フナのヒーロー


 地平線から日が昇る。

 新しい一日のはじまりは肌寒いものだ。

 

 だが、今日は違う

 同時に第3段層の一区画には、魔力で編まれた炎の雨が降りそそぐ。


 屋敷の上空を旋回する怪鳥のうえで、フレデリックは、愕然として、一方的に壊滅させられていくサウザンドラの繁栄の終点を見下ろしていた。


 空からでは、足元は火炎の絨毯でおおわれて何も見えない。


「なんと卑劣なことか! 信じられん、まさか一方的に攻撃できるこんな場所から恥ずかしげもなく炎を放つなど!」

「戯言を」


 ドラゴンがゆっくりと、アラクバーバーへと近づいていく。フレデリックは護衛の血の騎士から、布袋を受け取る。

 袋から水色の髪をした、ちいさな女の子が出て来る。

 口に布が巻かれており、白い瞳は恐怖に怯えきっている。


 種族が違うように見える神聖な雰囲気をもった子だった。

 アルバートは話に聞いていた、コスモオーダーの次女フナだと悟る。


「肉親でもない子どもが人質として価値があると思うのか。そんな盾で、このアルバート・アダンが貴様への復讐を躊躇するとでも」

「お前は誇りを重んじる貴族なのだろう。ならば殺させるわけにはいかないはずだ!」


 瞳を潤ませるフナは「た、たすけて……っ」とつぶやく。

 アルバートは冷たい目で聖火杖を投擲する。

 

 銀色の輝線が空を切り、フレデリックの頬横をかすめる。


 的にされたのは執事だった。執事は杖が体に刺さった衝撃でバランスを崩して、怪鳥から落下する。

 「あああああああ、フレデリック様ぁああ!」悲鳴が早朝の空にこだました。


「血も涙もないのか貴様は?! 本当に殺すぞ!!!??」


 フレデリックは逸る頭で、フナの首に短剣の先端を押し付けた。

 赤い血が雫となり、遥か地上へとしたたり落ちていく。


 アルバートは構わず、もう一本聖火杖を取り出した。

 何も感情を宿していない瞳だった。


「やめろ、やめろ、はったりだろう! お前は人質を殺せん! 私にはそんな演技は通用しないッ! 舐めるなよ若造が!」


 再び聖火杖が投げられる。

 騎士が前へでて、造血剣で杖を叩き落とした。

 今度はフレデリックを確実に狙ったものだった。

 

「フレデリック様! お逃げください!」


 アルバートはドラゴンからアラクバーバーの背中に飛び移り、聖火杖をくるくるまわしながらせまってくる。躊躇がない。人質のことなど、関心がないようだ。


 フレデリックは、まるで野生の猛獣相手に、パンを盾にして身の安全を守ろうとしているような気分になった。


 この男はぶっ壊れている。

 主席魔術師を殺すのをためらわないほどの馬鹿だ。

 父を殺されただけで、その数百倍の人間を殺し返す狂人なのだ。


 アルバート・アダンは諦めない。絶対に。


「ええい、ここは任せたぞ」


 フレデリックは縄で縛られたフナを怪鳥から投げ捨てた。もう人質として価値がないからだ。

 同時に自分も身を投げた。念のためフナとは逆側へ。


「勝負をしろ、フレデリック様を追わせはせん!」

「断る。邪魔だ」


 アルバートは血の騎士を蹴り飛ばすだけで相手をせず、背中をむけて、速攻で怪鳥から飛び降りた。


 先に落ちたフナを見つける。

 地面はすぐそこであり、彼女の衝突のほうが早い。


 初動の遅いドラゴンでは、拾い上げるのは間に合わない。


 アルバートは地上に視線を移して、マンホールを見つけた。「あれだ」

 これで『出口』は見つけた。あとは『入口』だ。

 アルバートは胸ポケットから透明な小瓶をとりだして、それを握りつぶした。”銀の小瓶”のなかに閉じ込められていた”ちいさな池”が膨れ上がり、200リットルの水がアルバートを覆い隠す。

 

「座標確定、転移開始」


 視界が一気に切り替わった。朝焼けの空から、薄暗い地下水路へと。

 アルバートはすぐさま、外の明かりが漏れる丸い天井へと跳躍する。


 マンホールの蓋がくるくる回転して舞い上がった。

 下水道から飛び出したのは、アルバートだ。


 彼は地上へ先回りするなり、落ちてくるフナを探す。

 いた。だが、もう地上数メートルのところまで来ている。


 アルバートは素早く落下地点を予測し、地面をめくれあがらせる踏み込みで、飛びこんだ。

 背中で地面を擦りながら、間一髪のところでフナをキャッチする事に成功した。


 さしものアルバートもホッと一息つく。


「お、おに、お兄じゃん……ぐすんっ」


 彼女に怪我がないか確認し、アルバートは立ち上がる。

 平民の家が買えるほど値が張る、最高級の革コートはボロボロだが、そんな事は問題ではなかった。


「さ、さっきは見捨てたのに、た、たすけてくれたの……?」

「敵を欺くにはまず味方からと言う言葉があります。見捨てるはずがありません」

「っ、ぅ、ぅぅ…」


 フナは突如として大号泣をし始めた。


 アルバートは近場のニャオを呼ぶ。


「見てください。これはニャオです。高貴さと優雅さを生まれながらに持つ生き物です。ふわふわです」


 ニャオの可愛さで癒してあげることにした。

 とはいえ、今のいままで死の緊張にさらされていた事実がなくなるわけではない。


 フナはアルバートにニャオを渡され、泣き止んでくれた。が、ニャオを抱っこして抱きしめたあとは、一言も喋らなくなってしまう。


「仲間をよんでおきました。灰色の髪をした女の人が迎えに来ます」


 ダ・マンを召喚して「それまで、この男の人が守ってくれます」と、フナに伝える。人型はこういう時に便利だ。


 フナは黙ったまま、アルバートの顔を見つめている。


 役目は終わった。

 アルバートは「では」と言って、本来の目的に戻ろうとする。


 すると、外套の端をフナに掴まれた。

 アルバートは外套をひっぱり、言外に離すようにお願いする。乱暴にはできない。歴史があり、誇りある名家の子女である。アルバートは敬意を払うべき相手にはちゃんとしている。


 しかし、そんなご令嬢のフナは力いっぱいに、外套を握って離さない。


「フナ様、僕はあの悪い魔術師を倒さなくては」


 フナは黙したまま、首を横に振る。


 転移魔術を使って飛ばしたかったが、あいにくと先ほど、あらゆる液体を『入口』に変えれる溶液を、使いつぶしてしまった。


「わかりました。このままでいいです」


 仕方がないので、ダ・マンを2体追加して、3体同時展開し、このままアイリスの別荘へ向かうことにした。


 

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