組織の介入

キーファー・ギルフォードの小さな帝国であったギルフィア地区は、トーキョーの端に存在する地区だ。

一昔前、諸外国の介入によって旧東京首都は解体され、周辺の県を巻き込みトーキョーとなった。

諸外国の介入の理由は、裏でマフィアが動いていたとか、巨大なヤクザ・シンジケートが海外マフィアと結託するため政府を操作したなど、諸説ある。

表向きとしては、未来に向けての日本のグローバル化と説明された。

このトーキョーが生まれるまでに、裏社会では何百人ものアサシンやマフィアの構成員、政府の重役が血を流したという。

もちろん、裏社会知らぬ表社会の住人も犠牲となった。


表社会の人間が行かぬであろう路地裏では、何人もの裏社会の住人がサプレッサーの付いたオートマチック拳銃を撃ち合いながら血を流している。

血は路地裏で血だまりとなり、やがて消えていく。

そして今日も、消えゆく血だまりを流す者がいた。


「ロレンツィオも兵士を寄越したか」


「そ、そうだ!来音という女アサシンを雇ったんだ!も、もう良いだろう!見逃してくれ!」


「敵前逃亡するのか?許されぬ。名誉を自ら傷つけるか」


「うるせえ!見逃してくれよお!話したじゃねえか!」


路地裏に水たまりが広がっていた。

赤い水たまり。

血であった。

血だまりには、両手両足を切断されたマフィアの構成員の男二人が横たわりながらもがいていた。


「竹所組が!ヤクザっつのはこうも汚ねえのか!」


「見逃してくれ!見逃してくれ!」


「ギルフィア地区は我ら軍勢が制圧する。そこに他軍の兵士がいてはならない」


マフィア達は見た。

大正時代を思わせる旧日本のような軍服に身を包んだこの男の赤く光る眼光を。

その眼光は狂気を孕んでいた。

底知れぬ狂気を。


乾いた銃声が二つ響くと、血だまりは更に広がり、やがて品種改良されたカラスが群がった。

カラスが満足そうに去っていくと、そこには何も残されていなかった。


                   ・・・


マサカーとサファイア、そして来音はギルフィア地区の南部を目指すため、西部の主要駅発の列車に乗っていた。

西部の駅は西洋建築と和風建築が融合したかのような、日本らしさを感じさせながらもモデルとして優れたデザインを持つ。

一方、列車はただの列車であった。

富裕層の群れの中に入ってしまった一般人のような列車は、西部駅を素早く去っていった。


列車の中は満員というわけではなかった。

立っている者もいるが、席は所々空いている。


サファイアは窓の外の光景を眺めていた。

外は荒れている。

だが、遠くに見える都市は模型めいて整えられとても綺麗だ。

ふと窓のガラスに、彼女が映った。

まだ幼さが残る端正な顔立ち。

その名に相応しい青い宝石のような瞳。

金のような髪は整えられ、後ろでまとめられていた。

来音がやったのだ。


「来音。何か作戦はあるのか?」


ガタンゴトンと心地よく列車が鳴る中、マサカーが椅子にもたれかかりながら問うた。

来音はブラウスの袖をまくり、腕を出す。

一見ただの生身の腕のように見えるが、目を凝らすとペン入れされたプラモデルのように小さな線が入っていた。

義手である。

来音が餅のような皮膚の装甲を開くと、そこには液晶ディスプレイが内蔵されていた。


「すごい、です……!」


窓の外の光景を眺めていたサファイアは来音の義手を見て、その機構にキラキラと目を輝かせる。


「最近の大手企業のサラリーマンなら持ってるやつもそう少なくはないとは思うけどね……」


「それ、ヤツのアジトの構造図か」


液晶ディスプレイには構造図が表示されている。

ケイン・ギルフォードのアジトのものだ。


「そうそう。私がポイントを付けてるのはこことここと……ここか。それぞれメリットとデメリットがあるけど、今日は三人いるんだ。何とかなると思うよ」


「なるほどな」


「カスターはフルコース完全装備?」


「ああ、フルコースだ」


「サファイアちゃんは武器持ってる?」


「武器はない、です」


「俺から渡すつもりだ」


「なーるほどね」


彼らは会話を続ける。

ガタンゴトンとも鳴らぬ静かな列車の中で、マサカーと来音はアジトについて真剣に話し合っていた。


……サファイアは首を傾げ訝しんだ。

先程まで、列車は線路の繋ぎ目に到達した時ガタンゴトンと音を鳴らしていた筈だ。

思えば、奥の方で話をしていた女子高生達の話も聞こえなくなっていた。

彼女らの口は、動いているというのに。


「そんな物騒な話をして、何のつもりだ?ン?」


いつの間にか席の前には目出し帽に帽子、コートという黒ずくめの男が立っていた。

マサカーと来音は咄嗟に銃を抜こうとするが、それよりも速く男が袖の中から三つの拳銃を取り出した。


「俺は静寂探偵サイレンスだ。周りのヤツらには会話聞こえてねえから安心しな。俺の静寂空間マナーモードじゃあアンアン喘いでも外にゃあ聞こえやしねえ。特にそこの女」


「ご丁寧にどうも」


「静寂探偵サイレンス……」


サファイアは目の前の探偵を睨む。

探偵は肩をすくめたが、両手に持った三つの拳銃はしっかりと三人の方へ向いていた。


「……ケインの使いか」


マサカーが言うと、サイレンスは鼻を鳴らして笑った。


「そうさ。どうやらロレンツィオがアサシンを寄越したらしいからな。五木来音はー……あんただな。良いおっぱいしてやがる」


「表社会で大胆に銃を抜くとはな、静寂探偵とやら」


「静寂空間じゃあ誰も俺達の所業おとに気付きやあしないさ。便利だろ?」


「ホントホント……便利だね。で、後ろで銃を構えてるあの男はアンタの仲間?」


「は?」


サイレンスは咄嗟に振り向こうとした。

しかし、時は既に遅かった。

サイレンスの頭部は吹っ飛び、脳髄と濃い血が列車の床にバラ撒かれた。

静寂空間マナーモードが解除され、列車の中で響いている悲鳴が三人の耳に響いた。


「きゃあああああ!?」

「銃だ!銃を持ってる!」

「ひぃぃ……」


「ケイン・ギルフォードの側近、静寂探偵サイレンスの排除を確認した。続いて第三勢力の排除に移る」


サイレンスを殺した張本人……大正時代を思わせる旧日本めいた軍服に身を包んだ探偵は、サプレッサーめいたものが無理やり取り付けられた黒塗りのマスケット銃めいたフォルムのライフルを三人の方へ向けた。

その赤く光る眼光は、底知れぬ狂気を孕んでいる。

マサカーは警戒しながら、コートの懐のサブアームの拳銃に手をかけた。


「アンタ……まさか……!」


「知ってるのか!」


来音は身を震わせた。

ギルフィア地区の政権を巡り、ギルフォード・ファミリーやロレンツィオと敵対する小規模程度のヤクザ・シンジケート「竹所組」。

ここ数年でその小さな組織をギルフォード・ファミリーやロレンツィオの組織と同程度の立場まで押し上げ、その地位を確固たるものとさせた存在。

大正時代の旧日本を思わせる軍服に、赤い眼光。

そしてマスケット銃めいたフォルムのライフル。

竹所組の切り札。


「まさか、とは何だ」


旧日本めいた軍人は口から狂気の蒸気を吐き出し、牙を剥き出しながら言った。


「我らは兵隊探偵三浦兵みうらつわもの。ギルフィア地区制圧に向けて、貴様ら第三勢力を排除する」

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