『怪物』 対 ビッグシールド


 平時なら緊急事態だが、今日は特別だ。

 

 ドラゴンの接近に少しずつ、暴徒たちも気がついていく。


 興奮した保守派は、ドラゴンを撃ち落とそうと魔術を放ち、狂気乱舞する革新派は、保守派の魔術師を剣で刺して止めようとする。


 めちゃくちゃだった。


 こんな危険な状況では、ドラゴンがいようとも、目立つ出頭は避けるべきである。


 だが、学会長は話題性が欲しかった。

 より多くの人間に印象付けたかった。


 ゆえに裁判所の門から100mしか離れていない大通りに、ドラゴンを着陸させた。

 もちろん、暴徒たちが衝突している超危険地帯である。


「死ねぇええ、『最悪の犯罪者』!」


 着陸するなり飛んでくる火炎球。

 アルバートは風属性式魔術で跳ね返して、術者を炎上させた。


 この行動はさらに保守派たちを過激にさせた。


「《穿つ大地の鉄鋼弾》!」


 高速で回転する鋭利な砲弾がせまる。

 アルバートは肘打ちで軌道をそらして、明後日の方向へ砲弾を受け流した。


 アルバートは一歩も引かなかった。

 

 あらゆる攻撃に対して、丁寧に反撃し、攻撃してくる魔術師がいなくなるまで続けた。


 ──15分後


「他にぶちのめされたい方はいるだろうか? 反撃魔術を使うのも面倒なので、そこに列になってくれると助かるのだが」


 ドラゴンの上からアルバートは、保守派の魔術師たちへ挑発的に言ってみせる。


 保守派たちは、悔しさに肩を震わせながらも、アルバートの決闘魔術の強さに黙るしかなかった。


「よろしい」


 アルバートはようやくドラゴンから降りて、裁判所の門まで出来た一本道を見る。


「俺が相手だ!」


 人影が一本道に立ちはだかった。

 杖を手にした貴族らしき男だ。


「詠唱者たちの思考を扇動し、大衆を洗脳してる。そして、混乱をまねく危険な思想、国家転覆にも勝る犯罪が今まさに行われてるんだ! これは許される事じゃない!」

「酷い言いようだ。彼らは自分たちの意思で変革を選んだ。その計画を持っている者を選んだだけだぞ」

「黙れ、闇の魔術師!」


 男は杖を抜いた。

 アルバートは眉根をあげて、突きつけられる杖を見て、言外に「本気か?」と意思を問いただす。


 魔術の行使に杖を用いるのは、詠唱者の証だ。


 たまに杖を使う貴族・魔術師もいるが、ほとんどは、周りに舐められない為に使わない。


「俺は本気だ! 邪悪な思想は排除する!」

「自分の意思を持つ人間は嫌いじゃない。出来れば君には怪物学会に来て、輝かしい道を切り開いて欲しい」

「か、勧誘するな、クソ野郎!」


 男は「穿て、火炎!」と唱え、火の槍をアルバートへ放った。


「火属性の魔術を使う人間は、短絡的だと思うんだ」


 アルバートは怪書を一瞬で召喚して、火炎の槍を、怪書の背表紙で叩いてかき消す。


「《風打》」


 風の弾丸は速く、鋭く、男の眉間を撃ち抜いた。


 とはいえ、打撃系の魔術だ。

 男は気絶して、膝から崩れ落ちるだけで、命までは奪われなかった。


 男をまたいで、そのままゆっくり、ゆっくり、暴徒たちを眺めながら裁判所まで進んだ。


「アルバート・アダン、呼び出しに応じ、出頭しました」


 門にたどり着いたアルバートは、門を守る番人と、腕を組んで待つオメガ3世、そして、その後ろに、ちょこんと立つフェリアを見る。


「門を開けてはくれませんか? これでは裁判所に出頭できませんが」


 オメガ3世はむくれっ面で、当たり前な質問をするアルバートを見下ろす。


 アルバートは内心で「こいつもそっち派か」とうんざりした。


「司法を守る防人が……嘆かわしい事ですね」

「黙れ。フレデリック・ガン・サウザンドラ様及びアイリス・ラナ・サウザンドラ様の同伴なくしては門を開けられん」

「初めて聞く規則ですね」

「貴様のための特別措置だ。怪物学会の持つ魔術は危険なものが多い。お前を先に入れては、審問会の公平性を欠くことになる」


 オメガ3世は遠くで、ドラゴンがお座りしている光景を見て、アルバートへの警戒心を一層強くする。


「しかし、こんなところで待たされていたら、いつ背中を刺されるかもわからないです」


