クリーニング

『速報が入りました。キーファー・ギルフォード氏が、今日未明亡くなった模様です。彼は映画にも出演する投資家であり、34歳でした。お悔やみ申し上げます。続きまして~』


抹殺探偵がアジトへ押し入り、彼を殺してから一時間足らずで、キーファーの死は世間に報道されることとなった。

だが、表社会ではキーファーも所詮は数多の有名投資家の一人に他ならない。

速報として報じられ、詳細は語られず、一般市民の耳には残ることはない。


『速報。数々のシャドウ・コミュニティで取り上げられ称賛されたキーファー・ギルフォード氏、殺害される。暗殺者は不明。彼の側近、ミスター・プラスチックも死亡を確認。これにより、彼の天下である麻薬地区は他組織の介入が激化する可能性大。既にロレンツィオ・シンジケートや竹所組が声明を発表。抗争の激化も予想され~』


だが、裏社会では別だ。

キーファー・ギルフォードは、”麻薬市場で最も成功しているボス10人”として、大体六位くらいで複数の裏社会雑誌やダークメディアで取り上げられるマフィア「ギルフォード・ファミリー」のボスたる存在だ。

彼は麻薬を捌く地区を一か所に絞ることで、麻薬を隅々まで浸透させた。

そうすることで、その地区を自身の実質的な天下とし、小さな帝国としての地位を築き上げた。

だが、その小さな帝国の帝王は死んだ。

帝王が死んだ国は、崩壊するか吸収されるかの二択だ。


誰もがキーファーが遺した小さな帝国を狙うであろう。

抗争の激化は、裏社会人にとって誰もが想像に容易いことであった。


それを、個人的な八つ当たりで潰した男もまた、その事を想像していた。


「……」


マサカーは血塗れた帽子、コートをクリーニング屋に処分を依頼した。

ただのクリーニング屋ではない。

汚れ仕事をした裏社会人のアシを洗うために存在する、裏の顔を持ったクリーニング屋だ。


「大変だねえ、お客さんも」


店員が呟いた。

彼の口元には煙草。

キツい煙を漂わせている。

そう、麻薬成分が刷り込まれた、ギルフォード・ファミリーの商品の一つだ。


「王様がいなくなっちまったもんだから、お客さんも仕事いっぱいくるよ。まあ、こっちはいっぱいカネ貰えるから良いんだけどさあ」


「ああ、そうだろうな。俺もしばらく大変なことになるに違いない。で、クリーニングできそうか」


「いやあこれは大胆にやっちまってるよお客さん。血のプールに漬け込んだのかい?」


「いや、百人程度殺しただけだ」


「ほっほお、なるほどお」


店員は笑みを浮かべた。

マサカーも軽く笑みを浮かべる。

周囲の雰囲気が、少しどろりと濁った。


「うちの王様を殺したのはあんたなのかねえ」


「どうだろうな。知らない方が良い事もある。そうだろう」


「なるほどお、なるほどお」


店員はビニールに包まれた新しいコートと、帽子のセットをマサカーに差し出した。


「恩に着る」


「ま、お疲れさん。辛かっただろうに」


「辛くはない。むしろスッキリした」


「ははっ!そりゃあそうだろうさあ。ところで、そこのお嬢さんは何者だい、お客さん。奴隷でも買ったのかい?」


「なに?」


マサカーは後ろを振り返った。

そこには水ぼらしい格好ながら、磨けば美しい女性になるだろうと確信させるような少女が、ちょこんとマサカーの後ろに立っていた。


「ついていっても、良いですか……?」


少女は儚い声で、マサカーを見上げながら言った。


「なーに、勝手についてきちゃったのかい、その娘」


「ああ、どうやらそのようなんだ」


マサカーはため息をつき、少女を見る。

少女はサファイアの宝石めいた瞳で、ただマサカーを見つめていた。

マサカーが首を傾げると、少女も首を傾げた。


「じゃ、ここで始末してくかい?」


店員はサプレッサーを取り付けた拳銃をチラつかせる。

少女はビクッと震え咄嗟にマサカーから離れ、店員から間合いを取って構えた。

軍隊武術めいた洗練された構えだ。

少女は店員を睨み威嚇する。


「ううう……!」


「いや、良い。俺が後で始末する」


「そうかいそうかい。ま、そうしてくだせえ。クリーニング屋が直接手を汚すのはゴメンなのでねえ」


「ともかく、恩に着るよ」


マサカーは軽く店員に一礼し、ビニール袋に包まれたコートをバッグに入れ部屋から出ていこうとし、出口の前で立ち止まった。

そして店員を威嚇している少女を見つめ、そして店員を見る。


「この娘に合う服をくれ。スーツでも何でも良い」


「ははあ、かしこまりましたよ」


「……?」


少女は構えを解き、マサカーと店員を交互に見つめた。

店員は適当に服を身繕い、カウンターに置く。

それは少女には少し大きめのシャツと大きめのベスト、そしてズボンとシューズであった。

少女は警戒しながら、興味津々といった様子でカウンターへ歩み寄った。

遅れて、マサカーがカウンターに置かれた服を見る。


「この娘にはちょっと大きいかなあ。ま、そこまで支障はないと思いますがねえ」


「……これ、着ても……良いの……ですか?」


少女はマサカーに恐る恐る問うた。


「ああ、そうだ。いつまでもその格好だと、逆に怪しいからな」


「わかり……ました」


少女はその場で布きれめいた服を脱ぎ始めた。


「オイオイオイ!ここで着替えろとは言ってないぞ!」


「そ、そうだよお嬢さん!」


「……? そう、なの……ですか?」


少女は脱ぎかけの服を戻し、ぺこりと頭を下げた。


「ご、ごめんなさい……罰を……」


「いや……その……謝らなくて良い。それに、罰なんてない」


「ま、まあ。そうですねえ」


店員は咳払いし、カウンターを軽くバンバンと叩いた。


「とりあえず、料金はサービスってことにしておくよ、お客さん」


「すまない。恩に着る」


「……ありがとう……ございました」


マサカーはぺこりと頭を下げた少女を引き連れ、部屋から出ていった。

店員はにこやかに笑みを浮かべ、血で塗れたコートを鑑定できぬよう念入りに処分した。


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