし、もっと鬱陶しかった。今思い出しても、ろくな彼女ではなかったな、と彰は振り返る。とはいえ、やや惰性気味に了承したとはいえ、彼氏彼女だったからには、彰としてもその関係性が嫌だったわけではない。日々、ムカつきを押し殺していたが、それはそれで気疲れはあっても、退屈はしない毎日だった。
翻って今はどうか。たしかにメグミもまたうるさくはあるし、あまり喋るのが得意ではない彰にとってはもう少し静かにして欲しいという気持ちもある。とはいえ、メグミの方も彰が嫌がる範囲は心得ているらしくて、本気で嫌がる部分には触れてこないように気を遣っているのはわかったし、話したがっていないことに対しても踏み込みすぎず一歩下がれるだけの理性はある。それ自体は付き合いやすく、彼氏彼女になる際の告白もどちらともなくした、という程度には彰も今の関係性を望んでいた。しかし、付き合いを深めていくにつれて、そこはかとない遠慮に物足りなさを覚えるようになってもいる。その際に頭の中に浮かぶのはやはりかつてのモエの姿。
ぐいっとビールを喉に落とす。やや温くなりまずくなってきたと思いつつ、なんとはなしに海岸線に視線を巡らしていると、点燈し自己主張する灯台を見つけて、意識が固まった。
「あの灯台、歩いて行ってみるとけっこう遠いんだよね」
何を思っているのかいないのか。萌が楽しげにそう言ってみせる。彰は、そうなのか、と知らないふりをしつつ、ここに来たことがあるのか、と尋ねると、萌に頷かれた。
「そうだよ。っていうか、私たちの地域で遊びに行くってなったらまずここら辺の海になるしね」
「それもそう、だな」
同意しつつも、彰の内心は複雑な様相を呈していた。
「ショウ君、ほんとに大丈夫」
どうやら胸の内が表情に出ていたらしい。そう察した彰は、大丈夫だ、けどありがとな、と礼を述べた。萌は、そっか、と少しだけ寂しそうな顔をしてから、チューハイを口をつけてから、缶を引っくりかえし、ありゃりゃもう空だ、と残念そうな声を漏らす。そこから一端、顔を逸らしてから、何年か前、この海にやってきた時に思いを馳せた。
当時の彼女であるところのモエとだらだらと過ごし、最後に灯台に寄った。その際、モエは体重の掛け違いで低めの手摺りから体を滑らし、崖下へと落下して行った。ショウも手こそ伸ばしたものの届きはせず、彼女の体はあっという間に黒々とした海へと飲み込まれていった。
後日に行われた捜索の甲斐もなく、今を持ってしてもモエの体は見つからないままである。
その後、彰はモエを助けられなかったということで、モエの両親や友人たちに責められ、さほど多くなかった友人たちも周りから離れて行った。それはそれで堪えたものの、彰自身にもモエを殺してしまったという自覚が先立っていたため当然の仕打ちとして受けいれていた。
モエを殺してしまった。この認識には少なからずの自責の念が絡んでいたものの、もっと実際的な意味を含んでいる。それは、あの時の彰がわざと手を伸ばさなかったのではないのかと、それ以降の彰自身が疑っているゆえだった。
あの時の彰は、モエとともに見る夜景に悪くなさを感じていた。その際、頭の片隅にはある観念が浮かんだ。
モエとともに感じられる幸福というのはこのくらいまでなのではないのか、と。
その直後に起こった彼女の落下の時は、目の前の光景で頭がいっぱいになって、もはや体の動きも反射だったと思われる。しかし、そこに彰は疑いを挟む。今が絶頂期なのであれば、いっそ下り坂に入る前に自分から途切れさせてしまえばいいと思ってしまったのではないのか、と。その結果、手を伸ばすのが遅れ、モエを海の中に沈ませてしまったのかもしれないという可能性。
冷静に考えれば、物質的な証拠はもちろんのこと、そんなことを思ったという記憶すらなく、こんな疑い自体が馬鹿らしくもある。しかし、今を持ってしても彰はかつての自分自身を疑わずにはいられない。なにせ、一時の妄想であるはずのかつての彰の心理とおぼしきものがとてつもなくしっくり来てしまうのだから。
そんな考えればきりがない思考を打ち切ったあと、あらためて萌の方を見やる。顔を赤くして、缶の飲み口をぼんやりと眺める今の彼女の顔は落ち着きがあって彰の好みであった。だがやはり、その落ち着きがメグミがモエではないというのを強調して、彰の心の隙間をあらわにする。その一方でこの落ち着いているメグミと、事故の日に夜景を見ていたこころなしか静かなモエとの重なりを感じなくもない。
