十一 告白

 クラリスタの体が動き、ハガネの小さくて軽い体を持ち上げる。持ち上げたハガネを、自身の顔の前に持って来ると、じっと、クラリスタが、ハガネの潤んで光っている目を見つめる。




「門大の魂を差し出すなんて、そんな事はできないですわ」




「実に、君らしい言葉だイヌン。いや、君はクラリッサではないから、君らしいという言い方は変イヌン。けど、クラリッサもそんな事を言っていたイヌン。心配はいらないイヌン。魂を差し出すといっても、石元門大は、いなくなったりはしないイヌン。雷神と炎龍の魂と結び付いた石元門大の魂は別の存在となるだけイヌン。その者の事を人間達は、神龍人と呼んでいたイヌン。神龍人は、クラリッサとずっと一緒にいたはずイヌン。どうやら、その事も人間達は君には言ってはいないようだイヌン。クラリスタ。君が心から石元門大の事を愛している事は分かっているつもりイヌン。それでも、離れるべきイヌン。お互いの為イヌン。クラリッサの時、クラリッサの中に転生して来ていた者は、来た時期が遅かったイヌン。それに、二人はとても強い絆で結び付いてしまったイヌン。その所為もあって、雷神と炎龍をクラリッサと長い間結びつけてしまっていたイヌン。今回はそんな事にはならいようにしたいイヌン。君達がこの場所に来て、ハガネと出会ったという偶然は、ハガネには偶然には思えないイヌン。きっと、何かは分からないけど、何かしらの意思がそうさせたイヌン。ハガネは、もう二度とクラリッサのような者を作りたくないイヌン」




 ハガネがクラリスタの目を見つめ返して言った。




「俺は、まだ、ハガネの事を信じたわけじゃないけど、クラちゃんと雷神と炎龍を別々にするのには賛成だ。なあ、クラちゃん。俺は、君の中から出たってどこにもいかない。だから、君の体の事を第一に考えた方がいい」




 門大は、ハガネの目に映り込んでいるクラリスタの目を見つめながら言う。




「門大。さっきの、ハガネの言葉を聞いていませんでしたの? わたくしは……。わたくしは、あなたの事を愛していますの。だから、離れたくないのですわ。お願いです。そんなわたくしの気持ちを分かって下さいまし。ずっと、一緒にこのままでいて下さいましな」




 クラリスタが顔を微かに俯けながら言った。門大は、突然のクラリスタの告白を聞いて、頭の中が真っ白になった。




「クラリッサの時は、女性同士だったイヌン。それでも、二人は愛し合ってしまったイヌン。それで、離れる事を拒んだイヌン。結局、最後には、離れる事を承知したけど、それは手遅れになってからだったイヌン。クラリスタ。地面の上に下ろして欲しいイヌン」




 クラリスタが、静かにそっとハガネを地面の上に下ろして、手を引く。ハガネが、何事かを小さな声で呟いてから、右前足を上げると、突然、右前足に思い切り噛み付いた。




「何をしているのですの?」




 クラリスタが声を上げ、ハガネに向かって手を伸ばす。




「どうしたんだ? やめろ。血が出てる」




 クラリスタの声を聞いて我に返った門大は、ハガネの様子を見て声を上げた。




「急に眠くなって、これは、魔法、ですの……」




 クラリスタの体から不意に力が抜けて行く。




「今度はなんだ?」




 門大は言いながら、その場に倒れようとするクラリスタの体を動かし、なんとか、倒れないようにと踏ん張った。




「驚かせて済まなかったイヌン。クラリスタには眠ってもらったイヌン」




 ハガネが、自分で噛んだ右前足の血が出ている所を舐める。




「どういう事だ?」




「説明はクラリスタの服を用意してからイヌン。いい加減、このままではかわいそうだイヌン。ちょっと待っているイヌン」




 ハガネが自分で噛んだ前足を、引きずりながら歩き出し、その場から離れる。しばらくして戻って来ると、木の枝をこれでもかというくらいに、口に咥えていた。




「それをどうするんだ?」




「今から魔法を使ってクラリスタの服を出すイヌン」




 ハガネが地面の上に置いた木の枝の上に、自分の体から毛をむしり取ってのせ始める。




「また、そんな事を。ハガネ。さっきから何をしてるんだ?」




「魔法を使うには、対価がいるイヌン」




 毛をむしり取る事をやめたハガネが、そう言ってから、小さな声で何事を呟き始める。木の枝とハガネの毛が眩い光を発し、しばらくしてその光が消えると、木の枝とハガネの毛があった場所には、白いワンピースのような形状の服が置かれていた。




