悪魔の依頼


「はぁ、はあ、はあ……っ、だ、だれですか?!」

 

 ティナは心臓をバクバク鳴らしながら聞く。

 喪服の男は深紅の瞳をぎょろっと向けた。


「誰ですか、ですか。そういうあなたがまず誰なのか聞きたいですがねぇ」

「う、ぅぅ、はあ、はあ……」

「フム。まあいいでしょう。人間が我々ほど礼儀正しくない存在であること知っていますのでねぇ~」

「い、息が……な、なにこれ……ッ、うっ…!」

「凡人が悪魔と言を交わしたのです。当然の代償でしょうにねぇえ」


 ティナが膝から崩れ落ちるのをつまらなそうに見ながら、男はボソっとそう言った。


 





 



「──! ──! ──さん、ティナさん!」


 自分の名を何度も呼ぶ声に、ティナは重たい首をひょこっと持ち上げた。


「ティナさん! よかった、本当によかったです!」

「新人ちゃん……ティナは寝てたんですか?」


 ティナは窓際で気を失っていたのだと、説明をされる。その間、まわりに血の騎士たちが緊張した面持ちで立っているのがわかった。


 ティナは記憶が判然しないでいたが、話を聞いて、直前の恐ろしい体験を思い出すことになった。


 悪魔──と、あの男は確かにそう言った。


「っ! アイリス様は?! 新人ちゃん、アイリス様は無事なんですか!?」


 肩をがしっと掴んでぐわんぐわん揺らしてくるティナに、新人ちゃんは「お、落ち着いてください!」と抗議する。


「ティナ」

「っ、アルバート様!!」


 ゆったりとした足取りで部屋に入ってくるアルバートに、ティナは安堵の息を漏らす。


「赤い眼の悪魔がいて、それで、アイリス様になにかしようとしてて……。っ、アイリス様は? アイリス様は無事なんですか?」


 アルバートは壁際で腕を組んで怖い顔をしているサアナ・ハンドレッドへ、視線をチラッと向ける。


 サアナは口を重苦しく開いた。


「現在、アイリス様は行方不明です」

「へ……行方、不明……?」

「疑いたくはないですけど、ティナさん、あなた何か隠してませんか?」

「っ、まさか! ティナは嘘をつけるほど器用な人間じゃな……じゃなくて悪い人間じゃないです! 信じてください、サアナ様!」


 ティナは興奮して、ベッドから起きあがろうとする。


 しかし、思うように身体が動かせない。

 ジャラジャラと音が聞こえた。

 手首を見れば、枷が掛けられているではないか。


 まるで、囚人のようだ。


「ええええ!? あ、ああ、アルバート様、助けてくださーいっ! ティナ、このままだと豚箱に送られます……っ!」


 アルバートは考え込むように肘を抱く。

 まわりの騎士たちの視線は『怪物』に怯えながらも、非難の色が強く、とても鋭かった。


「ティナ」

「っ、はい、なんですか、アルバート様!」

「一旦、豚箱に行ってこい」

「ぅ、嘘でしょ?!!!?」


 こうしてティナはグリンダリッジ城の地下牢に放り込まれた。


 ──2日後


「うう、うぅう、うわーん!」


 地下牢には、泣きじゃくるティナと、それを慰めるメイドたちの姿があった。


「ううぅ、こんなの酷すぎます! サアナ様も、アルバート様も人の心はないんですか……! ううう!」


「大丈夫です、ティナ様には私たちがついてます!」

「難しい事は私たちにはわからないですけど、ティナ様はきっとすぐ解放されますよ!」

「温かいお夕食持って来ましたよ! 自信作です、これ食べて元気出してください!」


 優しい新人ちゃんたちに元気付けられながら、ティナは何とかかんとか、絶望を乗り越えていた。


 ────────────────────


 ──アルバートの視点


 真っ暗と、澱んだ空気が支配する空間。

 聞こえるのは資料を整理する音だけ。

 もし光が差し込んだなら、空気中を舞う埃が気になって仕方がないだろう。


 現在、アルバートはジャヴォーダン城の真下に位置する、地下研究室の一つにいた。


 今は閉鎖されたこの研究室は、かつては悪魔に関する諸研究を行っていた場所だ。


