三十一 求婚

 クラリスタとキャスリーカが、剣を打ち合わせると、美しいとさえ形容できるような澄んだ音が鳴り響く。




「また戦いが始まってしまったカミン。お兄にゃふ。早くするカミン」




「そんな事、言われてもな」




「六つの目をよく開けて見るカミン。クラリスタは押されてるカミン。長期戦になればなるほどクラリスタが不利カミン」




 クラリスタの右の頬を、キャスリーカの剣の切っ先がかすめる。鮮血が朱色の線をクラリスタの頬に描く。




「クラちゃん」




「さっきまでは、あんな攻撃は一度も受けてなかったカミン。もっと酷い怪我をしてもいいカミン?」




「でも、今止めたら、負けそうになったから止められたって、クラちゃんが思ったら、傷付くんじゃないか?」




「もう。本当に、使えないカミンね」




 クラリッサが大きく息を吸い込む。




「待った。何を言う気だ?」




「クラリスタ。聞くカミン。お兄にゃふが、石元門大が、結婚しくれと言ってるカミン」




 クラリッサの大音声が辺りに響く。




「はあ〜? ちょっと、あんた。こんな時に何言ってんの?」




 クラリッサの声に反応して剣の動きを止めたキャスリーカが、一振りの剣の切っ先をクラリッサに向けて怒鳴った。




「今、何を、言いましたの?」




 クラリスタが剣を下ろし、顔を門大の方に向ける。




「クラリスタ。投げてしまうけど許すカミン。これを受け取るカミン」




 クラリッサが、リングケースをクラリスタに向って投げる。




「これって」




 リングケースを受け取ったクラリスタが言い、リングケースを開けた。




「お兄にゃふ。このままでいいカミン? さあ、言うカミン。そんでもって、僕を、キャスリーカに向かって投げるカミン」




「え? 投げる? え?」




 リングケースの中身を見つめているクラリスタの姿を、見つめていた門大は、言葉をかけられた事に驚き、慌てて言葉を返した。




「もう本当に駄目駄目カミンな。ニッケ。こっちに来るカミン」




 クラリッサが言うと、ニッケが、了解ぽにゅ。と言って門大達の傍に来る。




「ニッケ。僕を乗せて代わりにクラリスタをこっちにカミン」




「分かったぽにゅ。クラリスタ。リングケースと剣をしっかりと持ってるぽにゅ。それで。幸せになるぽにゅ。神龍人。ぼーっとしてると、クラリスタが落ちるぽにゅ」




「あ、ああ」




 ニッケが六本の足を器用に使って、クラリスタとクラリッサを移動させ始め、あれよあれよという間に、クラリッサとクラリスタの入れ替えが終わる。




「ちょっと、あんた、なんでこっち来んのよ」




 クラリッサを乗せたニッケが戦闘機に近付き、クラリッサが戦闘機に乗り移ると、キャスリーカが露骨に嫌そうな顔をして言った。




「キャスリーカ。今は大事なところカミン。僕達は静かに見てるカミン」




「大事なところって、でも、だって、あんた、こんなのおかしくない?」




「おかしくないカミン。危機的状況に陥った事で、きっと、二人の心の中にあった愛の花が開花したカミンよ。キャスリーカ。こんな時くらい、戦いを忘れて、二人の愛の行方を見守るカミン」




 クラリッサがキャスリーカの肩に手を回す。




「何してんの? 馴れ馴れしい」




 キャスリーカがクラリッサの手をぴしりと叩いた。




「いたたたっ。もう。キャスリーカのいけずカミン」




「でも、あんた、あの二人変じゃない? 止まったまま動かないけど」




「さ、さあ。どうしてカミンかな」




 キャスリーカがじーっとクラリッサの顔を見つめる。




「そ、そんなに見つめて、どうしたのかなカミン? ひょっとして僕とキスをしたくなったのかなカミ~ン」




 クラリッサが、むー。と言いながら唇を伸ばしてキャスリーカの顔に顔を近付ける。




「死ね。このバカ。これ、やっぱりおかしくない? ――分かった。あれでしょ? さっきのあんたの大事な話がどうとかいう大声。あんたが勝手にやったんでしょ? あんた、これどうすんの? あの二人、喧嘩とか始めたり、最悪、別れたりするんじゃないの?」