 門の前には、アルバートだけではなく先程まだ暴れていた魔術師・詠唱者たちが溢れかえっている。


 端的に言って危険過ぎな状況であった。


「だが、規則は規則だ」

「特別措置なのでしょう? であれば、この暴徒の数に対して、被告人の身柄を守るための特別措置を施行するべきではないですか、ウォール卿」

「黙れ! 貴様は通さんと言っているんだ!」


 オメガ3世は声を荒げて、柵越しにソーセージのような太い指を突きつける。


「そうですか」


 アルバートは諦めたように、声調を弱めた。

 しかし、声の内側には力が宿っていた。


「ビッグシールドを解いてくれないのでしたら、自分で通るほかありませんね」

「ッ、何を言っている、貴様……」


 オメガ3世のこめかみを、不快な汗がしたたる。


 通れるわけがないという自信と、この『怪物』ならもしかしたら……という不安が入り混じり、硬直してしまった。


 アルバートは穏やかな笑顔で、ビッグシールドが付与された門に手を触れる。


 ──それは、爆発だった


 あるいは落雷と形容するべきか。


 アルバートが門に触れた瞬間、ビッグシールドは轟音と共に凄まじい衝撃波で、侵入者を拒んだのだ。


 門の近くにいた暴徒たちは、ずっも遠くまで吹き飛ばされてしまい、門の前から暴徒の姿は消えた。

 

 代わりに残っているのは、ドミノ倒しに倒れて気絶した、数百人の被害者だった。


 しかし、皆の視線を集めるのはビッグシールドの威力に倒れた者の数ではなかった。


「ば、バカな……?!」


 視線が集まるのは、ビッグシールドから継続して放電がされているにも関わらず、門の取っ手を掴んで離さない『怪物』アルバートだ。


 アルバートは全身に雷を受けながら、険しい顔で、門を押し開けようとする。


 ビッグシールド全体が軋む音が、門の近くにいた者には聞こえた。


「ありえない……ッ、天体攻撃に耐える盾が……ッ」


 ビッグシールドを正面から突破する強化系統の魔術を使える、使役魔術師──戦慄だった。


 オメガ3世は目を見開き、喉が張り付いてしまった。


 本当なら「やめろ!」と叫びたかった。


 しかし、そんな事をすれば4代続いた【堅牢術式】の敗北を、3代しか続いていない格下の魔術家に対して認める事になる。


 ウォール家は5代続いた前身となる魔術家から派生しているため、4代目で、すでに名家入りをしている。


 だからこそ、魔術の競い合いで敗北など許されなかった。


「──オメガ、門を開けなさい」


 その透き通った声は、オメガの隣で険しいを顔をするフェリアから発せられた。


 その声を聞いてアルバートは、気の抜けた顔をして、ビッグシールドを強引に崩すのをやめ、門から手を離した。


 オメガ3世は滝のような汗を流しながら、アルバートとフェリアを交互に見やる。

 10歳ほど老け込んだように見えた。


「オメガ、門を開けなさい。アルバート・アダンの出頭を阻む理由はありません」

「っ、は、はい、フェリア様!」


 オメガ3世は鐘を鳴らして、ビッグシールドを解除する。


 柵から魔術的符号が消え、発光が無くなった。


 アルバートは今度は何の妨害もなく、立派なだけの門を押し開ける。


「ありがとうございます、ウォール卿」

「はぁ、はぁはぁ……」


 オメガ3世は、全身の毛穴が開く感覚を得ながら、目の前の青年の信じられない実力の片鱗に、驚愕を隠せないでいた。


 魔術師としての競い合いは負けた。

 だが、これでウォール家の名誉は守られた。


 結果に満足なオメガ3世は、今日はもう帰って泥のようにベッドで眠りたい気分だった。


 そんな彼を横に、フェリアとアルバートは向かい合っている。


「初めまして、アルバート。12代記憶司法審問長官フェリア・コスモオーダーです。私に会うこと事態、幸ある事ではありませんが、あなたの運命が幸運である事を祈ります」


 フェリアは気品あるお辞儀をする。


 アルバートは深々と頭を下げて、最大限の敬意をフェリアへ表した。


 そして、顔をあげて形式に則って挨拶をする。


「私にすべてを委ねなさい」

「我が運命、あなたに委ねます、コスモオーダー卿」

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