 成果が出なかった部門だったため打ち切られたのだと、学会内の職員たちには思われている不名誉の跡地でもある。


 数ある研究室のなかでも、特に予算を潤沢に使う事を許されている、城の″地下研究室″たちは、最高機密の成果を集約し、より革新的な実験などを行うための施設である。


 ダ・マンやドラゴンを初めとした『クラス3』、ゲテングニッシュ・ゲートドラゴンやタナトスと言った有数の『クラス4』に該当する素晴らしいキメラ達は、ここで生まれて来た。


 ただ、それも一昔前のこと。

 もうこの施設は閉鎖され、将来的には粛々と狂人の遺物を封印する予定となっている。

 

 それにも関わらず、ここ2日ほどアルバートはこの施設に詰めているのには理由があった。


 最初、アルバートが学会内のメンツから、今回の作業の助手を選ぶ時、イカれた助手たちは「ついに『怪物』復活か?」と、またマッドな研究ができると期待を胸に膨らませていた。


 キメラ開発は、いつだって獣系モンスターの遺伝子を、モンスターに適合させるところから始まる。

 骨が折れる作業だ。だが、これをクリアしないと、100%の精度でキメラを操作できない。

 怪書が本当に力を発揮できるのは獣系のモンスターの使役だけなため、怪書をあざむく形で遺伝子を改造しなければいけないのだ。


 そのため、初日、招集された助手たちは、アルバートに指示されずとも、わかりきった工程のためファングたちを地下研究室へと運んだ。


 そこでアルバートに「キメラじゃない」と言われたのは、全くの予想外のことだった。


 助手たちに与えられた仕事は、キメラの開発ではなく、ただの資料整理だったのだ。

 

 彼らが古い文献をせっせと運び、過去の研究資料から情報を精査している間、アルバートは、ファングを細胞スライムの鍋に、小分けに放り込む訳でもなく、ただボーッとコルクボードを見つめる。


 たまに、めぼしい資料が見つかれば、それに目を通してコルクボードに追加する。


 そんな時間が2日ほど過ぎ去った。


 コルクボードは、いくつもの文献から借用した情報や、サウザンドラから聞き取り調査を行った際の貴重な報告書で埋まっていた。


 ボードの真ん中には、古い羊皮紙に、変色したインクで描かれた、赤い眼をした男の似顔絵が貼り付けられている。


 アルバートは黙したまま、ジーッとコルクボード上の情報を視線で舐めまわしていた。


 ようやく声を発したかと思えば「赤い眼の悪魔……」とつぶやくだけ。


「学会長、資料はこれでいっぱいです」

「そうか。ご苦労」

「……学会長、質問なのですが」

「なんだ」

「今回はなんの研究を? 悪魔関連の研究は打ち切りになったものとばかりに思ってましたが……」


 そう言ってくるのは、かつてこの地下施設で悪魔キメラの開発に、積極的に取り組んでいた『怪物学会・室長』の名札を持つ男だ。


「もう一度チャンスをいただけるのでしたら、今度こそ学会長の満足のいく作品を作ってみせます」


 希望を見出したのか、男は手をこまねいて爛々と輝く瞳をアルバートへ向ける。


 アルバートは男へと顔を向ける。


「研究を打ち切りにしたのはキメラが出来なかったからじゃない。ゆえに君の責任じゃない」

「では、一体なにが理由だと言うのですか」

「本質的なリスクの問題だ。悪魔関連事業はより慎重に進める必要があると判断した」

「いえ、私ならそのリスクすらも学会の栄誉の糧といたましょう! すべては貴方のためなのです、わかってください学会長!」


 学会初期から怪物学会に所属している研究者、特にひとつの研究室を任される『室長』クラスに上り詰めるほどの優秀な者は、漏れなくアルバートの狂信者であることが多い。


 敬愛する学会長ため、偉大な成果のため。

 命を平気で捨てる覚悟を持っている。


「彼らは、最初の吸血鬼を呪いでつくりだし、怨念を抱いた人間を狼に変えて争わせた。彼らにとって人は玩具に過ぎない。そして、多くを不幸にする。関わってはいけない存在だ」

