あやまち
あやまち。
だよね。
でも、言わなきゃ良いんだよ。
別にいいじゃん。
だめなの?
ねぇ、私の方を好きになってよ。
⛺
空が茜色や桃色に染まる夕暮れどき。
キャンプ場の上には、夕陽色になった羊雲が連なって浮かんでいる。
私は会社の後輩を好きになっていた。小田くん、25歳、妻子持ち。
好きになったって、叶うわけない恋だった。
私は、会社の慰安旅行にキャンプ場に来てる。
じゃんけんに負けた私と小田くんはカレー当番だった。それは作り終えたカレーの見張り番。
他の社員はキャンプ場内の露天風呂に出掛けていて、彼らが帰って来るまで二人きり。
「慰安旅行でキャンプなんて、ね」
「ですねぇ。去年の旅行は温泉旅館でのんびりでしたね」
のんびり――か。
私はのんびりって感じじゃなかったよ? 小田くん。
パチパチ……。
焚き火から爆ぜる音がする。
小田くんの端正な顔に、焚き火のゆらゆらした炎の光が映る。
「小田くん、好き」
「……去年、俺を振ったのはそっちですよ? そういうの結婚前に……」
私は小田くんの唇を奪った。
小田くんは応えるように、私を抱きしめた。
「ずるい人だな。あなたは」
「だって好きだって気づくの遅かったの」
私を抱きしめたまま離さない小田くんは、夜の帳が下り星の瞬きが降り始めた空を見上げていた。
「俺、あなたに振られたから……。やけっぱちで婚活して、あなたへの腹いせに結婚してやったんです。さっさと子供も作って」
「ごめん」
「今さらです……。まだ好きだから、困る。でも俺、家族が大切だから」
そう言いながらも、小田くんは私をぎゅっと抱きしめた。
「ずるいや」
「ねぇ、一晩だけ、私を愛して?」
私と君とであやまちを犯そう?
言わなきゃ良いんだよ。
別にいいじゃん。
だめなの?
ねぇ、私の方を好きになってよ。
「たぶん。今はまだ、俺はあなたのことすごく好きですよ。でも俺は家族を裏切らない。あなたに失恋した時にいてくれたのは妻なんです」
「ふーん。そっか」
逃した魚は大きかったのかな。
私は小田くんから『あなたのこと好きですよ』って言ってもらえた……。
ただそれだけで、私の中の『小田くんが好き』が消化した気がした。
両想いだったから良いか。
だからそれで、満足しよう。
あやまち、起きなかった。
狂わなかった歯車。
私と小田くんは健全なまま。
ただの同僚に、先輩と後輩に戻っていったのだ。
了
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