四

 周囲のざわめきとじりじりとした暑さに夏を感じつつも、私は淡々と目の前の山に砂を被せていく。それなりに時間をかけたせいか、積みあげた山は既に座った私の胸辺りまで達していた。もう、これ以上の高さはいらないだろうと、手を止めてから、目の前にある砂の盛り上がりをさてどうしたものかと悩む。作りたいものもなくはなかったものの、何分、頭の中にしかないせいで、どうやればいいかわからない。

 集中力が切れたのを機に、ちらりと少し離れたところにある砂浜に視線をやった。紅白のパラソルの下に、私とアキラ君の荷物が置いてある。置き引きにあっていないらしいとわかってほっとした。

「どうしたメグミ。手が止まってるけど」

 声の方を見れば、アキラ君の手元には螺旋のように渦を巻く塔と、それを円状に囲う壁が既に出来上がっている。いずれも砂で作られたそれらは、私の目からすればもう充分完成品みたいに見えたけど、当の製作者は満足していないみたいで、囲いの外にまたなにか砂の建物を増築しようとしているみたいだった。

「いや、こっから先をどうしようかなって」

 素直に迷いを吐きだすと、アキラ君は、ここからだったら何でもできるだろうと、言いながら私へと体を寄せてくる。いきなりの接近に比較的見慣れているはずなのにどぎまぎした。

「山は子供の時とか家族で海水浴行った時に作ったことあったけど、それ以外のかたちのあるものを作ったことはなかったから」

 言い訳とわずかな見得。頭の中には、幼い頃に三本の塔が立った城を作ろうとして、上手くいかなかった思い出。考えてみれば、昔から、器用じゃなかったな、私。

「意外に簡単だって。誰でもやればできる」

 対する彼は、私の不器用さを考慮していないのか、そもそもあまり話を聞いていないのか、山を境にしてこちらを見た。そして山に視線を送ってから、やってみていいかと伺いを立ててくる。

「いいよ。なにしていいのかもよくわからないし」

 その返事をどう思ったのかかはわからなかったものの、アキラ君は砂山に手をかけた。

「何を作りたいんだ」

 彼氏の問いかけに、なんだろう、と首を捻る。

「じゃあ、お城。シンデレラが住んでるみたいなやつ」

 最初に頭に浮かんだ幼い頃の思い出を口にした。そうしてすぐに照れくさくなる。

「シンデレラね」

 アキラ君の目からは感情が窺えない。子供っぽいと思われているのか、もしくは似合ってないと見られているのか。どっちにしても、気にいらない。

「嫌ならアキラ君の好きなものを作ってくれればいいよ」

 自然と声は刺々しいものになった。彼氏は目を丸くしたあと、軽く頭を下げてくる。

「嫌だと言ったつもりはなかったんだが、そう聞こえたのなら悪かった」

 明らかに気のない声に益々苛立ちが募っていったけど、アキラ君の方はもうそれで私の機嫌をとったつもりになったのか、山の前で腕を組んで目蓋を閉じる。

 ほら、アキラ君だっていきなり砂のお城とか作れないでしょ。けっこう大変なんだよこれ。そんな言葉を口にしようとしていたところで、彼氏の手が動きはじめる。

「ええっと。こう、で、こう、で、ここがこうなって、こんな感じか」

 アキラ君の手付きはどことなく迷い気味だったけど、それでも着実に、土台らしきものができ、細長い円柱型の建物がまず一つ形作られた。

「塔は三つでお願い」

「はいはい」

 アキラ君は、仕方ないなぁ、というような声で応じたあとは、特に滞りなく手を動かしていって、程なくしてそれらしい砂の城ができあがる。

「ほら、完成」

 こういう風に作るのか。私は頭の中で目で追った手順を繰り返してみたものの、アキラ君の手付きはとても滑らかで早くて、どうにも真似できそうにない。

「ありがとうね、アキラ君」

 とはいえ、まずは城ができて嬉しかったので、お礼を口にする。

「これくらいどうってことない」

 対してアキラ君の声には熱は籠もっていなくて、しごくどうでも良さそうだった。その片手間加減に、私はちょっと悲しくなったりしたけど、曖昧に笑って、うんでもありがとう、と言葉を重ねる。

「はいはい、どういたしまして」

 ぞんざいに応じたあと、アキラ君は再び自分の手元にある砂による建築をはじめた。いったい、いつまで作るつもりなのか。そんな疑問を持ちつつも、私は城の傍らに再び山を盛る。

 顔を上げれば、アキラ君が砂で作った建物が思いのほかよくできているせいか、通りがかる人たちがちら見したり、立ち止まったりしていた。手を動かしている当の本人はと言えば、にこりともせずに砂による建築を淡々と進めている。私も特に面白くもないなと思いつつ手元に目線を戻すと、透明なダンゴムシみたいな生き物が砂の上を這っていって思わず、声を上げ飛びあがった。向かいには彼氏の冷やかな目があり、なんともいたたまれない気持ちになる。

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