「我々は悪魔を使役できます! 血の河の研究からその確固たる理論を得たではないですか!」

「あれは俺の間違いだった。もう諦めろ、悪魔に魅せられた夢は終わった」

「どうして! どうしてそれほど恐れるのですか! 私の知る学会長は、神への冒涜すら恐れないお方だったはず!」

「すべては学会の利益のためだ」

「全然わかりません! ……あと少しだったんです、あと少しで学会産の人工悪魔を作れたんです……! あと少し、ほんの少し時間があれば──」

「何度言わせる気だ。もう終わった話だ。二度と蒸し返すな」


 威圧感のある声に、男はハッとして「し、失礼しました」と、最敬礼をして口をつぐんだ。


「お前達、今日はもう帰れ。あとは俺だけで良い」


 ──しばらく後


 アルバートだけが残る元・悪魔研究室に、ひとつの足音が近づいていた。

 

「おぉお〜、恐ろしい話ですねぇ。人工悪魔、と来ましたかあ〜。怪物学会は本当に恐ろしいことばかり考えるのですねぇ〜」


 真っ白な肌、深紅の瞳。

 枝木のように細い肢体で、大股で歩き、人間離れした鼻の高さを誇示するように、キラリと輝く白い笑みを浮かべている。


「お前がパルテモスか? まさか本当に召喚に成功するとは」


 アルバートは白くなった手に、チョークと古びた魔導書を持ちながら、魔法陣の真ん中に立ち尽くし、意外そうな顔をして言った。


 足元の魔法陣には、様々な触媒が並べられており、ろうそくの揺れる炎が、暗い部屋に怪しさの香りを加えている。


「オカルト的な黒魔術になど興味はなかったが、意外とこれが一番悪魔に近い魔術だったと言うことか」


 アルバートは皮肉げに笑いながら、チョークを放り捨て、瓶を傾けてぶどう酒をラッパ飲みする。


「全然違いますよぉ。吾輩は貴方に召喚された訳では無いですぅ〜。腐ったネズミの死骸と、乾燥した臭い葉っぱで呼べるなんて思わないでくださいねぇ〜。吾輩が来たのは、吾輩の意思ですよぉ〜」

「だが、姿を表した。俺の目的達成されている」

「まあ〜確かに〜」


 アルバートは古びた魔導書を机に置いて、飲み干した酒瓶を投げ捨てると、怪書を召喚して、重さを確かめるように持ち上げた。


「悪魔、後悔しないうちに、アイリスを返せ」

「あはっ! 人間風情が大きく出ましたねぇ〜! 後悔するのがどちらか試してみましょうかぁ〜!」


 ───10分後

 

 激震がおさまり、砂埃がもうもうと立ち込めている広大なドーム状の空間。


 遥か高い頭上、ドームの真ん中の天井には、上から崩落して開通した大穴が空いている。


 ここはジャヴォーダン城の地下に建設された、キメラのための地下耐久実験場──今となっては埃被った狂人の遺産のひとつである。

 

