夢見ぬ少女、夢見れぬ男

マサカーと少女は、一般市民に紛れながら通りを歩き、やがてこの地区の西部へとやってきた。

この地区の西部は随分と荒れていた。

ストリートチルドレンが麻薬を買うために強盗を犯し、それを腐敗した警官が撃ち殺す。

警官が撃ち殺せば、ストリートチルドレンを率いていた小規模なマフィアや若者の武装集団が報復に警官を嬲り殺し、そして武装警官が更に報復へ走り抗争が起きる。

麻薬を買うカネのために、体を売る女もいた。


「行くぞ」


「はい……」


少女はマサカーから離れぬよう、やや速足で歩く。

マサカーもそれを感じ取り、速足でこの通りを抜けていった。

途中いやらしい目つきをしたギャングスタ達が少女をじろじろと見ながら絡んできたが、マサカーが威圧するような動作で一人をホールドアップし睨むと、ギャングスタ達は去っていった。


やがて、二人は廃墟となった小規模な住宅地へとやってきた。

連なる数々の廃墟の中から、マサカーは燃え尽きた一軒家の前に立った。


「……すまん」


「……わ、私何も……ごめんなさい」


「いや……お前は謝らなくて良い。ともかく、入るぞ」


マサカーは、扉があったであろう場所を潜り、廃墟の中へと入った。

少女はぺこりと頭を下げ、マサカーに続いた。


マサカーは辺りを見渡すと、半分燃えてしまった写真を取り、懐の中へと入れた。

少女はそれが、女の人の写真だということがわかったが、それ以外は燃え尽きていたためわからなかった。

マサカーはそれだけを懐に入れ、残りのものをゴミの山のように積み上げていった。


「なに、しているのですか……?」


「過去を抹殺する。俺は、抹殺探偵だからだ」


そう言ったマサカーの顔は、どこか悲し気で、寂しげで、同時に怒りが籠っていた。

少女は何か言おうとしたが、淡々とものを山に積んでいくマサカーを見て黙った。


やがて山が積みあがると、マサカーはそれに火をつけ燃やした。

ごう、ごうと炎が鳴り、強く燃え上がる。

それは暗く染まっていた空に、赤い軌跡を残していた。


「今日はこれが焚火になる。すまんが、今日はもう休む」


マサカーはバッグの中から布を取り出し、広げる。


「お前はこっちだ」


マサカーは敷かれた簡易布団を指差す。

少女は頷き、簡易布団の上に座った。

マサカーも横たわり、しばらく少女を見ていたが、彼女がずっと空を見上げていたため目を瞑った。


少女は、マサカーが目を瞑った後も空を見つめ、そして燃える炎を見た。

炎の中に、家の名札があった。

「源氏」。

彼の本当の名前なのだろうか。


「げんじ……」


少女は源氏の名を呟き、空を見上げた。

星が輝いている。

月が夜を照らしている。

炎が煌めき、星に届かんと燃え上がっている。

だが決してこの炎が届くことはない。


「お前も、眠れないのか」


ふと、マサカーが少女に声をかけた。

少女はビクッと震え、仰向けに空を見上げているマサカーを見た。


「眠れない、のでは……ないのです」


少女は胸に手をあてた。

キュっと毛布を握りしめ、胸の奥を見るように俯いた。


「眠りたくない……です」


「そうか」


マサカーは目を瞑り、そして開いた。

彼の目は、酷く濁っていた。

彼の暗い目には星が映っていなかった。

炎が灯っていた。


「俺は少し違う。眠れない」


「そうなの、ですか?」


「お前がいるからな」


少女はそれを聞き、立ち上がった。


「ごめんなさい……それなら、去ります」


「言葉には裏がある」


「……どういう、ことでしょうか?」


「確かに俺は、お前がいるから眠れない……ということもある。お前とはまだ会ったばかりだ。信用ならん。だが、俺が眠れないのは、そういうことではない」


マサカーは噛み締めるように言った。

彼は悲し気であったが、少女にはその声の意図がよく読み取れなかった。

マサカーは不器用な男であった。


「そういうことでは、ない」


「……私は、ここにいても……いいのですか?」


「俺はお前の親ではない。だが、俺のような人間がお前に去れと言う権利はない」


「ありがとう……ございます」


少女は安心したのかふぅと息を吐き、その場に座った。

マサカーは何故だか少し安心し、うずくまっている彼女を見た。


「何故、お前は眠りたくないんだ。夢は良いものだろう」


「夢……は、怖いです」


少女は組んでいる膝に顔をうずめ、マサカーを一瞥する。


「皆、私を叩きます。なにか……恐ろしいものが、私を引きずり込もうとして……怖いです。いつも、それを見ます」


「……すまなかった」


「い、いえ……あ、謝られることなんて……ごめんなさい」


しばしの沈黙があった。

彼らは星を眺め、昇る陽の光を拝み、数多の星を侵食し掻き消す眩しい陽の様を見ていた。

結局、マサカーと少女が一睡もすることはなかった。

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