第4話
そう言って奥さんを送り出したはっつあんですが、奥さんの姿が見えなくなるとしみじみと独り言を言い始めます。それを奥さんが、スマホ片手に、鍋片手、じっと聞いているという具合です。
<八五郎>「まあ、色々とぐちゃぐちゃ言うけど、なんだ、うちの嫁さんと言うのは良くできた人だね。ちゃんと亭主を立てる。あれでもう少し若かったらなあ。こう、亭主っていうのは歳をとっても、嫁さんっていうのは歳をとらないっていう方策はないもんかね。そうすれば夫婦円満が続くよ。そういう薬を発明すれば、ノーベル賞間違いないよ。医学生理学賞だけじゃないよ、平和賞ももらえるよ、きっと」
話は奥さんにも筒抜けですから、最初は喜んでいた奥さん、年の話になると奥さんムッとします。
<奥さん>「何よ、若ければ良いっていうの。もう大根もゆで卵も買っていくのはよしましょう。若けりゃいいっていいんだったら、大根も卵も生で食えばいいじゃない。あんな亭主にはおでんの汁だけで十分だわ」
なんて鍋を片手にぶつぶつ言っております。通りを歩きながら思わず鍋をこう、振り上げるもんですから、近くを歩いていた人が、おっと避けて、
<通行人>「なんだい、あれは。鍋で強盗でもするのかね」
とびっくりしています。スマホの中ではっつあんの独り言は続いています。
<八五郎>「しかし・・・でもなあ。若いっていうのがいいかっていうとそうでもないんだよな。やっぱり女っていうのは五十を過ぎて値打ちが分かるもんだよな。こう、なんか五十にもなると、様子も、物言いも老けた感じの女もいるけどね、そこにいくとうちの女房は、いいよ。なんか歳をとっても色気があるし、瑞々しいよ。それに若い女っていうのは、なんか、若いのを鼻にかけているからなぁ。いずれ歳をとってしっぺ返しが来るなんて思ってもいない、浅はかさもあるからな。それにうちの女房のほっぺはなかなかかわいいよ。ちょっとつんと、こう触るとね。プルンとしてね」
<奥さん>「あら」
なんて、振り上げた鍋を急いで下ろし、思わず奥さん、頬を撫でてみたりします。
<奥さん>「やっぱりコンニャクくらいは買っていかなければねえ」
プルンと、でコンニャクを思い浮かべたんですかね。
<八五郎>「よく考えてみれば、あれはできた女房だよ。俺には過ぎた女房だ。こんな夜中に帰ってきても、なんだかんだと言っておでんを買いに行ってくれる。なかなかできないことだよ。人の話を聞くと、夜中帰るとたいていは寝ちゃっているよ。中には翌朝、玄関で寝ている亭主をまたいで買い物に行っちゃうなんて女房もいるらしいよ。それに比べれば、まるで天使だよ」
八五郎の言葉を聞いていた奥さん、今度は鍋を持った手を広げてステップなんて踏むもんだから、
<通行人>「おいおい、危ないよ。鍋で踊っているよ。片手でスマホ、片手で鍋ってどういうことだい、新しいエクササイズゲームでもできたのかい?」
なんて言いあいながら通行人が避けていきます。
<奥さん>「何を頼まれたんだっけ。卵と大根・・・それにつくね、と牛筋を足そうかしら。あんたの旦那はスジがいい、なんてね。あと何があるかしら。イカゲソもいいわね・・・」
とだいぶ鍋の中味は充実していきそうでございます。コンビニに到着すると、あれこれ選んで持ってきた鍋に入れ、勘定を済ましたころ、またスマホから八五郎の声が聞こえてまいります。
<八五郎>「早く帰ってこないかね。おでんも食いたいが、やっぱり女房がいないとね、どこか落ち着かないもんだね、会いたいね」
それを聞いていた奥さん、思わずスマホに貼ってあったテープをはがし、
<奥さん>「あたしもよ、ダーリン」
なんて言ったものだから、画面の向こうで八五郎は思わず椅子から転げ落ちそうになっています。
<八五郎>「え、どういうことだ?なんで女房の声が聞こえるんだ?」
きょろきょろとしているものですから、奥さんが声を掛けます。
<奥さん>「棚をごらんなさいよ」
奥さんの呼びかけを聞いて、棚の方に向かうと奥さんのスマホの画面に八五郎の姿がどんどんズームアップしていきます。それに向かって奥さん、チュッとか言ってキスをしたもんだから今度こそ、八五郎びっくりしてこけてしまいます。
<八五郎>「なんだ、お前、俺の話を全部聞いていたのか?」
<奥さん>「そうよ。おでんたくさん買って来たから待っててね、ダーリン」
<八五郎>「それで・・・お前は自分の分に何を買ったんだ?」
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