血族の野望の果て


 アルバートはフナを連れて、サウザンドラ第3段層の屋敷にやって来た。


 ただの2分ほど散歩した付き合いであるが、外套の内側に身体をもぐり込ませるほど、フナはすっかりアルバートに懐いていた。


 先ほどドラゴンと連携して放った炎は、完全に消されていた。

 一つとして火の手は残っていない。

 庭は綺麗な状態であった。


 すべてを灰に変える猛炎から、この家の主人は屋敷を守ったらしい。


 卓越した魔術の使い手だが、驚くことはない。


 アルバートは思う。

 彼女ならはこれくらい楽勝だろう。


 懇切丁寧に、屋敷の正門は開いていた。

 門の左右にいる門番の血の騎士たちに敵意はない。

 

 アルバートはフナを背中を押して「離れないように」と告げて、ダ・マンたちに守られながら敷地内へと足を踏み入れる。


 庭には数人の血の騎士たち、そして、赤いドレスを着たアイリスが立っていた。


 瞳は紅い。もう戦闘態勢なのだろう、とかつての戦いの記憶から、アルバートは思った。


 アイリスの背後に隠れるようにしてフレデリックがいた。顔は嫌らしく歪められており、勝ち誇っている。

 ダ・マン3体が見えていないはずがないので、よほどアイリスの戦闘力への信頼があるとようだ。


「アルバート、こんな朝早くから、ドラゴンのブレスとは、ユニークなご挨拶ね」

「気に入ってくれて嬉しいです、アイリス殿。──さっさとフレデリックを渡せ」


 アルバートはフナを抱き寄せ、外套の前を閉じながら言う。


「それはできないわ」

「なら、お前を殺す。なに、死体になる順番が変わるだけだ」

「わたしも殺されてあげるわけにはいかないわ」

「ここに殺したい者と、殺されたくない者がそろってしまった。ああ、紛争の発生だ。こう言った場合、我々はどうやって、課題を解決するべきだろうか」

「そんな回りくどい言い方しなくていいわよ、アルバート。物事はシンプルである方が好みでしょう?」


 アルバートは視線を鋭くして睨みを効かせ「ああ、その方が良い」と低い声で同意を示した。いつの間にか手には怪書が握られている。

 

 準備はいつだって出来ている。

 すべてはこの日のためにあったんだ。


「というわけで、お父様、いえ、サウザンドラ卿、失礼します」改まったアイリスの声。「え?」フレデリックはアホウな声を出す。


 直後、フレデリックの胸には赤い剣が刺さっていた。背中まで貫通して、血が噴き出る。

 

 突然の出来事だった。


 いまにも飛びかかりそうだったアルバートは目を丸くした。


 フレデリックも訳がわからない顔をしていた。


 まわりの騎士たちだけは、険しい表情だが、驚いているわけではなさそうだった。


 血の王を傷つけた、純粋な血でのみ構築された刃は、アイリスが握る血の刃だった。


「……ば、ば、馬鹿、な……?! あ、アイリス……! な、なんの真似だ……!」

「なにか一つでも、あなたに情状酌量の余地があればよかった」


 血族で、最も鋭く冷徹な刃がひきぬかれる。


 塊の血が、ボタボタと芝を濡らす。微小な返しがいた刃は、傷口を悪化させ、フレデリックに大量の出血を強制していた。


「ここが血族の野望の果てです」


 フレデリックは心臓を押さえ、足をもつれさせながら植木に倒れかかる。

 瞳は見開かれ、いまだ現実を受け入れられていないようだ。


 だが、彼にはすべきことはわかっていた。


 理由は何であれ、裏切り者があらわれた。

 であるならば、それは【錬血式】に組み込まれた呪いを発動しなければならない。


 ──元来、血は強力な魔術の題材だった


 同時に、非常に″原初″とのつながりが強く、人の本質に近く、ゆえに暴力的でもあった。


 だから、初代サウザンドラは恐れた。


 いつか自分が老いたとき、血の暴力の前に、成すすべなく蹂躙されることを。いつか血が人を越え、血の継承者を狂わせることを。


 世代を重ねることで強固になっていく現代魔術のシステムを考えたとき、自分の子どもが自分を越える血を抱える事は自明であった。


 だからこそ、呪いの性質をもつことを利用して、赤子の赤子、その先のずっと先の赤子にいたるまで、自ら『血の一族』に呪いの魔術をかけた。崩壊の呪いを。終わらせる魔術を。