「そんな事ないカミンよ。大丈夫な、はずカミン。黙って見守るカミン」




「あんたねえ。戦いの方は、これからいいとこだったってのに。って、まあ、でも、これはこれで面白そうだから。どうなるか見るのも悪くないけど」




「ふふふふふ。キャスリーカならそう言うと思ってたカミン。だから、あの二人を祝福して、僕達はフレンチなキスでも」




「落とすぞこらっ」




 キャスリーカがクラリッサを蹴った。




「痛いカミン。キックは駄目カミンよ。キックはよくないカミン。何か変な趣味に目覚めそうカミンよ」




 指輪を見つめていたクラリスタが、指輪から視線を外し、門大の顔を見た。




「クラちゃん。これは、えっと、その」




「分かっていますわ。クラリッサとキャスリーカの会話が聞こえて来ていましたもの。それにしても、こんな物まで用意して、困った物ですわ」




 言いながら再び指輪を見たクラリスタの顔に、切なそうな表情や、戸惑っているような表情が、浮かんでは消えて行く。クラリスタの頬の傷から流れ出ている鮮血が、門大の右手、右のガントレットの上にぽたりと一滴こぼれ落ちた。




「クラちゃん。頬、まだ血が出てる。お腹の傷もあるし、クラリッサに言って早く治してもらおう」




「そうですわね。戦いの邪魔をしたお返しに、そうしてもらいますわ。もう、このまま、戦いを続ける気分でもないですし」




 クラリスタが、門大の顔に視線を移してから言い、リングケースを閉じようとした。




「その、その指輪、クラリッサが用意したんだけど、俺も、俺もさ。ちゃんと用意しなおすよ。こういうのって、やっぱり、自分で買わないと駄目だから」




 クラリスタの目が大きく見開かれる。




「クラちゃん。いや、クラリスタ。俺と、俺と、俺と、俺と、さ。結婚、して、くれる?」




「門大」




 時が止まったかのように、門大とクラリスタは見つめ合い、二人の周囲を沈黙が包み込んだ。




「クラリスタ。早く返事をするカミン。お兄にゃふが死にそうになってるカミンよ」




 クラリッサが嬉しそうに声を上げる。




「死にそうになんてなってない」




 そう言った門大の板金鎧のヘルメットに覆われた顔の右頬に、クラリスタが手で触れた。




「門大。本当にいいのですの? 後悔はしませんの? わたくし、こんなですのよ? 自分の為に、決闘する女ですのよ? それだけでは、ないですわ。パワハラ幼馴染とか、言われていた、女ですのよ?」




「えっと、こんな形で、こんな大事な事を言ってごめん。突然で、切欠はクラリッサの思い付きだったけど、でも、さっき言った、俺の言葉は、俺が、心から望んでる事なんだ。俺が、ずっと一緒にいたいって、結婚したいって思うのは、クラちゃんで、クラちゃんじゃなきゃ駄目なんだ。クラちゃん以外に、結婚したい人なんていないんだ」




 クラリスタの目が涙で潤み、瞳の中にとても優しい温かい光が宿る。その目を、その瞳を、その光を、見た、門大の心臓が大きく一つ脈を打つ。




「門大。あなたには絶対に後悔はさせませんわ。わたくしを選んでくれたあなたを、わたくしは誰よりも幸せにしてみせますわ」




「クラちゃん」




「うんうん。素敵カミン素敵カミン」




「そう? なんか、やっぱり、この転生者は駄目駄目って感じじゃない? 今、クラリスタが言った、ああいう言葉は女じゃなくって男が言うもんじゃないの?」




「男とか女とか関係ないカミン。そもそも僕達は女同士カミン」




 キャスリーカが、嫌そうな顔になる。




「あんたとはもう関係ないから。あーあ。もうやる気もなくなったし、とりあえず、人質の所に戻ろうかな」




「キャスリーカ。人質を解放するカミン」




「あんたねえ。ほんっとに図々しい」




 キャスリーカが言葉を切って、しばしの間を空けてから、でも、そうね。と言った。




「解放してくれるカミン?」




「いいわよ。けど。これから、人質の所に行って、二人に結婚の報告をさせるってのはどう? あの三人がどういう反応をするか見たいわ」




「それは。それは面白そうカミンね。行くカミン行くカミン。おっと。その前にクラリスタの傷を治しちゃうカミン」




 クラリッサが魔法を使い、クラリスタの傷が癒えると、キャスリーカとクラリッサの乗る戦闘機が、ゆっくりと動き出し、機首の向きを変えた。

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