今こそ終わらせどきなのではないのか。頭の中に忍びこんでくる妄想は、かつてモエを失った時の後悔を思えばおろかそのものとしかいえないはずだった。それでいて、彰の中には、あのモエと夜景を見ていた瞬間が人生の絶頂であったのではないのか、という気が少なからずあり、もう一度あの瞬間を、という想念が湧いてこなくもない。大事なのはいつ終わるかではなくて、終わらせ方ではないのか。だとすれば、今日おしまいにするのも悪くない気がした。
ここで終わりにするとなれば、どのようにするべきか。別れを切りだす? 唐突過ぎる。だとすれば、ここから落とすというのはどうだろう? いやメグミを終わらせるには高さが足りないし、砂がクッションになってしまうに違いない。仮に打ち所が悪かったとしても死体が残ってしまう。だとすれば、大変不本意であるし、胃がきりきり痛むが、再び灯台の近くまで連れて行く。あの瞬間の再現であるという意味が強まるし、いまだにモエの体が見つかっていない辺り、人を飲み込んで離さない海流なのかもしれない。殺人を疑われる? それはそれで、
「ねぇ」
萌の声を耳にして、彰は体をびくりとさせる。何を考えているんだ、俺は。信じられない心地になりながらも、先程、直前までまとまりかけていた妄想の甘美さは消えることはなかった。一方の萌は、不思議そうな目で彰を見ていたが、自らの手に持った空の缶を指差す。
「お酒、買いに行かない」
その提案に彰はほっとしつつ、首を縦に振った。萌はニコリと微笑んでから思い切り伸びをする。
「そろそろ、ホテルに帰ってもいいかもね。なんかじわりと汗も出てきたし」
「それもいいかもな」
元々、夜風を浴びに来ただけだしな。彰はそう思いつつ、萌の言葉を控え目に肯定すると、堤の上から道路側に下りてから、立ち上がる。それに続くようにして、下りようとする萌の背中を見て、今からでも砂浜側に押してみたい、という誘惑にかられかけたが、馬鹿馬鹿しいと振りきった。程なくして、サンダルをクッションにし、両手を上げて着地した萌が誇らしげな顔をして、十点満点中何点かな、なんて尋ねてきたので苦笑いする。
「五点くらいじゃないか」
「ひどいなぁ」
苦笑いを浮かべあう。これはこれで悪くない、と彰は思いつつも、頭の中では先程、女の背中に手を触れるあり得なかったあり得なかった未来が浮かんでいる。そしてその瞬間を海の中から顔を出す人魚になったモエが笑って見ているのだ。
♀
腋や背中、膝裏、足の裏などにじっとりと滲む汗を気持ち悪く感じつつ、メグミは夜の浜辺沿いの道を、近場のコンビニへと向かってゆっくり歩いていた。道路側には、今の彼氏のショウが並ぶようにしてついてきている。
気が利く人だな。自らの彼氏であるはずなのに、そんなことを他人事のように思う。とりわけ、今歩いている道路はガードレールがなく、歩道と車道の境目がわかりにくいため、メグミとしてもやってきたときから怖がっていたので尚更だった。
「今日もよく遊んだねぇ」
「そうだなぁ。もうくたくただし、年なのかもな」
「何言ってんの。私らなんてまだまだ若者でしょ」
会話一つとっても、打てば響くというほどではなくとも、普通の会話にはなるのでストレスがあまりない。
「とは言っても、もうすぐ社会人だしな。そろそろ、若者とは呼べなくなりそうだし」
「いやいや、まだまだ若者だよ。少なくとも私の心はずっと」
メグミは無駄に胸を張る。なんだそりゃ、と呆れるように苦笑するショウ。その顔に普通の感情の流れが見受けられることに、メグミはおおむね安心する。とはいえ、安心の傍らには、不安が存在しなくもない。
息を吸うように言葉を口にするメグミに、合わせてくれているショウという彼氏。その端っこに、メグミは崩壊の予兆のようなものを感じとっている。
元より、ショウはそれほど口数が多い男ではなく、メグミと話す時も幾分か無理しているようなところが見受けられた。そして、その無理の間際に時折、どことなく苦しげな目でメグミの方を見つめてくる。その苦しさがなにに由来しているのかまではわからなかったが、おそらく、メグミ越しに何かを見出そうとしているのだけは察せられた。それ自体にはメグミは悪い気がしていない。どころか、自分と似たようなことをする人間がいるのだな、という点に更に好感を募らせもした。問題は、その見出そうとしているものがショウ自身の都合に由来するのか、メグミの都合に由来するかという点である。前者であれば特に問題はなかったが、もしも後者であるのならば無駄な気苦労をさせてしまっているかもしれないという危惧があった。
