六

 昼食を終えてから腹ごなしがてらに散歩をしようと私が言うと、アキラ君は、それでいいよ、と何の抵抗もなく受け入れた。別に別の案を出して欲しかったわけではなかったけど、会話のキャッチボールの少なさに物足りなさを覚えなくもない。

 そんなわけで私たちは砂浜を歩いている。目標は遠くに見える灯台だった。とはいえ、今日は快晴。容赦なく降り注ぐ日差しのせいで、鉄板の上に置かれた肉の気持ちがわかりかけている。おまけに午後になっても人口密度は減っていないのだから、暑いこと暑いこと。通り道の途中でバーベキューを楽しんでいる家族なんかがいれば尚更だった。

「あっついね。このまま焼かれると死んじゃいそう」

 あまり本気でない台詞を口にしたあと、買って間もないペットボトルのコーラに口をつけ、ぷはぁっと息を吐きだす。まだ飲んだことはないけど、お酒を飲むのってこういう感じなのかもしれない。

「そうだな」

 相も変わらず気のない声音応じる彼氏。元々、あまり口数が多い方ではないけど、今日のアキラ君はそれに輪をかけて喋らない。暑いせいかな。そう思おうとする。

「アキラ君、コーラいる」

 ペットボトルを差し出しながら尋ねると、今はいい、という返答。素っ気ないな、と思い、蓋をあけてもう一口。生き返るような感覚を味わいつつも、またすぐに喉の渇きがやってくるんだろうなという諦めもある。

「もうこのままだとミイラになっちゃいそうだよね」

 思ったことをそのまま口にしても、そうだな、という調子の低い返答。アキラ君はしばらくこんな感じなんだろうな、と察しているものの、黙っていよう、という考えにはならない。海に帆を張ったヨット、くるりと空を飛び回っている鳶、スイカ割りをしている家族連れ。そういった目に留まったものを指差しては注意を引こうとした。けれど、アキラ君の態度は一貫して素っ気ないままで、期待していた反応は得られない。それでも、まあ、そんなものかと愛想笑いを浮かべた。

 私一人がはしゃいでいるだけという状況に、少々寂しさを感じないでもない。けれど、多かれ少なかれ、私とアキラ君の間でのやりとりはだいたいこんなことの繰り返しだったし、今更、温度差に驚いたり、大きく落胆したりもすることもなかった。

 まあ、こんなもんでしょ。そう自分に言い聞かせる。


 砂浜を歩きながら、ひたすらアキラ君に話しかけ続けること数十分。いよいよ私たちは目指していた灯台の足元にたどり着いた。

 思いのほかぶっとい円柱状の建物を見上げつつも、歩いていた距離によって積み重なった苦労もあるせいか、私の中では、着実にある種の感動が積み重なってきている。周りには同じように歩いてきたとおぼしき幾人かの観光客が、灯台横の低めの柵に寄りかかったりしながら、一様に感動を声や灯台を見る目であらわしていた。

「見て見てアキラ君、この灯台おっきいよ」

 当たり前の事柄しか口にできずもどかしかったものの、私としては今胸の中にある感情の熱量が伝わることをつゆほども疑いはしなかった。

「ああ、灯台だしな」

 けれど、私の期待は一瞬にして裏切られる。灯台を前にしても、アキラ君の心には小波ほどの感情の揺れ動きも起こっていない。少なくとも私にはそう見えた。

 言うことはそれだけ。とっさに、不満が表に出そうになる。けれど、無感動な目で灯台のてっぺんを眺めようとするアキラ君の横顔見てその気持ちが徐々に失われていった。

 私の彼氏の横顔には感動がない代わりに、揺らぎのなさゆえに剥きだしになった顔かたちの良さが浮き彫りになる。細くはあるものの理知的そうな目、筋の通った鼻、細く上品そうな唇。見ているだけでうっとりとしてきそうだった。初めて会ってから、多少付き合いを深めた今日にいたるまで、その顔付きにはほとんど曇りが見られない。顔だけであれば、何時間だって見ていられる、と思ってもいる。

 アキラ君のことをどう思っているのか。灯台を無表情で見上げる私の彼氏をぼんやりと眺めながら、そんなことを考える。手垢の付いた言葉ではあるげど、愛している、というのもやぶさかではない。しかし、その愛はアキラ君そのものに対してなのか、あるいは顔自体の美しさに向けられているものなのか。

 どちらでもいい。出そうになった答えから目を背けて、私はペットボトルを開けようとする。思いのほか軽い感触に戸惑い手元を見れば、いつの間にか空になっていた。ありゃりゃ。

「アキラ君、私、飲み物買ってこようと思うけど、なんか希望とかある」

 振り向いたアキラ君は、少しだけ考えてから口を開いた。

「じゃあ、アクエリアスかポカリがあれば」

「うん、わかった」

 私は頷いてから目星を付けていた近場の自販機まで小走りする。程なくして、たどり着いてから振り向くと、さっきとさほど変わりのない姿勢をしたアキラ君が相も変わらず灯台を見上げていた。そのシルエットを眺めた私は、綺麗だなぁ、とうっとりする。

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