三十 奇策
体に傷を負いながら剣を構え、キャスリーカの姿を見据えるクラリスタの姿は、雄々しくも痛々しく、そして、何よりも美しかった。
門大は、そんなクラリスタの姿をじっと見つめて、悩んでいた。クラリッサが思い付いたという策は、門大に人生における重大な決断を迫る物だった。
「キャスリーカ。クラリスタに向って変な事を言うのはもうやめるカミン」
クラリッサが言って、門大の板金鎧で形作られている肩に手で触れる。
「お兄にゃふ。こっちを見るカミン。これを使うカミン」
クラリッサが、どこから出して来たのか、深紅のリングケースを門大の顔の前に差し出した。
「これは?」
「ふふふふふ。お兄にゃふが気が付かない間にタイムスリップをして来たカミン。さっと行ってさっと戻って来てたカミンよ。本当に一瞬だから、分からないカミンよ。けど、その間も、僕の時間の方は普通に流れてるから、お兄にゃふの部屋を家探しして、収入に関する資料を見付け出して月収を割り出して、その指輪を買って持って来たカミン」
戦いを止める算段がついた事で元気が出て来たのか、笑顔になってクラリッサが言う。
「月収って、俺、無職だったんだぞ」
「知ってるカミン。だから、そこはそれカミン。そのままだったらクラリスタがかわいそうカミン。僕がちゃんと考えて買って来たカミン」
クラリッサがリングケースを開ける。
「プラチナのなんの飾りもない物カミン。シンプルでいいと思うカミン。クラリスタには宝石は似合わないと思ったカミンよ」
門大はリングケースの中の指輪を見つめた。
「なあ、やっぱりやめないか?」
「クラリスタの事は好きじゃないカミン?」
「そういう事じゃなくって、他にも方法あるだろ。それに、キャスリーカの事はどうするんだ? あいつを倒さなくちゃこの世界は滅びるって言ってたろ? 今、結構追い込んでると思う。俺とお前が協力して不意を突けば倒せないか?」
クラリッサが、両手の掌を上に向けて、肘を曲げたまま両手を肩くらいの高さまで上げ、お手上げのポーズを作る。
「お兄にゃふが駄目なのはそういうとこカミンな。お兄にゃふは、本当は、クラリスタにプロポーズするのが怖いだけカミン。その気持ちをそんな事を言ってごまかしてるカミン」
「そ、それは、違うぞ。そんな事ない」
「動揺してるカミン。分かりやす過ぎカミン。どうせ、自分はもう人じゃないとか、無職だからとか思ってうじうじしてるカミン」
「あのな。今はそういう事を言ってるんじゃなくって」
「だったら、どうしてカミン? どうして戦いを止めるっていう話をしてたのに、急に話を変えようとしてるカミン?」
門大は、クラリッサの顔から視線を外すと、再び指輪を見つめた。
「あいつを倒したくて、俺達を呼んだんじゃないのか? お前こそ、話を変えてる」
「それは、謝るカミン。僕も自分がこんな気持ちになるとは思ってなかったカミン。キャスリーカが僕の知らない力を得たという事を、この世界に来て知った時に、もっと自分の気持ちについてよく考えるべきだったカミン。僕は焦って、それで、お兄にゃふ達に助けてもらおうと、一緒にキャスリーカと戦ってもらおうと思ったカミン。でも、その選択は間違ってなかったと思ってるカミン。問題は、戦い方カミン。この次はキャスリーカとは僕が戦うカミン。お兄にゃふ達には、キャスリーカが出して来る兵器達の相手をお願いするカミン。それなら僕も、もう、泣いたりはしないカミン」
「だったら、今から、クラちゃんの代わりにお前が戦えばいい」
「今は一騎打ちの最中カミン。途中から僕が戦うのはフェアじゃないカミン」
クラリッサが門大の六つある目のうちの、一番下にある、人の目を見つめて言った。
「そんな事言ってる余裕なんてあるのか?」
「お兄にゃふ。もう観念するカミン。お兄にゃふはずっとクラリスタと結婚しないつもりカミンか? いずれ結婚するつもりなら、今プロポーズした方がいいカミン。余裕がないのは今のこの状況カミンよ。早く止めないと、取り返しのつかない事になるかも知れないカミン」
「取り返しのつかない事?」
「そうカミン。例えば、クラリスタがぼろぼろになるとかカミン。クラリスタがぼろぼろにやられた姿を見る事になっても、お兄にゃふは耐えられるカミン?」
「それは、無理だ。クラちゃんがぼろぼろにやられた姿なんて絶対に見たくない。でも、今の今まで、全然、結婚の事なんて考えてなかったんだ。それに、クラちゃんにいきなり結婚して下さいって言って、戦いが止まるか?」
「確実に止まるカミン。間違いないカミン。クラリスタがお兄にゃふに釘付けになったら僕がキャスリーカをなんとかするカミン。キャスリーカも、ああ見えて、乙女チックなところがあるカミンよ。目の前でプロポーズとかが始まったら、キャーッてなるカミン。そこで僕が出て行って、うまくやるカミン」
