港湾都市 Ⅷ
さかな博士に連れてこられた魔導工房は荒れていた。
「一週間で何があったんだ……」
部屋の中央にあったプールは、ゴミで埋め尽くされており、外周にぐるっと設置されていた研究設備の数々は、以前より破損が目立ち、床に倒されている物も散見される。
アルバートは壁に巨大な爪痕が残っているのを横目に、夢中で培養ポットの設定をいじくり倒すさかな博士に近寄る。
「ティナ、俺から離れるな」
「言われても絶対離れません……っ」
ティナはぎゅっとアルバートの服のすそを掴み、恋人のように体を密着させる。
ちいさな胸がひじに当たっていた。
アルバートは困りながらも、ひじに全神経を集中させる。
これは心地よいものだ。ふむ。
「さかな博士、それで一週間経ったわけですが、人魚は見せてもらえるんですか」
「人魚?」
ティナに人魚のことを教えてあげる。
美しい少女が、うろこのある魚の尾っぽを持っている容姿について語って聞かせた、
ティナは頬をすこし赤らめ「それってちょっと、えっちじゃないですか?」と非難のまなざしを主人に向けた。
「いや、魔術師はそういう目で人魚を見ない。純粋な研究対──」
「エッチそのものだよ。我ら神秘の学徒はこの美しさの前では彫刻家のメッセージを添削してしまう!」
さかな博士は腕をふりあげ、培養ポットをぶったたく。
すると、透明なガラスが割れて、中から溶液とともに可憐な姿の少女がこぼれでてきた。
人魚だ。
しかし、あの船着き場で助けた子ではない。
アルバートは既視感を覚えながらも「新しい人魚を作ったんですね」と、人魚に関するキメラ技術の成熟を見た。
「キメラ、キメラ、そうだよ、キメラだよ。これが、これこそがアダンの求めていたキメラだよ。偽物じゃない、まがい物じゃないよ、本物だよォォォォォ!?」
「さかな博士……?」
掴みかかってくる彼を、アルバートは押しのける。
ティナは怯えた顔でアルバートの背中にサッと隠れた。
「ワッチのキメラは本物だッ! 偽物なんかじゃない! じゃな、じゃないッッ!」
さかな博士は人魚を持ち上げようとする。
「超自然の帰結、生物進化の最たることを理解するには、我々は大きな世界を癇癪外泊、深海を求める盲目に焦点を向けなければならないッ!」
「何の話をしてるんだ?」
「よっしゃーいくぜえええええええ!」
さかな博士は「POW!」と奇声を上げながら、人魚を持ち上げる。
「見たまえよ、これが人間の次の姿だ! 美しい乙女は産卵を通して、遺伝子をより効果的にアウトプットするッ! 超自然に帰るためには、我々は乙女の膣穴を理解する必要があるのだアアああああああ!」
さかな博士は枯れた声で大演説しながら、人魚を抱っこして、魔術工房の中央の水辺に近寄った。
「エドガー・アダン! ワッチはたどり着いたんだ! 君は死にワッチは生きてる、これが答えだよ。世界の回答、到達した魔術の深淵だ……私が怪物だ」
さかな博士は妙に座った目でアルバートを見つめる。
人魚の少女はだるそうにゆっくり首を傾ける。
そこで気が付いた。
アルバートは既視感の正体に。
「子供……?」
「あ、アルバート様?」
「そいつ、船着き場で遊んでた子供だ」
船着き場にいた3人の子供。
ひとりは女の子だった。
その子に、人魚の顔が似ているのだ。
「ふふふ」
さかな博士は「出てこい、ブサイクども」と言う。
水辺から二つの影が飛び出した。
以前、水辺で対峙したサメ男だ。
今回は二人だが、体格はかなりちいさい。
「アルバートくうん、ワッチは証明したい。ワッチの魔術がエドガーを越えているこを。そして、ワッチの”スーパーナチュラル”がキメラの生物進化なぞ、比較にならない深度を見据えていることをッ!」
「スーパーナチュラル。そんなものは存在しない」
スーパーナチュラル。
それは空想魔術の仮定事象だ。
昔の魔術師が存在を提唱した概念で、すべての魔術家が最終的に目指しているとされる深淵へ導く、世界の働きを指す言葉だ。
これはいわゆる希望的で、都合の良い概念であり、この時代で深淵にたどり着けなくても1,000年後、2,000年後には必ずたどり着いているだろう、という願いである。
「我々は暗い海を航海しているのだ」
「いいや、違うよ、君は若いからわかってないだけさあ、ワッチは、いや、ワッチの家はずっと昔から知ってたんだ」
さかな博士の背後、水辺にたまっていたゴミが浮かび上がっていく。
それらは淡く白い光につつまれており、神秘の働きがあるのだとわかる。
「さかな博士、まったく理解が追い付いていないが、お前は俺たちをハメたと見ていいんだな?」
背後の扉が閉まり、魔術で封印がかけられる。
退路を塞がれた。
「君みたいな若い魔術師でも手を加えられるエドガーの怪書、そして、アルバートくうん、君自身が欲しいんだあ。ついでにそっちの可愛い子も人魚に変えて、たくさんワッチの卵を産んでほしい。ワッチの遺伝子を残してほしい」
「わかった。とりあえず、一度黙らせてから、話を聞くことにしよう」
「アルバート様、ぜ、絶対、倒してくださいよ!?」
アルバートが手を天へ掲げると、背後の影に溶け込んでいたユウから銀の鞄が投げ渡される。
アルバートは難なく鞄をキャッチして、「セクハラじじいを黙らせろ」との一言とともに、多頭の醜い獣を解放した。
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