二十六 ヤキモチ


 門大は、頭を下げているクラリスタの姿をじっと見つめた。こんな状況になど今までなった事のない門大には、こんな時に、何をどう言えばいいのかが分からなかった。




「律儀な女ね。転生者。なんか言ってあげなさいよ。いつまでこの子に頭を下げさせ続けるつもりなの?」




 キャスリーカの言葉を聞いた門大は、とにかくすぐに何かを言わないと。と思い、慌てて口を開く。




「クラちゃん。頭を上げて。えっと、俺は、こんな時、何をどう言えばいいのかが分からない。けど、クラちゃんのやりたいようにやればいいと思う。これは、あれだよ。好きにしろとかってそういう意味じゃなくて、応援するっていう意味で。なんていうか、心配だけど、凄く心配で、本当は戦ってなんて欲しくないけど、クラちゃんがそう言うのならしょうがないっていうか、そんなに強く決意してるなら、俺は、やっぱり、君の事が好きだから、だから」




 好きだからと言った瞬間に、クラリスタが頭を上げたので、門大は今以上にまとまりを欠いていこうとする言葉を切った。




「門大。ありがとうございます」




 そう言ったクラリスタの顔には、こんな状況であるにも関わらず、どこか晴れ晴れとしているような、そんな表情が浮かんでいた。




「クラリスタ。もう気持ちの整理はついたカミンか?」




 クラリスタの表情を見て何かを察したのか、クラリッサが言った。




「気持ち、ですの?」




 クラリスタが不思議そうな顔をする。




「僕はクラリスタの気持ちを理解してるつもりカミン」




 クラリスタが儚げな笑みを顔に浮かべる。




「まだ整理はつきませんわ。けれど、今はこうする事が最善だと思っていますの。あなたや門大には本当に申し訳ないのですけれど」




「ちょっと、話はそれくらいにして、そろそろ始めない?」




 キャスリーカが不満そうに唇を尖らせて言う。




「そうですわね。始めましょう」




「そう来なくっちゃ。それで、武器はどうする? あんたの使いたい武器を出してあげる。私もそれに合わせるから」




 キャスリーカが、まるで何も持っていなかったかのように、拳銃と神様レーダーを掌の中から消す。




「待つぽにゅ。ニッケもクラリスタの手伝いで参戦させろぽにゅ。お前にはそのへっぽこ戦闘機という足場があるぽにゅ。せこいぽにゅ。ニッケがクラリスタの足場になるぽにゅ」




「そうねえ。そういう事なら、まあ、いいんじゃない? けど、クラリスタは、初めてあんたに乗るんでしょ? 大丈夫なの? この戦闘機は、機体の長さが二十・一メートル、翼幅が十四・一メートルある。だから、こっちに二人とも乗ってやった方がいいんじゃない?」




「お前は余計な事は言わなくていいぽにゅ。クラリスタ。どうするぽにゅ?」


 


 クラリスタが手でニッケの体に触れる。




「待ってくれ。それなら俺が足場になる」




 クラリスタが門大の顔を見た。




「門大。この戦いは、門大の力を借りないで戦いですわ」




「クラちゃん? なんで?」




 断られると思っていなかった門大は、がっくりと肩を落として言う。




「フラれ男は黙って引き下がりなさいよ。しつこくするともっと嫌われちゃうと思うけど?」




 キャスリーカが意地の悪い笑みを顔に浮かべた。




「もっと嫌われちゃう? 俺、嫌われてるの?」




 門大は、六つの目を潤ませつつ、言葉を出す。




「門大。嫌ってなどいませんわ」




 クラリスタが優しい目を門大に向けて言ってから、至極、真剣な表情を顔に浮かべた。




「今、わたくしの中でいくつかの気持ちが絡み合っていて、何をどう言えばいいのか、難しいのですけれど、今のわたくしに何ができるのか。どこまでできるのか。その絡み合っている気持ちの中には、それを知りたいという気持もありますの。それに、わたくしが戦う姿を、門大が今持っているその力を用いて戦う前に、見ておいて欲しいという気持ちもありますわ。門大に、一時だけでしたけれども、剣を教えたわたくしが、贈る事のできる最後の教えだと思って、わたくしの戦っている姿を、見ていて下さいましな」




「クラちゃん。そんな、そんな、これでお別れになるみたい事は言わないでくれ。俺、クラちゃんになんかあったらって思ったら」




 六つの目から涙が溢れ出しそうになったので、門大は慌てて口を噤むと、顔を俯ける。




「ちょっとちょっとちょっと、なっさけない。あんた、そんな事言ってると本当に嫌われるわよ? そもそもさ。ここではなんかなんてないでしょ? 死なないんだから。あんた、ぼーっとしるなって思ってたけど、頭の方も本格的におバカなんじゃないの?」




 キャスリーカが片方の眉を上げ、バカにしているような顔をして言う。




「お前は黙ってろ」




「いきなり大きい声出すとか。あー、嫌だ嫌だ。最低の男ね。クラリスタ。こんなのやめときなさい。こういうのは駄目よ。だいたいさ。男なんてどこがいいのよ。女同士のがいいじゃない。そうだ。クラリスタ。あんた、いい根性してるし見込みもあるしさ。私、実は、結構気に入ったんだよね。この際さ、私に乗り換えちゃわない?」




