二十八 クラリスタ咆哮す

 片腕を切断されたキャスリーカの姿を見たクラリッサの顔色がみるみるうちに青ざめて行く。




「大変カミン。みねたんが、大怪我してるカミン」




 両目から大粒の涙をぼろぼろとこぼしつつ、クラリッサが言う




「クラリッサ?」




 突然泣き出したクラリッサを見て、門大は声を上げた。




「あんな怪我をするとは思ってなかったカミン。どうしようカミン。僕は、もう、見てられないカミンよ」




 クラリッサが門大の顔を見つめる。




「さっきは、俺に、手出しは無用カミンとかって。いや。今はそんな事どうでもいい。魔法は? 魔法を使ってくれないか? 魔法でクラちゃんの、二人の、怪我を治療できないか?」




「でも、残念ね。折角斬ったけど、この腕は、こんなふうにすると、元に戻るの」




 クラリッサが言葉を出す前にキャスリーカの声が聞こえて来る。キャスリーカが言葉を出した後、切断された腕の断面を肘の断面の部分に戻すように押し当てる。肘の切断されている部分の周囲から、細くて小さい触手のような物が無数に生えて来て、腕の切断されている部分の周囲に接触すると、腕と肘の切断されている部分と触手のような物が溶け合うようにして、切断されていた部分が再生した。




「なんですの、それは?」




「これも私の得た神の力の一つ。神の再生能力。クラリッサに聞いてない? 神には自身の体を再生させる力があるのよ。知ってるかと思ってたけど」




「傷の治りが早いとは聞いてはいましたわ。けれど、そんなふうに再生するのは知りませんでしたわ」




 キャスリーカが治った腕の調子を試すかのように、足元に置いてあった二振りの剣を拾って振る。




「ちょっと待った。卑怯だぞ。クラちゃんの怪我を治療させろ」




「門大。治療はいりませんわ。これくらいの傷、大した事はありませんわ」




 クラリスタが右手に持っている剣を見つめながら言った。




「クラちゃん、そんな」




「門大。お願いですわ。今はこらえて下さいまし」




 クラリスタが門大の言葉を遮るようにして言う。




「お兄にゃふ。なんとかして、二人を止めるカミン。死なないとはいえ、こんな事を続けるのはよくないカミン」




「クラリッサ。お前、それは、あれか? キャスリーカの事を心配してるのか? 敵なんだろ? 今まで何度も殺し合って来たんじゃないのか?」




 クラリッサが、涙で濡れている目を手でこする。




「敵カミン。憎いカミン。何度も殺し合いもしたカミン」




「だったら、どうして、泣いてるんだ?」




 クラリッサが嫌々をするように首を左右に振った。




「僕がやるのはいいカミン。けど、僕以外の誰かが、みねたん、ああ、ええと、キャスリーカを傷付けるのは駄目カミン。絶対に嫌なんだカミン」




 なんだよそれ? 何言ってんだ? だったら最初から止めてればよかったんだ。あの時、止めてればこんなふうに二人は。って、待てよ。これはチャンスだぞ。クラリッサの事を責めてる場合じゃない。二人の戦いを止められるならなんでもいいじゃないか。と門大は思った。




「戦いを止められるのならなんでもいい。二人をすぐに止めよう」




 門大は、言って、二人に近付く為に動き始める。




「駄目カミン。ただ、正面から行って止めるだけじゃ、キャスリーカは、あの二人は、絶対に止まらないカミン。何か、何か策が必要カミン」




 クラリッサの目から流れ出ていた涙が止まる。




「策? 急にそんな事言われてもすぐには思い付かない」




「ちょっと待つカミン。急いで考えるカミン。こう見えても僕はこういう事を考えるのは得意カミン」




 クラリッサが言い、門大の顔から視線を外し、両手で左右から挟むようにして、自身の左右の頬を叩いてから、顔を俯けた。




「俺も考える」




 門大も何かいい方法はないかと考え始める。




「本当に傷は治さなくてもいいの? 私は全然治しても構わないと思ってるけど」




「問題ありませんわ」




 クラリスタが、二振りの剣の切っ先をキャスリーカに向ける。




「ふーん。構えは変えないのね」




 キャスリーカが、クラリスタと同じ構えを取る。




「また始りそうだ。駄目だ。まだ何も浮かばない。クラリッサ、そっちはどうだ? まだ策は浮かばないか?」




「お兄にゃふ。黙ってて欲しいカミン。今、一生懸命考えてるカミン」




 クラリッサが勢いよく顔を上げ、声を荒げる。




「ごめん」




 クラリッサの言葉と態度を受けて、思わず漏れた門大の言葉が、まるで合図にでもなったかのように、クラリスタが動く。宙を飛んだクラリスタが、キャスリーカの乗る戦闘機に飛び移る。