「キャーッ、なあ」
門大は、クラリスタの方に目を向ける。
「早く行くカミン。またどちらかが傷付いてしまうカミン」
「いや、でも、まだ心の準備が」
「まったく情けないカミンね。もういいカミン。僕がお膳立てしてあげるカミン」
クラリッサが、言葉を切ると思い切り息を吸い込む。
「クラリスタ。お兄にゃふが、今すぐに話さないといけない大事な話があると言ってるカミン」
クラリッサが、その容姿からは想像もできないような、大きな声を出す。
「うるっさい。なんなのその声。邪魔しないでよ」
キャスリーカがクラリッサの顔を見て声を上げた。
「門大。どうしたのですの?」
クラリスタが門大の方に顔を向ける。
「お兄にゃふ。さあ、行くカミン」
クラリッサが門大のお腹の辺りを肘で突きつつ、小声で言う。
「あ、ああ。ええと、その、あの、クラちゃん。突然なんだけど、け、け、い、いや、あれだね。戦いずっと見てたけど、クラちゃんは本当に強いね」
「門大?」
「ちょっとちょっとちょっと。くだらない事言ってると、人質を全員殺すわよ」
キャスリーカが怒りに満ちた声で言う。
「お兄にゃふ。何やってるカミン。ばっとやってがばっと行くカミン。こういうのは勢いカミンよ」
「何? クラリッサ。あんた、何考えてるの? そのバカ転生者に何をさせる気?」
「門大。ごめんなさい。終わるまで待っていて下さいまし。終わったら、一番に門大の話を聞かせてもらいますわ」
「クラちゃん」
門大。ごめんなさい。と言った時のクラリスタの本当に申し訳のなさそうな表情が門大の心を打つ。
どうして俺は、俺が神龍人になろうとした時も、今も、また、こうなんだろう。戦いを始める時にはクラちゃんを止めなかったのに、この戦いは、クラちゃんが望んで始めた戦いだったのに、途中から止めたいとか思ってしまっていて。クラリッサの策の話を聞いてからは、クラリッサの言う通りでプロポーズをするのが怖くって、戦いを止める事を躊躇しはじめて……。俺の気持ちはぐらぐら揺れてて。俺はクラちゃんの気持ちをまた裏切ろうとしてて。やっぱり、このまま、今回は、戦いを止めないでいた方がいいんじゃないか? 門大の頭の中にそんな考えが浮かぶ。
「お兄にゃふ。想像してみるカミン。クラリスタの腕が斬られたらどうするカミン? 首は? 足は? お腹を斬り裂かれて、内臓がはみ出て、もがき苦しむクラリスタの姿を見たいカミン? 今まではたまたまカミンよ。次に剣を合わせた時にはどうなってるか分からないカミン。死なないっていっても、その時に感じる痛みは想像を絶するカミン。そんな痛みをクラリスタに味わわせていいカミン?」
門大は、顔を俯ける。
「神龍人の時もそうだ。俺は、自分の気持ちをクラちゃんに押し付けてる。俺は、また、クラちゃんの気持ちを裏切ろうとしてる」
「そんな事を気にしてるカミン? そんなの当たり前カミン。人が二人いれば、些細な事でもそういう事が起きるカミン。それがお互いを思い合ってる者達ならもっと大変カミンよ。でも、それが大切カミン。お互いに無関心だったら、気持ちを押し付けたり、裏切ったりする事なんてないカミン。お互いを大切に思うから、相手の幸せを願うから、そういう事が起こるカミンよ。それをやめてしまったら、二人で一緒にいる意味なんてないカミン。そこに、愛はないカミン」
「ここで戦いを止めなかったら、クラちゃんは、クラちゃんと俺は、どうなるんだろうな」
門大は顔を俯けたまま言った。
「それは分からないカミン。でも、僕はもうキャスリーカが僕以外の者に傷付けられる姿は見たくないカミン」
「お前、本当に勝手だよな」
「そうカミンな。でも、僕は、人に何を言われても、どう思われても、自分を絶対に曲げないカミン。僕は僕と僕の大事な人達の為に僕の思うように生きるカミン。もちろん、その為に人をわざと傷付けたり、苦しめたりするような事はしないつもりカミン。でも、どうにもならない時は、どうしても、そういう行為が必要になってしまった時は、自分が許せる範囲内ならなんでもするつもりカミン。僕が今神神少女になってるのも、それが理由カミン。僕は人である事も捨てる覚悟で自分の思うように生きてるカミン。お兄にゃふはどうカミン? どうしてその姿になったカミン? お兄にゃふにも、僕が持ってるような覚悟があったからじゃないのかカミン? 今、クラリスタを止めない事に、そういう覚悟はあるカミンか? さっきまで、戦いを止めようとしてた時には、そういう覚悟があったんじゃないかカミン? 今のお兄にゃふは、ただ、自分が楽な方に行こうとしてるだけなんじゃないかカミン?」
クラリッサの言葉を聞いた門大は顔を上げると、何も言わずにクラリスタの方に目を向けた。
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