ふと、ショウの隣を銀色の車体が通り過ぎていくのが目に入る。遅い時刻のせいか、道路を通り過ぎていく車は少なかったというのもあるが、かつて見た類似のものに強い思い入れがあったのもありついつい目に留めてしまった。
「どうしたんだ」
怪訝そうに尋ねられ、なんでもない、と首を横に振ったメグミに、ショウは、そうか、と応じてから、お前の方もなんかあったら俺に言ってくれていいからな、柔らかい声で言い添えてくれる。メグミは、優しいな、と感じ一つ頷いたものの、自らの事情を話そういうほど、心を開けるとは思えなかった。
ショウ君は、私が人殺しだと知ったらどう思うだろうか。
そう首を捻るメグミの心は凪いでいる。正確に言えば、法で殺人犯と認定はされていないので、この認識自体はメグミがそう思っている、という一点に依存していた。とはいえ、その認識はメグミが殺人犯であると紛れもなくあらわしていると言えた。
数年前の海からの帰り、車の中。メグミは当時の彼氏であったアキラの頬に手を伸ばした。直後にアキラがハンドルを切り損ね、二人を乗せた車はガードレールへと飛び込み、高所から落下した。車両の前側に座っていたにもかかわらず、メグミはたいした傷を負わず、アキラだけがそのまま虚無へと消え去ることになった。
事故直後、頭が真っ白になったメグミは、アキラの遺族から複雑な視線を浴びせられ、反対に友人たちには慰められた。周囲ではあることないこと噂がたった。そんな環境に置かれている間に、メグミは自らが殺人犯であるという認識を醸成させていった。
繰り返しになるが、端的な事実としては、メグミが頬に触れた直後にアキラがハンドルを切り損ねガードレールに飛びこみ、片方は助かり、片方は帰らぬ人になった、ということだった。一見すれば、頬に触れたゆえにハンドルを切り損ねたと考えるのが自然ではあるが、その間に必ずしも因果関係があるとは証明できない。とりわけ、唯一証言できる頬を触れられた男がもうこの世にいない以上、永遠の謎と化してしまったきらいはある。ただ、メグミは十中八九自分のせいだと確信していたため、頬に触れた、という点を周りには伏せアキラ君は疲れていたのかもしれない、というありきたりな証言をするにとどめ、責任逃れもした。このように、彼氏の頬に触れたという行動そのものが事故に繋がったとうことに対しては、メグミ自身もあまり疑いを挟んでいない。疑っているのはその際の自らの心についてだった。
あの時、私はアキラ君に対しての殺意があったのかもしれない。メグミの頭の片隅にあるそのような可能性を否定できないままでいた。なにせ、付き合いはじめてから事故に合うまでの間、二人の交際は決して上手くいっていたとは言いがたい。そして、メグミはずっとその状況に甘んじていたくなくて、なんとかこの付き合いをより良いものにしようとしたが、アキラ側はただただ素気無い態度をとり続けた。そこに焦りや苛立ちが募っていなかったかといえば嘘になる。何で思い通りにならないの。そう思ったことはおそらく一度や二度ではない。かといって、アキラの横顔に惹かれていたメグミの中には、別れるという発想は当時は一欠片も起こらず、進むことも退くこともできず、二進も三進もいかない状況に陥っていた。だからこそ、あの場で、アキラごとまとめてメグミの世界自体を閉じたい、という発想にいたるというのは、さほどおかしくはない。瞬間的にアキラの横顔を独り占めできているあの状況であるのならば尚のことである。真偽はどうであれ、突発的な心中だと仮定した場合、試みは半分しかならず、結果としてメグミだけが取り残され、心はただ虚ろで満たされた。
ショウの脇を赤いスポーツカーが通り過ぎたのを目にしてメグミは我に帰る。流れてくる浜風は冷たく思わず体がぶるっと震えた。
「大丈夫か」
そんな挙動に目ざとく気が付いたのか、ショウは心配そうな眼差しでメグミを見てくる。メグミは、ちょっと冷えたかも、と頷くと、やっぱりお酒であったまらないと、と微笑んでみせた。
「酒って最終的に体が冷えるんじゃなかったか」
「細かいことはいいんだよ。とりあえず、温まった感じがすれば、私は満足だから」
「お前なぁ」
ショウは呆れたように言いながらも、手を伸ばしてくる。メグミは何度か瞬きをしたあと、なんとなくその掌をとった。途端に早足になったショウに引きずられるようにして道路を歩く羽目になる。
「さっさと酒買って、ホテルに戻るぞ」
