港湾都市 Ⅸ


 さかな博士の背後の発光が気になる。


「とはいえ、やることは変わらん。リヴァイス・ケルベロス、滅ぼせ」

「ふしゅるるう!」


「うっほっほお! それがアルバートくうんのキメラかあ! 強そうだねえ!」


 さかな博士はサメ男たちをこちらへ差し向けてくる。

 

 リヴァイス・ケルベロスは当然のように足蹴にして粉砕した。


 その光景にさかな博士は顔をひきつらせた。


「轢かれたらタダじゃすまなそうだあ~!」

「ユウ、捕らえろ」


 人魚を抱えて走って逃げるさかな博士を、まわりこむ形でユウの粉塵の糸が通路を塞ぐ。


「これは、灰……?」


 困惑しながら立ち止まり、ハッとした顔でさかな博士は気が付く。

 

 前方をユウ、後方をリヴァイス・ケルベロスに挟まれていることに。


「残念だが、逃げ道はないぞ」

「すごいな、アルバートくうん。君は良い手駒をたくさん揃えてる!」

「あんたは手持ち無沙汰のようだがな」

「いいや、ワッチにも取って置きがいるよ」


 さかな博士は部屋中央の水辺を見やる。

 アルバートはおかしな気配を感じ、ティナを片手に抱きしめた。


 すぐに水面は爆発し、触手が飛び出した。


「ふしゅるる!」

 

 極太の触手はリヴァイス・ケルベロスを捕らえて、水面へ引きずり込んでしまう。


 リヴァイス・ケルベロスは抵抗して暴れるが、アルバートの「行ってこい」という指示を受け取ると、自ら飛び込んでいった。


「はて、なぜクラーケンが魔術工房のなかにいるのか……もしかして」

「そう、そのもしかしてさ! ワッチのスーパーナチュラルは、海を使役する大規模、使役術だよん! 悪いけどさァ、エドガーの劣化版の君じゃ、ワッチを競り合うには力不足だおぉん!!」


 アルバートは「五番をよこせ」とユウへ指示する。


 ユウは腹筋のあたりを、灰に還元して、粉塵の中にしまっていた銀の鞄を取り出した。


 それを主人へ投げ渡す。


 さかな博士は「チミぃ、便利な能力だねェー!! ホントにむっか、つっくヨーデル!」と意味不明なヒステリックを起こす。

 

「今度はそのびっくり箱から何を出すゥ? ナニナニナニナチナニナニ──」

「誇らしげにクラーケンを見せつけられても、困ると思ってな。あんたにわからせる」


 アルバートの銀の鞄から、巨大な触手の怪物が放出され、魔術工房の屋根を突き破って、地下に青空の明るさを差し込ませる。


 それは、まさしくクラーケンだ。


 かつて坑道で使用した触手の研究は、数日前のタナトスが消しとばした、現代のクラーケンの遺体を解析することで完成したのだ。


 さかな博士は目を見開いて「おお、神よ……」と自分が幻覚を見ていることを願った。


 狂人にも、形勢逆転の音が聞こえたらしい。


「今時、クラーケンなんて誰でも持ってる」

「そうかなぁ……?

「さあ、で、今度そっちの番だ。何を出してくれるんだ?」

「なんもナイヨッ! クラーケンのワッチのじゃん?! なんでそう言うことするのッ!」


 アルバートは発狂して、あたまを掻きむしるさかな博士を楽しそうに眺めていた。

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