 そんな、かつての果てしない熱量が感じられる巨大ドームの真ん中で、ボロボロの姿をさらすのは、十字架に貼り付けられた悪魔だ。


 小綺麗な喪服は、ビリビリに破けていた。


 悪魔の正面、聖火杖を持つ執事長アーサーと、同型の武器を使いこなす『怪物』アルバートは肩で息をしながらも呼吸を整える。


「はあはあ……手こずらせやがって、悪魔が」

「随分と達者になられましたね。わたくしめがいなくとも、今のアルバート様ならば、お一人でも悪魔を祓えそうです」


 孫の成長を喜ぶかのようなしわくちゃの顔に、アルバートはむず痒い気分になった。


「んんん〜ぅ、悪魔祓いがいるとは聞いてましたが、まさか聖歌隊だとはぁ〜。とんだ誤算ですねぇ〜。いやぁ〜、吾輩、後悔後悔!」


 悪魔はニヤニヤ楽しげに言う。

 両膝を割られ、両手には穴が空いているのに、まだ余裕そうだ。


 アルバートは聖火杖を悪魔の腹に突き刺す。


 悪魔は口から黒い液体を吐いて、苦しみにうめき声をあげた。


「アイリスを返せ。このまま祓われたいのか」

「ん、んぅん……ぅ〜ん、それはご勘弁願いたい、ですねえ〜……」

「なら、さっさと返せ」


 悪魔は口から黒い血を滴らせながら、ニヤリと微笑む。


 すると──パチン。


 広い空間によく響く、乾いた音が聞こえた。


「え」

「っ!」


 目の前、十字架に磔にされていた悪魔の姿がいつの間にか消えていた。


 目線を外した訳でもないのに、視界から消える。認識がズレているような感覚は、アルバートが以前悪魔化したアイリスに感じたものに似ていた。


「吾輩は争いに来たのではありませんよ」


「後ろ!」

「お下がりを」


 背後から声が聞こえる。

 

 アーサーは、背後の悪魔へ、まるで時間が加速したかと思うような反応速度で、聖火杖で勢いよく振り払った。


 銀色の雷をまとった一撃を、悪魔はバックステップで避けながら、茶化すように口笛を吹く。

 

「アーサー、どけ」

「承知」


 アルバートの足元から黒い液体が溢れる。

 直後、ダ・マンの巨体が飛び出し、召喚と同時に拳を振り抜いて、殴打を悪魔に叩き込む。


 悪魔の腹に深く拳が突き刺さる。

 細い身体は、弾かれたように吹っ飛ぶ。

 とてつもない衝撃に、耐久実験場全体が揺れ、細い悪魔の身体は壁面に深くめりこんだ。


「わぁお、凄いパワーですねぇ。腕力だけなら、吾輩と良い勝負ができるかもしれませんよぉ〜」


 まるで傷ついていない悪魔は、汚れてもいない喪服を手で払いながら、軽薄な態度を崩さずに向かってくる。


「アーサー、動けてるぞ、あいつ。話が違うが」

「おかしいですね。聖十字なら悪魔の再出現を抑制できるはずなのですが」


「吾輩は例外というだけですよぉ〜。その武器に付与された、天使の祝福は本物、並の悪魔なら十分に封印できるでしょおぉ〜」


 悪魔は手を高く掲げて、指を鳴らした。

 響き渡る小気味良い音に、アルバートはつい身構えてしまう。


 だが、いきなり謎の衝撃波にぶっ飛ばされるような事はなかった。

 代わりに、悪魔の足元に黒い棺が出て来る。

 とはいえ、相変わらず意味不明の能力だが。


「吾輩は争いに来たのではないのですよ」


 悪魔は棺を立てて開く。

 スヤスヤと心地良さそうに眠るアイリスが中には入っていた。


「返して欲しいのなら、返しましょう〜」

「わからないな。なんで誘拐した? 俺の召喚に応じた訳でもなく、わざわざ返しに来るなんて」


 疑問を投げかけるアルバートに、アーサーは険しい顔をする。


「アルバート様、もしや悪魔は取引を望んでいるのやもしれません」

「んんんぅ〜ん、大正解でぇ〜す、聖職者」

「取引だと? 舐めるなよ。悪魔との契約に俺が応じるとでも?」

「応じますよぉ〜。貴方なら、ねぇ」


 悪魔はアイリスへ視線を向ける。

 すると、彼女の瞼がビクッと動いた。


 アーサーとアルバートは目を見開く。


 なんとアイリスが薄らと目を開けたのだ。

 状況が掴めてない顔で「アルバート……?」と、か細い声で最初に目に入った彼の名前を呼ぶ。


「目を覚ました……っ、まさか、こんな短いスパンで……?」

「いえ、吾輩が目覚めさせたのですぅ〜」


 アイリスは棺から一歩出て、隣に悪魔がいるのを見て「あっ」と何か納得したような顔をした。


「どうして……っ、あんたが、こっちの世界に……」


 アイリスは悪魔を知ってるらしかった。

 揺れる瞳孔には、尋常では恐怖が見える。


「アルバート・アダン、吾輩は指先一つで彼女をまた眠りにつかせることができますぅ〜。彼女の債務は膨大ですよ。自然回復を待つとしたら、あと半世紀は寝たままかもしれませんねぇ〜」


