ジャヴォーダン城の死闘 Ⅴ


 巨大な火球がジャヴォーダン城の中に生み出された。天を覆い尽くすドラゴンたちを押しのけるように、炎の柱が空へとあがっていく。


 霊峰葬式の着弾地点直系150mは蒸発、付近の城壁も軒並み溶解してしまっていた。


「モンスターを移動させておいてよかった」


 アルバートは指で輪っかをつくりながら、城への被害状況を大まかに把握する。


「第二守護結界は発動しているな。第一城壁への損傷は軽微。よくやった、さかな博士」


 アルバートは空を見上げてそう言う。


 「ワッチ、消えそう」


 どこからともなく返ってくる声は、普段の飄々たるものとは打って変わって大人しい。

 

 「城に向かって霊峰葬式を撃つなんて正気じゃないにょ」


「珍しくマトモじゃないか」


 アルバートは面白がって言う。


 城への侵入者及び、城からの逃走者への物理的な障壁が警備主任リンの守護結界であるならば、さかな博士の守護結界は学会の資産そのものを守る守護結界だ。


 未だ謎の多いスーパーナチュラルと、どう言うわけか一体化している彼がいたからこそ、アルバートは自分の城をまるごと消し飛ばしかねない魔術を使えたのである。


「さて、もう″メイン″に戻る。ジェノン鉱山の雲はそっちで戻しておいてくれ。タナトスの目撃者は増やしたくない」


 「ワッチ、血の騎士たちにボコボコにされて満身創痍なヨーデルだけど、それでもやれと?」


「やれ」


 アルバートはそれだけ言うと、瞳を閉じて、再び雪山の玉座に深く腰掛けた。


 雪山のアルバートは、あくまでタナトスを使う時だけに切り替えるサブとして設計されている個体だ。

 

 メインほど精巧に作られていない。


「霊魂移転──」


 アルバート本体と呼ぶべき魂が、次元の垣根を越えて、寒い雪山から、戦場へと戻った。


 肌に空気の感触が、突き刺すような寒さから、肌を焼くような暑さへと変わっていく。


 息を吸い込めば、喉が焼けるようだった。


「まるで終末のようだ」


 アルバートは混沌とした世界を楽しそうに見ながら、リンが無事なことを確認する。


「い、生きてる?! 私の守護結界にこんな力が……!!」

「俺のほうの守護霊も足しておいたから、実質これは我々の力だと言うべきだ」

「っ、マスターの守護霊まだ残ってたんですか」


 リンとアルバートの側でお座りする、白い狼が霧散するように姿を消していく。


 白の狼はアルバートの守護霊だ。


 非常に強力な守護霊ではある。が、アルバート自身は、それを運用する守護霊の魔術が苦手だったため、運用ができるリンに貸していた。


「細かい事は気にするな。ともかく、今は我々の敵をどうにかしないとだろう」


 視線をあたりへ向ける。

 

 タナトスの一撃によって、向こう100mまでの城は蒸発してしまっている。足元には血の河が広がり、高熱で霧となった血がたちこめ、鼻をおかしくする匂いに満たされている。