「何々? やっぱり、一緒の方が戦いやすい?」




「物は試しですわ」




 嵐のように四本の剣が打ち合いを始め、激しく火花を散らす。




「クラリスタは、ただの人間のはずなのに凄いぽにゅ」




 戦闘機の近くで見守っているニッケが言う。




「ほらほら。どうした? 本気を出してたのは最初だけ? それともやっぱり怪我した所が痛む? だんだんと、斬撃が軽くなって来てるじゃない。特に怪我をしてる側の右手の方が、駄目みたいねえ?」




 数十合、打ち合った後、キャスリーカが笑顔を見せて言い、剣を振るう速度を上げた。徐々にクラリスタが押され始め、防戦一方になっていく。




「あんまり調子に乗ると、痛い目にあいますわよ」




 クラリスタが、後ろにさがると、空に向かって飛ぶ。すぐにニッケがクラリスタを背中で受け止める。クラリスタがニッケに向かって何事かを囁いた。




「何をやろうとしてるのか知らないけど、逃げてるくせに何言ってるの?」




 ニッケが戦闘機の周りを上下左右と縦横無尽に飛び始める。




「ちょっと、あんた、やめなさいよ」




 クラリスタの振るう剣が、戦闘機の機体に当たり、派手な破壊音と火花を巻き散らす。




「あんた、それはいくらなんでもずるくない? 足場を壊すとか何考えてるの?」




 アダマス二チウム製の剣の切れ味は凄まじく、斬り付けられ破損した戦闘機が制御不能に陥り、降下を始める。




「なんとでも言えばいいですわ」




「あんたって、いい性格してるわよね。このまま墜落したら、さすがの私でも結構なダメージを受けるわ。なんとかしないと……。なんちゃってね。残念でした。すぐにもう一機戦闘機を出せちゃうのよね」






 戦闘機を出す為か、片手の剣を手放し、その手を上に向けたキャスリーカに、助走をつけるかのように一度戦闘機から距離を取ったニッケが向かって行く。




「これでも出せますの?」




 クラリスタが右手に持っている剣を振りかぶり、斬りに行くと見せかけて、キャスリーカの意識を右手の剣に向けさせてから、左手に持っている剣をキャスリーカ目掛けて投げた。




「ちょっと、剣を投げないでよ」




 キャスリーカが片手に持っていた剣で、飛んで来た剣を打ち払う。




「もらいましたわ」




 いつの間にか宙を舞っていたクラリスタが、右手に持っていた剣を両手で持ち直すと、落下の力を利用しつつ、キャスリーカの胴を左側から抜きながら斜め下に向かって斬ろうとする。




「神もどきを舐めないで欲しいわね」




 キャスリーカが飛んで来た剣を打ち払った剣を、人ならざる者の動きを見せて動かし、クラリスタの一撃を受け止めた。




「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお」




 クラリスタが咆哮を上げ、まだ空中にある体を、渾身の力を込めて横方向に回転させ、剣を振り抜く。キャスリーカの持つ剣が、澄んだ音色をたてて、真っ二つに切断された。




  キャスリーカの体に剣身が当たると、明らかに骨肉を断つ音とは違う、硬質の何かしらの物体に剣身が当たった音が鳴り響く。




「なん、ですの?」




 クラリスタが言って、着地していた戦闘機から飛んで離れる。ニッケがすぐにクラリスタの足下に体を入れて、背中でクラリスタの両足を受け止める。




「いくら再生能力があっても、胴体を真っ二つに斬られてたら、負けを認めるしかなかったかもね。でも、またまた残念だけど、私の体は、私に力をくれた神のお陰で、他の神の物とは違って、ちょっと特殊なのよ」




 キャスリーカが新しい戦闘機を出して飛び移ると、クラリスタに斬られた事によって、破れてしまった服の一部をまくり、クラリスタに見せるように自身の体の一部、腹部の辺りを露出させた。

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