「……何が目的だ、悪魔」

「アルバート様、ここは、どうか慎重に」


「なにも難しいことはありませんよぉ〜。彼女が吾輩から借りた分を返済する為に、ある仕事を貴方に肩代わりして欲しいだけですぅ〜」


 そう言って微笑む赤い眼の悪魔は、神妙な面持ちのアルバートへ、ひとつの依頼をした。


 ──しばらく後


 ジャヴォーダン城の医務室には、ベッドに横たわるアイリスと、彼女を触診する白衣を身にまとった女性の治癒魔術師がいた。


 そばで固唾を飲んで見守るのはアルバートと、アーサーだ。


 治癒魔術師の女性は診察を終える。


「特に異常は見られません。ちゃんと心臓も動いてますし」


 治癒魔術師の女性は、アルバートへ自信たっぷりにうなづく。それを受けてアルバートはホッとして胸を撫で下ろした。


「ん、いや、待てよ、心臓が動いてるのか?」

「悪魔化は一時的な状態だからね。普段はちゃんとか弱い少女なんだから」


 元気にそう言うアイリスの姿に、アルバートは込み上げてくるものがあった。


 瞳の奥がじんと熱くなる。

 思わずポロポロと涙を溢してしまった。

 堪えようとしても、とても我慢できない。感無量というやつだろうか。


「ぅ、ぅ、俺は、俺は、君のことを、何年も何年も……ぐすっ、ぅ」


 アイリスはキョトンするが、すぐに柔らかい笑顔を浮かべた。意外すぎる『怪物』の一面に愛おしさが止まらなかったのだ。


 立ちあがり、アルバートの側に身体を寄せる。


「アルバート、わたしのこと好き?」

「……っ」


 急な質問にはアルバートは我に帰る。


 小首をかしげるアイリスは、頬を薄く染めながら、腕を首にまわして来る。白い肌の感触、彼女の体温が肌を通じて伝わってくる。


 心臓の鼓動早くなる。

 顔から火を吹きそうだった。


 アルバートは思う。


 強い。

 アイリスが強くなっている。

 記憶の一件があるからって、もはやなりふり構わずに、振り切れて来やがった。


 心中穏やかでないアルバートは、視線を横に向け、アーサーと治癒魔術師の女性が、目をつむり、耳を塞いでいるのを確認する。わたくしめどもは空気です。


「こほん。……好きと言う言葉は曖昧です。定義がハッキリしない言葉を、学会代表である僕がたやすく使う訳にはいきません」

「あらあら、そう来たの……」


 うーん、と唸るアイリス。


「なので、行動で示そうかと」


 アルバートはボソッと言い、油断したアイリスの腰に手をまわして顔を近づけた。


 アイリスはハッとして目を見開く。


 唇が重なった。


 柔らかい。すごい。良い。

 

 キスに対するアルバートの最新の所感だった。


 指の隙間から覗いていた治癒魔術師の女性は、とても楽しそう。主人の成長を喜ぶアーサーもまた、率先して見守り隊隊長を務める。

 

 2人は息も忘れてくっついていた。


 実に1分ほどの時間が過ぎ、ようやく唇を離して呼吸を入れる。

 だが、吐息の温かさを感じる距離で、おでこをコツンっとぶつけ、少しも離れはしない。


「どうだった?」


 アイリスはいたずらっぽく聞いた。


「柔らかったです。スライムみたいでした」

「……後半がなければ合格だったのに」


 楽しげに笑いあう2人は、しばらくそうして医務室でイチャイチャするのだった。

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