「これが、魔法」




 門大は、服を見つめる。




「見ていないで着るイヌン。石元門大。君の世界には魔法はないイヌン?」




 門大は服を着ながら、魔法なんてこんな便利な物はなかった。こっちに来てからも、こんなふうに間近で見た事は一度もなかった。と言った。




「そんなに便利ではないイヌン。さっきも言ったけど、対価がいるイヌン。クラリスタを眠らせるには、生き物の何かという対価が必要だったから、足を噛んだイヌン。生き物に直接何かをするには生き物の何かを、それ以外の物に何かをするにも、それ以外の物の何かというように、必ず対価が必要になるイヌン。ハガネは悪魔だから、人間よりははるかに多くの魔法を、使う事ができるイヌン。けど、それは、単純にハガネの体が再生するという、悪魔に備わっている能力のお陰だイヌン。魔法は、使い方によっては、対価によっては、と言った方が分かりやすいかも知れないイヌン。諸刃の剣なんだイヌン」




 ハガネが噛んだ方の前足を門大に見せるように上げる。既に足には傷などはなく、ただ血の跡が残っているだけだった。




「なんか、怖いな。じゃあ、派手に火を出したり、氷を出したりして、魔法で攻撃するみたいな事をしようとしたら、対価を集めるのが凄い大変なのか?」




 門大は、ロールプレイングゲームなどで使われていた魔法や魔術の事を思い出してそう言った。




「準備は大変イヌン。けど、その方がある意味楽イヌン。繰り返しになるけど、直接生き物に何かをするには、自分か、別の何かの生き物を対価にしないと駄目イヌン。魔法だけで、相手を即死させようとすれば、自分か別の何かの生き物を即死させなければ駄目イヌン」




「そんなんじゃ、全然使えないじゃないか」




 ハガネが後足二本だけで立ち上がる。




「そこで、この悪魔の再生能力が発揮されるイヌン。悪魔の再生能力は、死んでも働くから、死んでも再生して生き返るイヌン。悪魔は死なないイヌン。だから、相手を殺す魔法を使っても平気イヌン」




「なるほどな。凄い設定だな」




 このゲームってなんなんだろうな。変な所に力が入ってるよな。と門大は思う。




「設定イヌン? 君もそんな事を言うんだなイヌン。クラリッサの中に転生して来た者もそんな事を言っていたイヌン。このゲームの設定は深い。過去の部分もこんなに作り込まれていて。とかなんとかイヌン。こんな事も言っていたイヌン。この世界はゲームという物の中にあって、転生して来たその者はそのゲームを知っていると言っていたイヌン」




「ちょっと待った。その転生者がいた頃って、今から凄い昔の話なんだろ? その頃にゲームなんてなかったはずだ」




 門大は言ってから、その話も、ただの設定なのかも知れない。いや。俺は確かにここにいる。そうだ。俺を撃った奴も転生者だって言ってた。そうなると、転生者はやっぱりいたって事なのか? けど、そんな昔に、このゲームがあったはずなんてない。と思った。




「そんな話もしていたイヌン。その者はこんなふうにその事を解釈していたイヌン。転生者は時を超えて来るとイヌン。君が、何百年も前の世界や、そのまた逆の未来の世界に転生するという可能性が、あったという事イヌン」