 空だけがわずかに、雨の冷たさを感じさせてくれる、残された癒しだ。


 ただ、熱線に巻き込まれたドラゴンたちが、地面に落ちてきては、溶岩化した城壁と、血の河に沈んでいくので空でも惨状は免れない。


「ドラゴンたちを助けないとです!」

「しーっ」


 アルバートは唇に指を立てて、声を上げようとするリンを静かにさせる。


 主人がゆっくりと指さす先を、リンは視線で追いかける。


 煮えたぎる血の河のうえ、熱で溶けた血の河の巨人がいた。あまたに尸が折り重なる身体の隙間から、蒸気を絶え間なく発している。


「はははっ、凄まじい生命力だ。いや、地獄の怪物なので、生きているかは不明だが」


 アルバートは楽しそうに言っている。


 血の河の王は、怪物学者として興味の対象に他ならないようだ。


 とはいえ、喜んでばかりもいられない。


「ここから静かに逃げろ。今なら大丈夫だ」


 主人の指示にリンは、待ってましたと言わんばかりの迅速な動きで、足音ひとつ立てず、気配を血煙のむこうへと消した。

 マスター級暗殺者の能力ならば、問題なく逃げられるはずだ。


 アルバートは一人になり、姿を潜ませる必要がなくなり、瓦礫の陰から立ちあがった。


「タナトスの熱線に耐えるとは驚愕の一言に尽きる」


 霊峰葬式──ジェノン鉱山頂上のタナトスの熱線は、怪物学会が誇る最大火力の一つだ。


 つまり、通常攻撃の最大値である。


 最大火力で持って殺せないとなると、少しだけ疑っていた悪魔の持つ″自分だけのルール″が磐石かつ堅固な盾だと認めるざるを得なくなる。


 悪魔の力を学会に招き入れたいというアルバートの思いは、強くなるばかりだ。


「アルバート、そこにいるんでしょ」


 アイリスの声だった。

 場所ばバレてるらしい。

 アルバートは大声で返事をする。


「まさか、悪魔になるだけでなく、悪魔を使役してくるとは思わなんだ。それも、俺でも察しがつくような超級の化け物を」

「驚くのはまだ早いわ」

「ほう?」


 血煙からアイリスが姿を現した。

 血の河の力で、一呼吸の間に腹部や肩口の傷口が再生していく。


 アルバートは目を細める。


 圧倒的に速かった。

 かつての傷の再生速度とは比較にならない。


「超再生? 血の河がエネルギーの供給源だとしても、刻印のクォリティは下がっているはずだが、なぜ以前より速く?」

「連帯刻印よ」


 連帯刻印。

 それは理論上にしか存在しない魔術だ。


 世代を重ねて成長をしていく現代の刻印魔術において、刻印の大きさ、模様の緻密さ、美しさ、は魔術の強さを決める大きな要素である。


 中でも大きさは単純比較すれば、大きければ大きいほど良い。


 連帯刻印とは、同じ血族たちの刻印を連動させて動かすことで、複数の刻印を一つの刻印として運用する、数十年前に発表されたテクニックのことを言う。


「だが、実施できた者はいない。理論だけの話だと思っていたが?」

「魔術史を見渡しても、わたしが初めてでしょうね」

「……。どうやったんだ。教えろ」


 アルバートは、自分に出来ないことをできる魔術師が羨ましくて仕方がなかった。


「皮肉なものよ。サウザンドラ直系の【練血式】を捨てたからこそなし得たんだから」

「もったいぶるな」

「はは。まず、連帯刻印で大切なのは、刻印と刻印との、互換性よ。【練血式】と【観察記録】じゃ言うまでもなく連帯は成せない。そしてさらに、同じ刻印でも世代が違うと難しいわ」


 アイリスは手の甲から肩まで緻密に刻まれた青白い刻印と、その上に重ねられた黒い刻印を指でなぞる。


「魔術家直系の刻印じゃ、世代ごとに進化するものだから連帯の難易度が高い。その点、二次的な複製であるハンドレッドの刻印は、どれも非常に似てるから連帯に最適だったわ」

「怪我の功名というやつか。よし、良い話は聞いたぞ。その研究は、君の死後に発表するとしよう。もちろん君の名義で」

「いいわよ、自分で発表するから」


 2人は快活に笑い声をあげた。


 地獄の怪物がすぐ横にいるなか、煮えたぎる血の河の上で、楽しそうにする二人の姿は、あまりに狂気的だ。


「はあー笑った笑った……だが、同時に腹が立つ! 相変わらずアイリスはルールは違反ばかりだ! 差しでの勝負なのにズルいだろう!」


 癇癪をおこしたように地団駄を踏むアルバートは「あっはは、まったく、楽な戦いじゃない! あはは!」とタカが外れたように笑う。


 血の河の巨人が、アイリスの背後につく。

 化け物も完全に再生しきった様子だった。


「タナトスの火力でも復活してしまうか! 恐ろしや連帯刻印の威力よ! ここまでの化け物を呼び出し使役するとは! 認めよう、アイリス、君は俺に匹敵する素晴らしい魔術師だ!」