 その呪いの名は──


「錬血秘式──血脈断絶……」


 フレデリックは血を吐きながら、唱えた。

 最古の血の魔術は満たされた。


 その式の存在を、アルバートはアイリスから聞いたことがあった。


 それは、ある晴れた日の事。ふたりがアダン屋敷の庭を散歩していた時のことだ。


 アルバートはアイリスに聞かれた「もし強力なモンスターが言う事を聞かなかったら、使役者の身は危ないのでは?」と。

 アルバートは答えた「そういう時はあらかじめ仕込んでおいた劇毒で殺してしまいます。言う事聞かないモンスターは必要ありませんから」

 「血と同じですね」アイリスは言った。「サウザンドラにも劇毒が?」知的好奇心からの質問だった。「言う事を聞かない暴力装置なんて危なっかしいものです」そい言った儚げな彼女の顔は、やけに印象的だった──。


 アルバートは回想から戻ってくる。


 真っ赤な血を吐いたアイリスが倒れていた。

 騎士たちは彼女のそばにより、真白いタオルを渡している。


「あまり無様な姿は見せなくないわ」

「一体なにが……」


 口元の血を拭きながら、アイリスは存外、平気そうな顔で、スッとたちあがった。

 

 それを見ていたフレデリックは驚愕を隠し切れないといった顔で、目を見開いて充血させる。


「な、なぜだ……! 血の呪いは確実に発動させたはず……! なぜ立てる!」

「アルバート、あなたが理知的で良かったわ」


 アイリスは視線をアルバートへ向けながら微笑み、ドレスの袖を破り取った。

 

 場にいた一同が息を呑む。

 

 【練血式】の刻印が破壊されていた。


 8代に渡り継承されてきた、サウザンドラの洗練された緻密な模様は、八つ裂きにされ、もはや何の意味もない模様と成り果てている。


 皮膚を切り裂いただけではない。

 その破壊跡は、より根本的なものだ。


 猛烈な痛みをともない、神経に付随した魔力器官に、火の魔力を、流すことでのみ成せる刻印の完全な無力化処置であった。

 

「血迷ったのかぁあああああ?! 刻印を破壊するなどッッッッ!!!!」


 フレデリックは悲鳴に近い叫び声をあげた。


 アルバートも残念ながら、彼の気持ちに共感してしまう。何故そんな事を? 

 数百年の蓄積を自ら放棄するなんて、魔術師にはありえない所業だ。


「フレデリック卿、あなたの行った数々の蛮行をわたしはすでに知っています。そして、サウザンドラに連なる者たちも気がついてる」

「アイリスぅう!!! 貴様、これはなんだ! なんの真似だ! ひとつもわからん! 理解ができん! 説明しろぉお!」

「わたしが家を守ります。サウザンドラには、もうあなたは必要ありません。わたしからの説明は以上です」


 毅然とした公人の態度で鉄のような声音は言い放った。

 そこに生物の暖かさはない。命のぬくもりはない。

 あるのは粛々と、成すべきことを成すひとりの指導者だ。

 

「ふざけるなぁあああああ!!! 私が、この『血の王』フレデリック・ガン・サウザンドラが、私がサウザンドラだッッ! 一族の待望を果たし、すべての魔術師の羨望を集め、この世のすべてを知見する玉座を獲得したミスター・サウザンドラだぞ!? 私が、私が、私がサウザンドラだッッッッッッ!!!! 千の時にその名を刻み、千の喝采に身を焦がすゥウ! 原初にして、人間の内なる右の統治者にして、絶対の王オォォ!! この私が、サウザンドラだぁああああああああああ!」


 フレデリックは張り裂けんばかりに顔を真っ赤にして叫んだ。衝動に任せて、彼は胸の裂傷を凝固させ処置すると立ちあがろうとする。


「ふざけるなよ、生を受けて16年程度のガキがッッッ! サウザンドラが私を必要としてないだと? 馬鹿めが、死ねッ! 貴様のような、なにも知らん娘っこがこの魔術世界で家を守るだと!!? ふざけるな!!!! ああ、こんな愚かな娘だとは思わなかったッ! どいつもこいつも……みんな、ぶっ殺しておくんだったッ!」


 フレデリックは純粋な血で構築された刃で、アイリスに斬りかかる。


 だが、彼女の前に立ちはだかった血の騎士によって、彼は弾き飛ばされてしまった。


「さがれ。アイリス様の御前だぞ」

「……貴様、誰に向かって剣をぬいた!! その力は誰がやったモノだ!」


 再びたちあがり、煮えくりかえる怒りのままにフレデリックは斬りかかる。


 血の騎士は卓越した剣術で、フレデリックの腕を切り落とした。

 唖然、躊躇がない。まるでない。

 さらに、騎士はフレデリックの背中に二発の斬撃をくわえる。そして、思いきり蹴り飛ばして、彼を植え込みに叩きこんだ。


 容赦が無さすぎた。

 フレデリックは恐怖にすくみあがる。


 蚊帳の外で傍観していたアルバートは「何が起こってるんだ……」と困惑するばかりだ。ただフナをぎゅーっとして外は見えないようにした方がいいとは思うのだった。

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