 なるほど。そういう事か。でも、そうなると、このゲームの中の世界っていうのは、ゲームの中の世界だけど、本当にある世界と同じように、ずっと前から存在しているっていう事なのか? でも、王都にいる時はパラメーターが見えてた。こっちに来てから見えないけど、そんな世界なんてあるのか? ……。駄目だ。なんだか分からなくなって来た。と門大は思った。




「考えても答えは出ないイヌン。その者もよく頭を悩ませていたイヌン。まあ、この世界の色々な所に行って色々な事を知れば何かしらの答えは見付かるかも知れないイヌン。今の君のままでは無理だけど、神龍人になれば、それも可能になるイヌン。翼があって空が飛べるイヌン。両手に持つ剣からは、対価などがなくても、雷と炎を出せるイヌン。強さも凄いイヌン。神々のいる天上界と、龍の住まう空中界と、人の暮らす地上界、その三界のどこに行っても相手を圧倒するほどの強さを持つイヌン。神、龍、人の六つの目を持ち、二対四枚の、神と龍の翼を持つ者で、体を巨大化させ、巨人になる事もできるイヌン」




「それに、俺がなるのか?」




 そんな者になれれば、クラリスタを守ってやる事ができるのではないか? クラリスタを苦しめるすべての物から、クラリスタを解放する事ができるのではないか? 門大は、そう思った。




「なるイヌン。石元門大は今の石元門大のままで、強大な力を持つ魂と、その器、いや、器の方は体と言った方が分かりやすいかも知れないイヌン。そんな物を手に入れる事ができるイヌン。後の諸々の事はそういう存在になってから考えればいいイヌン。できるだけ早く決断するイヌン。クラリスタが起きてしまったら、きっと、また反対するイヌン。クラリスタには酷かも知れないけど、このまま、何も告げずにやってしまった方がいいイヌン」




 ハガネがお座りをする。




「クラちゃんに黙ってやるのは、ちょっとな。さすがに、怒るだろ」




 今まで、努めて、考えないように、思い出さないようにしていた、クラリスタの告白の言葉が、頭の中を過る。門大は、心の中に広がっていく戸惑いを、振り払うように、クラリスタの右手に目を向けた。




「ハガネは、クラリスタは嘘を吐いていたと思っているイヌン。きっと、この子は、自分の体がどうなっているか、どうなっていくのかを知っていたと思うイヌン。石元門大が心配するから、わざと知らない振りをしていたと思うイヌン」




 門大は、クラリスタの右手を動かしてみる。右手はなんの違和感もなく普通に動く。




「こっちのこの流刑地にいる限りは不老不死だって聞いてる。ここなら、変身しても体は壊れたりしないんじゃないのか?」




 門大はクラリスタの言っていた言葉を思い出してそう言った。




「それは、この地で起きた事だけイヌン。この地に来る前からある物は、変わらないイヌン。例えば、この地に来る前に何かの病気にかかっていたとしたら、この地に来たからといって、その病気が治ったりはしないイヌン」




「死ぬ事もあるって事か?」




「あるイヌン。そもそも、その話、恐らくは、この地は流刑地で、この地に住む悪魔が、流刑になった者達を苦しめるという話だと思うけど、その話は嘘イヌン。この地は、まだ転生者がクラリッサの中に来る前、クラリッサが雷神と炎龍と融合した少し後に、クラリッサが、クラリッサ自身とハガネ達三大悪魔の為に作った場所イヌン」




「じゃあ、不老不死も嘘なのか?」




 ハガネが小さく頭を左右に振る。




「それは本当イヌン。クラリッサは、ここでハガネ達と暮らすつもりだったイヌン。雷神と炎龍の力を持っていても、自分だけは人間で、先に死んでしまうからと、この地にいる間は人間でも不老不死になれるようにしたイヌン。クラリッサは、この世界を作っている神々にも愛されていたイヌン。だから、そんな事ができたイヌン。それなのに。人間達は、彼女を王都に呼び戻し、戦いに利用して、彼女を壊したイヌン」




 言葉の途中からハガネの目付きが険しくなり、言い終えると、唸り声を発したので、小さいが鋭く尖った二本の犬歯が、口の中から威嚇するように露出した。

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