二十九 神の歯車

 キャスリーカの服の中には、当然のようにあるはずの体が、存在してはいないように見える。少なくとも、門大からは、そう見えていた。門大と同じようにキャスリーカの姿を見ていたクラリスタの表情が、驚きに満ちた物に変わって行く。




「いい顔。驚いた? そういうリアクションを期待してたのよ」




 キャスリーカが嬉しそうにしながら、服の布地を引っ張って露出している部分を増やす。




「その透明な部分は、ガラス、ですの? ガラスの体と、それは、その、そのガラスの中にたくさんあるのは、歯車、ですの?」




 クラリスタが言った。




「そうよ。歯車。アナログ時計の中身みたいでしょ? 私の体のこの部分は機械なの。凄く古風のね。けど、材質なんかはただの機械なんかとは違うわ。こっちの透明な部分も同じような感じでガラスなんかとは違う何か。これは、人間の世界には存在しないし、神の世界にもたった一つしかないんじゃないかな。一つの物だけを除いて他のどんな物でどんな事をしても壊す事のできない、生きている謎の何かなの」




 キャスリーカが言い終えると、門大の方に顔を向ける。




「中身とか設定とかは違うけど、ここだけなら見た目はコブラに出て来るクリスタルボーイみたいでしょ?」




「そんな姿を見せられて、そんな事を言われてもな」




「私、あんたの世界にいた頃、かなりのオタクだったんだよね。アニメとか漫画とかさ」




 キャスリーカが無邪気な笑みを顔に浮かべる。




「キャスリーカ。いつの間に、そんな、体に」




 クラリッサが声を震わせて言う。




「何よ。さっき泣き止んでたじゃない。なんでまたあんたが泣くのよ」




「だって、そんな体、僕は知らなかったカミン」




「そりゃ知らないでしょうよ。あんたには関係ないんだから」




「関係ないって、そんな、酷い、カミン」




 クラリッサの声に途中から嗚咽が混じる。




「あんた、泣き過ぎ。あんたと私は敵なんだから。もう。そういうの、なんか、困るんだけど」




 キャスリーカが本当に困ったような顔をして言った。




「キャスリーカ。クラリッサはさっきから泣きっぱなしだぞ。このままじゃクラリッサがかわいそうだ。だから、もう戦うのはやめろ」




 キャスリーカの表情を見て門大はそう言った。




「何言ってんの? そんな事知らないわよ」




「お前、それ、本気で言ってるのか? 昔は愛し合ってたんだろ」




 キャスリーカが盛大に溜息を吐く。




「青臭い事言って、あんたって、本当にバカなのね。何を言われても戦いはやめないわよ。私はまだまだ全然やる気だし。クラリスタ。あんたもそうでしょ?」




「クラリッサの気持ちを考えれば、やめてあげたいとは思いますわ。けれど。まだ、ここでやめるつもりはありませんわ。次こそはあなたを倒しますわ」




 クラリスタが両手で持つ一振りの剣を、両手と一緒に真っ直ぐに前に向かって伸ばし、その剣の切っ先をキャスリーカに突き付けるように向けた。




「お兄にゃふ。来たカミン。閃いたカミン」




 クラリッサが小さな声で言って両手を動かし、門大の頭を自分の方に引き寄せた。




「閃いたって、何か策を思い付いたのか?」




「思い付いたカミン」




 クラリッサが涙を拭くと、思い付いたという策の説明を始める。




「あんた、次は首を狙う気でしょ?」




 キャスリーカが、切断された剣の、代わりの剣を出して言った。




「手足も狙えますわね」




 キャスリーカとクラリスタが、互いに間合いを測るようにしながら言葉を交わしはじめる。




「単純に剣術の腕だけならあんたの方が上みたいね。よく頑張ったじゃない」




「腕の差ではないと思いますわ。この剣術は、もう、あなたの知っている剣術とは別物なのかも知れませんわ。この剣術はわたくしの一族の間で絶え間なく磨かれ続けて来ましたもの。それが、きっと、あなたとわたくしの差になっているのですわ」




 キャスリーカが感心したような顔をする。




「随分と謙虚じゃない。私達の、私達のってのも、なんか変な感じね。でもまあいいわ。あんたはさ。クラリッサと私の子孫みたいなもんでしょ? 血筋とかはクラリッサから繋がってて、今のあんたの家の立場みたいな物は、途中からだけど、神龍人になった私も作るのに関わったんだから。そんな子孫の中の一人が、こんなふうになってるのを見るのって、なんか不思議な感じがするわ」




「急に何を言い出しますの?」




「ちょっと思い出した事があってね。その話の前振りみたいなもんかな」




 キャスリーカがいたずらっ子がいたずらをする時のような顔をする。




「なんですの? そんな顔をして。あなたの昔話なんて聞きたくもないですわ」




「そんなに無下にするもんじゃないわよ。お姫様」




「お姫様?」




 クラリスタが言い、キャスリーカを睨むように目を細める。




「あんたの一族が、本当は、この国を治めるはずだったっていう話。クラリッサが、暗殺されて、それで私も死んだの。それであんたの一族の勢力が衰えた。あんたは、クラリッサを暗殺して、王位を得た者の子孫が治める国を必死に守ってるのよ」




「キャスリーカ。やめるカミン」




 門大に対して行っている策の説明を中断して、クラリッサが言った。




「自分の所為だもんね。こんな話されたくはないわよね。傾国の美少女なんていう者に生まれて、当時の王族も含めた貴族社会を滅茶苦茶にして、そのあげくに、生贄として、炎龍に差し出されて、雷神と炎龍の力を得て。まあ、その力のお陰で、あんたの一族がこの国の王位を得られそうなったんだけどさ。でも、結局、あんたは力を利用されるだけ利用されて殺された。とんだお笑い種だわ」




 キャスリーカが笑い声を上げた。




「わたくしには関係のない話ですわ」




「そう? 悔しくないの? あんな王子が次の王になるより、あんたみたいなのが、女王にでもなって、この国を治めた方がよっぽどいいと思うけど」




「おかしな事を言いますのね。この国を、いえ、この世界をこれから滅ぼそうというあなたのその言葉に、どれほどの意味がありますの?」




 クラリスタが剣を握る手に力を込める。




「そういう可能性もあるかもよって話。この世界が滅びなかったらどうするかを考えた事ないの?」




「この世界は滅びませんわ。だから、今更、滅びなかったらどうするかなんて考えたりはしませんわ」




「キャスリーカ。クラリスタにおかしな事を吹き込むのはやめるカミン」




 策の説明を終えたクラリッサが、キャスリーカの方を見て言う。




「モチベーションを上げてやろうとしてるの。私に勝とうっていう気がもっと出てくれれば楽しくなるかなって思っただけよ」




 言って、キャスリーカが微笑んだ。

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