二十七 剣と心 

 ニッケの背中の上に立っているクラリスタが、二振りの剣を、演武でもしているかのように、自分の感覚とすり合わせるかのように、振り回し始める。




「いい動きしてるじゃない」




 キャスリーカがクラリスタの方に顔を向けつつ、クラリスタに渡したものとまったく同じ二振りの剣を、先と同じように両方の手の中に一振りずつ出現させた。




「あなたも二刀流ですの?」




「クラリスタ。あんたの使う二刀流は私が作ったのよ」




 キャスリーカが言い、二振りの剣の剣身部分を、右と左の肩に担ぐような格好をする。




「作ったとは、どういう」




 クラリスタが途中で言葉を切った。




「気が付いた? あんたの家に代々伝わってる剣術は、私が生み出した物って事よ」




「面白いですわ。創始者と立ち合える日が来るなんて思ってもみませんでしたわ」




 クラリスタが、両手を前に向かって真っ直ぐに伸ばし、二振りの剣の切っ先をキャスリーカに向ける。




「ふーん。その構えがお気に入りなの? それは、全力で攻める時にする構えのはずだったわよね?」




 キャスリーカが、両肩に剣身を担ぐような格好をしたまま言う。




「我が家に伝わる剣術の構えの意味は、王都でも王族の者とその側近の一部の者しか知らないはずですのに。さすが創始者ですわ」




「ちなみに、私が今してるのも構えの一つなんだけど、これは伝わってないでしょ?」




「ええ。初めて見ますわ」




 キャスリーカが微笑む。




「嘘なんだけどねっ」




 キャスリーカが戦闘機の上を駆け抜けて、クラリスタ目掛けて飛ぶ。キャスリーカの持つ二振りの剣が、同時にクラリスタの頭上から振り下ろされる。クラリスタがキャスリーカの振り下ろした剣をよける為に右横に向かって飛ぶと、その動きに合わせてニッケが動き、クラリスタを背中で受け止める。




「足場が別々だと戦い難いわね」




 自分の足元に飛んで来た戦闘機の上に乗ったキャスリーカが言った。




「そうでもないと思いますわ」




 クラリスタが体を低くして、ニッケに向かって小声で何事かを囁く。ニッケが動き、キャスリーカとキャスリーカが乗っている戦闘機に肉迫する。




「何を見せてくれるの?」




「随分と余裕ですわね」




 クラリスタの持つ二振りの剣が、片方は正面からの突き、もう片方は右横から薙ぐようにしてキャスリーカに向かう。




 アダマスニチウムという金属の持つ特性なのか、澄んでいて美しいとすら形容できるような音が、二人の持つ剣が接触した瞬間に門大達の耳朶を打った。




「気持ちいい音。これが聞きたいから、私はよけたりしないんだよね」




 突きを片方の手に持つ剣で打ち払い、右横から来る剣をもう片方の手に持つ剣で受け止めたクラリッサが言う。




「凄い力ですわ」




 クラリスタが後ろに飛び退く。




「しょうがないじゃない。私、これでも一応、神になりかけてるし。人より色々と強いのよ」




「それならば、わたくしにも考えがありますわ」




「今度は何をする気?」




「見てからのお楽しみですわ」




 クラリスタが、片膝を突く格好でしゃがむと、再び小声でニッケに何事かを囁く。




「了解ぽにゅ」




 ニッケが頭を上に向け、急上昇する。




「ふーん。上なんだ」




 キャスリーカが言うと、クラリスタのようにしゃがみ、戦闘機の機首を垂直に立てるようにして、戦闘機を急上昇させ始めた。




「あの戦闘機速いぞ。クラちゃん。後ろだ。そのままだとすぐに追い付かれる」




 門大は叫んだが、その声は戦闘機のエンジンの唸りにかき消され、クラリスタの耳には届かない。




「お兄にゃふ。手出しは無用カミン。そんな事をしたら、クラリスタは傷付いて、とても悲しむカミンよ」




 クラリッサが言う。




「見てるだけなんて無理だ」




「お兄にゃふはクラリスタの気持ちが分からないカミン?」




「クラちゃんの気持ち?」




 門大は戦いを始める前にクラリスタが言っていた、クラリスタ自身の気持ちの話の事を思い出す。




「お兄にゃふは駄目駄目カミンな。それじゃあ、向こうの世界では女の子に全然モテなかったはずカミン」




「なんだよそれ。いいんだよモテなくたって。俺には今、クラちゃんがいるんだから」




「そんなふうだと、クラリスタにもいつかフラれるかも知れないカミン」




「な、ま、まさか、それで、クラちゃんは俺じゃなくって、ニッケを選んだのか?」




 クラリッサが首を左右に振った。




「それは、違うカミン。クラリスタは、クラリスタの家は、代々、王都と王族を守る任に就いてたカミン。何代目になるのか分からないけど、あの子みたいに雷神と炎龍の力を持ってた者は、その中にも、何人もいなかったはずカミン。雷神と炎龍の力は強大カミン。その力を持ってるという事は、その力を持って、王都や王族を守る任に就く家に生まれたという事は、あの子に様々な経験をさせ、色々な思いを抱かせてたはずカミン。それでも、あの子は逃げ出したりしないで、自分の運命をしっかりと受け止めて生きて来たカミン。そんな力を突然失って、もう戦う必要もなくなって、あまつさえ、その強大な力を持った者が新たに現れて自分の代わりに自分や自分の家族や王子の為に戦ってくれようとしてるカミン。更には、その者は、そんなクラリスタの最愛の人カミン。こんな事になったら、あれやこれやと考えて、色々な気持ちを抱かない方がおかしいと思わないカミンか?」




「それで、あんなふうに、最後の教えだと思って、なんて、あんな事を言ってたって事か」




「強大な力をもう持ってない今の自分に、どんな事ができるのか。お兄にゃふや、今まで守ろうとして来た者達の為に、今できる事はなんなのか。お兄にゃふとどうやってこれから接して行けばいいのか。あの子はそんなふうな事までも、きっと考えて悩んでたと思うカミン」




 クラちゃんが色々な事を考えて、悩んでる時に、俺は、ニッケとクラちゃんが仲良くしてるのを見て、羨ましがったり、いじけてたりしてたって事か? 俺は、何をやってたんだ。せめて、何か、なんでもいいから、何か言葉をかけてあげればよかった。門大がそう思った時、上からクラリスタが落下して来た。




「クラちゃん」




「行っては駄目カミン」




 クラリスタの元へ急ごうとする門大をクラリッサが一喝する。




「クラリスタ。大丈夫ぽにゅか?」




 風切り音を響かせ、目にも止まらぬ速さで急降下して来たニッケが、羽の端から雲を引きながら旋回して体の向きを変え、クラリスタを背中で受け止める。




「大丈夫ですわ。けれど、してやられましたわ」




 ニッケの背中の上に立ち、右の脇腹の辺りを片手で押さえながら言ったクラリスタが、顔を上に向ける。




「この子、マッハ三十くらい出るのよ。そんでもって、私もこのままの状態でその速度に耐えられちゃうの。でも、あんたもやるじゃない」




「マッハの意味は分かりませんけれども、とても速いのは分かりましたわ」




 キャスリーカの乗る戦闘機が、底部を見せつつ垂直にゆっくりと降下して来ると、肘の辺りから切断された自身の右腕を、左手で持っているキャスリーカの姿が機上に現れた。

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