 アルバートは「いいだろう!」と改まった表情で拳をふりあげた。


 空を旋回するドラゴンたちがが降りてくる。


 黄金の鱗と、巨大な角を持つスカイホーンドラゴンは群れをなして、灼熱の火炎ブレスを。


 氷瀑の爪と、美しい氷の牙を持つフローズンクリアドラゴンは、炎を凍らせる極寒のブレスを。


 蒼翠の瞳と、夜空の翼を持つルナティックエアードラゴンは、触れれば肉を削がれる暴風を。


 それぞれが誇る長い種を保ってきた最大の魔力をこめた攻撃で、血の河ごと巨人と、アイリスを跡形もなく破壊しにかかる。


 アイリスは「無駄なことを!」と、コートロール下にある血の河を活性化させ、河から次々と痩せ細った数多のモンスターたちを召喚していく。


 飢えた獣類から、干からびた魚類、羽の禿げた鳥類、痩せ細った亜人類など様々だった。


 共通するのは、皆、生気がなく、この世のものではないと、本能的に理解できる点だ。


 彼らは皆、地獄の亡者だ。


「アルバート湖のアンデットとはレベルが違うというわけか」


 地獄の亡者たちは、ものすごい勢いで血の河から湧いて現れては、驚異的な速さで、城壁をよじ登り、ドラゴンへと突貫していく。


 加えて、血の河から巨大な怪鳥が、ぞくぞくと飛び出していく。


 アラクバーバーだった。


 アルバートは薄く微笑む。


 自分が怪書という人為的な超強力魔道具をつかって使役するのに対して、アイリスは″血の河″という、地獄に自然発生的に生まれたオブジェクトを使って、使役を可能にしている。

 

「無謀なものだ。このアダンに質量で勝負を仕掛けるなんて」

「無謀はそっちよ! こっちのは死ぬなんて概念すら忘れた無敵の悪魔軍団なんだから!」


 雨で濡れた壁から、ダ・マンが続々と出てくる。


 学会の研究室に保管されている稼働可能なダ・マン18体を起動し、呼び出したのだ。


 アルバートは紫色の果実をとりだして、再びかじると、ダ・マンたちを第二形態へと移行させた。


「これはあまりムシャムシャ食べて良いものではないんだが……この際致し方ない」

「そんな明らかに健康に悪そうなもの食べるのやめて欲しいわ」

「そいつは無理な相談だ」


 ドラゴンたちが数匹でアラクバーバーの首を噛みちぎり、翼も千切りとっては、血の河に沈めていく。


「無駄よ、アルバート、ここにいるのは全員別の世界の住人たち。あなたのモンスターたちじゃ倒せない」


 アイリスは静かな声で言った。


 だが、そんな警告お構いなしに、ダ・マンたちは驚異的な殲滅力で、亡者の群れに突っ込んでいき、暴力の嵐で蹂躙していく。


 亡者の身体はどんなに破壊しても、炭に変えても、血の河がある限り死ぬ事はない。


 戦力では明らかにアルバートのモンスターたちが上をいく。数十倍、数百倍、あるいは数千倍の殲滅能力を有している。


 血の河の巨人がなんだ。

 ドラゴン1匹で敵わないのなら、10匹でも、100匹でもぶつければ良い。


 まだまだ、いくらでも後続は控えてる。


 だが、どれだけ勇猛に戦おうと、いたずらに暴力と暴力をぶつけるのでは結果は見えている。


 学会が誇る人類を絶滅させられるだけの戦力を持ってしても、亡者たちが悪魔ゆえに倒し切ることは絶対に叶わないからだ。


「強くて悪いわね。でも、全力でぶつからないと意味がないって思ったから。……あはは、わたしって自分勝手ね」

「いや、平気だ。手を抜かれてはたまらない」


 アルバートはモンスターたちのコントロールを、近場にひっそりと呼んでおいた人魚たちに全部渡しておく。


 これで通信量の問題を考えずに、本を閉じて、自分の両手両脚で戦える。


「まだ俺の負ける確率はかなり低いと見てる」

「どうして? 戦力の差は歴然よ。あなたのモンスターは、わたしのモンスターを倒せない。それどころか、毎秒毎秒、亡者は血の河から湧き続けるわ」


 アルバートは手に聖火杖を持ち構え「確かに」と含みのある笑顔で肯定する。


「アイリス、戦力の差は歴然だ。それを今から教えてやる」


 アルバートは全速力で、ダ・マンたちに開けさせた道を一直線に走り抜けて、アイリスのもとへ突っ込んだ。


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