落としもの

 ふらっとなにげなく入った喫茶店。

 ノスタルジックな雰囲気でジャズが流れる。

 私は窓際で深く沈む一人がけのソファに身をゆったりと預けながら右手に先ほど拾った飾りを揺らす。

 チリチリと音がした。



 会社の春先の人事で部署が変わり一か月半ぐらい経っていた。

 新生活に疲れた私はなにか癒やしを求めていた。

 出来れば美味しい珈琲を出してくれそうなお店でもあったらなと休日に散歩をしていた。


 それと読書をしながら過ごせる居心地の良い場所を求めていた。人もまばらな朝早くの公園に来ていた。

 大学に通っていた時に何度か友達と来た公園だった。

 急に輝いていたあの時代を懐かしく思い来てしまった。


 初夏の鮮やかな緑色の樹々のなかゆっくりと歩き出す。

 時折りイヤホンをつけたランナーが私を追い越して行く。


 歩みを進めてふと目に止まるのはキラリと光るもの。


 なんだろう?


 近づくと小さなフクロウの形のストラップが公園の道に落ちていた。

 金色で拾い上げて振ってみると鈴のがした。


 どうしよう?


 とりあえず私はそのストラップを持って周りを見渡すと小さな喫茶店が見えていた。

 この公園に喫茶店なんてあったんだ。


 私は喫茶店に向かった。

 カランカラン…。

 ドアベルが鳴る。

「いらっしゃいませ」

 まるで時が止まったようなレトロな店内にマスターは髭を生やしてフォーマルなベストに身を包み愛想よく私を出迎えた。

 落ち着いた店内に客は私と初老の男性が一人の二人だけ。

 かぐわしい珈琲豆の匂いが充満している。

 マスターがフライパンでナポリタンを炒める音がして柄を握る手を勢いよく振ると具材たちが時々空中にダンスしているようだ。


 私はすぐにここが気に入った。


 私の目の前のテーブルには頼むとわずかな時間で美味しい珈琲にシフォンケーキがならぶ。シフォンケーキに添えられた甘いあんずいりの白っぽい生クリーム。

 本はあとで読もう。


 私はさっき拾ったストラップを目の前で振ると小さくマジックでイニシャルが入っているのに気づいた。


 あれ?

 昔好きだった大学の先輩と同じイニシャルだ。


 カランカラン…。

 店のドアベルが鳴ります。

 爽やかな雰囲気のTシャツにジーパンを履いた男性が一人入って来た。

 三人目のお客が喫茶店にやって来た。


「あの」

 私を見つめる視線を感じた。

「久しぶり」

 あっ。先輩だ。

「それ。もしかして」

 彼は私の拾ったフクロウのストラップを指さした。

 彼の落としものだった。

「座って良いかな?」

「どうぞ」

 先輩は私の前のソファに座る。

 彼はニコリとあの日のように変わらず太陽のように笑っていた。

 私は拾ったいきさつを話し彼は照れたようにお婆ちゃんからもらった形見だと言う。イニシャルはお婆ちゃんが書いてくれたんだって。微笑ましく思った。


 私と先輩は何年ぶりかに会ったのに話が弾んだ。

 偶然の再会には拾ったフクロウのストラップと喫茶店が縁を結んで。

「昨日ストラップを落としたらしくてさ。俺ねよく来るんだここ」

 彼は大学の近くにずっと住んでいた。

「びっくりしましたよ。こんな事ってあるんですね」


 彼と私はいつまでも、思い出話に花を咲かせていた。


 喫茶店の窓から見える景色。

 爽やかな風が吹いて木々の葉っぱをサワサワと揺らしてる。木漏れ日は私たちの顔に優しく降り注いでいた。



      了



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る