言われてから、メグミはようやく掌の意味を悟り、ショウ君は優しいなぁ、などとやや生温かく実感した。
一方でその優しさに、アキラの不在をより強く感じざるを得ない。内心で何を思っていたかまでは定かではなかったものの、良くも悪くもアキラは気遣いという言葉とはあまり縁がない男だった。かたや、ショウはといえばさほど積極的ではなくとも、最低限メグミのことを案じているのは伝わってくる。メグミとしてもショウの方が付き合いやすかったし、いい彼氏だという実感を日々深めてはいたが、アキラとの違いがあらわになるたびに心の一部が冷めていくのを感じていた。
アキラ君はアキラ君、ショウ君はショウ君でしょ。メグミ自身も頭では理解しているつもりだったが、どこかで割りきれないところがあった。ともすれば、二人とも、彰という一文字の名前である時点で、付き合いはじめの時からメグミは期待していたのかもしれない。あの日々を取り戻せるのではないのかと。かつての付き合いが悪いものではなかったという気付きは少なくない現状に対する不満にも繋がった。
ちらりと見やる。ショウの横顔は雄々しさはあっても、アキラにあったようなはっとさせる美しさはない。最初からわかって付き合いはじめたはずなのに、時折、顔の与える印象の違いを、これじゃない、とメグミは思った。ショウを通してアキラを見ようとしている。その点に関しては、メグミの中では既に付き合いはじめた時点ではっきりとしていたものの、蓋を開けてみれば思ったほどの効果はあがらなかった。人がいい彼氏が隣にいる。ただそれだけだった。それはそれで良いものであるのかもしれないが、本質的にメグミが望んでいるものではない。
これからどうするべきか。そのことを思い、コンビにまでの道をぼんやりと歩く。その間もショウの目線が何度か投げかけられるのをわずらわしく思った。
ショウの横を銀色の車が通り過ぎる。
ホテルに帰るまでの間に、もう一度銀色の車がやってきたら、ショウ君を突き飛ばしながら一緒に道路に飛び込んでみようか。ふと、そんなことを思いつく。思いつきの時点で馬鹿らしいというのは理解していたものの、どうにも捨てきれない。
再び似たような死地に今の彼氏とともに立つことができれば心が満たされるのではないのか。そんな妄想。十中八九、思い通りにならず後悔することになるだろう、という自覚はあったものの、試してみよう、という誘惑から逃れられそうにない。
背筋がぞわりとする。これはおそれゆえか興奮ゆえか。メグミにはわからない。
「ねぇねぇ、帰ったらどうしようか。卓球でもする」
「いやいや、疲れてるし、部屋で飲みながらだらだらしないか」
「それじゃあつまらないよ。せっかくお泊りなんだし、夜はまだ始まったばかりでしょ。あっ、一階のゲーセンに古いゲームとかもあったからそれやってみたいかも」
「まあ、それくらいだったら。ただ、今日疲れたし、酒を飲んだらさっさと寝たいな」
「もう、つまらないなぁ」
頬を膨らましながら、いつも通り口を動かす。楽しい、とメグミは感じたが、それでいてどこか虚しくもあった。その間も、何台かの車が通り過ぎて行こうとする。視線をショウの真横から見て十メートルほど先にずらしつつ、薄明かりの下で曝される車体の色を確認していき、一台一台ごとに失望し、安堵した。
「充分に飲んで寝て、明日遊べばいいだろ」
「私は今日も明日もいっぱい遊びたいの。せっかくの旅行なんだし倒れるまで」
「お前なぁ」
付き合ってられない、というような呆れが声に滲んでいる気がした。こういうところは合わない、と思いつつも、その合わなさこそに嬉しさを感じなくもない。直後に十メートルほど先を行く車の車体が、近くの道路にたっている電灯に照らされ銀色に光るのを目にした。
「とにかく全力で楽しもうよ、ショウ君」
「まあ、いいけどさ」
渋々といった感じながらも、メグミを肯定する答え。それに満足しつつ、ありがとう、と口にしてから、メグミはショウの体に思い切り抱きつきともに道路へと飛び出して行った。甲高いブレーキ音が辺りに響きわたる。
*
誰もいない夜の灯台の辺りには月明かりが差し、その崖下ではただ波が寄せては返していた。その水にあわせるようにして、巨岩には頭に海藻のかかった形のいいしゃれこうべが寄りそうに何度もぶつかっている。
海水浴場叙景 ムラサキハルカ @harukamurasaki
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