二

 着替え終わってからあらためて見た海はキラキラしていた。私は合流したばかりの彼氏の仏頂面を見上げてから、その高い位置にある肩を軽く叩く。

「すごいよ。キラキラしてる」

「そうだな」

 淡白な反応に思わず頬が膨らませた。

「感動が薄いよ、アキラ君」

「メグミが大袈裟なんだろ」

 そう言って頭を搔くアキラ君の二の腕の膨らみに、少しだけドキリとする。別に初めて見るとかではないのに、強い日差しの下で見るほんのり焼けた肌は、私の心を盛りあげた。それはそうとして、アキラ君ってば相変わらずテンションの低いな。

「今、騒がないでいつ騒ぐの」

 現に砂浜の上や海の中にいる若い男女の多くは、色々なことを忘れたみたいにはしゃぎまわっている。私だって、せっかく海に来たんだから、アキラ君と一緒に騒ぎたかった。

「騒いでも騒がなくても海は逃げないだろう。それに最初から飛ばしてると後がもたないぞ」

「それはそうかもしれないけど」

 正論ではある。とはいえ、窓際でぼんやりとしている時のテンションとさほど差がないアキラ君も私としてはどうかと思うけど。

「とにかく、まず準備運動だ。海の中で足を釣ったりしたら目も当てられない」

 私の気持ちを知ってか知らずか、アキラ君は淡々とやるべきことをこなそうとしているのか、屈伸をしはじめる。私も、そうだね、と気持ちをやや盛り下げつつも同じように膝を曲げ、伸ばした。そうしながら前方にいるひたすら砂の山を作る親子や、潮干狩りらしきことをしているおばあさん、海の中で泳いでいる人たちなんかを見る。

 みんな楽しそうだな。準備体操を伸脚に切り替えてから、他人事みたいに思う。変なの。これから私たちも楽しくなるはずなのに。なぜだか、周りにいる人たちが羨ましくなりはじめていた。

 揺れる視界の中で差した日の光が、瞬きの最中の目蓋に入りこんでちかちかする。頬から汗が垂れ、早くも体中が火照りだしていた。早く海に入って冷やさなきゃ。そう思うけど、アキレス腱伸ばしに移行した準備体操はまだまだ終わらない。どうやら、アキラ君は割としっかりと準備体操をする派らしかった。これまでのデートで、体を動かす類のものがなかったから知らなかった。付き合ってから、まあまあ立つのに知らないことだらけだなぁ。そうやってこれからも知らないことが増えていくのかなぁ。

 体を捻っている間、頭がシェイクされたみたいになる。そんな時、視界の端っこで小さな蟹が歩いているのをみとめた。あんまり見たことなかっただけ、じぃっと視線を注いでしまう。蟹は私を避けるみたいにして足早になった。

「どうしたんだ。手足が止まってるけど」

 少しだけイラつき気味なアキラ君の声を聞いて、蟹を指差す。

「ほら、蟹だよ蟹」

 語彙がなくて、その程度の感想しか出てこなかったけど、えらく心を震わされていた。けれど、

「海だったら蟹くらいいるだろ」

 返ってきた無感動な言葉に気持ちが沈む。今視界の中にある彼氏の整った顔が薄ら寒く見えた。

「そう、だね」

 私の返事を耳にしたあと、アキラ君はなにも答えずに手足を捻りはじめる。再び目線を下ろすと、もう蟹はいなくなっていた。

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