「待つカミン。聞き捨てならないカミン。僕の前でなんて事言うカミンか」




 クラリッサが身を乗り出すようにして言う。




「はあ? あんた何様よ? あんたなんて全然まったく関係ないじゃない。死ねばいいんだわ」




「がびーんカミン。死ねばいいんだわって、それはいくらなんでも酷いカミン」




 クラリッサとキャスリーカが言い合いを始める。




「こんな時に何をやってるぽにゅか。あんな連中放っておくぽにゅ」




 ニッケがそう言ってから顔を動かしてクラリスタの方を見ると、なあなあ、ぽにゅ。ニッケも手伝っちゃ駄目ぽにゅか? と言った。




「いえ。あなたにはお願いしたいですわ」




「オッケーぽにゅ。ニッケの事はニッケと呼ぶぽにゅ」




「では、ニッケ。よろしくお願いしますわ」




 クラリスタが頭を下げる。




「任せるぽにゅ。ニッケはクラリスタがどう動くのかを気配で察知する事ができるぽにゅ。だから、クラリスタは、自分の事だけを考えて自由に戦えばいいぽにゅ」




「それは凄いですわ。本当にそんな事ができるのなら、かなりわたくしが有利になると思いますわ」




 頭を上げたクラリスタが言った。




「できるぽにゅ。それに、万が一にも落としてしまったとしてもすぐに拾ってあげるぽにゅ」




 門大はニッケとクラリスタの姿を見つめながら、最後の教えとかって、あんなふうに言われたら、なんか、もう会えなくなるみたいで切なくなるのが普通だよな。今は、ニッケとあんなふうに仲良くしてるし。なんだかなあ。ニッケいいな。羨ましいな。なんか寂しいな。と思う。




「まったく。だからキャスリーカとはうまくいかなくなったカミンよ。あの子は勝手過ぎるカミン。お兄にゃふ。ニッケがクラリスタの足場をする事になったカミン。だから、僕は今からお兄にゃふの方に行くカミン」




「ああ、うん。そうだな」




 クラリスタとニッケの姿をまだ見つめていた門大は上の空で返事をする。




「もっと嬉しそうにするカミン。これでも僕は傾国の美少女と言われた事がある美少女カミンよ」




 クラリッサが言って、未だに上の空でいる門大に向かってジャンプした。




「お兄にゃふ~~~。受け取らないから~~~。落ちて行ってるカミン~~~」




 落下して行きながらクラリッサが叫ぶ。




「おおお~。おいおいおいおい」




 門大は叫びながら、落下して行っているクラリッサに追い付くと、しっかりとクラリッサの体を抱き止めた。




「邪魔が入って話が途中になってたけど、どうするの? って、私に乗り換えるっていう話の事じゃないわよ。使う武器の話。銃でも剣でもなんでも好きな物を出してあげる。まあ、けど、あれよ。あんたにその気があるのなら、全然、私に乗り換えるっていう話の方をしてもいいけど」




「剣がいいですわ」




 キャスリーカの言葉を聞いたクラリスタが言った。




「気持ちがいいほど無視するわね。でも、そういうとこもいいかも。って、また脱線しそうになっちゃったじゃない。そうね。あんたなら、剣って、そう来ると思ってた。じゃあ、これを」




 キャスリーカの両方の手の中に一振りずつ、長さも幅も形もまったく同じ、オーソドックスな両刃の剣の形状をしたグレートソードが出現した。




「よさそう剣ですけれど、今のわたくしに振れるかどうか」




「安心しなさい。この剣は、いくつも存在してる並行世界の中でも、恐らく一番硬くて一番軽いアダマスニチウムという金属でできてる。剣身の長さがニメートル、幅が六十センチある品だけど、それでも、片手で振れるはずよ」




 キャスリーカが言って、持っている二振りの剣を、手首だけを使って、軽々と回すようにして振った。




「本当に軽そうに見えますわ」




「本当に軽いのよ。ほら。受け取りなさい」




 キャスリーカがぽいぽいっと二振りの剣をクラリスタに向って投げた。




「あ、危ないですわ」




 そう言いながらも、クラリスタが二振りの剣を受け取ろうとして、手を伸ばしつつ立ち上がる。




「クラちゃん」




 クラリスタの体が、ニッケの体の上から、大きく乗り出したのを見て門大は声を上げた。




「大丈夫ぽにゅ」




 ニッケが素早く横に移動しつつ、クラリスタの体を掬うように体の角度を変えると、落ちる事も、さして体勢を崩す事もなく二振りの剣を受け取ったクラリスタが、驚いたような顔をして、ニッケの顔を見る。




「ニッケ。凄いですわ」




「さっきも言ったけど、ニッケは気配で察知できるぽにゅ。クラリスタが動いた瞬間、すぐに体を動かす準備はできてたぽにゅ。ニッケの事を信頼して、クラリスタは今みたいに好きに動いていいぽにゅよ」




 門大は、ニッケとクラリスタが会話している姿をじっと見つめ、なんだよっ。あんなふうに楽しそうにしてさ。俺だって、あのくらいできるっての。といじけた。

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